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2章


   二章 『正義』のボランティア部


 転入二日目。

昨日は自分が魔法を使っているところを人に見られてしまうという大失態を犯してしまい深く反省をしたので今日一日は出来るだけ『普通』を意識して生活をした。

普通に授業を受け、休み時間に話しかけてきた蔵島を避け、授業の進み具合が知りたいという名目でクラスの女子に話しかけ、昼休みにオカルト話を振ってきた蔵島を避け、普通に掃除を行い、帰りのHR終了後「一緒に帰ろー」と言ってきた蔵島をダッシュで振り切った。

「くそ、無駄に汗かいた」

なぜ俺が蔵島をこんなに避けるのか?

答えは単純明快だ。

奴が変人だからだ。

最初は少しおかしい奴だと思っていたがそうじゃなかった。

奴は完全にクレイジーだ。

口を開けば幽霊だ魔法だバットパーカーだとオカルト話ばかり。

 俺が違う意味でドキリとするワードの話を嬉々として語り、その様子を遠巻きに見ているクラスの連中は明らかにドン引いている。

「一緒に帰る? 冗談じゃねー」

 あんな変人と一緒に帰ったら俺まで変人に見られてしまう。

「ここはさっさと一人で帰るのが正解だろ」

 嘆息して俺は靴を履き替えて校舎を出た。

「んん?」

 校門の所に誰かいる。

そして何やらこちらに向かって手を振っている。

えーと、細身で少し背の低い黒髪ショートカットで前髪にヘアピンを付けた少し背の低い女子……つまりは蔵島だった。

「やっほー清司君」

「……俺、さっきお前より先に教室出たよな?」

 なんで俺より先に校門にいる?

「いやー走りましたよ! 走らせて頂きましたよ」

「そうかよ、お疲れ」

「追いつく為に二階の窓から飛び降りましたよ」

「そうかよ……ってぇえええええ!?」

 マジかよこいつ。

「ぶーっ」

 蔵島は口を尖らせて不満を表情で訴える。

降参だ、これは逃げ切れないわ。

「ていうか酷いよ清司君! せっかく私が一緒に帰ってあげようと思ったのにすぐに教室からいなくなるんだもん」

 なんだこの微妙な上から目線は。

「いや、すまんすまん」

 あれ、そういえばこいつ部活に入ってたんじゃなかったか?   「一緒に帰るのはいいけどお前、部活はいいのか?」

「今日は部長が活動をサボったのでボランティア部は休部でーす」

 蔵島は元気いっぱいの笑顔でそう言った。

 随分いい加減な気がするけど、まぁ本人が良いっていってるからいいか。

「んじゃ帰るか」

「うん!」

 まさか転入して初めて俺と共に下校するレディがこの蔵島とはな……。

 こうして蔵島と一緒に帰ることに決めた俺は学校から徒歩7分の距離にある商店街近くに位置する自宅を目指して歩きだした。

「ところでボランティア部って具体的にはどんな事するんだ?」

 正直、部活動の話とかどうでもいいけどせっかく一緒に帰っているのでこんな話題を振ってみる。

「え、清司君ボランティア部に興味あるの!?」

 蔵島の顔がパッと明るくなる。

おお、予想以上の好反応だな。

「いや、全然」

「ぶーっ! ぶーっ!」

「おっと」

 蔵島がぽかぽかと殴りかかってきたので適当に避ける。

「興味ないならなんでボランティア部の話なんか振るのさー!?」

 蔵島が不満たっぷりの顔で睨む。

興味無くても話ぐらい振ったってよさそうなもんだけどなぁ。

「いや、部活でやるボランティアってどんなもんなのかなと思ってさ」

 中学の頃、じゃんけんで負けてボランティア係に任命された奴は放課後に少し残って校庭の掃除とか草むしりをやっていたがそんな感じの活動内容なのだろうか?

