拙者、異界から嫁を貰い候
3話目です。
楽しんでいただければ、幸いです。
「…」
「…」
一頻り叫んだ俺とマリと名乗った魔王との間には、今、静かな時が流れている。
実際のところは、俺の理解が追い付かず、どう返せば良いのか分からないのであるが。
「な、何故、そなたを嫁にせねばならぬ?」
やっと口に出てきたのは、単純な疑問。
「なんじゃ、既に嫁がおるのか?」
「おらぬ!」
恥ずかしながら、齢十九を過ぎたが女人と肌を合わせたこともない。会話に至っても、一緒に住んでいた母か妹、近所付き合い程度。ほぼ道場と城務めの往復のみの生活。ましてや、まともな禄もない下級武士である自分に嫁の話などそうそう来るはずもない。そして、そのまま動乱の世。ますますそのような話が来るわけがない。
「なら、良いではないか」
「それとこれとは別だ!」
「どう別じゃ?ククク」
反論を返すが、まったく会話らしいものではなく、一方的にからかわれ、終いには声を殺して笑れる。これは、確実に俺を馬鹿にされている。
「何故、お主を嫁に貰わねば、帰れぬのだ!」
「それはじゃな、マサヒデ。お主には異界に渡る門を開く術も力もないじゃろ」
にべもなくマリはそう言うと、勿体ぶった様に間を置いてくる。
「じゃが妾は持っておる。そして妾は、其方にタダで力を貸す義理はない」
「…」
怒りに任せて、声を荒げたい俺だが、マリから返ってきた言葉に反論する言葉を出すことは出来ない。
「まあ、対価じゃ。妾はこの世界から逃げたいが、そこは妾の知らぬ異世界。まあ、この城から出たことのない妾からしたら、此方の世界も十分に異世界に等しいが…ただ闇雲に、異世界に渡るよりそこを知る人間がおる方が良かろう」
彼女の言に筋が通っている様に思えるのだが、嫁にする必要性がわからない。
「一緒に渡ることは譲って、ある程度の面倒をみるのも良かろう。だが、どこがお主を娶る話になるのだ?」
「なに、この世に生を受けてから、優に千年が過ぎた。人の営みと言うものに興味を引かれたと思ってもらえれば良い。家を建て、畑を耕し、子を成す。そんな幸せを妾とて望むのだ」
「人並みの生活」
「そうだ。誰に邪魔される事のない自分の家族の生活。妾が望んだところで、この世界では手に入らない夢じゃ」
「…」
「それにお主には、良いことじゃろ。美人の嫁はできるし、この身体を自由にもできる。しかも、今なら特典付きじゃ」
千年も生きて人並みの生活を望むとは…千年…
「マリ、お主は千年を超える婆さm
「Il peut être impressionné!《彼のものを吹き飛ばせ!》」
ぶふぁ」
突然、真下から見えない暴風を不意打ちに喰らい身体が浮き上がり、そのまま地面へと顔から叩きつけられる。
「誰がババァじゃ!こんなピッチピッチの乙女に何たる暴言!」
…ピッチピッチの意味は、わからぬが、歳を話題にしてはならぬことは身体で理解する。
これは、変に拗れると俺の身体が持たないのは必定。俺の目的は、日の本に戻ること。嫁もいなければ、好いた女もいない…後は、己の覚悟のみか。
この思考事態が正常なモノとは、考えづらいが、日の本に帰れるか…
「それで、俺が日の本に帰れると証明できるのか?」
俺は、立ち上がることはせず、痛む顔を摩りながら問う。
「できん」
「なっ!」
なんなのだこの女は、帰れると断言しておきながら、証明できないと言う。何処かにかどわかされるのでは、と疑いたくなる。
「お主は、魔法を知らないじゃろ。知らぬモノを信じよとは言えぬ」
「まほう」
「先程お主を吹き飛ばしたあれじゃ。ほれ、Feu《火よ》」
「わっ!?」
俺の目の前に突き出された右手に火が上がり、思わず床に座り込んだまま後退る。
「これが魔法じゃ。お主の世界にはないのか?」
「お、俺の周りでそのような術を使う者はいない」
