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3:離別

「クライトさん」

 遂に地を踏みしめ、少し離れた位置には建物を見る。

 昼日中、この恐ろしい冷気の中でも人の活気を感じることができた。恐らく、そこには何も知らぬ悪魔たちが居るのだろう。

「彼らは、どうするんです」

「さすがに手を出さないよ。別に悪魔に恨みがあるわけじゃない、それに出来るだけ力は温存しておきたいしな。いくらあの烏合の衆じゃなくたって、悪魔相手じゃ骨が折れる」

 微笑みすら見せてやらずに告げるが、しかし彼女は了解とばかりに頷いて、一歩前に出る。

「クライトさん」

 引いた足を軸に、軽やかにその場で回る。振り返る彼女は、表情を引き締めてまじめに俺を見据えていた。

「一つ、ご質問を。あなたがあそこへ向かう理由は?」

 親指を突き立て、ぐいっと背後を穿つ。指先はしなやかに、その軌道上に崖上の館を示す。

 彼女の記憶は船上以降、綺麗に俺の存在だけを喪失して改変されている。だからジェーンの死に俺が嘆く理由も、ライアの融解に怒りする訳も知らないし、理解できない。その思いに触れる材料を彼女は持たない。

 思い出したように、しかしそうした気配を押し殺して頷いた。

 俺の思いがどこにあるか探るつもりか。あるいは、確認するつもりか。

 そんなこと、俺だって……。

「復讐さ。言い換えれば、因縁だ。俺には決着を付けなければならない奴が居て、それを邪魔と思う奴が居る。俺は殺さなければならないし、奴はそれを除かなければならない。それだけさ」

 だからひとまず、目的を告げる。満足してくれるなら、それで良いだろうと思ったのだけれど。

 瞳が疑惑の色に揺れる。

 眉根を寄せ、形の良い唇が歪む。僅かに開く唇から、白い歯が覗いた。

「なあウィズ、俺はお前の思うところを知らないが――嫌なら、ついてこなくてもいいんだ。危険なことに、わざわざ首を突っ込むなんてバカなことだよ」

 何が嫌なのか。その点には敢えて深く掘り下げず、しかし耳障りを良くするために相手を配慮したセリフになるよう補助する。

 それでも、彼女の表情は変わらない。

「ねえ、クライトさん。……いえ、頑張りましょう。私、強くなりましたから」

 固く握った拳は、ギシ、と軋み音を上げる。それが振り下ろされた時の威力は、俺よりもずっとあるはずだ。

 彼女の、決して信頼ではない瞳を受けて、しかし俺はただ頷き、前を向く。

 一歩を踏み出した時にはもう、彼女への心配事も、ローゲンたちへの不安も、すっかり消え去っていた。


     ◇◆◇◆


 出会いは十八の時。

 傭兵という危険な職業に理解があり、彼らはすぐに恋に落ちた。

 数年後、男は政府の下で働く特務機関に身を置いた。収入が安定し、また変わらずの危険さも安定した日常を暮らす中で、彼は地方から女を呼び、生涯を共に過ごすことを誓い合う。

 仮に己が死しても、彼女が当面の暮らしに困らぬ程度の貯蓄はあり、後の世話は友人たちがしてくれる手はずになっている。これは己だけではなく、特務機関の全員の、暗黙の了解のようなものだったが。

「てめえが殺したんだ」

 己ではなく、最愛の女――キャスカ・ドラーゲン。

 腰まで伸びる輝きを帯びた金髪に、透き通るような肌。抜群のスタイルを、さりげなく強調するような衣装選びに、人に尽くし、しかしそれだけでは終えない悪戯っぽい駆け引きが上手な女だった。

