拙者、求婚され候
初めてのファンタジーを投稿します。
読み難い部分もあると思いますが、読んでいただければ幸いです。
全4話を予定しています。
「何故、妾は、忌み嫌われ、意味もなく悪意を向けられる!妾が何をした!リラ達が何をした!妾達は、ただ静かにこの“深き森”で、暮らして居たいだけ。何をしたというのだ、召喚されし者よ!」
俺の目の前で、女が泣き叫んでいた。まるで、何かに抗うように、激情を露わにしている。
質素にまとめられていたであろう石造りの謁見の間は、その姿を無惨に崩し、炎に包まれ城を見せている。この部屋には、俺と怒り狂った女しか立っていない。しかし、その外から聞こえる戦いの音が、ここが戦場であることを俺に教えてくれる。
「Il peut être impressionné!《彼のものを吹き飛ばせ!》」
彼女は怒りと共に、聞き慣れない言葉を部屋に響き渡らせる。
俺は、咄嗟に大きく横に飛び、目に見えない突風をやり過ごす。
「…」
なんと摩訶不思議な…あれが妖術の類いなのか。
あのまま立っていれば、後方の石の壁に叩きつけられていたところだろう。あの赤い華となった伴天連の老人のように。
ここは、俺のいた日の本ではないらしい…実際、らしいということすら曖昧だが。
事情を説明できるであろうあの老人は、物言わぬ骸。必死に俺に向かって捲し立てていたが、俺が青白い光に包まれている時に、倒せと指差していた女の放った妖術で吹き飛ばされた。
あの時、女の手元で輪のようなモノが光り、彼女が聞き慣れない言葉を発した時に感じた吸い込まれるような感覚がなければ、今の攻撃を避けることすらできなかっただろう。
そう考えていると、刀を握る右手から気持ち悪い汗が噴き出してくる。
幸い一直線上にしか放てられないようで、機を間違えなければ避けること自体はできる。が、それは勘でしかない。
「何か言ったらどうだ、無口な異界の剣士よ!何故、妾の城を!妾の大切な家族を傷つけられなければならないのだ!」
怒れる女の気迫が、戸惑いを隠すため沈めていた俺の心が揺さぶる。
「…」
しかし、俺はこの女に返す答えを持ち合わせていない。何せこの場に来てまだ四半刻すら経っていない。そんな俺にどう答えを返せと言うのか。
戦う理由どころか、ここが何処かすら分からず、謂れなのない敵意を向けられ、そのうえ良くわからない妖術で攻撃されているのである。
理不尽極まりない…
「何を求めようというのか!」
もう我慢ならん。
「…知るかぁ!俺を日の本へ返せ!」
そう、俺の口が大きく開いた。
「ひのもと?」
俺が発した言葉に女の動きが止まる。
「俺は、帰りたい。己の、大義の為にあの戦場へ。その為に、俺はこの刀を振り続けるきた。其方に恨みはなければ、戦う理由さえない。俺はただ帰りたいのだ。ここは何処だ!俺はどうすれば帰れる!」
何を求めるか。帰る方法に決まっている。青白い光に包まれたと思えば、目の前に老人。しかも、有無も言わさず攻撃され、そして訳のわからないことを問われる。
これを理不尽と言わずして何と言うのだ。
俺は、女の様子を窺いながら刀を中段に構え、切先を向ける。
「そうか、其方は迷子か」
しかし、女は刀を向けられたことなど気にせず、どこか同情する様な目でこちらを見、先程までの激情が嘘のように形を潜めてゆく。
同情…確かに俺は、迷子だろう。何処とも知らぬ場所に呼び出され、帰る術すら見えぬ。なるほど、何も分からぬ迷子。
俺は、何を今更焦っているのかと頭を過る。自分の世界に戻ってどうなる。上野の戦いは、すで決しているだろう。彰義隊の総崩れは、明らかだ。今戻って、俺は何がしたいと言うのだろうか。
俺は、中段の構えからゆっくりと体を開き、全身の力を抜いていく。ただ、視線を女から外すことはしない。
