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美味しいもん食べて恋もゲット!  作者: 梨香
第一章  彼氏いない歴、何年?
2/29

2  昆布巻き巻き巻きしている場合じゃない!

「結花~! ええ加減に起きといで」


 階段の下から母親の起こす声が聞こえたが、結花は布団を頭から被りなおす。会社をクビになった結花は早起きする必要を感じない。色々とパソコンやタウン誌で探してみたが、短期のバイトならあるが、年末なので就活は無理だとふて寝の最中だ。


 完全和風の結花の家の中で、応接室と二階の結花と兄の部屋だけはフローリングだ。結花の部屋には作り付けのクローゼットと本棚が壁の一面を占めていて、その壁が兄の部屋との間仕切りにもなっている。


 ベッドと勉強机と登り箪笥の他は白いセンターラグの上に小さなガラステーブルがあるだけで、女の子の部屋らしい可愛いグッズは見当たらない。ただ、羽根布団のカバーは紺地に小さな白の小花柄だった。


 その唯一可愛いカバーの掛かった羽根布団が、カバッと引き剥がされる。


「ええ加減に起きて、手伝ってよ! 買い出しに出掛けなきゃいけないし、明日でゴミの年内収集はお終いやから、大掃除もせなアカンねんよ」


 布団を引き剥がされて結花はムカつく。


「お節は喪中やから作らへんのやろ」


 毎年、お節作りの手伝いには結花もウンザリしているので、今年は楽ができると思っていたのだ。


「お節じゃなくて、煮しめを作れとお父ちゃんが煩いねん。あんたも昆布巻き好きやんか、巻くの手伝ってよ」


 確かに昆布巻きは結花も好きだ。しかし、失業中の今年は昆布巻きなんか巻き巻きする気分じゃない。母親から布団を取り返すと、頭から被る。


「あんなぁ、大掃除とお節じゃなくて、煮しめ作るの手伝ってくれたら、お年玉をあげようと思ってるんだけど……」


「お年玉! お母様、お手伝い致します」


 会社が危ないとは感じていたが、まさかクビになるとは思わず、社会人一年目の結花は通勤用にウィンドウに飾ってあった素敵なコートを衝動買いした。今年は12月になっても暖かく、通勤用のコートを数回着ただけでクビになって、1月のカードの引き落とし日前に給料は払い込まれない。ギリギリ払える筈だとは思っていたが、その件を考えると冷や冷やしていたのだ。


「あんた現金やなぁ。まぁ、ええわ、先ずは買い出しの前に冷蔵庫の中を空にして、消毒アルコールで拭いてくれる?」


 外では年頃の女の子なので、それなりに気を使っているが、家の中では寝間着件寛ぎ着のスェットの上下で通しているので、着替えは必要ない。しかし、サッシも無い本格的木造家屋の一階に降りると結花は、外より寒いんじゃないかとに二階に駆け上がって年期ものの半纏を羽織って台所へ行く。


「外せる棚は外して洗うてや」


 冷蔵庫の中味を先ず出して、扉部分のプラスチックのジュースや調味料入れの棚を上に引っ張って取ろうとする。バギッと嫌な音がして、棚のプラスチックにヒビが走る。


『もっと取り外し易い設計にしとかんかいな!』


 母親は居間の何時かは読むかなと置いてあったパンフレットとか、1、2個しか残ってない菓子箱を片付けていたので、気づかれてないとヒビはスルーする。綺麗に冷蔵庫を片付けて、居間の要らない物を捨てたので、何となく下の生活部分は大掃除が終わった気分になった。


 実際は12畳の座敷3間続きとその脇部屋は手付かずだったし、子供の頃は走り縄跳びをしていた広くて長い廊下や、日本庭園と呼んでも良い前庭、中庭、奥庭も掃除はしてない。


