明日、雪になぁれ
このお話は、偽尾白さん(@niseojiro)ご発案の「降雪を管理する雪ちゃんは本気出すとすごいけど今ひきこもりニート。でも明日ついに本気出すらしい」という設定を使って書いたものです。
書かれたお話に対して、偽尾白さんがイラストを描いてくださるという企画でした。
ピーンポーン。
インターホンの間延びした音で、雪ちゃんはまぶたを開けました。いつから眠っていたのでしょうか。丸めた背中が少し痛みます。雪ちゃんはこたつに入ったまま寝返りを打ち、再び目を閉じました。
二月も終わりに近づき、このところ暖かな日が続いています。雪ちゃんは降雪を管理する精霊です。ただでさえお仕事をさぼりがちな雪ちゃんは、ここぞとばかりに自宅に引きこもっていました。いくら暖かいとはいえ外へ出る気も起きず、日がな一日こたつでごろごろしながら過ごす毎日です。
ピーンポーン。
もう一度インターホンが鳴らされました。雪ちゃんは目を閉じたまま、寝たふりをしました。こうして居留守を決め込んでいれば、訪問者もそのうちに諦めて帰るでしょう。
しかし……
ピーンポーン。
ピーンポーン。
ピーンポーン……
「……もう!」
何度も鳴らされるインターホンに、雪ちゃんはとうとう観念して身を起こしました。
不機嫌な顔で玄関扉を開けると、そこにいたのは六歳くらいの女の子でした。女の子は、ぽかぽかとした日差しには少し暑そうな、真っ白なコートを着ていました。
「あの、雪ちゃんですか?」
「……そうだけど。何かご用?」
雪ちゃんの憮然とした態度にもかかわらず、女の子はぱぁっと顔を輝かせました。
「あの、雪ちゃん、おねがいがあります。雪をふらせてください!」
勢いよく頭を下げる女の子に、雪ちゃんは大きなため息をつきました。
「あのねお嬢ちゃん、もう二月も終わりなのよ。このところ気温が高くなってきてるから、雪を降らせたってすぐびしょびしょに融けちゃうんだから」
「そうなの?」
「そうよ。それに、最近あったかい日が続いてみんな喜んでるのに、今さら季節を逆戻りさせてどうするのよ。何にも良いことないわよ」
「でも……」
女の子は見てわかるほどに肩を落としました。雪ちゃんは少しばつが悪くなり、軽く頭を掻きました。
「……一応訊くけど、どうして雪を降らせてほしいわけ?」
「あのね、わたしのおかあさん、ずっとにゅういんしてるんだけど、いまあんまりぐあいがよくないんだって。だから、雪をみたらげんきがでるかなとおもって」
「どうして?」
「むかし、まだおかあさんがげんきだったころ、雪がふったときにいっしょに雪だるまをつくってあそんだの。だから、雪をみたら、きっとまたげんきになるんじゃないかなとおもって……」
女の子はうつむいて、きゅっと唇を噛みました。
穏やかな日差しが、女の子の顔に影を落とします。時おり吹く南からの風は強く、まもなく春がやってくることを教えています。
雪ちゃんはひとつ大きく息を吐きました。
「仕方ないわね。一回だけよ」
「……ほんと?」
女の子は雪ちゃんを見上げました。雪ちゃんは肩をすくめます。
「えぇ。明日、雪を降らせてあげるわ。今年の仕事納めよ」
「ありがとう、雪ちゃん!」
女の子はぺこりと頭を下げて、嬉しそうに帰っていきました。
翌日。
雪ちゃんの宣言どおり、明け方から大雪が降りました。昨日までの陽気から一転、外は一面の銀世界です。
ひと仕事終えた雪ちゃんは、満足そうに窓の外を眺めていました。きっと昨日の女の子も喜んでいることでしょう。あの真っ白なコートでは雪に紛れて姿がわからなくなってしまうかもしれません。それとも、部屋の中からお母さんと一緒に雪景色を楽しんでいるでしょうか。
久々にいい仕事をした。雪ちゃんはそう思いました。たまには真面目に働くのも良いものです。
ピーンポーン。
インターホンが鳴らされました。きっと昨日の女の子です。雪ちゃんはいそいそと玄関に向かいました。
扉を開けると、案の定あの女の子が立っていました。雪ちゃんは得意顔で言いました。
「どう? 約束どおり雪を降らせたわよ。お母さん、喜んでたでしょう?」
しかし、女の子はなぜかうつむき暗い顔をしています。雪ちゃんは、女の子が今日は白いコートではなく、黒いコートを着ていることに気づきました。
「ねぇ、どうしたのよ……」
女の子は震える声で答えました。
「あのね……おかあさん、おそらにいっちゃったんだって……」
雪ちゃんは思わず言葉を失いました。
女の子の背後では、今もしんしんと雪が降り続けています。空気はひんやりとして、立ち尽くす二人の体を冷やしていきます。このところの暖かさから急に寒くなり、病人の体にはきっとこたえたことでしょう。
女の子は顔を上げて、何かを言いかけました。しかしそれより先に、雪ちゃんは口を開きました。
「何よ、だから何にも良いことないって言ったのよ。せっかく雪を降らせたのに、ぜんぜん意味なかったわね。あーあ、仕事なんてするんじゃなかったわ」
雪ちゃんは降りしきる雪を睨みつけながら、怒ったような口調で続けます。
「ほら、あなたもそんなところにつっ立ってないで、早く帰りなさいよ。風邪引いちゃうわよ。じゃあね」
ばたん、と雪ちゃんは勢いよく扉を閉めました。
残された女の子はしばらく自分の足元を見つめていましたが、やがて雪ちゃんの消えた扉に顔を向けました。
「あのね、雪ちゃん……」
女の子は洟をすすりながらも、はっきりと言いました。
「あのね、やくそくまもってくれて、ありがとうね」
扉の向こうから返事はありません。その声が雪ちゃんに届いたかどうか、女の子にはわかりませんでした。
その晩に降ったのは、雨まじりのみぞれだったそうです。
―了―