3 辛すぎた麻婆茄子
また、ジャラジャラと麻雀の音がしだしたので、食べ終わったのだろうと下に降りる。
『食べっぱなしやろうなぁ~』
既に、南部を呼ぶために、兄達まで巻き込んだことを後悔している結花は、後片付けをしなきゃと思いながら台所へと行って驚いた。山ほどの料理が綺麗に食べられていたし、食器も洗ってはないが、流しまで運んであったのだ。
『兄貴の彼女の教育的指導の賜物かなぁ?』
結花はザッと汚れを落として、食器洗い機に詰めていく。麻婆茄子のフライパン、味噌汁の鍋を洗って、片付けは終わった。
冷蔵庫の野菜室にはまだいっぱい茄子があるが、結花は満ち足りた気分だった。日頃は滅多に感じない達成感に浸る。
「私って、やれば出来るやん!」と、悦にいっていたが、そうは問屋が卸さない!
「おい、ナンベー大丈夫か?」
「食中毒じゃ無いだろうなぁ!」
座敷から騒ぎが聞こえて、結花も急ぐ。
「ナンベー! 大丈夫なの?」
真っ青な顔の南部は、腹を押さえてうずくまっている。
「おい、これはただごとじゃないぞ! 救急車を呼べ! 結花、何を食べさせたんや!」
慌てて救急車を呼んで、兄が付き添って近所の病院に運びこまれた。結花は生きた心地がしないので、残った友達に車を運転してもらい病院へ急いだ。
「食中毒なのかな……どうしよう!」
友達は、自分達は平気なんだから違うと宥める。
「ナンベーは食べ過ぎなんや! 全部、残さずに食べてたからなぁ」
結花には友達の慰めも耳に入らない。
『ナンベー、死なんといて!』
病院の入り口は、夜間なのでしまっていた。
「夜間入り口は……あっちや! 結花ちゃん、危ないで!」
夜間入り口の灯りだけを見ていた結花は、車止めに思いっきり蹴躓いた。バタンと思いっきりバンザイしたまま転んだが、痛みを感じる暇もなく夜間入り口へ走る。
「どうされました? ああ! 大変ですねぇ」
夜間入り口の守衛は結花の怪我に驚いて、治療室へ案内しようとするが、それを振り切る。
「先程、救急車で運ばれたナンベー、いえ、南部さんの容態は!」
頭からダラダラ血を流して叫ぶ結花に、守衛は二歩後ろずさる。
「結花ちゃん、治療して貰おうよ~守衛さん、南部は何処ですか? 彼女、恋人なんで慌てちゃって、車止めでころんだんですよ」
守衛は、診察室を教えてくれた。結花は友達に差し出されたハンカチで血を押さえながら、薄暗い病院を診察室まで進む。
途中で遭った人達は、怯えて結花に道を譲った。薄暗い夜の病院の廊下で、血を流している殺気立った女に近づきたくはない。
「あっ、サージや! あそこやで」
兄が外のベンチに座っているのを見つけると、結花は走り出した。
「ひぇ~! おばけや~」
元々、夜の病院は薄気味悪い、嫌な感じだとビクビクしていた兄は、薄暗い廊下を髪の毛を振り乱して頭から血を流して自分に向かって駆けてくる結花を見て、本当におばけだと思った。
「誰がおばけやねん! ナンベーの容態は!」
兄の頭を叩いて、結花は詰問する。
「いやぁ、手術するんやて」
手術! そう聞いた途端、結花は気絶してしまった。
「ええっ! 結花! しっかりせんか! ナンベーはただの盲腸や!」
通り掛かった看護士は、頭から血を流して倒れている女性を、ぴしぴし叩いている不審者を見つけて、緊急時ボタンを押した。
「ウィ~ン! ウィ~ン! ウィ~ン!」
鳴り響くサイレンと「女性から離れなさい!」と叫ぶ声で、兄はうんざりする。
「二度と、結花とナンベーのキューピットなんかしてやるか!」
結花は、頭と膝との傷を消毒してもらい、無事に盲腸を切った南部のベッドの横に座ってる。
「ほんまにオタンコ茄子や! 私の料理で病気になったかと思うたわ」
勘当していた南部の両親も駆けつけて、兄と結花に迷惑をかけましたと頭を下げた。
「まぁ、僻地に行くなら、盲腸は取っておいた方が良いだろう」
心配して和歌山から駆けつけたくせに、そんな言葉を残してさっさと帰る南部の両親に結花達は呆れた。
「結花……考えて直した方がええかも、かなり変わった両親やで」
「まぁ、親と付き合うわけじゃないし……」
「お前の人生や、勝手にしたらええわ」
突然、寝ていたと思った南部が笑いだす。
「やったぁ! やっとサージの許可もおりたし、結花ちゃもOKしてくれた!」
喜んだと思ったら、痛たた……と顔をしかめる。
「ほんまにオタンコ茄子や!」
「まぁ、お前の激辛料理を全部食べる根性がある男は他にはおらんで! それに傷物にしたんやから、責任をとれ!」
結花の激辛麻婆茄子は、全員が一口でギブアップしたのだ。
「ええっ? 激辛? ちゃんと味見して……あっ! 後からいれた花山椒や~!」
激辛麻婆茄子で微妙な二人は一歩前進したけれど、結花の恋は南部の一言で迷走し始める。
次の日、結花は南部のお見舞いに行った。恋人として、色々お世話をしたいと張りっているのだ。
「ここの病院のご飯は美味しくないんや。これは、本当に問題やと思うで……俺も入院するまでは、こんなに不味いもんやとは知らんかったわ」
「なら、私が何か持ってきてあげるわ」
「あっ、サージのお母さん、北海道から帰ってきたん?」
この時、南部は大変な失言をしたのだが、自分では気づかなかった。未だ、盲腸の手術をしたばかりで、少しぼんやりしてきたのだ。
「お母さんは、未だ北海道やけど……私だって料理ぐらいできるもん! ナンベーは、私よりお母さんの方が好きなんや!」
結花は、そう言い捨てて病室を後にする。残された南部は、自分の母親とどちらが大事なのか? と聞くなら理解できるが、何故、結花のお母さんと比べるのか分からない。
「勘弁してやぁ〜」
微妙な乙女心が理解できない南部は、常に彼女がいたサージへ相談することにする。それが、余計に拗らせることになるとは、南部にはわからなかった。