 唯一、中庭をぐるりと取り囲むような廊下の防寒ガラスは、業者に頼んでピカピカに磨いてあった。


「後はお父ちゃんと、お兄ちゃんにして貰らおう。お父ちゃんも仕事納めやから、何かして貰わんと」


 松葉がコケの上に落ちている中庭を見て、結花は心配する。松葉がコケに絡んで、普通に掃いたので掃除できないのだ。小さな手箒でしゃがんだまま時間を掛けて、掃除するしかない。


「けど、お父ちゃんに庭掃除させたら、腰を傷めるわ」


 結花が父親を心配したのは、親孝行な気持ちではない。腰を傷めて居間に居座って、家族をリモコン代わりにこき使うのを嫌がったのだ。


「ああ、庭掃除はシルバー人材に頼んでるわ。廊下と座敷の掃除は単純やから、あの人らでもできるやろ。ああ、正月飾りはできんけど、玄関に花ぐらいはいるなぁ。そうや、仏様の花も、お墓の花も換えとかなアカンわ」


 既に長い買い物リストに花が付け加えられた。


 いくら近くのスーパーとはいえ、着古したスェットでは行けないので、ジーンズとセーターに着替えた。



 年末のスーパーには人が溢れていた。


「あら、結花ちゃん、良い娘さんになって。賢いなぁ、お手伝いしてるんやね」


「いやぁ、ホンマに図体ばかり大きくなっても役にたたん子やねん。年末は忙しくて、目が舞いそうやのに……」


 同級生の母親と子供の出来の悪さや年末の愚痴を言い出したので、結花は買い物リストを見ながらカートにほり込んでいく。 


 大阪の母親は絶対に外で自分の子供を褒めない。お互いにどれほど不出来かを嬉々としてこき下ろすが、本心では自分の子ほど可愛い者はいないと思っている。


 ザッと一回りしてカートには上のカゴにも下にも満杯になった。


「あら、もう買うてくれたん? ほな、良いお年を~」


 レジで清算すると、スーパーの中の八百屋に向かう。筍の水煮と、牛蒡、慈姑は此方で買うのだ。


「う~ん、こんなんしかないの?」


 小さ目の筍しか店先には置いてなかったので、母親は眉をしかめる。


「奥さん、ええの出して来ますわ。新しい缶を開けます、ちょっと待ってて下さい」


 八百屋の店主が裏の倉庫に入ってる間に、慈姑の形の良いのを選び、牛蒡を30本買う。


「え~、こないに牛蒡を何にしますん?」


 八百屋のパートの小母ちゃんに母親は楽しそうに愚痴る。


「昆布巻きにするねん。家の人は昆布巻きが好きで300本は巻くねん」


「今時、チャンとお節作りはるですか? 偉いなぁ」


 小母ちゃんに褒められて、母親は買った方が楽やのにと嬉しそうに愚痴る。


「ホンマやわ」


 柔らかい大きな筍を持って来た店主にも、そりゃ奥さん偉いわと褒められて、結構高い買い物を終えた。


「年末やからかスーパーも高いわ。え? 慈姑があんだけで5千円! お節を買うた方が安くつくなぁ」


「結局、お節作るんやね」


 毎年手伝わされているので結花もウンザリだが、お年玉目当てなので仕方ない。



 家に帰ると、数の子や、蒲鉾は綺麗に片付いた冷蔵庫に入れる。前から買ってある昆布をザッと濡れた布巾で拭くと、キッチン鋏で5センチに切る。


 その間に母親は牛蒡を洗って皮をザッとこそげて、これも昆布に合わせて5センチに切ってボールの水につける。


「干瓢はこれで足りるかな? 今日は寒いからコタツで巻こう」


 台所の横の居間のコタツに赤ちゃんでも茹でれそうな大鍋をドンと置く。結花と母親は牛蒡に昆布を巻いては、干瓢で括ってキッチン鋏で切る。小さな昆布巻きを大きな大きな鍋にポンと投げ入れる。 