「私達の活動? もっぱら人助けだよ」

 そう言って得意げな顔をする蔵島。

「そりゃボランティアっていうからには人助けになる様な活動だろ、具体的には何してんのかが気になってるんだけど……」

 まぁ、やっぱ雑用とかだよな。

「具体的にかぁ……悪党退治とか妖怪退治かな」

「へぇー」

 適当に返事を返す。

そっか、やっぱり中学と違って高校レベルのボランティアともなると草むしりや、掃除だけに収まらず悪党や妖怪退治までやるのかぁ。

「……ちょっと待て」

「何?」

「ジョークだよな?」

「何が?」

 駄目だこいつ、マジで言ってやがる。

どっからツッコめばいいのかなぁもう。

「えーと、悪党退治だっけ? 俺の読み方が正しければ悪い奴らをやっつけるって意味のヤツか?」

「うん、タツ高ボランティア部は正義の味方! 強きを助け、弱きを挫くのだよ」

「逆だ逆」

 それじゃただの弱い者いじめだろ。

「つまり、校内で起きてるいじめとかを無くすとかそんな感じ?」

「それもやった事あるよ。あとは、深夜に学校の窓ガラス割ってた犯人捕まえたり、夜中に現れる変質者捕まえたりもしたよ」

 どこか誇らしげに貧相な胸を張る蔵島。

「ヘー、ソリャスゴイナ」

「ぶー、信じてないな!?」

「そんな話普通誰も信じないっての」

 まったく俺の外見が日本人っぽくないからってそんな嘘が通用すると思ったのかよ。

 百歩譲っていじめを無くす活動とかならまだ現実味あるけど悪党退治とか妖怪退治ってなんだよ?

そうこう話しているうちに商店街近くの横断歩道に着く。

紗枝がいないか少しドキドキしたが姿は見えない。

どうやら今日はここにはいないようだ。

「蔵島はもう少しジョークのセンスを磨いた方がいいな」

「もう、馬鹿にして! こうなったら意地でも信じてもらうんだから!」

「どうやって?」

 そう尋ねると蔵島はパンッと両手を自分の顔の前で合わせてから「悪党こーーい!」と念じ始めた。

「……何してんのお前?」

「見て解るでしょ。清司君が信じてくれるように私が悪党を目の前で捕まえて見せようとしてるんだよ」

「ふーん。で、その祈祷は?」

「馬鹿だね清司君。肝心の悪党がいなきゃ私の活躍見せられないで――」

 言い終わる前に軽く蔵島の頭を叩いて止める。

「馬鹿はお前だ! 悪党に現れてほしいなんて願う正義の味方がどこにいる!?」    

「うぅー」

 蔵島は涙目で叩かれた頭を摩る。

全く、とんでもねぇ正義の味方もいたもんだ。

「でもね、清司君。ボランティア部は本当に……」

「はいはい正義の味方だろ、もう解った解った」

「ぶーっ」

 こいつもしつこいな。

こんな事なら部活の話なんかするんじゃなかったぜ。

「だいたいそんな都合よく悪党なんて現れるわけが――」

    

「誰かぁーーーーーっ!! 引ったくりよぉーーーーーーーーーーーっ!!」


 …………え?

「「マジで!?」」

 俺と蔵島が同時に叫ぶ。

見ると商店街の方から黒い原付バイクにフルフェイスで黒いジャケットを羽織った二人乗りした奴らがこっちに向かって走ってきていた。

原付の後ろに無理やり乗っている奴の手には茶色の手さげバッグが握られていた。

「だれか……、つかまえてー……!」

 恐らくあのバッグは原付の数メートル後ろで倒れながらも一生懸命叫んでいるあの白髪の老婆の物だろう。

「都合よく悪党現れたぁーーーーっ!」

 蔵島が嬉しそうに叫ぶ。

 この町の治安はどうなってんだよ!

転入二日目の帰宅中に引ったくり犯に遭遇する確率ってどんぐらいなんだろう?

こんなん全然クールじゃねぇ……なんて急展開だよおい。

「おい、あのバイクこっち来るぞ!?」

「あわわわわわわっ、ど、どうしよう清司君!?」

「どうしよっておまっ、知るかよ! お前が変な祈祷で呼んだんだろーが!」

「わわわ私のせいじゃないもん!」

 蔵島は完全にテンパっている。   

さっきの自信はどこにいった?

「おいおい頼むぜ、ボランティア部は正義の味方なんだろ!?」

「うっ、そ、そうだよ!」

 蔵島は意地になった様に返事をして俺より一歩前に出る。

「おい蔵島……」

「黙って見てて、私が捕まえるから」

 そう言った蔵島の顔は今までのおちゃらけたものとは違い、真剣そのものだ。

「ふふ、久しぶりの事件で武者震いしてきたよ」

 その言葉のせいか、蔵島の背中から何か頼もしさのようなものを感じる。

すげぇ、なんかちょっと……かっこいい……。

まさかこいつ、実は格闘技のスペシャリストとかそういう奴なのか!?

