22 感動のウエディングケーキ
「あんた知ってた? 都ちゃん、結婚するんやて!」
郵便受けから白い招待状を持って、母親が大騒ぎしながらやって来た。結花はお腹が目立たないうちにと、レストランを借り切って結婚式をすると都からは聞いていたが、驚いた振りをする。
「へぇ~、彼氏がいるのは知ってたけど、結婚するんや~」
招待状をあけて、ふぅう~んと眺める。
「ここのイタリアン美味しいねん、楽しみやわ……げげげ、スピーチ! やめて欲しいわ!」
どよどよの結花に、母親は振袖を着ていけとか勝手なことを言い出した。
「二次会とかもあるのに、振袖なんか嫌やわ」
結花が文句を言っても、所詮は敵ではない。
「結婚式に振袖がないと貧相やわ。日本人はドレス似合わへんもん」
確かに結婚式のドレス姿は可愛いけど、どこか安っぽいと結花も感じていた。その上、一度着る為に買うのも馬鹿馬鹿しい。
「振袖を着られるうちに、元を取らないと」
張り切ってる母親を放置して、結花は都にスピーチを断らなければと電話する。
「ああ、家に帰ってるのよ~、結花助けて!」
今すぐ来てと言われて、都の家に行くと座敷には呉服屋が来て反物を広げていた。
「おや、西園寺のお嬢様、ご一緒にお見立てして頂けますか?」
回れ右して出て行きたいが、都に捕まってしまった。
「これは結納の時に着せようかと思うのよ」
顰めっ面の都に、ピンク地に綺麗な桜が描いてある訪問着を肩に掛ける。結花~と助けを求める目で見られて、母親の言葉を丸投げにする。
「結納は振袖がええと思うわ。振袖を着られるのも最後やし」
おお! ナイスフォロー! と都は喜んだが、そのくらいで引き下がっていたら呉服屋は潰れてしまう。
「そうですなぁ、結納は振袖がよろしいわ。これは相手のご両親様との顔合わせや、近所まわりに」
結花と都は、テンション上げ上げの母親を止めるのは諦めた。呉服屋さんに早く仕上げてね、と玄関で話している小母ちゃんの隙に、スピーチの件を断ろうとした。
「あかんよ! 結花が一番の友達やもん! それと、あのナンベーを二次会には連れて来てや、ほんまは披露宴も来て貰いたいけど、レストランやから席数がなぁ~」
先制攻撃されて、撃沈する。
「ナンベーは彼でも無いのに……」
ついでにお悩み相談しようとしたが、テンション上がった小母ちゃんが、あれこれ嫁入り支度を話し出したので早々に帰った。
「はぁ~ナンベーは知らない都の二次会なんか断ると思ってたのになぁ~」
都や小母ちゃんは、一言もできちゃった婚だとは口にしないが、3月に挙式というあわただしさで全員が察していた。結花は断るだとうと、伝えるだけ伝えようと南部に二次会に来てと呼ばれてると言うと、喜んで行くと返事をした。
『二次会で他の男とええ感じになったら困るからなぁ』
あれから、モールには来ない欧州系の映画を二人で見に行ったりしたが、どうも友達から進展しない。
結婚式の当日、結花は受付もするので、11時には会場のレストランに着いた。トレンディーなお洒落な空間だと、振袖が大袈裟に感じる。
春らしい薄い水色に桜が描いてある振袖は、この季節にしか着れない限定品だ。結花は大袈裟だと感じたが、招待客は綺麗なお嬢様だと感嘆していた。
花嫁の都は、レストランウエディングなので、ウエディングドレスと、カクテルドレスしか着ない。都の小母ちゃんは不満だったが、前撮りの写真で白無垢や色打ち掛けも着せて、少しは機嫌がなおったそうだ。
小柄な都はとても綺麗な花嫁さんで、花婿もハンサムでお似合いだったが、結花はせっかく美味しい料理の味も楽しめない。
『早くスピーチ終わらんかなぁ』