 毎年末、恒例の昆布巻きをしながら、TVのバラエティーを見ていた結花は祖父の喪中なのに『よろこぶ』の昆布巻きを作って良いのかなぁと考えた。


『学生時代はよかったなぁ。親戚多いから、20万は貰えたのに……』


 大阪の田舎で嫌な事は沢山あったが、お年玉だけは嬉しかったのにと結花は溜め息をついた。特に我が儘大王の祖父は、孫には甘くバーンと5万円くれていたので、亡くなってしまったのを少し悲しく感じた。しかし、祖父は初孫の兄には10万円をやっていたんだと思い出して、心の中であっかんべーする。


『お兄ちゃんなんか、何の役にもたたんのに……』


 大学時代から京都に下宿した兄は、大学院に通っていたので、全く祖父の面倒は看なかった。女の子が一人暮らしなんてとんでもないと、1時間半かけて通学していた結花は病院の送り迎えや、入院の付き添いとか母親の手伝いをかなりさせられたのに、兄の半分のお年玉しか貰えなかったのだ。


「男の子は得やなぁ。お祖父ちゃもお兄ちゃんには倍のお年玉をあげてたし……」


 お年玉の賃上げ交渉をし始めた結花を母親はスルーする。


「何、言うてるん、あんたの振袖買うてくれたやん」


 確かに祖父には振袖を買って貰ったが、兄は海外に2年も留学させて貰った。昆布巻きを巻きながら、結花は不公平やと愚痴る。

 

「私も男の子に産まれたかったわ。ほんなら次男でモテモテやったかも」


「阿呆な事言いな! あんたみたいな馬鹿が男やったら、今頃は昆布巻きどころじゃないわ。真っ当な大学に入らそうと、4浪させてる最中ちゃうか? それか手に職をつけさそうと苦労してたわ!」


 母親に鼻で笑われて結花はカチンときた。


「中学受験の時から、全然扱いが違うたやん! お兄ちゃんの時はTVも見せて貰われへんかったのに、私の時は平気で見ていた」


 母親は塾もサボってたと思い出させて、鍋の3分1ぐらいの高さまでびっしりと昆布巻きが巻いてあるのを確かめた。


「もう昆布は無くなったんやね。牛蒡の残りは叩き牛蒡にするわ」


 昆布巻きの上に10センチほど余分の水を入れて、ズッシリと重くなった鍋を火に掛ける。


「昆布が柔らかくなるまで、調味料は入れたらアカンで」


 いちいち料理を教えようとするのだが、結花はハイハイと生返事しかしない。


『昆布巻きなんかお母ちゃんに作って貰うから、自分ではせーへんわ』


 その間に慈姑や里芋や蒟蒻の下こしらえを手伝わされて、結花は既にウンザリしている。


「結花!慈姑の芽を落として、どないするねん。『芽が出る』という意味が無くなるやん」


 ウンザリしながらなので、ついつい乱暴な包丁使いになった。

 

「喪中やからお節じゃないんやろ!」


 ウッと母親は言葉に詰まったが、そんな子供の反抗に負けるようでは大阪で母親はやっていけない。


「煮しめでも慈姑の芽が無ければ、小芋と変わらへんやん。日本料理ってのは目でも食べるねんよ。蒟蒻も捻れ短冊にするし、栗きんとんや、慈姑もクチナシで黄色に染めるやろ。もう、慈姑はええから、小芋を六角に剥いてや。大きいのは二つに割って大きさを揃えるんやで」


 一言いうと百言返ってくるので、結花や友達は家ではあまり話さない。意外に思われるが、大阪の女の子は無口な子が多い。


『ここはお母ちゃんのお城で、お兄ちゃんは王子様やけど、私は召使いなんや』


 ヒエアルキーの最下層にいるのはウンザリだと、結花は独立して一人暮らしがしたいと漫然と考える。しかし、コートの代金も支払えないようでは、アパートの敷金や生活用品を準備できないと溜め息をついた。

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