4 お粥を作ってみたものの
「不味いなぁ」
半分以上残した朝食を目の前にして、南部は病院食の改善をするべきではないかと顔をしかめる。結花を怒らせてしまったので、差し入れは期待できない。
……しまったなぁ〜! 結花ちゃんはお母さんの料理の腕前にコンプレックスを持っていただなんて、気づかなかったから……
親友の妹に恋心を抱いている南部は、複雑な立場に追い込まれている。盲腸で緊急入院しているのだが、両親は術後に医者の不養生だと叱りに来ただけで、勘当中だからと見舞いにも来ない。寝巻きは病院が貸し出ししてくれているし、下着は友だちが差し入れてくれた。
病院食が不味いとは聞いていたが、これほどとはおもってもみなかった南部は、早く退院するしかないと医師の回診を心待ちにする。
「もう少し入院していた方が良いのですけど、まぁ、実家が病院なら良いでしょう」
その実家とは縁を切られているなんて口にしないで、退院の許可を得た南部は、タクシーで帰ろうと思ったが財布にはお金があまりなかった。
「サージに迎えに来て貰ったら良いけど……まだ結花ちゃんは怒っているかな?」
ええい! ぐずぐずしていたら、またご飯の時間になると、南部は友だちの西園寺に電話する。
「おっ、もう退院できるのか? それは良かったな」呑気な隆の声に迎えを頼むが、今は大阪市内にいるとの返事に困る。
「夕方なら迎えに行けるぞ」
「夕方まで居たくないなぁ」
「なら、結花に迎えに来て貰えば良いだろ? お前たち、付き合っているんだから」
忙しそうに通話を切られて、ベッドの上で南部は少し躊躇する。
「付き合っているのかな? どうなんだろう?」
お互いに好意を抱いているのは確かなのだが、恋人未満の関係だ。携帯を眺めていた南部は、えい! と勇気を出して結花に電話する。
「ええっ、あのアパートへ帰るの? 一人暮らしなのに退院しても良いのかな?」
この前、喧嘩した事など忘れたように直ぐに病院へ来た結花に、やっぱり可愛いなぁとデレデレしていた南部は、医師に聞いてくると言うので焦る。
「結花ちゃん、俺は医者だよ。それに、ほら! 清算も済ませたんだから」
「そうやったなぁ。なら、忘れ物は無いかな?」
南部としては、アパートまで送って貰うだけのつもりで結花を呼んだのだが、実家に帰らないのならと、西園寺の家に向かう。
「今夜はお兄ちゃんも泊まりに来るし……あっ、ご飯はお粥の方がええよね」
相変わらず警戒心が無いなぁと南部は呆れる。親が北海道へ旅行中なのに男を家に連れて来るのは問題だろう。だが、南部は座敷に敷かれた布団でウトウトしてしまった。
何と言っても手術後の回復期で、変な事をする体力は無い。
「南部さん、お粥さん食べる?」
起こしたかな? と遠慮がちに声をかける結花に、ぐうぅと腹が返事をする。
「病院のご飯が酷くてさぁ」
恥ずかしそうな南部に、母親の料理の腕前を褒めた事で腹を立てて差し入れもしなかったと結花は反省する。
「堪忍やで、確かに店が忙しかったんもあるけど……さぁ食べて!」
結花が炊いてくれたお粥と、魚の煮付け、南京の炊いたの、菜っ葉さんのお浸し、だし巻き卵を南部はゆっくり噛み締めて食べる。
「ご馳走さん! 美味しかったわ」
泊まって行けば? と言う結花に送ってくれと頼む。
「親御さんが居ないのに泊まれないよ」
「麻雀で泊まる予定やったやろ? 変なの?」
友だちがと一緒に泊まるのと、一人で泊まるのとは意味が違うと口の中でもごもご言う。
「それに結花ちゃんの両親には良い印象を持って貰いたいから……」
「良い印象?」
何故かと思い当たって、結花は頬を染める。可愛いなぁ! と南部は抱き寄せようとしたが「なら、送って行くわ!」と車の鍵を持ってサッサと玄関へと向かう。
「もう! ロマンチックやないなぁ」
そう言いながらも、両親の留守宅で盛り上がったら自制が効かなくなったかもと南部は残念な気持ちを押し殺した。
車の中でも二人の間には沈黙が降りていた。道案内する声だけが響く。
「あっ、そこの角を曲がって!」
「そう言えば、南部さんのアパートに来るのは初めてやわ」
言った途端に、結花はドキドキする。独身男のアパートに行くのは初めてだ。
「部屋はあまり掃除してないから……あっ、あの白い建物だよ」
アパートの前で車を止めると、結花は荷物が入った紙袋を持って車から降りる。
「あっ、新聞を止めるの忘れてた! しまったなぁ」
アパートの南部の郵便受には新聞がいっぱい溢れそうになっていた。
「荷物は私が運ぶから、新聞を持って入ったら? 留守にしてると泥棒に教えているようなもんだわ」
「ほんまやな」と南部は、郵便受けを開けて溜まった新聞や手紙を両手に持った。
「えっ? これは!」南部は一通の手紙を手に取ると、急いで開封する。
「何してんねん?」パラパラと新聞やダイレクトメールが床に落ちるのを見かねて、結花は拾う。
「やったぁ! 青年海外協力隊に参加できるんや!」
長年の夢が叶ったと喜ぶ南部にハグされたが、結花は素直に喜べなかった。




