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3:盗賊討伐 Ⅱ

 逢魔が時。

 というのは俺が眠った時間であって。

 だけど――まるで別の場所にある瞳が、意識が、感覚が、やわらかなマットレスに沈む俺の肉体に、脳に注ぎ込まれてきた。


『繋がった』


 誰かが言った。

 誰か、なんて白々しい言い方をするけれど、その声は明確なまでにライアのもので。

 漆黒の中、大通りの端にそれぞれ等間隔で立ち並ぶ鉄柱。その一番上に付属する球体からは、人工的な輝きを以て夜の帳が落ちてお天道様に見放された町を照らす。

 商業区は閉店状態。少し奥の方に入れば、広めの広場。その入口と広場には露天が並び、そこそこの賑わいを見せている。

 それを見下ろす視界。

 恐らく、町の中で一番高い場所からのものだ。

『共有するのは契約者から悪魔に、だけじゃないのよ? こうして視界や思考、感覚だってあたしからクライトに繋げることも出来るの』

 夜の外気はひどく冷たく澄んだものだが、だけど煙っぽいのは拭えない。

 脇に移る視線。工場群へと向いた眼は、この時間帯は機能していない工場とそこに乱立する無口な煙突を視認する。

 ”――ああ、それじゃあ”。

 俺の思考が突如として浮上する。

 そこでようやく、俺はライアの視界を覗き見ている第二者なのだと理解できた。

『なに?』

 頭に流れ込んでくる声。

 会話は、出来るらしい。

 ”俺と契約することで、あんたに伝染うつる性質ってのは”。

 戦闘技術、はさすがに無いだろう。性質じゃないし。それに、竜のようにあからさまに元素の属性を身に滾らせてるわけもないし。

 となると。

 ”偽善性?”

『言う? そういうの自分で』

 でもまあ、と彼女は補足する。己の知っている、俺の知らないことを。

『ああいうのがあそこまで出来たのは、スミスがそこに特化した技術と能力を持ってるから。あたしが真似するとしても、多分あたしの知らないあなたの精霊術一つも、扱えないんじゃないかしら』

 ”そうか”。と、会話を、

『残念だった?』

 切ることが出来たのだろう。微笑みを孕んだ声色は、やはり艶やかで、だからこそ悪戯っぽく聞こえる。

『ま、ともかく異常なし。賑やかなとこではスリとか痴漢はたまにあるけど……まさか、盗賊じゃないわよね?』

 ”んな気楽な盗賊だったら楽なんだけどなあ”。

『……ねえ、クライト』

 呼ぶ声は、どうやら本題とは違うようで。

『この外套、暖かいわよ』

 なぜ彼女は、如実に俺との距離を詰めて、俺とを深みに嵌めようとするのか、俺はまだ明確に理解できないでいた。

 ――期待する、俺が見逃す彼女の視界内の出来事を、彼女は果たして拾ってくれるだろうか。

 契約者ゆえの信頼関係など、まだ始まって三日目に踏み込もうとする関係だから口を出す段階の話ではないし。

 ”そりゃ買った甲斐があったよ”。

 だから、侵入させない。まだその時ではないし、それほどの信用に足らない。

 美女である。

 接しやすく、話しやすくもある。

 どうあっても俺にとって利点にしかならない存在だったが。

 だけれど、あらゆる意味で俺の気を引くには色々なものが足りなさすぎて。

『……異常なし』

 夜が更けていく。

 眼下の喧騒が、深い夜の空へと吸い込まれていく。どこまでも、何もかもを溶かしてしまいそうな漆黒の中で、だから煌めく星々が、少しだけ眩しかった。


 だから視線が落ちたわけではない。

 虎視眈々と研ぎ澄まされていた集中が、ついに俺が捉えられなかった気配を捕まえたのだ。

 遂に時は丑三つ時。

 露店街と化した広場は宴もたけなわ。だけどあと数時間で東の空に日が昇るのを察して、そろそろと撤収作業に入っている店がちらほら。加えて、客足も少し遠退いて来ている様子。未だに繁盛しているのは、屋台の立ち飲み屋くらいだろう。