 初恋の女であり、生涯、何があっても己が守りぬくと決めた人だった。

「てめえが、殺したんだァッ!」

 一度口にしてしまえば、もはや止めようがない。

 溢れ出る感情に、どうして蓋をすることができよう。

 巨剣を、強靭な膂力と腕力の証明とばかりに、大地と水平に構える。片手で剣ごと腕を引き、もう片手を刃に添える。

 切っ先は黒衣にベージュを上塗りにした男へ向き、牙を剥く。

 少し離れた位置には、連なる砲筒を纏めた武器を構えるラフト。そこからは、分間一ニ○○発に及ぶ破壊の権化が発射されるシロモノだ。

『貴君がヒィトリット・クライトと出会わなければ、このような不幸が起こることはなかった――そうは考えないのか?』

 アッシィは依然として姿を消さず、ただ挑発を紡ぐ。

「結果論じゃねーか。たわけたこと言ってんじゃねえ、動かねえならこっちからるぞ」

「落ち着けドラ。挑発して怒らせるのが狙いだろう。飽くまで冷静に、だ。言っただろう?」

『こうなる結果を知っていたら、もし奴は知っていて尚これが最善策だと己のために貴君を利用したとしたら?』

 なだめる先から、馬鹿げた戯言を紡ぐ。

 まるでそれが揺らがぬ真実であるようにはっきりと言い、ローゲンにはそれが癪に障った。

 これ以上身内を汚すんじゃねえ――というのが大きく。

 しかしながら、否定しきれない不穏な気配もある。

 ヒィ・クライトは時間遡行の技術を有している。そいつを利用すれば、この男が言うようなことは不可能ではないのではないか?

 仮に、そうであったとしても。

「だからどうした。今更クライト殺せば、キャスカが帰って来んのかよ」

 復讐だ。

 弔い合戦だ。

『小生を殺しても戻ってくるものではあるまい』

 知った口を利きやがる――その一言で、十分だった。

 もう動き出そう。この大剣を振り下ろそう。

 男はただ、そう決めた。

「戻ってこねえ、ああそうだ。復讐なんて不毛で虚無だ? そう思うよ――だがな、キャスカが殺されて、そいつを忘れたフリして立ち直った体裁ばかりを保って生きていて、何が楽しい? 枕を濡らして、腐らせて、握る拳の落とすべき場所を知っているのに無意味に立ち止まる必要がどこにある? 真っ平御免だ、んな人生! だからといって、死ぬつもりもない! オレは、ただ、てめえを殺せりゃそれでいいッ!」

 大股で迫り、射程距離ギリギリで撃ち放つ巨剣による刺突。

 しかし大気が割れ貫かれても尚、アッシィは刃の側面に回り回避した。

 踏み込んだまま上体を捻る。片腕で力任せに大剣を薙ぎ払えば、刹那の内に手応え。火花が弾け、翻る銀光を見た。

 しかしそこを射抜くように、破砕音が空間をつんざいて響く。大気が激しく振動し、まるで全身を殴られ続けているかのような衝撃が間近で響く。しかしながら、巨剣に対抗していた影が、弾丸が地表を砕いて巻き上がる煙の中に消えた。

