6 決意のたこ焼き!
南部が海外協力隊に行くかもしれない。結花はなかなか眠られなかった。
「行きたいと願っていたんだもん……親と喧嘩しても南部はやめなかった」
自分には止められない。それに止める権利があるのかどうかも微妙な立ち位置だ。
「この件は、なんべ次第や」
行くとしたら最低三年は会えない。その三年の間、自分はどうしたいのか? それが問題なのだ。大学を卒業してニ年。就職した会社はクビになり、やっと書店のバイトに慣れたところなのに閉店っぽい。次に入る書店に雇って貰うのも一案ではあるけど、何か違う。
結花は、夢を叶えようとしている南部と何もなし得てない自分との格差に心が揺れた。
「私、何がしたいんかな?」
眠れないなら、寝なきゃ良い! 結花はベッドから起き上がり、パソコンを立ち上げた。自分が何をしたいのか? それすらも分からない自分に嫌気がさしたのだ。
「好きな事が仕事に繋がるとは限らないけど、今のまんまじゃ嫌や」
ここら辺がお嬢と呼ばれる所以だが、結花は経済的に恵まれた立場だとは気づいていない。
「お祖母ちゃんは髪結が好きやから、年取っても続けている。お母ちゃんは料理や家事が得意やし、専業主婦がぴったりや。私は……家事はそこまで嫌いやないけど、専業主婦はちょっとなぁ」
結花は父親みたいに何も出来ない旦那さんと暮らしていくのは嫌だと眉を顰める。となると、共働きとかが良いのだが、単なるパートでは嫌だから悩んでいるのだ。
「ピアノは好き。お花も好き。絵も好き。でも、それで食べていけるほどやないんや」
習い事を幼い頃から色々とさせて貰っていたけど、どれといって身を立てるほどではない。
「家事が好きなら、スーパー家政婦とかできるんやろうけど、そこまでじゃないし……」
パソコンで好きな事で職業になりそうな物を検索してみたが、結花はどれもこれも中途半端な自分を思い知らされただけだった。こうなると、弁護士になった兄や医師になった南部などと比べて他の底まで落ち込んだ。
「何か資格が有れば良いんだけど……」
今からでも取れる資格を調べてみたが、結花はもう一つやる気になれなかった。
「やりたい事を見つけるのが大事なんやけど……」
南部と結婚して、書店で働くのを想像していた結花だったが、南部はどこか海外に行ってしまうし、書店は閉店だし、将来には不安しか無い。
「明日、考えよう!」まるでスカーレット・オハラのような台詞を呟いて、ベッドに入った。パソコンで目が疲れていた結花は不安な割にすぐに眠った。
次の日も、書店で働きながら結花はずっと自分は何がしたいのか? 考え続けていた。
「結花ちゃん」
棚に新刊本を並べていた結花は、南部の声に振り向いた。
「なんべさん、もうええの?」
退院したばかりなのにショッピングモールに出てきて良いのだろうか? 免疫とか落ちていたら、人混みは避けた方が良いと思う。
「もう平気だよ。それより、結花ちゃんと話をしたくて」
結花はその話は聞きたく無いと俯く。海外青年協力隊へ行くのは仕方ないけど、やはり別れの話は辛い。まだ、本当に付き合っているとは言い難いかもしれないけど、結花としては初めての彼氏だったのだ。
「今は仕事中だから……」やんわりと断ろうとした結花だけど、南部は仕事のシフトも知っている。
「昼休憩に!」
ややこしい話を休憩所でしたくない。周りの目が怖い。なので結花はフードコートに南部を誘う。お弁当をフードコートで食べるのはマナー違反だが、何か買えば良いだろうと勝手に解釈する。
「結花ちゃんはお弁当あるのに?」
全く休憩所の雰囲気を理解してない南部に呆れる。
「たこ焼き食べたくなったの」
「たこ焼きかぁ! 良いよな。たまに無性に食べたくなるんや」
単純な南部に結花は呆れるが、海外に行ったらたこ焼きを簡単にたべれなくなるんやと言いかけて口を閉じた。海外へ行くのを反対しているように思われたくない自分の良い子ちゃんぶりに嫌気がさす。
結花はたこ焼きを一舟、南部はニ舟買って、フードコートの席についた。
「それで何の用なの?」
たこ焼きをハフハフと口にしている南部に結花から話を切り出した。もう、生殺しの状態は嫌なのだ。
「うん……俺、やっぱり行きたいと思う」
まるで自分に許可を貰うような言い方に結花は怒る。
「行きたいなら行けば良いやん! そんなの私に許可を貰うみたいな言い方やめて」
啖呵を切ってたこ焼きをパクと口に入れたのは良いが、熱すぎる。慌てている結花に南部が笑いながらコップを差し出す。
「結花ちゃんに待ってて欲しいから、許可を貰いたいんや」
結花は水を飲み込もうとした途端のプロポーズもどきに思いっきり咽せた。
「大丈夫?」なんて呑気に聞いてくる南部を涙目で睨みつける。もう一口水を飲んで気持ちを落ち着ける。
「それってどう言う意味?」
「どう言う意味? 待ってて欲しい……あっ、俺と結婚して欲しいって言ってなかったっけ?」
フードコートで、たこ焼きを食べながらのプロポーズ。結花が思い描いていたのとは全く違うけど、気持ちがときめくのは止められない。
「ええよ。なんべが帰ってくるの待ってるわ」
たこ焼きが甘く感じた二人だった。




