1 茄子だらけ! どうすんねん?
ある朝、珍しく親より早く目覚めた結花は、新聞を取りにツッカケをはいて玄関まで出た。いや、出ようして戸を開けて、フリーズした。
「これは茄子だよね……まさか、全部?」
結婚式の引き出物を入れる特大の袋に山と積まれた茄子を見て、結花はこんなに大量にくれたのは誰だろうと首を傾げる。袋のふちの上まで積み上げられた茄子は、畑で採ったばかりみたいで、つやつやと朝日を受けて輝いてる。
「当分、茄子のオンパレードだ……まぁ、茄子は好きだから良いけどねぇ」
結花の住む町は大阪とは名ばかりの田舎で、周りには畑や田んぼが広がっている。両親の知り合いの農家の人が、時々、野菜を玄関先に置いてくれるのだが、同じ野菜が大量になるので、当分はキャベツや白菜や冬瓜と同じ野菜が続くのだ。
この時、結花は自分が茄子を料理する羽目になるとは思わなかった。新聞を門まで取りに行き、玄関先の茄子をどうしようかと悩む。ここに放置したら日に当たって、折角ツヤツヤの茄子が悪くなるかもしれないと、重たさに文句を言いながら台所まで運んだ。
「こんなに茄子ばかり、どうするのよ」
貰い物にケチをつけるわけではないが、重たさに腹が立った。
「いゃあ、ぎょうさんの茄子やわ!」
今朝はいつもより遅く起きてきた母親も驚く。何故か余所行きを着ているし、メイクもばっちしだ。
「困ったなぁ~、今日から皆で旅行やのに……」
そういえば、昨晩そんなことを聞いたような気がする。
「ええっ! 何日間行くんだっけ?」
「6泊7日で北海道へ行くって何回も言ったでしょ。いやぁ、どないしょう! 茄子を冷蔵庫に入れて置くにも、こんなには入れへんし……貰ってもらうにしても、親戚も一緒やから」
そうこうするうちに父親も起きてきて、飛行機の時間だと騒ぎ出す。
「まだ時間が有るのに、せっかちやわぁ~! 結花、この茄子を適当に近所に配って! 頼んでおくで」
慌ただしく出て行く両親を見送った結花は、台所に残された茄子を恨めしく眺めた。
「面倒臭いなぁ~! 私が近所に配るのか……」
こうして茄子と結花の格闘が始まった。結花は本屋の勤務が遅番で良かったと溜め息をつきながら、スーパーの袋に茄子を10個ずつ詰めていく。
「ええっと、隣近所5軒ぐらいに……」
それでも大量の茄子が引き出物の袋の中には残っていたが、これぐらいなら冷蔵庫の野菜室に入るだろうと、呑気にアイスティを飲む。
「ピンポン」少し嫌な予感がしたが、インターホンを取る。
「茄子を頂いたから、お裾分けします。玄関に置いといたからね」
結花が茄子はありますと答える隙も与えず、隣人は立ち去った。素早い逃げ足に、もしや隣人も茄子を持て余しているのではと疑問が湧く。
「もしかして、近所はどの家も茄子を貰ったの? そういえば、誰がくれたのだろう?」
何時もなら母親がくれた農家の人に電話したりして、お礼を言ったり、何かの時にお裾分けをしたりするのだが、今朝は慌ただしく旅行へ行ってしまった。
「ええんかなぁ~、誰がくれたとも分からないのに……」
結花がボンヤリとしているうちに「ピンポン」という音が鳴り、どんどんと茄子が増えていく。結花の母親なら、あら、家も貰ったのよ! と速攻で返しに行くだろうが、まだ未熟者なので、大阪のオカン相手は荷が重い。玄関に置いてある茄子を眺めて、これは近所にも配られたのだとガックリする。
「近所が駄目ならバイト先に持って行こう! パートのおばちゃん達なら貰ってくれる筈やわ」
取りあえずスーパーの袋に詰めた分だけでも減らそうと考えながら、シャワーを浴びる。
「鍵は掛けたし、火の元は……そうや、使ってない!」
いつもは専業主婦の母親がいるので、鍵を掛けることもない。結花はガサゴソと茄子の入ったスーパーの袋を5個持ってバイト先へと向かった。
「いゃあ! 茄子やわ! 私も貰ったのよ~」
「もう、間が悪いなぁ~、昨日買ったんよ~」
「スイカで満杯なのよ~、茄子4本だけ貰っていくわ」
パートの主婦なら喜んで貰ってくれるだろうと考えていたが、それぞれ夏場は冷蔵庫の容量と相談しなくてはいけない。でも、どうにか4袋ははけた。
「そうだ! ナンベーにあげよう」
結花は同じモールの診療所でバイトに来ている兄の友達に茄子を押し付けることにした。南部という医者の卵なのだが、結花とは友達以上の恋人未満という微妙な関係が続いている。
青年海外協力隊に入りたいと言って、医者の親から勘当された南部はアパートで一人暮らしだ。自炊しているなら、茄子も食べるだろうと考えた。
「茄子は好きだけど……俺は唐揚げしか作ったことないねん」
そういえば弁当のおかずは何時も唐揚げだったと結花は今更ながら驚いた。
「結花のお母さんに料理して欲しいなぁ~サージのお母さん、料理うまいからなぁ~」
兄は西園寺さいおんじという名字からサージと呼ばれていたし、自分も南部からナンベーと呼んだりしているくせに、結花は何故かカチンときた。
『やっぱり、お兄ちゃんの妹に過ぎないのかな? お母さんの料理目当てで、会っているだけなん?』
春から何となく付き合っているような感じだけど、どうも恋人には発展しそうにないと結花は溜め息をつく。母親は結花のお弁当を作るついでにと、勘当されたナンベーにも弁当を作って持たせていた。
自分の手作り弁当でない所からして、結花のお子様振りが透けて見えるが、本人はちゃんとした? いや、契約社員だから半人前の社会人のつもりだ。
南部は友達の妹ということや、結花が箱入り娘として大事に育てられたのを知っているので、なかなか次の段階に進めないのだ。
「お生憎様、お母さんはお父さんと旅行やねん」
ツンとして茄子を持って仕事先の本屋に帰る結花を南部は心配そうに眺める。
「あんな大きい家で一人で留守番……大丈夫かなぁ? サージに帰ってくるように言おうかな……」
南部は両親の旅行中というシチュエーションに妄想を抱いて、それをかき消す為に友達を思い出す。
遅番で帰った結花は、鍵を自分で開けるのから面倒に感じる。
「うわぁ~! しもた! 真っ暗や」
門の灯りは夜になると自動でつくし、庭の灯籠にも灯りはついたが、玄関も廊下も真っ暗だ。それでも産まれ育った家なので、どうにかスイッチを探り当てて灯りをともす。玄関の戸を開けっ放しで入ったので、閉めに行くと、陰に茄子の入った袋が置いてあった。
「留守中に置かれたんだ! これでは一生茄子から逃れられない」
折角、40個減らしたのに、増殖する茄子にウンザリしながら、結花はベッドに入った。
夢の中で茄子達に『早く食べてくれんと、しなしないになるわ~』と追いかけられて、すっとんと落ちて目が覚めた。
「茄子め! ナンベーめ! 料理ぐらいできるわ!」
一富士、二鷹、三茄子! 自分の夢は吉兆なのか? と思いながら、先ずは兄を呼び出すことから始める。両親のいない家に微妙な関係の南部を呼ぶのは、恋愛経験0の結花には敷居が高い。
兄の妹に過ぎないの? と怒っているくせに、臆病な結花なのだ。