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美味しいもん食べて恋もゲット!  作者: 梨香
第一章  彼氏いない歴、何年?

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6  散らし寿司を食べながら

 友達の(みやこ)と近くのショッピングモールでランチをしながら、お互いの近況を話し合う。可愛い都の愚痴は付き合ってる彼が、どうもマザコンくさいという疑惑だ。


「この前、京都に行ったら、帰りに生八つ橋買うてるねん。で、好きなん?て、聞いたら、お母ちゃんの好物やと言うんやで。デートで母親にお土産買うかぁ?」


「京都の生八つ橋は私も好きやわ。別にお土産を買ったぐらいじゃ、マザコンちゃうやろ。家の兄貴の彼女なんか、わざわざお土産を持たすよ。凄く兄貴への教育が行き届いてるわ」


 ふ~んと、都は半分納得して、クルクルとパスタを3筋ほどフォークに巻きつける。結花は彼どころか職も無いので、阿呆らしいノロケにしか感じられず、かなり多目のパスタを口に入れる。


「結花、それで職は見つかったん?」


 マザコン疑惑は晴れないが、母親にお土産を買って帰らせるのかぁと新しい戦略をゲットした都は満足して話を変える。


「それが全然やねん。もう、こうなったら販売しか無いかも……都、何かアドバイスちょうだい」


 デパートでエレベーターガールをしている都は、ノルマがあるショップもあると注意してくれる。


「ノルマかぁ……苦手やなぁ……」


 やはりネックはそれやねぇと溜め息をつく。


「ショップ店員でええなら、このモールも募集してるやろ。都会まで通勤して、立ち仕事はしんどいで、まぁ、時給は安くなるけどね」

 

 都は裕福な家庭の結花が金銭的に困ることは無いだろうと、楽な職場を勧める。


「ええっ~?此処で? こんな所で働いてたら、私の知り合いはまだしも、お母ちゃんの知り合いに会って大変やわ」


 幼なじみの都も確かに! と綺麗に整えてある眉を顰める。 母親同士のネットワークに情報が流れると、次々に見学に現れるのだ。デパートにも現れたが、そうそう見つからずホッとした都は近場は鬱陶しいかもと同意する。


「でも、早く見つけんとなぁ……我が儘ゆうてられへんわ」


 二人で求人のチラシを眺めていたが、服の販売には自信が無い。


「私、ショップで店員さんに近づいて来られるの苦手やねん。できたら、服とかは避けたいなぁ。似合いますか? とか聞かれたら、似合って無い時は困るやん」


 それではショップ店員は無理じゃない! と都に突っ込まれる。


「本とか、花とか、雑貨とかならええんやけど……」 


 探したがモールの中は服のショップが多いので、なかなか思うような張り紙は無い。これから髪をカットに行くと言う都と別れて、結花は本屋で何か好きな作家の新作でも出て無いかとチェックに向かう。


 なにせ失業中なので、時間がある。OLをしていた時に買って積んでいた本も読み尽くしたのだ。


「おお~!新刊やぁ……2年も待ちくたびれたわ~」


 大好きな作家だけど遅筆が欠点だと愚痴りながら、うきうきとレジに並ぶ。


『あれ?求人してるの?』


 レジの奥の棚に白い紙が張ってある。


『スタッフ募集、週5日、土日祝出勤可能な方、詳細はスタッフまでかぁ』


 父親が休みで家にいる土日は、家を避けたい結花には好都合だ。レジでお金を払いながら、張り紙をチェックする。後ろの客がいるので、お釣りを貰ってレジ前を離れたが、どうしようか? と店内をぐるぐるしながら迷う。


『都と別れんかったら良かった。一人で声を掛けるの、かなわんわ~』


 レジカウンターの後ろには3人の店員がいるが、平日なので1人はレジに付いてない。結花は聞くだけはタダやと、勇気を出して声を掛ける。


「あのう、済みません。彼処の張り紙を見たのですが……」


 レジカウンターの端で、本の予約をする客の応対を済ませた店員に結花は声を掛けた。


「ああ、スタッフ募集の件ですね、少しお待ち下さい」


 店員がスタッフルームの扉を開けて声を掛けると、少し年齢が高い男の人が出てくる。


「ええっと、スタッフ募集の件ですね。バイトと違って、週5日の8時間になりますが来られますか?」


 はい! と答える結花に頷いて、面接日をてきぱき決めると、その時に履歴書を持って来て下さいと、電話番号と名前だけ記入して終わった。


 今までは求人している事務所に予め電話をして、履歴書を送り、先方から面接の電話がかかるというパターンが多かったので、結花は立ち話しで面接日が決まったのに驚く。


『きっと、大勢が面接するんやろ。まぁ、駄目もとで受けてみるわ』


 何件も落ちて、妙に諦めの良くなった結花は全く期待しない。


 

