3章
初戦闘。
三章 VS『カード』の千鳥渚
「いただきます」
ひったくり事件に遭遇した次の日の昼休み。
俺は自分の席で一人静かに購買で買ってきたやきそばパンを頬張る。
うん、おいしい。
一つ百二十円の安いパンだが今日は格別に感じる。
というのも今朝は母さんが「卵焼きを作ってみたの」と、満面の笑みで出してきた黒焦げた卵の焼死体を食べさせられそうになったのを逃げてきたため、朝食をとっていなかったからだ。
うん、やっぱりおいしい。普通においしい。
しかし何故だか思うように喉に通らない。
……横の席から異様なプレッシャーを感じる。
昨日、とても濃い時間を一緒に過ごした蔵島が自分の席に背が床と平行になるくらいの前屈みで座ったまま白目でこちらを見ていたからだ。
俺はパンを何とか飲み込み、勇気を振り絞って蔵島に声をかける。
「……なぁ、蔵島」
「なぁに清司君」
蔵島は依然白目のまま返事をした。
「その、さ、えっと……怖いんだけど」
俺がそう言うと蔵島は首を傾げた。
「何が?」
「おめーがだよっ! 何なんださっきから白目で人の事じっと見やがって、呪いか!? 呪いなのか!?」
全力でそう突っ込むと蔵島は前かがみを止め、顔も元に戻す。
「あれー、おっかしーな」
蔵島は不思議そうに自分の机の中から月刊スクープを取り出した。
「恋愛コラムの所には確かに『男性を恋に落とす時は前かがみに上目づかいで相手をじっとみつめれば一発』って書いてあるのになー」
月刊スクープを蔵島から奪い、棒状に丸めて蔵島の頭をはたく。
「ふぎゃ」
「上目づかいにも前かがみにも限度があんだろ! 恋に落ちるどころか地獄に落とされそうだったわ!」
「だって色気で清司君をボランティア部に入れようと企んでたんだもん」
もう一度蔵島の頭を、先程より少し力を入れてはたく。 「正義の味方語ってるくせに発想がやましいんだよ! 昨日も言ったけど俺、部活動とかやるつもりないから」
「せめて見学だけでも来ない? 今日は『部長』も学校に来てるから実際の活動とか見れるよ」
「いーかーなーい」
「ぶーっ! だったら今日も一緒に帰ろう。ボランティア部の何たるかを一から説明してあげますよ!」
逆ギレした蔵島をそう言って俺に右手の人差し指を突きつける。
「残念。俺は今日自転車通学です」
まぁ学校まで徒歩七、八分くらいの距離だから自転車は必要じゃなかったけど。
昨日の蔵島の様子から絶対に今日もしつこく勧誘されるだろうと踏んだので、自宅から赤いマウンテンバイクを引っ張り出してきたのだ。
「つーわけで俺は三分くらいで家に着くからお前とは一緒に帰れないなぁ」
「ずるい、清司君やることが汚いよ!」
「色気で部員勧誘しようとした奴に言われたかねぇよ!」
「うー、どうしよ。もう部長に清司君来るって言っちゃったよ~」
そう言って自分の席で頭を抱え込む蔵島。
正直初めて会った瞬間に『変人』だと痛いほど解る蔵島の相方を務められる奴には少し興味があるが、それ以外の人助けやら何やらは全く興味が無い。
悪いな蔵島。俺は正義の味方はガラじゃない。
○
放課後。
蔵島が「清司君やっぱり見学こない?」としつこく言ってきたのを再度断ったため、今日は商店街の書店で買い物するついでに横断歩道の幽霊、大森紗枝にでも会っていこうか(もう火は使わないが)と放課後の予定をいろいろ考えながら下駄箱まで移動する。
「ん?」
ロッカー式の自分の下駄箱を開くと、綺麗に揃えて入れた白のスニーカーの上に一枚、見慣れない写真が置いてあった。
何だろうこれ?
俺はおもむろに写真に手を伸ばす。
「んなっ!?」
手に取った写真。
そこに写っていたのは、笑顔で信号機とおしゃべりしている俺の姿だった。
これは……先日俺が紗枝と話しているところじゃないか!?