「我は、盛山忠左衛門久秀が息、盛山忠左衛門政秀なり。其方の名を聞いてもよろしいか」
俺は、腰に下げた兼定の鞘を左手握り、丹田に力を入れ、名乗りを上げる。女はその行動に驚いたのか目を見開き、そして納得したような表情を浮かべる。
「そうか、異界に突然呼ばれた剣士殿が、妾の名を知るはずもない。なんともまぁ…ということは、自分を呼ばれた場所が何処すら知らぬだろう?」
自分を呼び出したであろう老人は、後方の壁で息絶えており、会話すら交えていない。当然、その答えは
「知らぬ」
「あははは。そうか、召喚直後にあのリンクの魔法使いを吹き飛ばしたのだったな、妾は…あははは」
女は、俺と対峙していることを忘れたように声色を変え、腹を抱えて笑い出した。
俺には、女の言っている意味の半分も理解出来ないが、女から先程までの戦いを忘れさせるには、十分な事だったようだ。
「はは、あの魔法使いが、何故妾の前で召還魔法などを使ったのか…まあ、本人しかわからぬな」
女から殺気が消え失せると、彼女は身を翻すと、部屋の最奥に置かれた豪勢な椅子に腰を掛け此方を見据えてくる。
「モリヤマ、チューザエモン、マサヒデ」
彼女は、俺の名を口にし、視線を外すことなく、俺の様子を窺っている。
「モリヤマが姓、字がチューザエモンで、マサヒデが名か?」
「ああ」
誤りでないので肯定する。その間も俺は、微動だにせず、女の動きから目を放さない。
「構えを解いて…いや、その隙の無さ、迫りくる気迫…ふむ、名乗ろうか。妾の名は、マリューリカ・ツリタ・バルトゥエルだ。どこぞの誰とは知らんが、この『ガルシオ』には、妾を魔王と呼ぶ輩がおる」
「まりゅか、つた、ばるつえる?がるしお?魔王?」
彼女の名は、俺には聞き取れなかった。
ただ、理解できたのは『魔王』。その字面から、もっと禍々しくおどろおどろしい化物を想像してしまう。
しかし、その身に纏う黒い衣は見たこともない物ではあるが、姿は人と変りない。背は俺より頭一つ低く。背中まで延ばされた髪は黄金色、瞳は血のように赤く、肌は雪のように白い。話に聞く伴天連には、黒髪おろか肌の色が違う者もいるというが、ここまで惹きつけられる女がいるのかどうか…。
なるほど、妖艶と言えるその麗しい姿は、人というモノを超越しているかもしれない。
「ふふ、異界の其方には、聞き取り辛いか。妾のことはマリで良い。マサヒデと呼んでも?」
「…問題ない」
先程までの険しい表情からどこか柔らかいモノに変わったと感じた俺は、正直、見惚れてしまい心ここに在らずである。だからなのか、普通ならば、女に呼び捨てなどと思うのだが、普通でない今にそんなことを感じていても仕様もない。
「マサヒデ。戻りたいと言ったな」
「そうだ」
彼女は、何かを見極めるように俺を見つめてくる。
「帰す方法はある」
「まことか!?」
俺は、隙が出来ることも忘れ、驚きの声を上げる。
「ああ、ある。あるには、あるが、タダでは教えられぬ」
「…何をすれば良い」
魔王であるマリが、異界の剣士と呼ぶ俺に何を求めてくるというのか?
「そう不安がるな。何、覚悟の問題だ」
しかし、俺の戸惑いとは別に、マリは何故か顔を赤くして明後日の方へ顔を向ける。
そんな態度に首をかしげてします俺が口を開こうとした時、マリがこちらを向き、その口を開く。
「わ、妾をマサヒデの嫁として連れ帰れ!」
「は?」
今、俺の耳に『ヨメ』という言葉が聞こえた気がしたが、幻聴だろうか?
「に、二度も言わすな。だから、妾をマサヒデの嫁として連れ帰れ、と言っている!」
「はあぁぁぁ!」
『ガルシオ』という何処とも知らぬ戦場に、俺の素っ頓狂な声が虚しく響く。
つづく
読んでいただきありがとうございます。