20 初プレゼントがイカの塩辛?
結花はナンベーの弁当を持って行くのを止めようと思った。
「何だかお母さんの弁当で、気を引いてるみたいやもん」
田中は相変わらずだが、店長も復帰したので、結花は少し休暇を取ることにした。インフルエンザの時に出勤していたから、休暇が溜まっていたのだ。
久しぶりに都とランチの約束もしている。のんびりと化粧して、待ち合わせの場所まで時間に余裕を持って出かけようとした時、都からドタキャンのメールがあった。
『ごめん! キャンセルさせて、詳しいことは後で』
「何やろ? 結花は都の彼氏はサラリーマンなので、平日の昼間にデートでは無いし……」
愛想も糞もないメールは、都らしく無いなぁと変に思ったが、結花は暇になった。
「読みたい本も溜まってるし、読もうかな?」
化粧の下地だけして、ベッドに逆戻りしようとしていた結花の携帯が鳴る。
「えっ? ナンベーやん?」
お弁当でも頼むつもりかな? と結花は通話を押す。
「あっ、結花ちゃん、今日は休み?」
どうやら弁当を頼むのでは無さそうだと、結花はどきどきする。
「休みやけど……」お弁当を食べてる時は気楽に話せるが、携帯では顔が見えないだけに、何故か緊張する。それに、声がハンサムだと気づき、ドッキンと心臓がする。
「イカの塩辛を貰ったんだけど、俺一人じゃ食べきれないし、今から持って行こうかなと思って」
なんや~、お裾分けなんやとがっくりした。
「お父さん好きやから、喜ぶわ」
イカの塩辛かぁ~、ロマンチックじゃないなぁと結花は溜め息をついた。
「これ、頂き物ですが、小母さんにはいつも美味しいお弁当を作って頂いてますから」
「まぁ、南部さん、ありがとう」
結花からイカの塩辛をナンベーが持って来ると聞いていた母親は、愛想よく上がっていったらと言い出した。
『ええっ? 兄貴もいないのに?』
迷惑だろうと結花は思った。
「いやぁ、いつも結花ちゃんにもお弁当を届けて貰ってるから、給料出たからご飯でもご馳走しようかなと思って」
何故、自分と? 結花はもしやデートかとどきどきしたが、ナンベーの連れて行ってくれた店を見て、少しがっかりした。
海辺の町までドライブは、天気も良くて海が青く煌めいていたので楽しめたのだが、どうみても食堂というか漁師が飲み食いする飯屋だ。まだ、肌寒いのに扉はガシャピシとしていたので、中に入っても暖かくない。
「いらっしゃい! 何処でも、あいた席に座って」
年代物の机がコンクリートの上に並べてあり、椅子はパイプの脚に丸い座面のついたものだ。しかし、お昼前なのに、結構人が入っていた。店の奥には座敷があり、2つのテーブルに窮屈そうに6人と4人が座って食べていた。
「あそこに座ろう」ナンベーに促されて席についた。
『案外、美味しいのかも……』
店の外や、中のテーブルなどには驚いたが、キツキツにテーブルが並べてあるのは、はやっているからだと結花は気づいた。
「ここ、美味しいねん」
南部が『こんな店やけど』とコソッと口だけで、結花に伝える。店の中に壁一面に茶色く変色したお品書きが張ってあり、所々は白い新しいメニューが付け加えてあった。
「結花ちゃんは好き嫌い無いよなぁ」
何を選んでいいのか解らない程のお品書きなので、結花はナンベーが決めてくれるので良いと頷く。元気の良い小母ちゃんが、水を持って来た。
「今日の予算は幾ら?」
ええっ? と結花が驚いているのを見て、お任せなんだと南部は笑った。
「じゃあ、一人2000円でお願いします。あっ、鰆の焼いたのあるなら、欲しいな」
小母ちゃんはお任せコースに慣れていて、次々と新鮮な造りや、焼き物が出てくる。お昼になると食堂はぎゅうぎゅうになった。
「ほら、大あさりの焼いたのだよ」
鯛の造り、赤貝の酢の物、カルパッチョ、エビチリ、鰆の焼き物、海藻サラダ、ミニ寿司、大あさりの焼き物……少しずつだが、お腹はパンパンになった。
「もう、食べれないと思うのに、焼いたお醤油の香りが……」
山盛りの大あさりを一つ摘まんで、あちちちちッと食べる。
「まだまだ美味しい物が出るよ」
忙しそうに料理を運んでいた小母さんに、お腹いっぱいと言ったのを笑われた。
「こんなに食べて2000円なの?」
「ここの親父さんは漁師だからね、結構、遠くからも食べに来るんだよ」
寒いと感じた店内も、ぎゅうぎゅうの客の活気で暖かくなった。
「鯛の汁は、潮汁か、赤出汁のどちらにするかい?」
やっと締めにたどり着いたと、結花はホッとする。
「兜煮が出るから、あっさりと潮汁が良いで」
鯛の兜煮は結花も好きだが、食べれるかな? と困惑する程の大きさだ。
「今度、両親を連れて来よう!」
味の濃い兜煮なのに、新鮮なのでぱくぱく二人で食べた。
「潮汁とご飯、それと家の特製のヒジキのふりかけ」
ご飯の半分を先に南部に取って貰い、ヒジキのふりかけを掛けて食べる。
「美味しい! これ、買うて帰ろう!」
白菜の漬け物も山盛りで、食べ終わるとお腹はぱんぱんだ。
「ご馳走様でした」と結花が御礼をいってると、まだ早いでと止められる。
「梅ジェリーやで」熱いお茶と梅ジェリーを食べて、口の中がスッとした。
「ここ、5000円コースも有るんやで」
ナンベー、それは無理やと結花は叫んだ。
「5000円コースはお泊まり付きや! 忘年会や、新年会は、飲み放題、食べ放題やで!」
南部は大学時代に5000円コースに挑戦して、夕方の5時から11時まで頑張ったと笑った。
「それは無理かも……」
小母さんは「量を少なくして、高い物を出してもええけど、2000円で上等やろ!」と自慢げに笑った。
デートというには色気もムードも無いが、美味しい物をお腹いっぱい食べて結花は、上機嫌だった。