武者震いしている蔵島の腕はぷるぷると小刻みに震え、足はガクガクと左右に――。

……蔵島の足はガクガクと左右に震えている。

「お前完全にビビッてんじゃねぇーかっ!」

「びびびビビッてないよ! よよよぉし、いくぞーーーっ!」

 そう叫んでバイクに向かって走り出す蔵島。

足がまだ震えているせいか走り方がどこかぎこちない。

「おい、無理すんなって!」

 俺の制止が聞こえていないのか蔵島はどんどん原付に向かって走っていく。

たまらず俺も蔵島を追って走りだす。

 とうとう蔵島とバイクの距離が5メートルを切ろうかという所で蔵島が立ち止まり、大の字になって叫ぶ。

「そ、そこの原付ぃ、とと止まれーー!」

 声上ずってるじゃねーか!

「どけブスっ! ひき殺すぞ!!」

 原付は道で大の字になっている蔵島に怯むことなく、むしろ速度を上げて真っ直ぐ蔵島に突っ込んでいく。

「避けろ蔵島!」

「ひゃあっ」

 原付と衝突する直前で蔵島は横っ飛びで回避するが着地に失敗し派手に転ぶ。

まぁでも全速力の原付と正面衝突するより遥かに軽症で済んだろ。

あんまひやひやさせないでくれ……。

つーか何しに行ったんだよあいつ。

「ハハッ、おら金髪、テメーもさっさとどかねぇと殺すぞっ!」

「うぉっ」

 しまった、蔵島に注意が行き過ぎた。

「清司君危ない!」

 ほっとしたのも束の間、蔵島を退けた原付が今度は俺に向かって突っ込んでくる。

 駄目だ……避けられないっ!!

「清司君!」

 

――大丈夫、やれる。


 危機的状況で自分の頭が急速に冴えるのを感じる。

視界が広がり、辺り一面がスローに流れる。

俺の前には突っ込んでくる一台のバイク。

こんなくず鉄、俺の火で一瞬で吹き飛ばせる。

体が燃えるように熱い。

この感覚……やれる……俺ならやれる!