写真の中で開かれた自分の右手を注視すると、うっすらとではあるが星型に変形した火も写されていた。
俺が『火』を使っているところもバッチリ撮られてる。
写真の裏を見ると黒のマジックで『これを見たらすぐ体育館裏にくるように』とだけ書かれていた。
「…………」
焦りすぎて言葉も出ない。
やばい。
ヤバイやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
写真を制服の胸ポケットにしまい、震える手でスニーカーに履き替え、全速力で体育館裏に向かって走り出す。
くそ、なんで俺はこう普通に下校できないんだ!?
一体誰が?
蔵島か?
いや、蔵島はあの場にはいなかった。
魔法を使うときはそれだけ周りに注意してたんだ。
そうだ、あの時あの場所で俺と会った人物といったら……。
走りながらあれこれ考えているうちに体育館裏に到着する。
漫画とかでは放課後の体育館裏とかはだいたい不良のたまり場とかになっているが、そんな奴は一人もいなかった。
「来たな」
不良の代わりにそこにいたのは眼鏡をかけた赤いジャージに白衣を羽織った女性。
そう、俺があの時会った人物といえばこの妙ちくりんな格好をした女の人ただ一人だった。
知らない人だしすぐ逃げたし大丈夫だろうと思ってたけど……まさか写真まで撮られてたなんて。
っていうかこの人あの時カメラなんか持ってたか?
「先日、商店街前にいた人ですよね? この写真使って俺を呼んだのはあなたですか?」
「いかにも」
女性は即答して頷いた。
「俺に……何か用ですか?」
俺は恐る恐る尋ねる。
「なに、君に一つ頼みがあるんだ」
「頼み?」
「君の『火』の力を私にも見せてくれないか?」
「なっ……!」
この女、魔法の存在を知ってるのか!?
「まぁ……嫌だと言っても無理やり見せてもらうが」
そう言って女は右ポケットから白衣の中からカメラのネガを取り出してみせる。
「それってまさか、この写真の?」
俺が言うと女は大きく頷いた。
「察しが良くて助かるよ。その通り、その写真のネガだ」
なるほど、つまりネガを渡して欲しくば魔法を見せろと、そう言うことか。
だが、それがどうした。
俺だってこういう事態のことを考えていなかったわけじゃない。
「あの、何か勘違いしてるみたいですけど……俺のそれはただの手品です。魔法とか、そんなファンタジーな物じゃないんです」
そう言って俺はとぼけて見せた。
ありきたりだが一般人にはこう言うのが一番だ。
実際手品か魔法かなんて見分ける方法一般人には出来ないのだから。
「手品か魔法かなんて普通の人間が見分けることなど出来ない……そう考えているね?」 しかし、女はまるで俺がそう言うのが解っていたかのように言った。
「私は君と同じようにその写真に写っていない少女が見える者だ。君が常人でないことはもう解っているんだよ」
俺と同じ様に紗枝の姿が見えるだと?
「それじゃあ……」
それじゃ、まさか、この女も普通の人間じゃないのか……?
「八神君。私は君の力が知りたい」
「……どうして?」
「私には、いや私達の活動にはもっと強い仲間が必要なんだ。そこで、火を使う君の実力を見てみたくなったのさ」
魔法使いが必要な活動ってなんだよ。
いや聞くだけ無駄だな、魔法を使う活動なんてどうせロクでもないことに決まってる。「もし、嫌だといったら?」
「……そうだな、この写真を使って学級新聞でも作ろうか見出しは幽霊が見える転入生辰校にあらわるとかがいいかな?」
そう言って女は右手で摘んだネガをひらひらと俺に見せてきた。
「脅したって無駄さ」
写真一枚くらい言い訳ならいくらだって出来る。
そうだ、ここでびびるのはクールじゃない。
おれが答えるとは考えこむような顔で「うーむ」と小さく唸り、場に沈黙が訪れた。
体育館内からのバスケ部のドリブル音とバッシュと床の擦れた高い音がここまで響いている。
「そうか……なら仕方が無いな」
やがて、脅しにも屈しない俺の態度を見て諦めたのか、女は落胆するように言った。 「諦めたんならネガを――」
「力づくでも君の力を見せてもらうとしよう」
「……は?」
「来い、『カード』!」
叫ぶと同時に女の瞳が紫色に光り、まるで地中から浮き出てくるように何枚もの紫色のカードが差し出された女の左手に集まっていく。
「何だ!?」
「そういえば自己紹介がまだだったな」
そして、唖然とする俺を紫の瞳に捕らえたまま女は言った。
「私の名は千鳥。『カード』使いの千鳥渚だ。さぁ、死にたくなければ君も自分の火を出したらどうだ?」
千鳥と名乗った女性の行動に俺は内心焦っていた。
ここ学校の敷地内だぞ……!?