 剣の手応えが失せる。

 即座に、そのまま後方へ飛び退けば、それに合わせて銃声が止んだ。

 視覚情報の妨げになるから煙を上げることは本来防ぐべきだが、敵が視えぬ場合にはその限りではない。

 全身が凍えるような空気を胸いっぱいに吸い込みながら、静かに宙空に鱗を展開する。菱形の、指先ほどの鱗は無数に連なることで己への盾を構築した。

 作ってさえしまえれば、自在に己を防いでくれる。こいつは意識というより、本能で危機から保護してくれるから。

「来い」

 余った鱗を手の中に集める。

 鋭く、細く伸びるのは長剣。紙のように薄く、それは何よりも堅い。

「来い、来い」

 耳を澄ませれば、それは人の耳では決して捉えられぬ些細な足音を知覚する。竜人であるがゆえに、全身で敵を探知する。

「来い、来い、来い」

 それはマヌケなまでに接近を気づかぬふりである。来い、を全て来た、に言い換えれば、その男の顔に無意識の内に貼り付けられた笑みの由来を知ることができた。

「来いッ!」

 遂に背後から走り寄ってくる男が射程内に近づいた。正確には、振り返った瞬間に剣先が敵を捉えられる距離に。

 踵を返すように、後ろに引いた足を軸にして身体を回転させる。両手に握る武器が超重量である故に遠心力を利用し、体ごと振り回すように振り返った。

 引いた足が前に出る形で、さらにそいつをたたらを踏むようにして深く踏み込む。

 上肢を織り込むように、まず右手の巨剣をなぎ払い、眼前で、刃の腹を受け止められる感触。

 左手の長剣を振り払い、巨剣の腹で触れ合わせるように薙げば、虚空に鮮血が滲んだ。鱗の長剣が、銀世界に鈍い血の色で染まる。

 トドメだ――叫んでいないはずなのに、その声は前方から聞こえた気がする。

 控えていたラフトが、造形した身の丈をゆうに超える、天を衝くほど、己を三人分は縦に並べても足らぬそいつを振り抜いた。

 大上段から構え、弧を描いて落とされる。空間が引き裂けていくような甲高い異音は空気の摩擦で、もはや扇状の物体なのかと認識するのは加速ゆえの残像だ。

 左右からの人間離れした力は万力が如く不可視の仇を捉え、頭上から落とされた巨剣は――。

 

 巨大な影は大地へと吸い込まれるように落ちる最中に、横っ腹を殴り飛ばされ。

 宙空を舞い上がり。

 ラフトが思わず動きを止めて見上げた空に、浮かび上がる敵影を認めた。

 男は切っ先が丸い剣を腰溜めに構えていた。それが、ラフトの見る最期の光景でもあった。

 修道士が虚空に浮かび、静止したまま、ただにわかに腕がブレた――そうとしか認識できぬ中で、しかし大剣は振られたらしい。

 無自覚で、無痛で、それは恐らく、その修道士以外には何が起こったか分からなかっただろう。

 ただラフトは、何故だか巨剣を手の内から奪われた直後に、縦真っ二つに割れ――大地から湧き上がるような衝撃の奔流が、軌跡を描くように巻き上がる雪煙の白銀に染まって噴出した。

 ちょうどアッシィの背後から、凄まじい勢いで吹き抜ける衝撃が瞬時にして、白銀から真紅に、そしてその地点から放射状に雪原を赤く染め上げる。

 それは斬撃の余韻。恐るべきは、斬られてもなお、ラフトには意識があって、しかし死は確定的であったこと。

 そして、ややあってから、大地が震える。恐怖や寒さに、いまさらになって身震いしたわけではない。巨剣が、ようやく地表に落ちたのだ。

 高く飛び上がったわけではない。落ちる速度を遥かに上回る早さで、それが行われたのだ。

 だからローゲンが本能に刻み込まれる恐怖と、驚愕と、そしてささやかなる絶望に触れてしまった時には既に。

 暗殺者アッシィと、本来それを裁くべき処刑人イクスは揃ってしまっていた。


 大地が深々とえぐれていた。正確には氷塊だが、そいつは溝にはいっても大地の水平から頭を飛び出させない深さまで削られていた。

 飛び散った鮮血は滲み、肉塊や骨は残さず液状となって撒き散らされた。

 もはや殺害ではなく、屠殺、ですらなく、加工により近い処断であった。

 イクスの持つ処刑剣には貫く用途がないのは、目的が異なるからではなく、必要がないからなのだろう。

 ――復讐の代償だろう。

 ローゲンは構えたまま、思わずそう考えた。

 人を呪わば穴二つ。恨みを晴らすためには、返り討ちに合うことも考えなければならない。

 よりにもよって、それは親友だった。

 また失った。己の、せいで。

 しかしいま、失意にふける暇などありはしない。

「状況が、真逆になったってわけかい」

 しかも、二人でようやく一人分となっていたのに、一人になってしまった上に、向こうは二人に増えた。単純計算でローゲンほどの実力者が四人要る状況で、だ。

「問題はそこじゃない」

 金髪頭をツンツンに逆立てた男は、そう遮ってからアッシィへと向き直る。しかしローゲンには、彼はみえていない。

「お前だ……なぜ外套を奪った? さぞやお前が奴に渡すだろうと思ったが……」

『頼まれたから渡す、などという理由はない。さらには奪ったとわかっているならば、渡すわけもないと理解できているだろう』

 頭の中に響いてくる声は、どこか己を正当化するような子供の言い訳に聞こえ、

「なんだと?」

 地の底から響いてくるような怒気孕む声色は、思わずローゲンすら震撼させた。

『よもや貴君、人間に同情したとは言うまいな? どうあれヒィトリット・クライトは殺害対象であり、小生らには単なる敵でしかない。その敵に、塩を送ると? 魔女の言い分が、なんだというのだ』