「避けて清司君!!」

 その時、瞬間的に異常な集中をしていた俺の頭は蔵島の叫び声で一気に現実に引き戻された。

 いつの間にか握っていた自分の拳の力を解く。

やっぱり駄目だ。こんな人のいる場所じゃ……。

「くそっ、マジどかねぇと轢き殺すぞ!」

目前に迫る原付。

とりあえず頭は冷えたので冷静に回避する事を狙う。

ギリギリまで原付を引き付けてから、原付の左横にすれ違うように飛び込んで回避する。

蔵島と同じで、俺も受身は取れなかった。

「ひゃははっ、だっせー」

 原付の二人は俺にそう吐き捨てて俺達に右肩に赤いマークが入った背中を見せて去っていく。

「おい! ちょっと待っ……くそっ」

あんだけスピード出されたらもう追いつけないか。

「清司君、大丈夫!?」

 と、どんどん小さくなっていく原付を見つめる俺に心配した様子の蔵島が駆け寄ってくる。

俺は咄嗟に手に掴んだ『それ』を自分の後ろに隠す。

「ああ、俺は平気。お前の方こそ無事か?」

 さっき派手に転んでたからなぁこいつ。

「私も大丈夫だよ」

 蔵島はにっこりとそう言った。

どうやら本当に平気みたいだ。

「つかお前危ねぇーんだよ! 無策で原付に突っ込んで行きやが――」

「おばあちゃんは大丈夫!?」

「って聞けよ!」

 俺の説教を無視して蔵島は未だに商店街入り口で倒れている老婆に駆け寄り、助け起こす。

 仕方なく、俺も老婆の方へ歩み寄る。

「おばあちゃん大丈夫!?」

「ああ……ありがとうお嬢ちゃん」

 蔵島が差し出した手につかまり、ゆっくり立ち上がる老婆。

「お嬢ちゃんの方こそ大丈夫かい?」

「うん、平気。それよりバッグ取り返せなくてごめんね」

 申し訳無さそうに老婆に謝る蔵島。

「いいんだよ、どうせお財布にも大した金額入れちゃいないからさ」

 老婆はこちらを気遣っているのか明るくそう言った。

さて、しんみりした雰囲気は嫌いだしそろそろ出番かな。

「そっちの金髪の坊やも平気かい?」

「何とかね。それより婆さん、財布の他に何か大事な物とかバッグに入れてなかった?」 俺は少しにやけた顔で尋ねる。

 そんな俺をどこか不思議そうな目で蔵島が見ていた。

「あ、ああ、入れていたよ? さっき病院で貰ってきたお薬だけど……」

 老婆もこんな事を尋ねる俺を不思議そうに見る。

「ほら婆さん」

 俺は後ろに隠し持っていた白い紙包みをそっと老婆に手渡す。

「これ……あたしのお薬じゃないか!?」

 老婆が驚きの声を上げる。

「さっきあいつらが落としていったから拾っといた」

「すごい清司君! 引ったくり犯から薬を奪い返すなんてお手柄だよ」

「いや、拾っただけだから」

 大げさにはしゃぐ蔵島をとりあえず落ち着かせる。

「ありがとう坊や。本当にありがとう……あの、よければ名前を――」

「だから大げさだって婆さん。それより早く交番行きなよ」

 老婆の言葉を遮り、俺は視線で老婆に感謝も何も必要ないことを伝える。   「あ、ああ。そうだね、そうするよ」

「あっと、面倒事嫌いだから警察の奴らには俺達の事黙っといて」

「ちょっ、清司君!?」

 何やら蔵島が講義の視線を向けてきたが無視して続ける。

「そういう事で頼むよ婆さん」

「変わった坊やだねぇ、解ったよ」

 老婆はにっこりと笑い、最後にもう一度俺達にお礼を言ってから去って行った。

さて、先程から蔵島が何か言いたそうだ。

「……なんだよ?」

「もったいない」

「は?」

「実にもったいないよ清司君! 上手くいけば私達ボランティア部が始めて警察から感謝状とか貰えたかもしれないのに!」

 何を言い出すかと思えばこいつ。

人助けして感謝状貰おうとする正義のヒーローがどこにいるんだよ。

こいつの正義の味方像がだんだん怖くなってきた。

「いや感謝状とか興味ねぇし、つかさらっと俺をお前らの部に入れんな!」

「ぶー」

 未だ不満な視線をぶつけてくる蔵島。

ああ、俺の家もうすぐそこなのに……。

早く帰りたいがどうも、蔵島はまだ離してくれそうにない。

「あのな蔵島」

「何さー」

「普通正義の味方が名前を聞かれたらさ……かっこよく『名乗るほどの者じゃない』って言うんじゃないか?」

「ううっ、確かに……」

 蔵島はそう言って痛いところを突かれたような顔をする。

見るともう日が落ちかかっている。

……そろそろ時間もやばいな。

早く帰ろう。

「じゃあ蔵島……俺の家こっちの方だから」

「あ、待って清司君!」

 俺はすぐにその場を去ろうとしたが、蔵島に俺の腕をぐっと掴まれて引き止められた。

「おおう何だ蔵島?」

「あの、あのね? ボランティア部なんだけど、今年は入部希望者少なくてちょっとヤバいんだ……」

 おいおいまさか。

「清司君よかったらボランティア部に――」

「入らない」

 会話の流れを読んで蔵島が言い終わる前に即答する俺。

 蔵島は一言「そう……」とだけ言って下を向いてしまった。

「……かーらーのぉー?」

「絶対入らない」

「やっぱ駄目か」

 こいつ、落ち込んだフリとかタチの悪いことしやがる。

「うーん、清司君の正義感の強さと引ったくり犯から薬を取り戻した功績で特別に入部させてあげようと思ったのになぁ」

 何で上から目線なんだよ。      

「つーか、そろそろ帰りたいから手を離してくんない?」

 帰ろうとする俺の腕を必死に引っ張る蔵島にそう諭すもどうやらその気は無いようだ。

「せめて明日に体験入部、いや見学だ・け・で・もー!」

「どんだけ必死な・ん・だ・よ!」

 離すどころかいっそう強く俺の腕を掴む蔵島。

「わかった降参。明日見学行くから」  「本当っ!?」

 ようやく蔵島が俺の腕を離す。

 それと同時に俺は自宅のある方向へ全力でダッシュする。

「嘘に決まってんだろ」

「ぶー、騙されたーっ!」

 その後も蔵島は俺の後ろで喚いていたが、気にせずその場を後にした。

正義の為に戦うボランティア部だと?

そんな目立って仕方の無いような部に誰が入るか。

やっと、やっと時葉から逃げてきたんだ。

やっと普通の生活に戻ったんだ。

俺は、普通に生きたいんだ。

「……普通に生きたいなら、こんなお節介しちゃ駄目だよな」

 それにしても、犯人の右肩のあのマーク。

「まさかな……」

 きっと俺の勘違いだ。

……そうであってくれ。



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