19 まさかあいつとポトフ鍋!
水嶋店長は日頃の無理も祟り、1週間経っても出てこれないし、田中もインフルエンザだったので5日休んだ。本店からの店員さんも、知らない店でのレジ閉めを一人でするのは無理なので、結局は結花に負担がかかった。
「西園寺さんには迷惑かけたなぁ」
田中にしては殊勝に謝っているなぁと結花は思ったが、インフルエンザぐらいでは性格は変わらない。
「まだ、本調子じゃないんだよね~レジ閉めお願いするね」
ゴホン、ゴホンとわざとらしい咳をする田中に、結花は内心で毒づく。
『しゃ~ないわ~』
結花は店長のインフルエンザの時から、南部とよくお弁当を食べている。母親に頼んで、南部が診療所に来る時は、早番の時も一緒に食べるようになっていた。何となく機嫌が良いので、田中なんか気にしない方が精神的安定に良いと考える。
「あれ? あそこのショップ閉店したんや」
今日はナンベーは来ない日なので、一人でお弁当を食べて店に帰る途中で、1件のショップが閉店して改装工事していた。
「何になるのかな?」と、結花は近くによってポスターを見る。
『音楽教室! ピアノ、エレクトーン、バイオリン、ギター、ドラム』
子供の教室や、大人の個人レッスンなどかあるみたいだと、結花は読んでいるうちに、久しぶりに聡クンを思い出した。
『東京へ行ったきりだけど、元気にやってるのかな?』
バンドで食べていけるのか、全く結花には解らない世界だ。ぼんやり考え事をしながら、本屋まで歩いていた結花に聡クンの幻が見えた。
『この前の夢といい、かなりヤバいんじゃない?』
しかし、その聡クンは幻ではなかった。
「あっ、久しぶり」と、ちょっと恥ずかしそうに会釈して、改装工事中のショップに入って行った。
『え~! 聡クン、帰って来たの?』
結花は完璧に振られたんや! と自分に言い聞かせたが、その日から工事中の白いパテーションの前を通るだけで、また聡クンに会えるかな? と期待してしまう自分を持て余した。
「お母ちゃん、これ何やねん?」
目の前のお弁当と言うより、鍋に結花は文句を付けた。
「ええっ? これはポトフ鍋や、休憩所には電子レンジあるんやろ?」
セラミックの小鍋には、蓋が付いているので汁は零れないと母親は得意そうに言うが、結花は呆れてしまう。小さいセラミックの鍋は結花ので、大きい方がナンベーのだろうと溜め息をつく。
「ほら、これに入れたら真っ直ぐに持って行けるわ。コッチにパンを入れてるし、辛子はチューブごと持って行き」
いそいそと大きな袋に入れている母親に、何か間違っていると結花は文句を言いたくなったが、自分で弁当を作らないのだから仕方ない。
聡クンを見かけてから、結花は揺れ動く自分の気持ちを持て余していた。南部が自分に好意を持っているのを、鈍感なりに気づいていた。
医者とはいえ親に勘当された南部は、さほど好条件な相手とは言えないが、会ってお弁当を食べるのが楽しいし、気楽に話せる貴重な相手だ。
『こんな気合いの入ったご飯はかなわんわ~』
自分が作ったのでは無いのはナンベーも知っているのだが、周りの目も気になる。いそいそと医者の奥さんになるのを目当てに、気合いの入った弁当を持って来てるように思われるのではと困惑した。
しかし、その日は南部は来れないとメールがあった。
「なんや~、重たいの持って来たのに……」
困っていたくせに、来ないとなるとガッカリする。
「一人暮らしやと、野菜不足になるから心配してただけや」
ぶつぶつ文句を言いながら休憩所に向かっていたら、聡クンが喫煙スペースでポールに腰掛けてタバコを吸っていた。ちょこちょこ遠目には見かけるが、相変わらず細い。
「田邊さん、晩ご飯食べた?」
結花にしては蛮勇を振り絞って声を掛けた。
「いや、家で嫁さんが作ってるから」
ガァ~ン! と頭がクラクラしそうになったが、にっこり微笑んで「おめでとう」と言って休憩所へそそくさと退散した。
『ぎゃ~! 滅茶苦茶、恥ずかしい!』
穴があったら入りたい気分の結花は、お弁当どころの気分じゃない。休憩所の机に突っ伏してたら、思いがけない人が声を掛けてきた。
「西園寺さん? まさかインフルエンザ?」
うっ! と目線をあげると、田中が何故か隣に座っている。同じ店で働いてはいるが、親しいとは言えない。店員やスタッフはできるだけ別々に休憩を取るのがルールなのにと腹が立ったが、お弁当をこのまま返したら母親がアレコレ言うと、食べさせることにした。
「田中さん、そのオニギリは夜食にしませんか? 兄の友達の弁当を、母から言付かったのですが、今日はお休みなんです」
田中は一人暮らしなので、オニギリは夜食にでも、朝食にでもすると二つ返事だ。
「ええっ? 何、それ?」
結花も驚いたが、田中もお弁当の範疇を越えていると笑った。
「でしょ? 私も文句を言ったんです」
電子レンジで先ずは大きいセラミック鍋を温める。その間に、パンの容器やフォークやスプーンをギンガムチェックのランチョンマットの上に並べた。
セラミック鍋をランチョンマットの上に置くと、これは夕食だよなぁと二人で笑った。先に食べてと言ったが、意外にも田中は小さい鍋が温まるまで待った。
「いつも一人で食べてるからさぁ~いただきます」
思いがけない面を見た気がした。
「これ美味しいね~お母さんに、これからも宜しくって言っといて」
ちょっと見直したら、これだ! と図々しくお弁当を強請る田中を睨みつける。チキンスープでことこと炊いた人参、ジャガイモ、カブ、キャベツと、ソーセージはパンともよくあった。
細い田中だか、スープまできれいに飲み干した。
「ご馳走様でした、西園寺さんは彼氏とかいないの?」
おいおい、セクハラだよ! と結花は睨みつけた。
「ていうか、お母さん料理うまいね~」
何処までも田中は田中だと、結花は怒るだけ無駄だと溜め息をつく。




