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4:盗賊討伐 Ⅲ

 まだ二十を切ったばかりの集団と対峙してる中で、ライアは不意に駆け寄ってきて、真後ろから囁いた。

「ライド・プライが見てる」

 居住区はこの広場から繋がっている。だから、俺たちが居るのも居住区よりの広場。

「後ろの、街灯の影で」

 なんにせよ、だ。悪い予感しかしない。

 ――男がフードを剥ぎ取る。途端に、その褪せたような色の赤髪が覗く。

 背中から、身の丈の剣を引き抜いた。

 無骨な銀光を煌めかせる、両刃の剣。それを構える様子を見るだけで、常人には無い屈強な膂力と腕力に力が漲るのが分かった。

 その感覚を、俺の経験に重ねて、共有する。

 体格は俺より少し良いくらい。背は少し高め。痩せ型だから、めくれた袖から見える腕から血管が、筋肉が浮き上がる。

 だから、長剣の扱いに関しては俺より優秀だろう。

 そう。そいつを使うなら、そうでないと困る。

 なにせ、久しぶりに剣で勝負をしてやろうと思ったのだから。

 今の俺なら、子供でも蹴り飛ばせる。

 それほど、俺の”想像”は身勝手な怒りを及ぼしていた。

 だから、赤髪の男が襲い掛かるなんて事は決してないし。

 俺が許さなかった。


 剣閃は月明かりを反射して、さながら迸る月光となって男に迫り。

 大上段からの叩き落としは、まっすぐ向かってくる馬鹿正直な相手にしか通用しないわけで。

 だから、赤髪の剣は勢い良く足元の石畳を叩き割って。

 俺の刺突を、防げずに居た。

 そこに決して容赦など無く。

 喉を引き裂き、喉仏を食い千切り、気管食道を切り裂き、頚椎を砕く。

 ――現行犯逮捕。

 しかし最初から、生死問わずですらなかったのだから、この最期は誰にでも予測できた。なにせ、連中だってこっちの命を狙っていたのだから。

 なんて零すべき相手は、彼の親であるライド・プライであり。

 俺が剣を引き抜き、一挙に身を翻して逃走し始める町のろくでなしどもを見送っている時。

 目の前で、大量の鮮血を垂れ流しながら倒れる肉体は、どさりと音を立てて頭を打った。

 それを見守っていたはずの町長は、背後に控えていた衛兵を余すこと無く――五人ばかり、広場へと叩き込んでいた。

「貴様! 何をしている!?」

 始終見ていた町長に聞けば早い話だが、しかしその言葉は問いの様相を呈していながら、俺の行動を制限するものだった。

 町の警備に当たる人間の問いは答えなければならない。それが法を遵守するためのたった一つの方法。

 甲冑姿の四人は俺を取り囲み、一人はライアを拘束する。両腕を後ろに回させて、それを力任せに掴んでいた。

 剣を外套で拭って、収める。血が目立つから、新しいのを買わなければならない。新しい出費だ。

 一人が屈んで、死んだ男の顔を見る。はっ、とした様子で、俺を見た。

 どうやら、真実を知り、胸中を隠しているのは町長ばかりのようで。

「貴様……ライト・プライ氏……盗賊対策として単身巡回に出ている町長のご子息を、歯牙にかけたな!?」

 ――残念ながら、全ては町長の思惑通りに事が運んでしまったらしい。

 彼は息子を疎んでいた。

 そりゃ、その権威を利用して身の安全が保証されてるからって、人殺しまでしてしまうように育ってしまえば、もう肉親もくそもないだろう。

 だから死んでほしいと思っていた。誰に迷惑をかけるでもなく、出来れば町長の体裁を保てる非業の死を遂げて欲しかったのだろう。

「く、クライト殿……どうして、こんな、事を?」

 ゆえに、体裁を整える。

 盗賊相手に殆ど何もしなかった彼が、唯一呼び込んだ傭兵――それが牙を剥いてしまったのが、それでも身内で良かったと。

 誰よりも憎かったろう息子の死体に縋りながら、誰よりも嬉しいだろう心中を封じ込めて。

 誰よりもこの状況を理解していながら、誰よりも理解もできぬと頭を抱えて。

 俺を見上げる眼は嗤い。

 口角が下がり。頬肉が釣り上がるその表情は、誰が見ても笑みを押し殺しているそのもので。

 ――ここは工業が発達し、都市に近いほどに繁栄している。

 あと数時間もすれば、日があけて商人が仕入れにやってくる。それほど、ここは流通の要でもあった。

 だからなあ、どうせ金も入らないのだし。

 暴いてもいいだろう。

 へし折ってもいいだろう、その鼻っ柱を。

「仕事をしたんですよ、町長?」

「クライト殿、貴方が殺めたのは、私の息子です……貴方が、殺したのは!」

「盗賊のお頭だ。なあ、町長さん?」

 衛兵が構える剣の切っ先は、俺を囲んで俺を狙う。

「じゃあよ、あんたはなんで何も言わなかったんだ?」

「……? な、なにを――」

「息子が一人で巡回してたんだろ? 盗賊が居たんだろ? ならよ、息子の存在を知らない俺は、盗賊と一緒にいるそいつを盗賊の一人として見ちまってもしょうがないだろ? 一番注意しとくべきところだろ、なあ町長――なぜ協力者の存在を隠していた。なぜ敢えて取り返しの付かない勘違いを促した?」

