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2:盗賊討伐

 全身の致命傷が完治したのは、再びノースノウに戻ってきてからだった。

 時刻は深夜。

 なんとかあの高級宿に入れさせてもらって、朝までの数時間を全て睡眠に注ぎ込む。殆ど二人の間に言葉なんてものはなく、緊張と、戦闘の疲労が相まって、俺たちは横になると間もなく眠りに就いた。


 目覚めるきっかけなんてのは、身体が充足しきったことだったり、外界からの刺激だったりするものだけれど。

 俺が不安にして期待していたことが、意識が僅かに浮上した途端に溢れだして確認せざるを得ない状況までにしたことも、きっかけの一つになるのだろう。

 ともかく俺は、一人ではあまりにも広すぎる寝台にやっぱり一人っきりな事を再確認して。

 右腕を出して、品のない一閃ばかりの刺青を眺めてから、首を横に向ける。隣では、未だ寝息を立てる無防備な女の子が、身体ごとこちらに向いて眠っていた。

 窓からこぼれる日差しはまだ柔らかく鮮やかで、早朝であるのを教えてくれる。ということは眠ってからまだニ、三時間なのだろうけれど、身体はいつもの睡眠よりもずっと休めているような気がした。

 身体を起こして、窓へと歩み寄る。両開きで扉のようなガラス戸は、その向こう側にバルコニーを設えていた。

 開け放てば吹き込む冷気。また、あっという間に全身の熱を、僅かばかりに残った眠気を拭い去っていく。

 ――完全に醒めた頭の中で思い出されるのは昨夜の戦闘。

 雪が日差しを反射して眩く煌めく雪景色。これが日常であるノースノウが随分と羨ましくなって……ここが旅先だという事を思い出して。

 金欠だということを思い出さざるを得なくて。

 悪魔から逃げるのもいいけれど、やっぱり本業である生活資金を稼ぐのも重要かなって思わされて。

「はあ……行くか」

 どの道そろそろチェックアウトの時間。少しでも遅れたせいで追加料金を取られたら何よりも恐ろしいことだから、少し早めに準備した。


     ◇◇◇


 『派遣事務所ノースノウ支部』と看板を掲げる建築物は、国営のソレなのかと思うほどに大きい。

 数段ばかりの階段を上った先の荘厳にも程がある無駄に分厚く装飾がついた扉を開ければ、正面には一閃に横切るカウンター。広大な空間の中、両脇には本棚が鎮座しており、地域別、さらに報酬別や何やらで分類された依頼書がファイリングして収まっていた。

 まだ早朝だから人はまばら。

 カウンターでも、本来は十人以上並ぶそこに、今は一人か二人程度がぽつりぽつりと様子を伺う程度。

「へえ、すごいわねえ」

 あまり目立たないように外套を頭から被るライアは、物珍しげに辺りをキョロキョロを眺めながら俺の後を着いてくる。

 そして俺が到着した本棚は、報酬別で分類されるもの。その中で一番端に追いやられる紐綴じの書類を手に取る。破れないようにそっと抜きながら、慣れた手つきで表紙を開ける。

 ――依頼主はここから南西にある街『マスウェア』の町長。工業地帯で有名な場所だ。都市までには至らないが、そこで生産されている物品は世界各地に流通するほどだが、品がいいというわけではなくて、量産品だからお馴染み、というものだ。