「……ああ、お前の言葉は正しい。敵は敵として認識しろと言うのだろうが……お前は、それでいいのか? リフ如きにへーこら媚びへつらって、何が楽しい? お前は、そんな男ではなかったはずだ!」

『だが、貴君は魅力に感じぬのか? リフなどはどうでも良い……深淵より深きにある、虚ろの中でこそ映える扉。溢れる力は、誰もが欲するはずだ』

「力に魅せられたか。何よりも愚かな泥沼に、まさかお前が躓くとは思わなかったな」

『愚か?』

 その声には、怒りが篭る。

 視えぬローゲンにも、その迫力を感じることができた。

 敵地のまっただ中に突っ込んだ己が、まさか敵の仲間割れを見るとはついぞ思わなかったが――それでも、隙はなく、手は出せない。

 この奇妙な状況に、ラフトの死が薄らいでいくのを感じていた。

 しかし、このまま潰し合えばそれはそれで楽だった。どちらかが死ねば、一つの恨みは自動的に消しされる。苦労は半分。労力は、未だ倍だが。

『力を愚かと呼ぶか。まあ、貴君には分からぬだろうがな――その処断は、身に滾る力は、常に小生への劣等を知覚させた! 分からぬだろう、地を這いずる者が何を思うか。貴君には、到底及ばぬ地の底だ……っ!』

 虚空が歪む。黒い輪郭が鈍く滲み出る。

 やがて現れるのは、ベージュを纏う男の姿。その手には既に抜き身の短刀が構えられており、さらには刀身は、早くもイクスの首筋に触れる形で展開していた。

 それでもなお、イクスの顔色は変わらない。

 いや――。

「失望した。お前は無関心ではなかったわけだな……無口だったのは、ただ堪えていただけか。これならまだ、ブロウと組んでいたほうがマシだったかな」

『同意だな。もはやこれ以上、貴君と続けるには小生が小生を抑えきれぬ』

「ふん? 随分と、面白い事を言うじゃないか。お前如きが、私に何ができると?」

『侮るな、小生は――』

 刹那だった。

 アッシィの言葉が終わりを見ない。それは恐らく、彼が姿を表さずとも結果は同じであるはずだった。

 短刀を握る腕が吹き飛んだのだ。肘からやや先の辺りに赤い筋が走るのを認識した瞬間には、凄まじい勢いを伴って横方向へと弾き飛ばされていた。

『ぐっ、あぁッ?!』

 反射的に、ローゲンはその身に鱗を貼り付ける。本来の竜人の姿を取り戻すように、一片の隙間すら許さずそれらを敷き詰め、総身を赤く染め上げた。

 やがて武器を失ったアッシィの首を掴むイクスは、締め上げ、身体を引き上げる。顎下と頚部に己の体重を乗せたアッシィの呻きは、それ故の苦しみか、右腕への痛みか、あるいは両方か。

「必要なかったから使わなかったが、こいつが私の能力……お前の言った通り『処断』だ」

 彼自身が持つ破滅的な威力の攻撃を、任意の座標に撃ちこむ不可避にして絶対命中の能力。それは”凄まじい威力の攻撃”ではなく、”確実に当てる”ものである。

 射程という射程は、強いていうならば視界内。

 しかしそれを識る者は、一人として居ない。

 だから、アッシィは言うのだ。彼すら知らぬ、そして取引にすらならぬ言葉を。

『小生を殺せば、契約が失われる……貴君は、それで良いのか』

 イクスの能力ちからがその力である事を信じてやまない。

 故にその言葉は、無意味なほどに非力だった。

 もしそこで判断を誤るとしたら、アッシィに強く惹かれている必要があるか、柳のように揺れやすく人が良くなければならないが、悲しきかな、男は処刑人さながら非情で、また惹かれる要素もなく失望していた。