同じテーブルには新郎の友達もいて、同じくスピーチを指名された人は食べる気分にならないようだ。しかし、友達のスピーチは新郎や新婦の招待した上司や恩師の後だ。
新郎の友人のスピーチは手の込んだ映像付きで、大学時代の友人が総出演でモブダンスまでやっていた。
「拙いわ~、普通のスピーチやのに」
都の友達でも後で歌ったりするが、スピーチは何も趣向を凝らしてなかった。焦ってる所に司会者から指名されて、結花はあがりまくった。
「高橋家の皆様、此花家の皆様、本日はおめでとうございます。健司さん、都さん、おめでとうございます……」
立ち上がってる花嫁と花婿を座らせて、スピーチを続けるのだが、声が裏がえらなかったのが不思議なぐらいで、とにかく短く切り上げようとのみ考えた。
「都さん、とっても綺麗な花嫁さんで……」
用意した紙通り読めば良かったのに、短くしようとして、却ってつっかえた。
「幼稚園の頃から都とは友達で、こうして綺麗な花嫁さんになって、とても嬉しいです。健司さんと幸せな家庭を築いて下さい」
すごく短いスピーチだが、都と都の小母ちゃんは涙を浮かべた。席に帰ってもバグバクと心臓が高鳴っている都に、スピーチした友人が笑いかける。
「西園寺さん、とても良かったですよ」
なんとなく独身の友人同士で仲良くなる雰囲気で、やっと料理も美味しく感じた。
花嫁がピンクのカクテルドレスに着替えると、新郎の友人の歌や、新婦の友人の踊り付きの歌などで披露宴は盛り上がった。
『こんな気楽な結婚式がええなぁ』
花嫁の都の手紙で会場はしんみりしたが、送り出された後で皆で写真を撮ったりと賑やかだ。
「結花ちゃん、今日はほんまにありがとう。受付やら、スピーチも良かったわ」
小母ちゃんにお礼を言われたが、そのスピーチは忘れて欲しいと願った結花だった。二次会は場所を変えるので、親族は此処で帰る。
結花は南部とレストランの下の喫茶店で待ち合わせしていた。大きな引き出物が入った紙袋を下げて入って来た結花を見た途端、南部は結婚したいと感じた。
「ごめんね、待たせたかな? 二次会は5時からやから、あと1時間は余裕あるけど、ここでも受付やねん。4時半には会場に行かなあかんわ」
黙ってると綺麗なお嬢様なのにと南部は笑う。
「喉がかわいたから、レモンスカッシュ貰うわ」
スピーチで失敗したんやと、愚痴る結花を慰めながら、こんなに可愛いから披露宴で目を付けられたやろうなと南部は気を引き締めた。
チューとレモンスカッシュを一気飲みして、二次会の会場に向かう。
『やっぱり! 都さんには感謝しなきゃな』
受付をする結花と仲良く話している新郎の友達を見て、南部はうかうかしてられないと思った。二次会は花嫁と花婿の友達が集まっていたので、有る意味で合コンに近い雰囲気だ。
結花に紹介された都はシャンパンゴールドのカクテルドレスで、華奢な可愛い感じで、南部は招待のお礼を言った。
「南部さん、結花はぼんやりやから、はっきり言わんと気づきませんよ」
幼なじみの忠告を南部は笑って受け入れた。
二次会で酒を飲まなかった南部に送って貰いながら、結花は朝からずっと着物で疲れたわと溜め息をついた。
「よく似合ってたで、結花ちゃんが一番綺麗やったわ」
結花はナンベーらしくない言葉に驚いた。
「馬子にも衣装と言いたいんやろ」
かなり頑張って褒めたのにと、がっくりしたが、はっきり言わんと伝わらないのだと気を取り直す。
「俺、結花ちゃんのこと好きやねんけど……」
どひひゃひゃひゃ~! 結花はたまげた。
「ほんまに?」
何となく好意は感じていたが、好きだと言われて照れてしまう。
「ほんまや、付き合ってくれへんか?」
結花は真っ赤になって頷いた。