17 おでんでインフルエンザを吹き飛ばそう!
「冬の遅番は辛いなぁ」
結花は車に急いで乗り込んで、真っ白い息を吐いた。エンジンを掛けたが、エアコンからは冷たい風しか出ない。ぞくぞくっとして、エアコンをオフにして家路を急ぐ。
新しいスタッフは採用されたが、研修期間だし、土日祝は出てくるが、どうやら遅番は嫌だと言っているみたいだ。
結花はインフルエンザでダウンした店長の代わりにレジを閉めたので、いつもより30分遅くなった。家に着いた時には11時になろうとしていた。
「お帰り~、えらい遅かったから心配したわ」
結花はレジを閉めていたからと言うと、弁当箱を洗った。
「ああ~寒い!」
結花はコタツに潜り込む。じわぁと暖かさが染みて、このまま眠りたくなる。
「さっさとお風呂に入って寝えや」
明日は本当は休みなのだが、店長がインフルエンザなので出なくてはいけない。母親に言われるまでもなく、お風呂に入って寝た方が良いのは解っているが、コタツの魔力に引き込まれた。
「明日も遅番やから、朝入るわ……」
「コタツでねたらあかんで!」と言うのを聞きながら、結花はうとうとしだした。
「花嫁様、こちらですよ」
結花はウエディングドレスをガバッとからげて、トイレへと急いでいた。そんなにトイレをしたいと思っているわけでは無いのだが、式場の人に行っておいた方が良いと急かされたのだ。
トイレに行けと言ったくせに、時間がないと騒ぎ立てられて、やっとトイレに着いたのに、何故か母親がしたいと言いだして困ってしまう。
「花嫁用のトイレで無くても良いじゃない!」
ウエディングドレスを着て入れるスペースを取ったトイレは1つしか無いのだ。
「困ったわ! 早く出てね!」
時間が無いと騒ぐ式場の人と、呑気な母親にキレて結花は目覚めた。
「何ちゅう夢を見たんやろ……結婚願望の現れかな」
妙にリアルだったなと、コタツで寝たりするから変な夢をみたのだと、自分の部屋にあがった。
「結花~! そろそろ起きや~」
階段の下からの声で、結花は目を覚ました。化粧もいい加減に落として寝たので、朝シャンならぬ、朝風呂に入ることにする。
「無駄に広いお風呂やねん!」
夏場は窓を開けると、風が入って気持ち良いが、冬場は天井が高いし、床の石が冷たくて、外より寒いのではと結花は文句をつける。冬は、シャワーなど冬場は論外だ。
お風呂の自動ボタンを押すと、お湯が入るまで朝食兼昼食を食べることにする。
「昨日のおでん食べるか?」
冬は鍋物とおでんが多くなるのだが、結花が遅番の時は鍋物はあまりしない。おでんなら、こうして次の日に食べさせられるので、月に何回も出てくるのだ。
「こんにゃく、大根、厚揚げ、ごぼ天、タコ、餅きん、芋もある?」
コタツで食べようと、大皿におでんを入れて、ご飯とお箸を持っていく。大根は茶色くなって味が染みていた。
「しゅんでるわ~」
結花はさっさと食べ終わると、お風呂に浸かった。
「今日も遅番やなぁ……」
今回は店長がインフルエンザだから仕方ないけど、やはり遅番は嫌だと溜め息をついた。
「そろそろ、本当に次の仕事を探さなきゃ! あんな変な夢を見ている場合じゃないわ」
後、1年で契約を切られるなら、こっちも遅番を断って、何かスキルアップをはかるべきかもと思った。しかし、呑気にコタツで髪の毛を乾かしていた結花の携帯には、メールが何通も届いていた。
「結花、さっきからメールやなんか鳴ってるで」
弁当を作り終えた母親に言われて、コタツの上の携帯を見て驚いた。
「嘘~! 田中さんもインフルエンザやなんて! あかんわ! 開店だけして、後は任せて帰ったみたいや!」
慌てて弁当をカバンに突っ込むと、ざざっと化粧して飛び出した。
「ああ、西園寺さん! 良かったわ~」
今から行くとは伝えたが、パートさんと新人のスタッフだけだった。パートの主婦も何人かは子供がインフルエンザなので休むと連絡があり、人数不足だ。
「遅番の学生はインフルエンザにかかって無いやろね~」
2月は暇な時期ではあるが、そろそろ入学準備の棚や、4月スタートの手帳などもレイアウトしなくてはいけない。結花は来られるパートをかき集めたり、学生のバイトに来れるか連絡を取ったりして忙しく過ごした。
このインフルエンザ騒動が無ければ、結花はちょっと違った道に進んだかもしれない。




