10 何となく寂しい七夕素麺
コンサートに行ってからも、さほど恋の進展は無いが、挨拶だけではなく、少しは立ち話をするようになった。モールの他の店はサマーバーゲンの真っ最中だが、書店も楽器店もあまり関係ない。一応は文具コーナーなどにバーゲン商品を置いてはいるが、やはり服屋さんに比べると気合いは入ってない。
早番の駐車場で、聡クンに会った。
「おはよう、今日から古い楽譜は30%オフやで」
何回か楽譜を買いに行った結花に聡クンが教えてくれる。
「へぇ? 昼休みに覗いてみるわ」
早番なので終わってからでも良いのだが、それでは聡クンに会えない。
「そうか、なら待ってるわ~」
あまり食べ物に興味が無いのか、聡クンはお昼は食べないみたいだと少し心配する。大阪の夏は暑く、結花も食欲が落ちているのだ。
『あんなに細いのに、食べなきゃ倒れちゃうんじゃないかな?』
彼女ならあれこれ世話をやけるが、ただの知り合いでは変な人になる。近頃は聡クンは早番が多いなぁと結花は溜め息をつく。
水嶋店長以外は店員とスタッフは主婦なので、やはり独身の結花が遅番になることが多い。でも、一応は水嶋店長が週休の時は、店員の上原さんが遅番をしてレジを閉めてくれる。
今日は珍しく早番なのに、七夕様も家で素麺かなぁと相変わらず暇な予定表に溜め息ばかりだ。
『織姫と彦星が年に1度デートできる七夕なのに、私は聡クンとデートどころかお茶すらできへんわ』
昼休みに楽譜を買って、聡クンとほんの少し話せたのを心の支えに、休憩室でお弁当を食べる。夏場なので、朝から作って貰ったお弁当は小さ目だ。
一口大のオニギリ2つと、玉子焼、ウィンナー、ブロッコリーとプチトマト。後は別のタッパーに夏ミカンの蜂蜜かけだ。
夏休み前の読書感想文用の本が大量に入荷したので、並べるのに忙しかった結花は、食べ出すとペロリと弁当を平らげた。
夏ミカンのタッパーには保冷剤が上下に置いてあったので、まだ冷たい。スマホをチェックしながら、行儀悪く食べていると……
『今夜、ビアガーデンに行こう!』
七夕なのに寂しい女子会! と項目に結花はプッと吹き出して、地元の友達と会うのも気晴らしになるかもと、参加の返事を送る。
そんなにビールが飲めるわけではないので、ソフトドリンクでも飲んで、馬鹿騒ぎしたら良いと思っていたが……
『聡クン! ビアガーデンでバイトの掛け持ちしてるんだ!』
友達の近況報告を聞きながらも、聡クンの姿をちらちら目で追う。ビアガーデンの女の子は、可愛い浴衣姿なのが結花には気になる。
『男の子も浴衣を着れば良いのに……』
七夕だからからか、フリードリンク、フリーフードで1500円だからか、ビアガーデンは満杯だ。バイキングの追加や、洗ったジョッキや皿を運ぶのに聡クンは忙しそうだ。七夕なので2時間の交代制だ。
「もう、帰るん? 誰か迎えに来てくれるんか?」
結花は1杯のビールの途中で止めて、烏龍茶を飲んでいたが、顔が真っ赤なのが恥ずかしい。
「母に迎えに来て貰うわ~」
そう言うと友達とビルの下に降りるエレベーターに乗る。
「知り合いなん?」
可愛い男の子には皆目聡い。
「うん、まぁね。同じモールで働いてる子やなん」
「な~んや、結花の彼氏かと思ったわ」
思わず、そうやったらええのに! と答えそうになって、口を閉じる。
『この子らは地元の友達だから、すぐにお母ちゃんにバレる!』
都も地元だが、同じ私立中学組みなので、微妙に親には内緒という感覚があるが、このメンバーは要注意なのだ。いや、メンバーは良いけど、メンバーの母親が要注意なのだ! この田舎町で一人暮らしなんかするのが無理に思えてくる。
「あんた、顔真っ赤やで! そんなに飲んだんか?」
迎えに来てくれた母親に、乗った途端に小言を言われて、ビール半杯だけや! と声を荒げてしまった。
「それなら損したなぁ」
確かにビール半杯と烏龍茶1杯、おつまみをちょこっと摘まんだだけで1500円の元が取れてない。
「バイキングは嫌いやねん」
なら行かなきゃ良いのにと母親が思ってるだろうなぁと溜め息をつく。結花は冷凍食品が駄目なので、お弁当に苦労したのだ。フリーフードのバイキングは値段重視なので、冷凍食品のオンパレードだ。
これはお腹が空いてるから機嫌が悪いのだと母親は考える。
『赤ちゃんの時から結花はお腹が空くとあかんねん』
「七夕素麺残ってるで、食べるか?」
酔い醒ましには、冷たい素麺も良いかもと頷く。
「七夕やから、七品トッピングしたんや」
白い素麺の上に、錦糸玉子、胡瓜、干し椎茸、人参、茗荷谷、紫蘇の葉、ネギが綺麗に並べてある。
「お母ちゃん、さっきは御免な」
迎えに来て貰ったのに、偉そうな声を出したのを謝る。
「なんのこと?」TVを見ている母親は忘れてるみたいだと苦笑する。
七夕素麺を食べながら、織り姫様は彦星様をゲットできただけ幸せやと愚痴る結花だった。