千鳥はネガを白衣の右ポケットにしまうと空いた右手で、先程左手に集めたカードデッキの一番上のカードを切る。
「私のカードは――」
くそっ、仕方ねぇ。
拳を握り自分の右手に意識を集中させる。
視界が段々と赤く染まっていく。
火が欲しい。
手を開くと、そこには野球の球ほどの火の玉が俺の手の上で熱をあげていた。
「いけ!」
先程千鳥がネガをしまった白衣のポケットに照準を合わせ、渾身の力で火の玉を投げつける。
「おっと、危ない」
ポケットに一直線に飛んでいった玉を千鳥はくるりとターンするようにかわす。
「さっきまで渋っていたくせに随分あっさりと魔法を出すじゃないか」
「レディには手を挙げたくなかったけど、相手が能力使ってたら迷わずこちらも使えって教えられたんでね」
「ふっ、どうやら戦闘は素人というわけでもないようだな」
「余裕かましてられるのも今のうちだぜ!」
俺は新たに右手と左手に火球を作り、交互に千鳥めがけて投げつける。
「やれやれ、せっかちな奴だ」
向かってくる火に物怖じ一つせず、千鳥は右手のカードを天に向けて放る。
「流れろ『ウォーター』!」
放った火球が千鳥の白衣にもう少しで激突しそうになった瞬間、千鳥の叫びとともに二つの火は姿を消した。
変わりに千鳥の前には、まるで小さな滝のように空から流れ続ける水のカーテンが出来ていた。
「なっ、何だよこれ!?」
「そういえば説明の途中だったな。私の『カード』の能力は生命体以外のあらゆるものを自由に出し入れするものだ」
驚きを隠せない俺に構わず千鳥は続ける。
「この水も近くの川から拝借してきたものだ。火の能力者と戦うにはやはり水が必要だと思ってな」
水を出す役目を終えたカードがヒラヒラと空中から落ちてくる。
カードの表面は白紙で下の文字欄にはローマ字で『blank(白紙)』と書かれていた。
「さて、そろそろ私も攻めようか」
そう言って再びカードデッキから一枚カードを切る千鳥。
俺からはカードの裏面しか見えないが、紫色で形はタロットカードのように長細く中心には黒い星のマークが描かれている。
俺はどんな攻撃が来てもいいように身構える。
「さぁ、何が出るかな?」
千鳥は右手のカードを俺に向けて鋭く投げる。
しかし身構えていたおかげかカードの軌道はしっかり見えていた。
俺が首を大きく右に傾けると、千鳥の投げたカードは俺の左頬をかすめるだけだった。 その時、俺はようやくカードの表面を見る事が出来た。
カードの表面には稲妻のような絵が描かれていて、下の文字欄のような所には『bolt』とローマ字で記されていた。
「痺れさせろボルト!」
俺がカードを見て、千鳥が叫んだ瞬間だった――。
「ぎっ!?」
俺の体は雷に打たれたようにビクンと跳ねて、そのまま地に伏せた。
なっ、何が起きた……!?
「はっはっは! 初撃をかわして安心するとはまだまだ甘いな」
紫色の瞳をした千鳥は俺を見下ろしながらあざ笑った。。
「今、何をした……?」
カードは確かにかわしたはずだぞ?
