不笑の魔女
昔々あるところに、美しい娘が住んでおりました。
その娘は国一番の美人でしたが、たいへんな変わり者でした。
街のはずれに一人で暮らし、他の者と関わろうともせず、たとえ誰かが挨拶してもにこりともしなかったのです。
何より皆が不気味がったのは、その娘の外見が、何十年経っても全く変わらないことでした。
いつしか皆は彼女のことを「不笑の魔女」と呼ぶようになりました。
娘の噂を聞いた王様が、その美しさを一目見ようと彼女を訪ねました。
彼女の研ぎ澄まされた氷の刃のような美しさに心を奪われた王様は、矢も盾もたまらず結婚を申し込みました。
しかし彼女は求婚を受け入れるどころか、微笑みひとつ見せることなく、王様を追い返したのでした。
怒った王様は、国じゅうにお触れを出しました。
「あの魔女めを笑わせた者には、何でも褒美を取らせよう」
お触れを聞きつけた若者たちが、こぞって娘を訪ねるようになりました。
ある者は彼女の美しさを褒め称え、またある者は素晴らしい宝石を彼女にプレゼントしました。
どの者も、腕に覚えのある色男ばかりでした。
しかし、やはり彼女は冷たい表情のまま、彼らをことごとく追い返してしまったのです。
王様は笑いました。
「やはりどんな者も、あの魔女めを笑わせることはできなかったか」
惨めに散っていく男たちを見て、王様は傷つけられた自尊心を慰めていたのです。
そんなある日のこと。王様の前に、旅の詩人が現れました。
「私が彼女を笑わせて見せましょう」
みすぼらしい身なりの詩人を見て、できるわけがない、と王様は鼻で笑いました。
その日以降、詩人は娘のもとを訪ねるようになりました。
最初はほかの者と同じように冷たく追い返されていた詩人ですが、毎日通ううちに、少しずつ打ち解けて言葉を交わすようになりました。
歌を歌ったり、小鳥と遊んだり。一日中ひなたぼっこをしているだけの日もありました。
そんなうちに、なんと彼女が笑顔を見せるようになったのです。
それは春の木洩れ日に揺れる小さな花のような、可憐な微笑みでした。
王様は認めませんでした。
「魔女はあのみすぼらしい詩人を、嗤っているだけだ」
王様がどう言おうとも、詩人は娘を訪ね続けました。
いつしか彼にとっては、王様の褒美のことなどどうでもよくなっていたのです。
心から娘に会いたくて、彼は彼女を訪ね続けました。
そんな日々がしばらく続いたある日のこと。
娘は突然、眠るように死んでしまいました。
その死に顔はかつての若く美しい娘のものではなく、しわくちゃの老婆のものでした。
それもそのはず。本当は、彼女は九十歳のおばあちゃんだったのです。
詩人と過ごした日々の中でたくさん笑ったため、顔じゅうしわだらけになったのでした。
王様は、詩人を呼びつけて言いました。
「あの美しい娘の正体は、しわくちゃの醜い老婆だったのだな。まあよい、約束通り何でも好きな宝物を持っていけ」
詩人の目の前には、色とりどりの宝石やたくさんの金貨が並べられました。
しかし彼は、首を横に振りました。
「いいえ、王様。褒美はいりません。私にとっては、あのしわくちゃの笑顔こそが何よりの宝物だったのです」
その言葉だけを残して、詩人は国を去っていったのでした。
―おしまい―
大学時代、英語のワークショップの授業で「物語を考えて絵本を作りなさい(※英語で)」という鬼畜な課題が出された際に、考えたお話です。
関連作品というわけではないですが、こちらの魔女のお話もよろしければどうぞ。二万字程度です。『野ばらの君』 http://ncode.syosetu.com/n6505ch/