あまりに驚いてしまったせいか、息苦しさを感じてしまう。
「まあ、そのように警戒するでない」
そう言うとマリは、右手を振り火を消す。
「どうじゃ。魔法と言うモノがあると言うことは理解できたか?」
俺は素直に頷くことしかできない。
「ならば良し。さて、そうのんびりともできん。さっさと済ますかの。リラ、ルキフェル」
「はい、ここに」
「…」
突如として、彼女の背後にマリより妖艶で豊満な身体を持つ笑顔の女と、背中に翼を持つ目つきの鋭い男が現れる。
「く!」
「待て」
俺は、反射的にマリに敵意を向けるが、そこをマリによって待ったを掛けられる。
良く見れば、女も男もこちらに敵意を向けていない。
「…リラ、婚礼の儀を」
「って、待て、いつ俺が娶ると言った!」
「…ルキフェルは、城の者に避難勧告を」
しかし、マリは、俺の意見に聞く耳を持たないのか無視をする。
「おい!
「…少し黙っていろ異界の猿。いつでもこの首を
「あなたも時間がないのだからいい加減にしなさい。マサヒデ様も」
…了解した」
相、わかった」
マリに詰め寄ろうと立ち上がったその一瞬で、ルキフェルと呼ばれた羽の生えた男に背後に回われ、首に白く光る手刀を当てられたかと思うと、更に目の前からルキフェルの殺気を上書きするかのような圧力を掛けてくるリラ殿という笑顔を絶やさない女に了承の言葉しか出ない男二人。
この二人の関係は分からないが、ルキフェルという男が尻に敷かれているなと思っていると、背後から気配がなくなる。
ルキフェルは、マリの背後に戻り、こちらに一睨みする。
「…」
「…ふ」
しばらく睨みあっていると、ルキフェルは鼻で笑い俺から視線を外す。
「では、マリューリカ様。婚礼の儀が終わり次第、避難を開始し、城を放棄致します」
「うむ、まあ、リンク風情にこの城をくれてやるのは癪に触るが、維持することすらできないだろうしな。頼む、ルキフェル」
「はっ」
左胸に右手開いて当て、頭を垂れたまま何かを呟き、ルキフェルはその姿を消す。あれも、魔法と言うモノなのだろう。
「では、マリューリカ様」
「ああ、頼む。マサヒデ、これへ」
マリが柔らかく微笑みながらこちらに手を差し延ばされ、俺は魅入られた様にその手を取ると、リタ殿の正面に手を繋いだまま横に並ばされる。
「Dieu d'un mariage《婚礼の神よ》…」
そして、リラ殿が唄い上げる様に、未だ聞き慣れない言葉を紡ぎ始める。
そして、俺とマリの足もとにマリの髪の色に似た黄金色の光の輪と文字だと思われる模様が現れ、回り始める。
リラ殿が唄い、言の葉を紡ぐにつれ、光が増し、回転が速くなる。
「…Il réussit dans un serment éternel ici《ここに永久の誓いと為す》」
そして、謳い上げると同時に、俺たち二人は黄金色の光に包まれる。
「…これは」
左手の薬指に違和感を感じた俺は、左手を自分の前に持ち上げると、そこには黄金色の指輪が嵌っている。
「それは婚礼の儀が、ガルシオの神々に認められた証です。マサヒデ様」
「ほれ、妾の指にも同じ指輪が嵌っておる」
どこか嬉しそうに、自分の左手を見せるマリ。
「…」
「なんじゃ、旦那様は、嬉しゅうないのか?」
「…」
今の俺の気持ちをどう言い表せればいいのだろうか…そう、
「…理不尽だ」
俺は力なく、膝をつく。
「確かに多少強引だったかも知れんが、そこまで落ち込むこともなかろう」
何処が『多少』なのだろうか。『多少』という言葉が聞いて呆れてしまう。
「ほれ、シャッキとしろ、旦那様。こんな美人が、特典付きで嫁に来たのだから、喜んでなお、余りあろう」
自分で美人と言う者が何処にいる。
まあ、ここにいるか。
確かに美人であることは否定しない。何故だろうこのまま流されていくような気さえする…もしや先程のルキフェルとかいう男の笑いは、この現状を思っての笑いか!