幸い体の痺れはすぐになくなったので、全身に力をこめれば起き上がることが出来た。「確かに君は私の電撃のカード、ボルトをかわしたよ。だが私が狙ったのは君じゃない」
「……俺じゃない?」
「足元を見たまえ。先程の私ウォーターで君の足元まで濡れているだろう? 水は電気をよく通すからなぁ」
「最初からここを狙ってたのか」
「良い魔法使いは地形や状況を上手く利用するものだよ。覚えておきたまえ」
そう言って千鳥は再度デッキの一番上のカードを取り、今度はそのカードの表面を俺にしっかりと見せ付けた。
今度のカードには鞭が描かれていて、下の欄に『whip』と記載されていた。
「ウィップ!」
千鳥が叫ぶと右手のカードが消失し、かわりにカードに描かれていたどこかの冒険映画に出てきそうな皮製の鞭が千鳥の右手に握られていた。
俺の火に対する防御策を練り、さらにそれを攻撃にも転用できる。
確実だ。
こいつは確実に俺より格段に強い。
俺は覚悟を決め、自分の魔力を鎮める。
同時に紅かった視界も元に戻っていく。
「なんだ、もう降参か」
言い終わると同時に右手の鞭が撓るように俺に向かって飛んでくる。
先程のダメージがまだ残っていた為避けることが出来ず、俺はやむを得ず防御の体制をとった。
鞭の先端は快音を俺の左肩にクリーンヒットし、あまりの激痛に一瞬意識がとんだ。 「ぐっ、あぁ、痛ぅ……」
「なぜ力を鎮める? これからだろう?」
右手の鞭をカードの状態に戻して千鳥が首を傾げて言った。
「君の火を使えば今の鞭くらい楽に焼き消す事ができたろう?」
「……やっぱりレディに手をあげるのは気が引けてね」
恐らく真正面から戦っても勝てない。
こういう時、クールな魔法使いは敵の性格を利用するべし。
狙うのはカードと、そして――。
もう少し……もう少しだ。
「なんだか興ざめだな。どれ、そろそろ気絶でもさせて楽にしてやろう」
千鳥は再び山札からカードを1枚切る。
「次のカードは、私のカードの中でもそこそこ強い部類に入るものだ。フェミニストを気取るのもいいがそろそろ本気にならんと私からネガを奪えんぞ?」
よし、一分経った!
「べつにそんなモンいらねぇよ……!」
視界が紅く染まる。
俺の瞳が紅くなったのを見て、千鳥は警戒の態勢をとる。
……もう遅い。
千鳥の言う強いカードを俺は指差す。
「そのカード、速く離したほうがいいぜ」
「何!?」
次の瞬間、千鳥のカードが勢いよく燃え上がる。
「熱っ……!」
千鳥は慌てて火に包まれたカードを投げ捨てる。
「今、何をしたんだい?」
「……俺の『火』の魔法は何も手から火を出すだけの火炎放射能力だけじゃない。集中して観察したものを瞬時に燃やす事も出来る」
「つまりはロックオン性能があるわけか」
「そういうこと、敵の前で余裕かまして喋りすぎだぜアンタ」
まぁロック中に火は使えないし、時間かかるから戦闘ではほとんど使えないけどね。
千鳥がベラベラ喋りながら戦ってくれたおかげで『もう一つ』のロックも終わってる。「その白衣、悪いけど新しいの買ってくれよな」
瞬間、千鳥の着ていた白衣の右ポケットが火を上げる。
「ネガが……」
「よし!」
「小癪な。私の白衣もロックしていたのか」
これで俺をこの場に縛っていた右ポケットの中にあるネガは完全に消えた。
あとはここからクールにおさらばするだけだ。
「悪いな、あばよ」
と、俺が背を向けた時だった。
「戦闘中に背を向けるとはまだまだ甘いな八神君」
完全に油断だった。
普通、自分の着ている衣服が燃えていればそちらに注意がいく。
俺のことなど気にする余裕はないはずだ。
そう考えた。
しかし間違いだった。
俺が振り向くと、そこには先程まで燃えていた白衣の火が完全に消え、カードを手に自分に迫ってくる千鳥の姿があった。
「んなっ――」
今の一瞬でどうやって俺の火を消したんだこいつ!?
しかし、おれにはそんな事を考える時間はなかった。
「ドロー、ハンマー!」
千鳥の叫び声とともに頭に重い衝撃が走り、俺はゆっくりとその場に倒れた。




