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拙者、上野の寛永寺に馳せ参じ候

2話目です。

楽しんでもらえれば、幸いです。

 夜明け頃からの始まった攻防は、昼を過ぎた辺りで弱まりを見せ始めている。


 上野寛永寺の黒門で、敵と鬩ぎ合っていた我ら彰義隊であったが、日が高くなるにつれ、我らが有利という兆しが見え始める。


 俺は、異国の服を身に纏い、赤い錦の御旗を掲げ、こちらに最新式だという鉄砲を撃つ同国の敵の様子を、障壁として背丈ほどに積まれた米俵の脇から火縄に火を点けたままの旧式の種子島(火縄銃)を構えながら窺う。


 未だ双方の銃弾の応酬は止まず、大筒も引っ切り無しに火を噴いたいる。


「盛山、何故撃たぬ」


「…敵を見ていた」


 破裂音で半分耳の聞こえ悪くなってきた時に、原田殿が己の肘で、軽く俺の腕を小突く。


「臆したか」


「いや」


 臆した訳ではない。


 藩を抜け、この上野の地に参ったのだ。幕府への義の心に揺るぎはない。俺は、御旗に集い、決死の覚悟でこの戦に臨んでいる。


 が、迫りくる敵兵を見ていると疑問がどんどん湧いてくるのだ。


 兵数で言えば、籠城をする我らが圧倒的に有利。武器は火縄銃など古いものもあるが、量もあれば扱う人間もいる。しかし、明らかに相手方の兵数の少なさに疑問を覚える。此方が城ではなく、寛永寺に立て籠もったことで甘く見られたか。


 いや、むしろ低いとは言え、上野の山の上に立つ寛永寺は、山城に近いと言える。城攻めには、3倍の兵力を集めるのが基本。いくら新型の武器を揃えていようが、賄い切れるとは到底思えない。


 しかも、寛永寺を取り囲むように三方よりの攻めてきている。やはりその数は少ないとしか思えない。何かあるのか…


「ならば良し!」


 原田殿の声が俺の考えを遮る。


 何が良いのだろうか。多分、答えの出るようなモノではないのだろう。


 このまま考えに耽る訳にもいかない。周りの気配を探れば、皆から緊迫した空気が伝わってくる。敵方もこちらに向ける銃口の数は減っているようには見えない。


 時折、新型の鉄砲の操作に困惑している敵が目に入る。慣れない武器を使うのは、どうかと思う。


 突如、雷鳴の如く破裂音が立続けに戦場に轟く。


「何だ!?」


「わからぬ。時鐘堂の辺りではないか?」


「あれは?」


 誰の声だったのかは、解らないが、何を見て声を上げたのかは理解できた。


 陣内に黒い煙が上がっており、皆の視線が後方へと注がれる。


 それが砲撃だと理解した俺は、咄嗟に原田殿に叫ぶ。


「原田殿!来るぞ!」


 俺の叫び声とともに、敵が勢いよく黒門へと迫りくる。


「かかれ!」


 赤熊(しゃぐま)を被った敵将と思われる大男が、ここまで届く声で号令を上げる。周りの兵が黒尽くめであるためか、異様に目立っている。

 

 俺の声に反応して、原田殿を含めた皆が気づくが、できてしまった隙を上手く突かれてしまう。


「く」


 気付いた者が弓や鉄砲で応戦を始めるが、種子島などの旧式では、弾詰めに時間が掛かり対処しきれていない。


 あの目立つ敵将に種子島を打つが、采配に当たり、奴を驚かしただけに終わった。


 次弾を詰めるには時間がないと判断した俺は種子島を捨て、刀の鯉口を切り米俵から飛び出す機を探る。


 ここか、と飛び出そうとすると、原田殿も雄叫びと共に、飛び出す。


「おおお!」


 対する敵が此方に気づき、右手に持った刀を後ろに下げ、こちらに切り込んで来る。


「があ!」


「なあ!」


 原田殿は、その敵の左側に体を持ってゆく。すれ違いざまに切掛かってくる男の喉に槍の柄を叩き込み、止まることをせずに、次の敵へと躍り掛かる。


 その鮮やかさに、度肝を抜かれた他の敵の動きが鈍る。


「邪魔だ!」


 俺は、空かさず原田殿に気を取られた敵を切り捨て、原田殿に近づいて行く。


「次だぁ!」


 原田殿は、振り上げた槍の石突で相手の笠ごと頭を叩き潰し、その反動で半回転した十文字の切っ先で止めを刺すと、次の標的を見つけ雄叫びを上げる。


「ひいい」


 原田殿と視線を交わした敵は、血に濡れた彼の剣幕に当てられ、腰を抜かし倒れ込む。それを見逃さず突き殺してゆく原田殿は、まさに修羅。


「軍とは名ばかりの腰抜けどもめ!この原田左之助忠一が串刺しにしてくれる!」


 そう叫び、次から次へと敵を槍の餌食にしていく原田殿は、まさに猛将と呼ばれた武将にも相応しい戦い方である。伊予松山藩の中間だったとのことだが、その槍捌きは、武士(もののふ)のそれである。近づく者を薙ぎ払い、相対する者を突き殺す。


「原田たちに続け!」


 俺たちの開いた敵の穴に味方勢が、雪崩れ込んで来る。


「遅いわ!さあ、俺に続けい!」


 興奮状態の原田殿に続くように敵を切り捨てていくが、敵兵の量が増えジリジリと後退しだす。


「おい、敵兵が増えてないか?」


 砲撃に気を取られて出遅れた味方が、追いつき声を掛けてくる。


「ああ、どこかに兵を隠していたのだろう」


 やはり敵兵の少なさは、此方を侮らせる策だったと考えるのが正しいだろう。今悔いたところで、何も取り返せぬが贖えるだけ贖ってみるしかないだろう。


 しかし、未だ止まぬ敵方の砲撃と突撃に対処しきれなくなってきている。これは、砲撃だけでなく、敵方が本腰を入れて兵を投入してきたからと考えると、ここの黒門を突破されるのは時間の問題だろうと考えた矢先だった。


 少し離れた米俵が大きな音と風を起こし破裂した。


 一瞬、戦場の音が全て無くなり、全てが制止する。


 あれが、砲撃による攻撃か、敵味方関係無しなのか、それとも…俺は思考が止まり、飛んできた西の空を見上げ、それに気付いた。


 こちらに飛来するモノに…


 俺は咄嗟に前にいる原田殿の袴の腰を掴み、米俵に向かって放り投げる。


 投げた自分でも驚くほどに、米俵の向こうに飛んで行く槍を持ったままの原田殿。


 そして、砲弾が目の前に迫りくる。


 その時、何かを叫び、米俵の向こうに消えてゆく原田殿の顔を最後に、視界が青白い光に包まる。


 突撃の狼煙となったあの砲撃が、加賀藩上屋敷から放たれた『アームストロング砲』の弾だと知ったのは、幾年か後のこととなる。




 つづく

読んでいただきありがとうございます。。

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