 ――石畳を叩く靴音。幾重にも重なって、それは盛大に反響する。

 一人の男を筆頭に、後にぞろぞろと十数名。およそ、この宵闇に町へ繰り出そうという気概はなく、また宵闇が深すぎてそもそも繰り出すべき町に元気がない。

『……湧いてでたわね』

 本当に湧いて出た。

 門の方向は二人ばかりの衛兵が、あさっての方向を向いて警戒する。その直線上で、明らかな不審人物が集団を成しているとも知らずに。

『さて』

 彼女は教えてくれる。

 ライアの視界を覗き見ている俺では決して到達し得ない男の細部を、だけど彼女は彼女の力だからこそ見えているそれを口にする。

『背は、高いね。革の外套に、背中に長い剣。頭にフード被ってるから顔までわかんないけど……結構、良い線行ってると思うよ。アレだけ、足音消してるし』

 加えて言うならば、全体的に、思った以上に”いい出来”の盗賊だ。

 足音が全て重なっている。皆が同時に右足を出して、同じタイミングで地面を踏んでいる。

 寄りすぎず、だけど離れ過ぎない間隔は誰でもフォローしあえる距離感。さらに言えば、皆が周囲を良く警戒できている。

 軍人上がりか――そう思って。

『どうする? 出るまで様子伺う?』

 ”まあ、ひとまず俺を起こしに来てくれないか”。

『そんなあ。起こしに行ってる間の犯罪率多分十割なのよ?』

 現行犯の方がやりやすいだろ、なんて口にするまでもなく。

 視界は空を収め。

 肌を突き刺す冷気を身に纏って、高く、高く飛び上がると思わせておいて、一度ばかりの浮上に気を持たせた直後、直下した。


「くっ……はぁぁぁ」

 急いでやってきたライアに身体を揺さぶられて、俺の意識が急浮上した。

 布団をひっぺがして、上肢を起こして大きく伸びをする。彼女が視線で「急げ」と促すのを受けて、編み上げのブーツを履いて、壁に沿うように寝かせられている剣だけを掴んだ。

 あれだけ眠らずに監視を続けていたというのに、頭はまだ眠気を引きずって身体はまだ動きを鈍くする。だけど、やはり眠ったこともあって身体は充足感だけを得ていて。

「さて、行くか」

 やる気が出ないけれど。

 身勝手に囮にしてしまった、本来ならば助けられたであろう人たちが死んでしまわない内に。


      ◇◇◇


 悲鳴が響いていた。

 静寂の中で、男の低い絶叫だけが良く響いていた。

 街灯が照らして特に明るいその広場で、まず始めに起こった惨劇だった。

 先頭の男が屋台を破壊して、札束や硬化がぎっしりと収まった鍵付きのバッグを肩に担ぐ。それを機に、他の連中は今正に同じ行動を取ろうとして。

「――っ」

 誰かが、後頭部を殴られて昏倒する。

 受け身を取る暇もなく、無防備な身体は顔面から地面に叩きつけられた。

 ようやく抜いた高価な剣の初めての役割は、その柄尻による殴打である。なんとも報われない。

 ――あと数時間もすれば朝になる。

 朝になれば、ここの特産品……なんてものはないけれど、量産品を仕入れにくる商人が大量にやってくる。その阻害にならないように、いよいよ始まった仕事は早急に終わらせなければならない。

 俺へと向いた視線が、今度は礼儀正しく身体ごと向き直る。

 構えるのは剣ばかり。今回は弓の装備はないらしい。

「あたしはどうすればいい?」

「いや、訊くまでもなく手伝ってくれ」

「ええ? だって……怖い、かな」

 なんて言って、彼女は俺の背中の外套を掴み――。

 脇から飛びかかる剣閃。

 対応するように薙ぎ払う一閃。にわかに甲高い金属の衝突音が響き渡り、しかし力比べには至らない。真横から襲いかかる男に斜に構え直して、剣撃をいなす。ぶつかりあう剣を少し傾けただけで、全力を注いでいた男はそちらの方向に落ちていった。

