2 意地で作った茄子百選!
「今夜は茄子パーティーだ!」
兄を呼び出し、ナンベー以外の同級生も麻雀を餌に招待させる。
何時ものメンバーに茄子を食べさせるだけだと、結花は考えるが……さて、茄子をどう料理したら良いのかという時点で固まった。
「茄子なぁ……ぬか漬け、生姜がけ、揚げ浸し、炒め煮、麻婆茄子、茄子の天ぷら、焼き茄子、茄子のスパゲティ、カポナータ、茄子の田楽……」
色々と思いつくが、簡単でサッと出せる物が良いとなると難しい。幸い、今日は珍しく休みなので、結花は作戦、いや献立を考える。
「ナンベーは……違う! お兄ちゃんは一人暮らしやから、和食かな~ご飯、味噌汁、漬け物、おかずを2品?」
結花はノートに献立を書いた。
お味噌汁の具……茄子!
漬け物……茄子!
揚げ浸し……茄子!
麻婆茄子!
「ええっと、お味噌汁に2個、漬け物は4個、揚げ浸し6個、麻婆茄子8個! あれっ? 20個しかはけない」
普通は20個も茄子を使わないのだが、結花は大量の茄子に頭がいっぱいになっていた。それに、茄子だらけの献立が変だとも気づかない。
「もっと茄子を使わないと……品数を増やそうかな?」
どんどんと茄子の呪縛に嵌まっていく結花だ。朝から献立を考えていた結花は、ノートにいっぱいになった料理を見て溜め息をつく。
「こんなにできないわ……というか、こんなに食べられないわ」
茄子を無駄にして、夢でまた追いかけられたくはないと、初めの献立に酢の物か何かを足そうと冷静に考える。
この時点で、結花はまともに返りかけていた。しかし、南部からのメールが結花の気持ちを逆なでする。
『おはよう。今晩はサージと麻雀することになりました。お母さん旅行なので、何か買って行きましょうか?』
スマホを持つ手がぶるぶるする。
「何よ! 茄子を食べたいと言ったから、朝から考えているのに!」
まるで自分が料理できないみたいに思われていると結花は腹を立てる。
『おはようございます。何も買って来なくて良いです』
素っ気ないメールを返し、こうなったら後には引けないと闘志を燃やす。
結花は、先ずは漬け物から取りかかる。冷蔵庫の中には大きなタッパーが鎮座していた。
どっこらしょと糠床で重いタッパーを台所のカウンターに置く。艶やかな茄子は、この地方でしか採れない水茄子という種類だ。なるべく小ぶりの茄子を6個選ぶと、洗い桶で洗う。また板でヘタの部分を切ろうとして、小さな産毛のようなトゲが指を刺した。
「痛ったぁ! 茄子のくせに生意気や」
思いっきりバシンとヘタを切り落としていく。ザルに入れた茄子に、漬け物用の粗塩をゴシゴシしていると、さっきのトゲの傷が微妙にしみる。
茄子は表面を粗塩でゴシゴシされて、紫色の汁が少し出ている。旅行に行くので糠床の中は空にして、きっちりと表面を撫でつけてあった。結花は茄子を糠床に漬けて、表面を滑らかにすると手を洗う。
「糠味噌くさいかな……」
茄子を漬けただけで、既に疲れた結花だったが、今更ナンベーに何か買って来て貰う訳にはいかないと、妙なやる気を出して、料理を始める。妙なスイッチの入った結花はスーパーの買い出しから帰ると、冷えても美味しい茄子料理から始める。
「那須の生姜掛けと、油で揚げてお出汁につける、揚げ浸し! これからやろう! 冷蔵庫でキンキンに冷やしたら美味しいもん」
絞れば水が出そうな水茄子をザックリ切って湯がいて、生姜醤油に漬け込む。
「これで二品目できあがり! この調子なら、すぐにできるわ」
などと調子に乗っていたが、茄子の揚げ浸しで、油で素揚げしていた時にピシャンと油が腕に跳ねて、結花は「アチチィ!」と叫ぶ羽目になる。
「ほんまに茄子めぇ!」
憎らしそうに茄子を眺めるが、油で揚げた茄子は艶やかで美味しそうだ。ジュッと出汁の中に漬けて、冷蔵庫にしまう。
細かく茄子を刻んで、お出汁でサッと煮ると、豆腐をチンしたのと白味噌と和えて、茄子の白和え!