 この男が何よりも隠したかった穴。だがそれは、町長のご子息を殺してしまうという致命的な過ちを促すためには決して塞げない穴。

 もっとも、ここで衛兵も俺の言葉をまともに受けてくれればやりやすかったのだろうが。

 彼らは依然として、俺が言い逃れをしているようにしか聞こえないだろう。

 だから、町長の驚いたような表情は、内心から溢れだす驚愕を禁じ得ない証拠で。

 なぜそんな事に驚いてしまうのか、というここ一番の正念場は、だけど皆が俺だけに視線を注ぐから、誰も気付けない。

「俺に殺させたかったんだろ。金に釣られてここまでのうのうとやってくる馬鹿なら罪悪感も無いしよ」

 町長の中で、瓦解が始まる。口元が小刻みに震えるので、それがわかる。

 既に彼の中で全てが崩壊した。おそらく緻密だったろう計画の全てが、完了した瞬間に崩壊を開始した。

 終わった――そう思っているのは自分ばかりで、辺りはまだ何も気づいていない。だからその感覚は、良く分かった。

 己だけの終わり。

 命綱を付けたまま、崖から蹴落とされた感覚。

「も、妄言を、よくもそこまで説得力を持たせて語れますな」

「……あったか? 説得力」

 どう聞いてもこじつけに過ぎない事実。

 衛兵の表情が、少しだけ歪む。上役の間違った判断は明らかで、だから彼らは一度だけ、その俺の台詞にだけは同意する。

「間違って息子を殺されて、こじつけでンな妄言垂れ流してる殺人犯を前にして、よく説得力云々言えるよなあ町長さん」

 もしかして、心当たりがあるんじゃないか?

 なんて言える勇気はまだ無くて、そんな危ない綱はまだ渡れない。

 今のところの一番の目的は衛兵の気を俺に引くこと。もちろんそれには成功していて、彼らの興奮は説得力のくだりで収まり、落ち着いてきている。衛兵の耳は、俺の次の句を待っていた。

 俺を捕らえるための挑発の言葉と。

 不覚にも疑ってしまう町長の疑念を払拭するための軽口を。

 妄言たらしめていたという二の句を。

 その証拠に、俺を捕縛する理由が目の前で倒れているというのにもかかわらず、彼らは動かずに居る。

「どうして戦闘の心得がそこそこの衛兵が十にも満たないんだ? なんで一番危険だろう深夜の露天商を制限しない? この半月で迅速に行動をすれば、あんたはあらゆる面で少なくとも、ちゃちな犯罪者集団の行動を防げたはずだ」

 強盗、殺人、窃盗、強姦。

 決してちゃちな犯罪ではないけれど。

 盗賊というには、あまりにも易しすぎる犯罪の数々で。

 盗賊というにはあまりにも少ない人材で。彼らは、いつもこの町にいて、この町を標的にしていた。

 町に居なければ身内に手を出すだろう。あるいは、身内から外に目を向けた結果かもしれないが。

「盗賊ってのは町を焼き払ったり、命も、金も、物も、処女でもなんでも、物理的に力づくで何の配慮もなく無尽蔵に奪っていっちまう連中だ。なあ町長、あんたはなんで――町の中でしか犯罪を行わない、こんな易しい連中を、盗賊だと断定できた?」

 一息。

 俺の中で、熱くなっていくものが明確にある。

 衛兵たちの気が、どうしようもなく俺に引かれる。疑いようもなく、彼らは俺に耳を傾けていた。

 最後のひと押し。

 身勝手な怒りで、彼の家族を地獄へぶち込む一節を。

 堪えられるはずもなく、口にした。

「盗賊だって連中が名乗ったのかよ。もしかして、連中が盗賊じゃなきゃ困る奴がいるんじゃねえのか?」

 敢えて物事を大きくして。

 敵は町の外からの存在、という固定概念を利用して。

 自分に向く眼から、疑念を拭い、信頼一色にするために。

 ――心あたりがあるのか、衛兵たちは僅かに狼狽えたように、視線を交わし合う。だけど、剣は下げられない。まだ確定したわけじゃない。

 町長はまだ否定していない。

 だからただ一言、あるいは首をふるだけで、俺は振り出しに戻る。

 だけれど、衛兵たちの心も戻るだろうか?