 家に帰ったら母親に捕まって、お雛様を出す手伝いをさせられる。


「段々を組み立てるの、一人ではできへんねん」


 子供の頃は楽しかったお雛様だが、この段々を組み立てるのはひと苦労だ。毎年、御内裏様だけだそうかと母親は愚痴るが、何となく他の人形が可哀想になり、段々を組み立てる羽目になる。


「この前、友達の所に初孫ができて、お雛様買ったと聞いたけど、近頃のはこんな段々組み立てへんのやて」


 金属製の段々を組み立てながら、最近のはお雛様の収納箱を組み合わせて段々になるのだという母親の話を聞き流す。変に相槌を打つと、家には孫ができるのか? とか、結婚しろとか、碌なことにならない。


 組み立てた段々に緋色の布を掛けると、ぐんと座敷が華やかになる。


「あっ、下にも緋毛氈を敷かんと……」


 毎年なのに段取りの悪い二人は苦労して、お雛様の飾り付けを終える。


「お雛様はやっぱりええなぁ」


 満足そうな母親に、結花も頷くが、これをまたしまわなくてはいけないのだ。それどころかしまう時に、ついでに兜飾りも出そかと手伝わされる。兜飾りは出すのは簡単で、青毛氈の上に武具櫃を載せて、中の甲冑を取り出して、兜を上に乗せれば出来上がりなのだが、結花は何故兄がしないのかと納得できないのだ。


 

『えっ? 850円……って滅茶苦茶やわ』


 水嶋店長の面接を受けて、細かい条件を聞いた結花は時給の低さに驚いた。しかし、本は社員割引があると聞いて、目を輝かせる。


「時給は3ヶ月の研修期間が終わったら、少しアップしますから」


 やはり前に面接日を決めた年配の男の人が水嶋店長さんやったんやと、何歳ぐらいかな? と思いながら面接を終える。



 失業中で暇なので、ピアノの練習でもしようかと、楽譜を買いにモールの中の楽器屋に行き、ペラペラと何冊かのピースを選んでいた結花の耳に名前が飛び込む。


「おい、タナベ君、着いた荷物を裏に運んで!」


 タナベ君? と顔を上げた結花の目に、茶髪の長身の後ろ姿がチラリと見えた。


『ええっ~!! もしかして……』


 ピアノの楽譜コーナーは楽器店の隅にあるので、真ん中の棚が邪魔でチェックできないのがもどかしい。裏に荷物を運んだタナベ君がレジに帰ったのを見計らって、結花はいいかげんに選んだ楽譜を持っていく。


『きゃぁ~、田邊君やぁ!!』


 レジでお金を払いながら、ネームをチェックする。


『田辺や無くて、田邊やったんや! 何で、下の名前も書けへんのやろ……しまった! もっと気合いを入れて面接受けたら良かった!』


 本屋は好きだけど、スタッフとは名ばかりで正社員じゃないし、そのくせバイトより仕事は多そうだと、結花は水嶋店長さんの説明を一応は真面目に聞いていたが、がっかりしていたのだ。それに近場は知り合いが多いのも気になっていた。


『ああっ~! もっとアピールすれば良かったかなぁ』


 後悔先にたたずだと、しょんぼりと家に帰って、なんじゃこれ? と難解な超絶技法のピアノの曲の楽譜を投げ出す。


 しかし、可愛い田邊君から買ったのだからと真面目に練習してみるが、どうにも気晴らしにはならない。


「結花~! 電話やで~」


 今時、家電してくるのはと、結花はばたばたと廊下を走る。保留ボタンを押して、余所行きの声を出す。電話は水嶋店長からだった。


「やったぁ! 職が決まったで!!」


 母親も面接していた書店からの電話なので、息を潜めて聞き耳を立てていた。


「良かっなぁ、今夜はお雛様の前祝いで散らし寿司にしようか」


 いつもなら手伝わされるのに文句を言う結花だが、田邊クンと同じ職場だと機嫌が良い。お雛様でも無いのに、人参を花型で抜いたり、飾りの酢蓮根も梅酢で色づける。


 どうせならと、蛤のお澄ましも付けた散らし寿司に、まだ3月3日じゃないのに父親は何や? と怪訝な顔をする。


「結花が仕事決まったんよ~」 


 へぇ~と、少しホッとした父親に母親がモールの本屋さんやねんと説明しているのを聞きながら、結花は気合いを入れて極細に切った錦糸玉子を口に入れる。


 少し出汁の香りと甘さを噛み締めて、どうやって田邊君とお近づきしたら良いのかと悩む結花だった。  

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