 依頼内容は『最近近辺をうろつく盗賊のような輩による被害多数。排除を求む』。日付はちょうど昨日付け。

 報酬はやはり破格の二十万。ちなみに”一人頭”と書いてあるから、二人で行けば四十万貰える算段だ。

 信頼と信用のマスウェアは、だからこそ量産に特化した工業で繁栄している。

 もっともその分、仕事も危険なのだろうけれど。さすがに今回ばかりは疑う余地もなくて。

 俺は迷わずそれを引きちぎって紐綴じから剥がすと、それを本棚に戻してカウンターへと進んだ。

 後は事務的な流れ。

 氏名を書いて、非正規雇用なりの証明書を提示して、依頼書に拇印を押して。

「それじゃあ頑張って。わかってると思うけど、報酬は向こうでの支払いになってるから」

 たまに前金がある場合もあるのだけれど、今回はないらしい。

 つまり、ここから一日かかる海沿いのマスウェアまで自力で行けということらしくて。

「ええ。ありがとうございます」

 事務員に頭を下げて、俺は外に出た。


「さて、昨日はマジ何もしなかったんだから、埋め合わせくらいしてくれるんだろうな」

 などと言いながら、俺は既に埋め合わせをしてくれるライアをなじってみる。

 彼女は俺を羽交い絞めにするように抱えながら、ばっさばっさと翼をはためかせてはるか上空を驚きの速度で疾走していた。

 ノースノウは遥か眼下。人なんて、もう点ほどに見られないほどの高さ。

「もう、うるさいわね! 落とすわよ!」

 まあ、実は飛べるんだけれど、なんてこの状況でとても言えるわけもなく。

 ――そもそも彼女からの申し出を断る理由がないから、こうして飛んでもらっているわけで。

 空気の摩擦音の中で、なんとか聞こえるくらいに声を張って彼女に言った。

「どれくらいかかるんだっけ?」

「飛べば半日も無いわよ。歩けば一日だけど――ああ、馬車借りるお金も無いんだっけ?」

「……だ、だから働きに行くわけなんだが?」

 この状況で悪魔が来たらひとたまりもない。

 嫌な想像が、無駄に俺を緊張させた。

 だけど、そんな人の気も知らずに見えた遠方の海岸線。

 眩く日差しを照り返す海原は、ちょうど頭上に控える蒼穹よりも鮮やかで濃厚だった。

 その手前には、無数に聳える背の高い煙突群。それらは全て、口から灰色の煙を空へと吐き出し続けている。その下に付随する工場群。

 それらの手前にようやく居住区と、商業区が横並んで存在する。ちなみに大通りは商業区から始まっていた。

 工業……都市とまではいかない規模の街。

 治安は、そう良くないけれど、他国から旅行に来れば当然感じる程度の不安定さだ。良い時もあれば悪い時もある。今は特に、盗賊という存在が犯罪という犯罪を助長させる諸原因になってもおかしくはない。