「構わないさ。もう組む必要もないだろう。なあ……最期にいいか」

『待て、小生らは、まだ』

「命乞いか……もう、良い。それ以上、己を貶める必要もない」

『イクス、我らは、小生の能力を使いさえすれば――』

 必要ないんだよ。

 ただそれだけ漏らして。

 それが聞こえるが早いか――アッシィの首が、胴体から離別する。肉体から後方へと、弧を描くようにして飛び上がった生首は、しかしその宙空で爆ぜたように粉微塵に刻まれ、衝撃の波がそれを雪原に撒き散らす。

 ひどくすえた臭いが鼻腔に突き刺さり、脱力した肉体はそのまま雪の上に投げ捨てられる。

 余韻すらなく、イクスは用を済ませたかのような清々しい面でアッシィから外套を剥ぎとってから、ローゲンへと向き直った。

 腕を突き出し、手のひらを彼へ突きつけ、

「ん」

 ああ、そうだった、と。ついさっきアッシィを殺したせいで、既に任意の位置への攻撃も完遂できないのだった――僅か数秒前の事を、まるでなんでもない出来事から数日経ったかのような平然とした顔で眉をしかめた。

「なんて奴……腐っても、身内だったんだろうがッ」

「それを言えばラフトだって身内だったさ。しかしな、我々(あくま)には、弔いの文化はない。死ねばそこまで。誰が手を下し、その誰かがどうするかこそが問題。過ぎ、終えた事象に感情を揺らがせる理由……いや、感覚が理解できないな」

「まるで……」

 戦うためだけに生まれたようだ。

 生きているうちは、人によっては人間と同じく凄まじい後悔や苦悩に共感するはずだ。

 しかし、その対象が死んでしまえば全ては終わる。まるで一冊の本を読み終えたかのように、後には引きずらない。

 前に進むためだけの生き物だ。

 ローゲン・ドラーゲンは、そこに寒気すら感じるほどの恐怖を感じる。

 こいつらは学ばない。成長しない。

 故に、生まれながらに最大限の力を持っているのだ。だから決して、その時の事を、その身に刻まない。全てが使い捨てで、彼らは何のために生きているのだろうか。

 何が生きがいで、何を目的に、何が楽しくて。

 哀れだと、場違いなまでに過ぎる感情は刹那より短く。

 踵を返した修道士を、ローゲンは呆気にとられて眺めていた。

「硬そうだ、その鱗は。破壊できないわけではないが、この場ではやや勿体無い気がする」

「情けか。てめえ、ラフトの恨みがあるのを忘れているわけじゃあるめえな?」

「恨みつらみでしか語れないのか? お前の行動理念は常に誰かに起因しているわけだ。自分で決められず、死んだあいつのためだ、これからの人生をどうのと、何かをきっかけにしないと前に進めない。ヒィトリットも、哀れなものだな」

「てめえが殺した仲間の弔いだ。棚に上げて、良く言える」

「それを含めて、だ。死は贖うものではなく、乗り越えるものだと私は思うのだが……言っても、仕方がないか」

「ったりめえだ。乗り越えるために、殺すんだ」

 それがどこか違和感を匂わせる言葉だと気づきながらも、振り上げた剣は、落とし所を間違えないだろう。

 仲間が殺された。その弔いとして、殺したやつを殺す。

 イクスが言うのは、殺された仲間の死を乗り越えて、それとは別の情念を抱いて立ち向かえ、ということだ。仲間が殺された状況で、恨み以外の何を抱けと言うのか。

 分からない。こいつが何を伝えようとしているのか、その言葉に何の意味が含まれているのか、ローゲンには理解できない。

 そうしている間に、イクスは僅かに屈む。その瞬間に勢い良く雪原を弾いて――瞬く間に、その虚空へと姿を小さく跳んでいった。

 ローゲンは暫くそれを眺めていたが、己が生き残ったその理由を、その次の目的を思い出したように走りだす。

 まずはラフトの忘れ形見――己には身に余る、小丘ほどある巨剣を目指して。

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