 もっとも、盗賊たちが捕まるか、決定的なまでに町長が壊れてしまわない限り、何事も無いのだろうけれど。

「……捕らえろ。奴の世迷言に耳を貸すな」

 痩躯は立ち上がり、寄り添ったのにも関わらず綺麗な姿で距離をとった。

 やはり町長、息子さんが亡くなられても冷静を保っておられる――。そう思えたはずだろう。その口調が硬く、厳しく、鋭く変質したのも、己を厳しく律するためだと。

「不利になれば俺を処刑ってわけですかい。なら、どうしてさっきまで俺の言葉に耳を傾けてたんだ? 止めることも忘れちまったんじゃないか?」

 ――息子を殺害して、あまつさえ法的な処罰に従って罰せられて欲しい。

 なるほど、本来の依頼を今回の事を通して意訳してみれば、むしろ報酬二十万では安いくらいだ。

「戯言を」

「厳しいお言葉だ。やはり人、怒ると素が出ますねえ?」

 男の言行全てを失言にする。まあ、単なる揚げ足取りなんだけれど、状況が状況だから効果的かもしれない。むしろ、その効力がまっすぐ俺に来る場合もあるんだけれど、彼とは違って失うものが無いから気が楽なものだ。

「貴様ら何をしている!? さっさとそこの屑を捕らえて……いや、この場で処刑しろ!」

「は、はい!」

 だけど、俺が男を殺したことが明確な今、嫌疑されている権力者の言葉は未だ力を持っているわけで。

 俺は即座に背中、肩に振り下ろされた剣による斬撃を受け。肉が裂け、骨が刃に刻まれる確かな感触と、衝撃と、激痛を覚え。

 意識が瞬間、途絶えて――再起した時、痛みを契機に、術が迸った。

腐食アシッド

 呟き、剣に付着する血液が変容する。刹那的な速度で強酸性の液体になったそれは、さながらヴォルフェンの唾液よろしく、剣を酸化、腐食させてボロボロのなまくら以下の代物に変えた。

 それから、傷口の回復に移る。どうにも斬撃が深すぎて集中が鈍くなるが、肉が蠢き、体内から血液が溢れるのを感じる。出血は、もう止まっていた。

「こうやって息子さんを殺せれば、話が早かったんですがね。あんたは保身だけに意識を集中した。町長という立場になれば、あんな出来損ないなんてクソほどの価値どころか、足を引っ張る屑でしかない」

「き、貴様……精霊術師か……!」

 息子の侮辱より、俺の力の方に気が惹かれるようだ。随分と、立場が良かったんだろうな、息子さん。

 だけど、それよりも悲しきかな、衛兵たちも精霊術に驚いてしまっているらしい。

 残った二人は様子を伺った。

 ようやく町長から視線を外してライアを見てみれば、彼女は既に拘束から抜けていた。足元に転がるのは、昏倒した男。鎧の上からどうやったのだろうか。

「話を逸らすなよ」

 いっそ殺すか、とまで考えて、その殺意を否定する。

 こんな屑はいっそのこと死んだほうがいいが、その死は俺のためにしかならない。

「クライト、引き際も重要なのよ?」

「……ああ、わかってる」

 腕を組んで見守っていたライアが、俺を諌める。いや、多分彼女の方が年上なのかもしれないけれど。

 だから歩みを進める。「捕らえろ」と町長が叫ぶけれど、徒手の二人と武装した二人は、だけど動けずに俺の様子を伺うことしかできない。

「……難儀な事が重なると、面倒ですよね」

 よりにもよって犯罪者集団があらわれた。

 よりにもよって、息子が指揮をしていた。

 肩をぽん、と叩いて脇を抜ける。向かう先はひとまず町長の家――と思っていれば、彼女は俺のバッグを手渡してくる。どうやら、家を出るときに持ってきたらしい。

 やれやれと嘆息して、広場を抜けて向かうのは町の入口。

 ここにはもう、金欠以前に留まれるような場所ではない。どちらにせよ、留置所にぶち込まれても逃げ出すんだけどね。

 俺たちは、誰も追ってこない事を確認しながら街を出る。まだ何も知らない門番は深くお辞儀をして、見送ってくれた。


 また報酬不払いだ。もっとも今回は、そもそも依頼主に問題があったわけだけれど。

「南の方に行こうか、こっちは少し寒い」

 草原を眺める。極めて細い三日月は、既に西の方へと追いやられていた。

 手持ち無沙汰な手を、後ろから掻っ攫うのはライア。鋭い爪で斬り裂かないように、俺の手を優しく握る。

「あたしはどこでも、暖かいけど」

 無条件の肯定。擁護。何があっても、ただ傍にいてくれる――不覚にも、ライアに求めていることが見抜かれてしまったようで。

「暖かくなくちゃ困るよ、その外套、高かったんだから」

 彼女の言葉に、温もりに、何と答えていいのかわからなくなってしまったわけで。

 だからそんな、格好悪い照れ隠しをする。見ぬかれているのだろうけど、もう後から何かを言うには遅いわけで。

 ――マスウェアには二度と来ることはないだろう、なんて暗いことを考えながら。

 そこで初めて、飛ぶことも走ることもなく、ゆっくりとした足取りで始まったその旅路が、いつもよりちょっとだけ暖かいことに気がついた。 

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