「さて、そろそろ降りるか」

「いいけど……ねえ、クライト」

「ん?」

「あたしたちって、まだ二日目の関係よね? 追っ手との戦闘が早すぎたけど……出会って、時間はそれほど経ってないはずよね?」

 妙に不安げな声色での問いかけは、俺の心に不信感を抱かせて然るべきものだった。

 何が言いたいのかもわからずに頷く。この体勢では、顔すらも見えない。

「あなた、あたしの事疑ってる?」

「ああ? 疑うって何を、疑うほどライアって悪魔に精通してるつもりもないんだが」

 そう言って、本気でわけがわからないと首をひねってから、気づく。

 彼女が言っているのは、俺が昨夜彼女に対して抱いた懐疑。

 ライアは本当に親を殺しただけなのか――あるいは、契約を結ぶ上で、共闘関係を結ぶ上で伝えて置かなければならない情報を隠したままなのではないか。

 思い出して、言葉に詰まって、気まずく下を向いた時。

 だけど彼女が受け取ったのは、まだ本気でわけがわからなかった数秒前の俺の言葉で。

「そう、良かった。まだまだ、これから長いからね」

「あ、ああ……また、どうして突然?」

「んん、ただそんな気がしたから。クライトって、鈍感なフリしてそうだし」

「いやいや、俺はいつでも鋭敏にして敏感だぜ」

「それ意味重なってるわよ」

 なんて談笑にもいよいよ身が入らなくなって来そうなときに、ようやくライアは降下しはじめた。


     ◇◇◇


「……窃盗、強盗、殺人、強姦、典型的な犯罪集団ですね」

 押せば倒れて掴めば折れてしまいそうな中年の男は、机の上で肘をついて手を組んでいる。苦労が絶えなさそうなのは、今まで縁の無かった盗賊の出現によるものだろう。

 聞けば被害は半月前から続いていたらしい。

 数はおよそ二十人。

 街の中に攻めこまれた数は五回。道中で襲われた回数は十を超える。ほぼ毎日、という事だ。

 衛兵が返り討ちにされ続けて、ようやく依頼を申し出たという話だ。

「どうして、うちが目をつけられたのでしょうか……」

 工業として成功して久しいこの街は、それ故に繁栄している。

 まあ、貧しく卑しく歪んだ者から見てみれば、随分と良い鴨なのだろう。

「不運と言うしかないですね」

 なんてことが言えるわけもなく、間に合わせの言葉で町長を慰める。隣では頬杖をつきながら、差し出された紅茶を啜るライア。随分と興味無さそうなご様子だ。

「連中の武装はわかりますか? 陣形なども定形なら、こちらとしてもやりやすいのですが」

 不安で仕方がないのだろう。

 だから少し手慣れた様子を見せて、安心させてやる。

 なにせ、たかが盗賊退治で二十万だ。少しくらいサービスしてやってもいい。

「ぶ、武装は……剣が殆どで、後方に弓が数名、といったところでしょうか。聞いた話ですが、それが殆どのようです」

「一般的な貧乏盗賊団ですね。質が悪い部類だ」

 なりふり構わないからプライドもない。やり方もやはり盗賊らしく卑怯極まりないから、少しは警戒しないといけない。

「さて、と。分かりました、なら今から外に出て見て回ってきますから、報酬の準備でも進めておいてください」

 俺は立ち上がり、椅子にかけた外套を羽織る。

 腰には上等でありながらも、一度も抜かれたことのない剣を携えたまま。

 隣に座っていたライアは、そうして準備をする俺に並ぶ。

「荷物、置いていっても大丈夫ですよね」

 道中を歩くには必需品だが、盗賊を蹴散らすにはあまりにも邪魔な品物の数々。

 町長は頷き、俺はそれに笑顔で応えてからその場を辞した。


 商業区には様々な店が並んでいた。

 主に剣を扱う武器屋に、弓、ボウガンを扱う武器屋、などの種別ごとに分かれていたり、研磨屋や鍛冶屋、酒場だって無数に点在しているし、宿の数だって街の入口には立ち並ほどにある。

 入り口には五人の衛兵が槍を構えて道を塞いでいて、俺に気づいた彼らは、どうやら町長の話が通っているのだろう、にこやかな笑顔で外に出してくれた。

 町の外は草原が広がっている。しっかりと道があるし、風こそ寒いが割合に南のほうに下っているから雪はない。

 入り口の反対側に海があるけれど、この位置からだと見えないし、なによりも工業地帯だから近づくこともできないだろう。海に行きたいならば、遠回りして浜辺に行くしか無い。

