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美味しいもん食べて恋もゲット!  作者: 梨香
第一章  彼氏いない歴、何年?
8/29

8  じゃこの押し寿司、ちょっとくれへん?

 ゴールデンウイークは、郊外型のモールに勤める結花にとっては地獄の週間だ。水嶋店長なんかは週休どころか、早番から遅番まで出ずっぱりの日もある。バイトもフル出勤して貰っているが、昼間の主婦が家族旅行などで休むのが痛い。


 結花もゴールデンウイーク中は平日に1日休みがスケジュールには入っていたのに、水嶋店長に頼み込まれてフル出勤だ。 


『なんで、こんなに人が多いのかなぁ』


 気候の良い晴れた日なのに、モールの通路には人が溢れている。下の広場では日替わりの催し物があり、アクションヒーローショウがある日などは、子供連れで朝から席取りの行列が出来ている。


 楽器店も子供がエレキトーンをバンバン叩いたりと、田邊クンも大変そうだと同情する。しかし、楽器店より本屋の方が子供連れで賑わっている。


 日に何度も童話コーナーの本を整理しても、あっという間に無茶苦茶になってしまう。子供だけで童話コーナーに放置する親には溜め息しかでない。


 その上、日頃は本屋に来ないような客が、新聞の書籍欄で見た本を注文に来るのが多いのも時間を取られるので困る。今も大学生のバイトが対応に困って、ちらりと結花に助けを求める。


「だから、新聞に紹介されていた本が読みたいんだ」


 あちゃ~、あの手の客だ! 結花はバイトと時給は同じなのにと内心で愚痴って、応対を変わる。


 やはり、本の題名も、著者も、出版社も知らない困ったちゃんだった。


「新聞社はわかりますか?」


 これすら忘れていたら、お手上げ状態になるが、自宅の新聞なので忘れていなかった。結花はスタッフルームから新聞の書籍欄のスクラップブックを持ってきて、お客様に見せる。


「ああ、これだ!これ!」


 結花はパソコンで在庫を確認して、本が並べてある棚まで案内する。


 バイトの学生にもスクラップブックの存在は伝えてあるのにと溜め息をつくが、今回は見つかって良かったとホッとする。たまに他の媒体で紹介していたのを勘違いして言うお客様も多いのだ。


 スクラップブックを所定の棚に戻して、このIT時代なのにと苦笑する。


 レジ待ちの列が長くなっているので、フルにレジを開けて結花も入る。混んでいるのは、日頃読みたいと思っていた本を一気に読もうと大人買いするサラリーマンが多いからかもと、全巻お買上の本の巻数を確認しながら考えた。たまに4巻をだぶらせて、5巻が無いとかもあるので、売るときにチェックするのだ。


「レジはバイトに任せて、注文の応対をして下さい」


 レジが忙しそうだと、注文を言い出し難いと遠慮するお客様もいると水嶋店長に交代を頼まれる。困ったちゃんが来なければ良いなと思ったが、今日はスクラップブックのフル稼働になった。


 お昼の休憩も2時過ぎにやっと入る。




「疲れた~」とテーブルに突っ伏せた結花の前に、またしても南部が現れた。


「お疲れ様~」


 南部は、結花の前に自動販売機で買ったジュースを置く。


「えっ? 奢ってくれるの? ありがとう」


 ジュース1杯でも、奢りは嬉しいと笑顔を見せる。


「ゴールデンウイークなんて無くなれば良いなぁ~」


「此処の診療所は土日が開業なのが、売りやからなぁ~」


 二人でぼやきながら、弁当を広げる。


「えっ! それ海老の押し寿司やないか?」


「じゃこの押し寿司やで。まぁ、海老じゃこだから間違えじゃ無いけど……もしかして、欲しいん?」


 ジッと見つめるので、一切れ食べる前だからと、お箸で南部の弁当箱の蓋に置いてあげる。一口で食べて、うう~ん!と唸る。


「滅茶苦茶、美味しいなぁ! あと一口、ちょうだい!」


 図々しい奴だと思いながらも、食いっぷりの良さに、これで最後やで! と念押しして一切れ置く。あっという間に平らげると、昔、祭りの日に遊びに来た時にご馳走になったと懐かしそうに言う。


「そういえば、よく兄貴の友達が祭りに来てたなぁ」


 田舎の祭りなので盛り上がりには欠けるが、屋台も出るので兄の友達も来て遊んだりしていたが、じゃこ寿司なんて年寄りくさい食べ物が好きなんだと呆れる。


「これ、じゃこ寿司と言うんや」


 結花の方が呆れる。


「そんなん常識やろ? 海老のじゃこで作るから、じゃこ寿司と呼ぶんや」


 南部は意外なことを言い出す。


「いや、じゃこ寿司は他の地区では、魚のじゃこを甘く焚いたんを上に乗せてあるや。こんな海老じゃこ寿司は此処でしか食べへんで! どうやって作るん?」


 結花はへぇ~? と思った。


「先ずは生きてる、トビアラをサッと茹でるんや」


 トビアラ? と不思議そうな顔をするので、しまった! ここら辺だけの言葉かな? と焦る。


「トビアラは小さな海老のことや。その海老を山ほど剥いて、それをフードプロセッサーで細かく叩く。それを酒、砂糖、みりん、塩で味付けして、菜箸を6本ぐらい持ってぐるぐるしながら乾煎りして、田麩を作る。後は酢飯と押し寿司の型で抜いたら、できあがり」


 小海老よりも小さなトビアラの殻を剥くのは、凄い手間なのだが、前にスーパーのブラックタイガーで作ったらパサパサした感触になった。結花が食べるじゃこ寿司を見る南部に、あげへんで! と言う。


「この唐揚げと交換せーへんか?」


 今日の結花の弁当はじゃこ寿司と、紅生姜だけなので、唐揚げは少し魅力的に思える。


「1対1のトレードなら」


 こちらから言い出したわけでも無いのに、紅生姜も付けて~と甘えたことを言う。


「その紅生姜、スーパーのとは違うやろ! 梅干しの樽に漬けた生姜やろ! お祖母ちゃんが生きてた時は、そういう紅生姜を漬けていたわ」


 確かにスーパーの真っ赤な紅生姜でもないし、寿司屋のピンク甘酢漬けでもない、赤紫色の紅生姜は美味しい。


「食べかけやのに……」


 これが田邊クンやったら、間接キスだとか躊躇うが、食欲しか感じないので交換する。


「あっ、この唐揚げ、柚子胡椒入ってる!」


 醤油ベースなのに、柚子胡椒の香りがアクセントになっている美味しい唐揚げで、甘い押し寿司に飽きた口にはありがたい。


 食後は奢って貰ったジュースを飲んで、やれやれと行儀悪くテーブルに突っ伏せる。


「疲れてるんやったら、点滴打ったるで」


 兄貴の友達なんかに点滴なんて打っていらん! と内心で毒づく。


『ほんまにナンベーなら平気で話せるのになぁ』


 結花は挨拶から進展しない聡クンと、目の前の南部が代わってくれたら良いのにと妄想する。


 呑気に本を読んでる南部に、お先に! と声をかけて休憩室を出たら、妄想していた聡クンがスモーキングブースで煙草を吸っていた。


『煙草を吸おうか?』


 煙草の自動販売機を見て、そう思ったが、煙草の臭いが髪についたりしたら、母親が大騒ぎしそうだと飽きらめる。


『ご飯食べたのかな?』


 休憩時間をずっと煙草を吸って過ごしたわけじゃ無いだろうとは思うが、少し心配しながら店に帰る。    

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