 後はたやすい。

 崩れた姿勢へ追撃を選択。無防備な脇腹を蹴りあげ、倒れそうになったところに駆け寄り、少し足を伸ばして、地面との接吻を求む口元をつま先で蹴り上げる。

 重い感触。

 皮膚が裂け、鮮血が迸り……。

 直後に、今度は三人が同時にやってくる。

「人気者だな、俺は――」

 腰を落とし、集中。一番始めに俺に触れんとする剣先を認め、背後を睨み振り返る。と、共に突き出す剣は、俺の肩口に剣を叩き落とそうとする男の腹部を鋭く貫いた。

 手に取りわかるように、残った二名が狼狽する。

 剣を引き抜き、だからこそ隙を作ってくれた並ぶ二人に肉薄。わずか数歩の距離は急遽ゼロになり、逆袈裟に振り上げる一閃が一人の腕を切り裂く。

 固い感触。

 防具ではない。肉を切り、骨に至った手応えだった。

 悲鳴。絶叫。

 動けない。無力化を確認。残った一人は逃げようとして、俺に足を同様に斬り裂かれた。

 倒れこみ、頭を勝手に打って、気絶。

 未だ返り血が無いのが幸い。倒れた男の外套を剥ぎ取り、剣に付着した鮮血を拭った。

「さて、諸手を挙げて降参するか?」

 剣を鞘に収める。

 周囲を眺めれば、俺を囲むように扇状に展開した盗賊たち。だが彼らに、この露天商に襲いかかったような覇気やクソみたいなやる気は無く、見てわかるように恐怖していた。多分、今までに圧倒されたことも殺されかけたことも無いのだろう。

 死ぬかもしれないというのは盗賊として、最も覚悟が必要で、生き延びる為に必要な技量と心構えだというのに。

 戦いもしない、というよりは介入の余地無く見守るライアは、やはり頭まで外套をかぶって、腕を組んでそれを見守る。まあ、今回は仕方がない。

「どうする? リーダー、それとも親父に頼るか?」

 立ち直り、正面を向く。

 するとちょうどその真ん中で、長剣を背負う目立つ影。

 俺の言葉に、連中がにわかにざわめいた。

「てめえ、誰だ」

「雇われた無名の傭兵だよ」

「……なぜ、知っている」

「ああ? 何を」

 ――語るに落ちる。

 というか、まさかビンゴだったなんて。

 苛立ちを言葉にできず、力任せに頭を掻き乱す。今にも叫んで目の前の男をぶん殴りたかったけど、話はまだ終わっちゃいない。

「そもそも、あんたを殺していいかどうかもまだ聞いてなかったな。疎んでんのか、更正させたいのかわからないが……」

 ともかく、めでたく俺の名推理は的中したわけだ。

 もっとも、殆ど予感みたいなものだったんだが。


 目の前の男は町長の息子。率いるは町のろくでなし共だ。

 恐らく、町の人間はその正体に気づいていないだろう。だけれど、大した心得もない衛兵が僅かに増員されただけの警戒態勢に、少なくとも不信感はあった。

 世間体を気にする町長は、なんとか穏便に事を済ませようとしているはずだ。あるいは、息子を想ってのことか。

 ともかく、彼は衆人環視の中で息子の正体が露呈することを良しとはしていない、と見る。だから大掛かりな討伐隊なんて呼べず、歩いて一日もかかる地方都市の派遣事務所に依頼した。

 ――何にしても、盗賊を討伐した証明をするにはその息子を突き出す必要があるわけで。

 俺は迷っていた。

 殺していいのか。

 生きたまま突き出すのか。

 町長の真意ばかりは、まだわからない。

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