ズッキーニ、パプリカ、茄子をオリーブオイルで炒めて、トマトの水煮缶をドバッと投入してカポナータをつくる。
麻婆茄子の下準備をした頃には夕方になっていた。
「あっ、ご飯を仕掛けなきゃ!」
炊飯器のタイマーをセットした途端、結花のスイッチが切れた。考えたら朝から味見だけで、昼食も食べてない。
その上、料理に慣れてない結花が使った台所は悲惨な状態だ。何個もの鍋、フライパン、ボール、が山になっている。
「料理が上手な人は、片づけながらするって聞いたけど……ほんまやろか?」
結花は、溜め息をついて山ほどの洗い物を終えた。
台所にはエアコンを付けていたが、油で揚げたりして、なんだか油臭い。結花はまだ兄が帰ってこないだろうと、シャワーでサッと汗を流す。
「ああ! 疲れたぁ」
そのまま、ベッドで少し休憩するつもりが、うとうと寝てしまった。
『なぁ~なぁ~! 俺ら、食べ残されるの? こんなに茄子ばっかり、誰が食べるんや?』
今度は麻婆茄子や、茄子の漬け物、カポナータに追いかけられる夢を見て、結花は目覚めた。
ジャラジャラと麻雀の音がする!
「しまった! もう、皆来てるんや!」
さっと着替えて軽く化粧すると、下に降りる。
「お兄ちゃん、もう麻雀してるん?」
座敷には南部も来ていたが、ワザと無視して兄に尋ねる。
「ああ、声を掛けたけど、寝ていたからなぁ」
チッと舌打ちしたくなったが、お客の前なので愛想笑いして、ご飯ができたら声をかけると言って台所へ急ぐ。
炊飯器にはご飯が炊けているし、味噌汁は出汁を温めて茄子を入れて炊けたら味噌を解かせば良い。
ダイニングテーブルに冷蔵庫で冷やしておいた、揚げ浸し、生姜がけ、カポナータ、白和えを並べて、真ん中にはこれから作る麻婆茄子を置くスペースを空けておく。
ビールグラスに、お箸、取り皿をセットすると、麻婆茄子を作り始める。
油をフライパンに入れて、みじん切りのニンニクを弱火で油に香りがうつるまで炒める。挽き肉を入れて塩コショウをふると、豆板醤を鍋肌に入れて炒める。
一旦、挽き肉を取り出して、油で薄切り人参、茄子、椎茸を炒めて、挽き肉を戻した。鶏ガラスープを入れるとピシャピシャと油が跳ねる。少し和風に味噌を解き入れて、味見をする。
「まぁ、こんなものでしょう! 後は花山椒を少し……あっ、ちょっと多かったかな? まぁ、良いかぁ。後は、水解き片栗粉でとろみをつけて、仕上げに胡麻油をほんの少し!」
夢中で料理して、兄達を呼んだが、なかなか腰を上げない。
「早く食べてよ! 冷めちゃう!」
やっと麻雀の一局を終えて立ち上がった兄を結花は殴りたい気持ちだ。
『折角、作ったのに!』
その上、テーブルの上を見ての一言に結花はキレた!
「なんやぁ? 茄子ばっかりやないか!」
「お兄ちゃんは食べなくても良いわ!」
「別に作ってくれとは言ってない!」
兄弟喧嘩を南部が止めた。
「美味しそうやんか、結花ちゃん、ありがとう」
他の友達も席についたので、兄も冷蔵庫からビールを出して食べ始める。結花は、何でこんな事を自分がやっているのか馬鹿らしくなった。
水茄子の漬け物と、茄子の味噌汁、ご飯を出すと、二階の自分の部屋に籠る。
「何もかも茄子のせいや! ボケ茄子! オタンコ茄子!」
結花は、自分が南部に良い格好したかったのだと気づいて、叫び出したくなる程の恥ずかしさを感じる。