…そう言えば
「その特典とはなんだ?」
「ん?怪我や病気で死にくくなるのと寿命が長くなって老けんぞ」
ほう、それは確かに有難い特典だが…
「前者は良いが、後者は如何程か?」
「さあ?妾もよう知らん」
「…それでは、寿命が長くなったかわからんではないか?」
「…」
黙り込むマリ。この女、存外に適当な性格なのかもしれん。
「マサヒデ様の世界との差異は分かりませんが、こちらのリンク元い、マサヒデ様に近しい種族と比べると、寿命が七千二百九十倍くらいになるのでしょうか」
代わりに答えたのは、目の前で笑顔を浮かべるリラ殿。
七千二百九十倍…現実味のない言葉に俺は立ち上がる気力を失う。
「では、リラよ。この城に攻め入ったリンクどもが、この城を維持できて五十年位だろう。しかし、城を修復せずそのままにせよ」
「こちらにはお戻りにならないと?」
「いや、それはわからぬ。わからぬが、主なき城に意味はなかろう。それにこの城は、妾が一夜にて築いた城。いつでも建て替えられるわ」
力なく膝をつく俺を放って、話を進めていく二人。
「ほれ、いつまで情けない姿をしておる。旦那様、日の本へ帰るぞ」
しかし、我が奥方殿は、俺を立たせようとする。
…奥方殿か。
「ええい、なるようになれ!」
「な、なにを!?」
「あらあら、まあまあ」
俺は、我が奥方殿を肩に乗せ立ち上がると、奥方殿が顔を赤くして驚きの声を上げる。
リラ殿はそれを嬉しそうに見ているのだが、ここは気にしては負けである。
「さあ、奥方殿。日の本に帰ろうか」
「お、奥方殿」
更に顔を赤くするマリ。ほう、こんな表情もするのかと思っていると、リラ殿が声を掛けてくる。
「それでは、御二方に良き風が吹きますように」
「…後で覚えておれよ、旦那様。では、我の身体を放すでないぞ」
「ああ」
「La porte d'un monde étranger est ouverte avant moi《我が前に異界の門を開け》…」
俺の足元に、先程の黄金色とは違う青白い輪と文字の様な記号が回りだす。
俺の肩に座り、言の葉を重ねるマリに合わせるように光が増し、回転が速くなってゆく。
「…Il devient un poteau indicateur《道標となせ》」
そして、視界が青白い光に包まれてゆく。
「…ふう、ではまた会おう。リラ」
「ありがとう。リラ殿」
マリに合わせて俺も俺を言う。短い付き合いであるが一応礼をするのが筋だろう。
「はい、次にお会いする時には、お子様に会わせてくださいね」
「なっ!?」
リラ殿の言葉に奇声を上げるマリ。
「相、わかった」
「マ、マサヒデ!?」
ふむ、存外に初心な奥方殿でもあるらしい。
「ふふ」
そんな様子を、本当に微笑みながら見送るリラ殿を最後に全てが青白い光に包まれる。
その後、上野に戻った俺たちだったが、そこには幕府は無く。新政府が立ち、文明開化と騒ぐ人の群れが広がっていた。
俺たちは、新天地を求め、屯田兵として蝦夷、今の北海道に渡り、この魔王との間に三男二女を設けるのだが、それを語るのはまたの機会になるだろう。
つづく
読んでいただきありがとうございます。
次回が最終話の予定です。