「にしても、盗賊って」

 ライアが愚痴る。

 まあ、気持ちはわかるけれど。

「モンスターより人のほうが厄介だってことだろ?」

 悪魔の方が戦闘面で非常に厄介だったんだけどなあ。

 町から少し離れた位置で、門及びその前方の様子を警戒する。正面に伸びる道の先には何もなく、眺めれば地平線。

 盗賊とやらがどこから来るのだろうか。隠れる場所は無いから、こちらを向かう途中で対処出来るだろうに。

「どっから湧いて来るんだ?」

「さあ。少なくとも、この近辺に人の気配はないけど」

「……わかるのか?」

「やあねえ、ワンちゃんより鼻が利くのよ?」

「へえ。まあ、改めて見てみても――」

 ざっと、その場でくるりと一周。見て回すパノラマに隠れる場所や怪しい建物は無い。海岸だって、岩場すら無いから洞窟も望めないだろう。

 二十人近くの集団。

 それがほとんど毎日、通いで海沿いのマスウェアまで来るなんて……まるで生真面目な社会人のようだ。

 しかし、およそ半月も続いているのにこの町の中で完結し、衛兵の数もそう多くないとなると、どうにも失礼な話だけれど、疑いたくもなってくる。

「ひとまず、今日は戻ろうか。朝もまだだし、今はもう昼過ぎだろ? 町長さんに言って、前払いで宿をとろう」

「そうね。そういうクライトの判断は大好きよ」

「そりゃどうも」

 腕に抱きついてくるライアをするりと受け流しながら、俺は町へと向かった。


     ◇◇◇


「いやあ、申し訳ないですねえ」

 ほくほく顔で、食事を終えた俺は目の前の町長に感謝する。

 どこかくたびれた様子の奥方様は皿を手に手に台所へと引っ込んで挨拶もそこそこだが、引きつったような笑顔の町長には溢れる謝意を垂れ流してみせた。

 隣では無遠慮に果実酒をごくごくと飲み干すライア。彼女にはあまり気にしないことにして、いよいよ日が暮れ始めた外の色を、窓から見た。

 ――町長、ライド・プライから施されたのは食事と住居。

 無償で、仕事が終わるまではお世話になることが決定したのは少し前のこと。随分とありがたくお人好しな提案に、一つ返事で俺は頷いた。

「お気になさらずに。まさか、仕事を依頼してこれほど早く来てくださるとは思っていなかったもので。大変助かります」

「いえいえ、こちらこそ。それに俺みたいな無名の傭兵を疑いもせずに使ってくれてありがたいですよ」

 大抵の場合、活躍する傭兵というのは限られてくる。というか、現状では活躍している傭兵しか生き残っていないというのが正しい。

 非正規雇用というものが溢れかえっている昨今では、だけども力なき者が殆ど。そんな彼らは、主に街の中で、ちょっとした小遣い稼ぎじみた仕事を請け負いながら就職口を探す。

 こうして本格的に外に出て、モンスターと命がけで戦うっていうのは一握りで。

 その中で生き残れるのは、運がいいか、実力を持っているか、なだけで。

 俺みたいな、無名のまま長年続けてるっていうのはちょっと珍しいんだけれど、だけど無名だからいつまでも新参者みたいな印象を受け取られちゃうのが最近の悩み。

 そして――報酬不払いが十を越えて未だ何の訴えも起こさない、変なところの経験値ばかり積んでしまった男の、鋭い直感も今ではかえって困り者だ。

 俺は確信は無いものの、感じてしまった。

 今回も報酬はないだろう、と。

「さて」

 と、立ち上がる。

「申し訳ないんですが、今日はもう休みます。朝が早かったもので、もうガタガタなんですよ」

「そ、そうですか……部屋の方は、あちらの扉を抜けた突き当りの右側です、荷物もそちらに」

「助かりました。それで、俺が休んでる間にこちらの犬より鼻が利く相棒が見回ってますから、プライさんの方も夜はごゆっくり。お疲れのようですから」

「ありがとうございます。ぜひそうさせて頂きます」

 眠いのも疲れてるのも本当で。

 唖然として空のコップを傾け続けるライアだけが、初耳の己の役割を信じられないと言うように、扉へと旅立つ俺の背中を見つめていた。

 だから振り返り、

「頑張れ、然るべき時間になったら交代するから」

 そういった俺の応援の言葉は、彼女が下へ向けて付き出し叩きつけた親指とともに、一刀両断された。

 といっても、断るわけでもなく。

 俺が客室へと向かう中、椅子が引かれて起こる摩擦音が聞こえた。

 まあ、たまには働いてもらわないとね。

 さすがに危なくなったら逃げるだろうけど、いや――本格的に眠ろうと思った俺の頭は、突き当りの前の扉という事も忘れて、その隣のドアを開けてしまって。

 まだ夕方だというのに、歯軋りとイビキのダブルコンボを奏でる男が眠っているのを見た。

 ――壁際には剣が立てかけてあって、壁沿いにある寝台に横たわる身体は長身。顔は見えないが、ボサボサの赤毛だった。

 種族は人間だろう。

 なら、息子さんだろうか。なら特に興味もない。

 俺は静かに扉を閉めて、用意された客室へを足を運んだ。

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