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3:Forget

 遠目に黒煙がもうもうと上がるのを見た。

 その位置は、ノーシスに到着する前に一度寄ったことのある町とまったく同じ位置で――。

「クライト!」

 駆け出そうとする俺の肩を痛いくらいに掴んでまで、その行動を制するのはライアで。

 彼女がそうする理由は、わかっていたのだけれど。

「何で止めるんだよ!」

 言わずにはいられなかった。

 町は危機に瀕している。だけど急げば、まだ助けられる人が居るかもしれない。

「罠に決まってるでしょう!?」

 ただでさえスミスを殺している。その事実だけで、もう連中は俺を侮ってはくれないだろう。

 そんな心情の変化からの、現状なんだ。

 だから町を潰して補給を断ち、さらにその町の危機を罠として俺たちを誘い出す。

 消耗している俺たちは、あっさりやられるかもしれない。そもそも俺たちのこの人選は、明らかなまでに適当じゃなかった。俺一人より、かえって苦労する。

「わかってる、そんなこと」

「だったら!」

 言い返して、ライアは表情を変える。怒り混じりの驚愕から、苦虫を噛み潰したような苦々しい顔で俺を見た。

 彼女もわかっているはずなんだ。ここで俺が二の足すら踏めないような男だってことが。

「ライア、俺はまだあんたの解放された能力ってのを知らない。だけど、この距離でこの程度の人数なら護れるものなのか?」

 だから俺だけは行く前提で問う。

 ジェーンとウィズは、口を挟めずに俺を見守っていて。

「簡単よ。少なくともあたしが守ろうと思えば、人数や距離は関係ない」

「なら頼んだ。何もなかったら戻ってくる……そういえば、あんたも俺の視界を覗けないのか?」

「できるわよ」

「なら出来るか? 状況がわかってたほうが行動もしやすいだろ」

「やるわよ、いつもやってたし」

「……え?」

 不穏な発言。

 久しぶりに嫌な予感でキリキリと締め付けられるように下腹部が痛くなったけれど、そこに思わず硬直してしまえば、ライアは勢い良く俺の背中を叩くわけで。

「さ、頑張って。いつもみたいにね」

 励ましか誤魔化しかわからない言葉を受けながら、俺は町の方向へと走りだした。


     ◇◇◇


 見慣れたものだった。

 その光景は、だけれどいつにも増して俺の神経を逆なでしてくれた。

「なんだよ、これ……っ!?」

 町はさほど大きなものではないから、一箇所に住居や店が集中しているだけの場所だった。殆ど商業区と居住区が混ざっているような場所で、だからこそ一日で回れる程度の、村に近い広さだったのだけれど。

 全ては焼け焦げ、崩れていた。

 跡形もなかった。

 炎はなく、濃厚な焦げ臭さと、むせるような熱さばかりがそこにあって。

 恐怖に歪んだ顔が、足元に並んでいた。

 町の入口だっただろう場所は、木製の門があったはずだった。今では焼けて位置すらわからなかったけれど、大体の位置は察しが付く。

 およそ二十だろうか。

 男女問わず、老若男女問わず、それは首から切り離されていて、神経質なまでの等間隔で並べられていた。

 ここまでする時間があったなら、もう助けられる人なんか居なくて。

 こうするほどの執拗な敵なら、ネズミ一匹残すわけもないだろうし。

水精霊ウンディーネ

 左腕の手首を睨む。直後、鋭い刃が刹那にして腕を切り裂いた。

 鮮血が散る。酸っぱい臭いが、濃く鼻孔を刺激する。

「雨だ。豪雨を降らせてくれ」

 そういった強いイメージ。強大な力が、容易く気象を変えてしまう想像。

 代償の提示は、故に彼女を呼び寄せやすくして。

 依頼する直後に、鮮血を垂れ流す傷跡を一舐めするくすぐったい感触と、染みるような痛みを覚えた。

 空がゆっくりと白いもやに飲まれていく。極めて自然に、不自然な速度で上空は濁り始めるのを見て。

「……ありがとう」

 鼻先に、落ちてくる一滴を感じた時、俺は無意識にそう告げていて。

 言ってから、それは力を貸してくれたことにではない事を知る。未だに俺を見捨ててくれていないことに対して言っているのだ。女々しくて、背筋がぞくぞくするくらい。

 サラマンダーの件がある。

 あの時のことは、まだ解決していないのだから。

 短く息を吐いて――眼球が圧迫されたように視界が暗転して、目の奥が息苦しいくらいに重く、窮屈になって。目がまわり、ぼうっと、思考が停止した。

「ったく、容赦がないな」

 傷はもう塞がっている。だけれど、まだ血が湧かない。

 だからめまいがする程度には血がなかったのだけれど。

「出てこい、殺してやる――」

 吠えた刹那だった。

 前方から、波が立つような、風のような何かが降雨を弾きながら眼前に迫る。決して無視できない強さになってきている雨だからこそ、雨滴を弾く不自然さが良くわかって。

「……っ?!」

 波動が、その直後に俺の総身を嬲った。


「……あれ?」

 少し混乱する。

 風が吹き抜けた――ただそれだけだった。

 違和感はない。身体に変化はない。

 だけれど、どうしてただの風を俺は警戒したんだ?

「っと、何をしようとしてたんだっけ」

 意識は鮮明。思考もいつも通りなら冴えている。

 ちょっとしたど忘れだ。

 だから今は、もう思い出せた。

「どこにいやがる、悪魔は……」

 雨に濡れた髪を掻きあげて、辺りを見渡しながら影を探す。

 大通りに散らばる焦げた瓦礫。両脇には、崩壊した住居が、ことごとく消し炭になっている。

 隠れる場所は多い。だから、いつ敵が来ても良いように警戒すれば――また風が、吹き荒れた。

 波のように、それは怒涛となって町の奥から迫ってくる。

 心がざわついた。

 防ぐ必要などなく、風だから後ろに退いても無駄だ。

 だから足先で、合図をするように地面を叩く。

 眼下から大地が一枚の壁となって、俺の鼻先を掠るほどの近さで隆起した。

 風はちょうど俺を避けるように吹き抜けて、直後に目的を果たしてそれは崩れる。

「出てこい、クソ悪魔野郎っ!」

 もっとも、こんな呼びかけ程度で出てくるくらいなら、そもそも最初に奇襲をかけているはずだ。

 そのはず、なのだけれど。

「クソなんて酷い言いぐさ、傷つくわ」

 眼前に広がる大通り。両脇には崩れ落ちている瓦礫の山。その右脇の影から出てくる影は、凛とした声でそう告げた。

 口に咥える太い葉巻の先は赤く熱し、煙はその先端と、口の端から溢れていて。

「一目見ても良いかと思いましたのよ。あのがなびくくらいだから、どんな良い男かと思って」

「あんたか、この町を――」

「ええ」

 最後まで待たずに応じる言葉。

 首肯とともに、白銀の長い髪が揺れた。

 濃い褐色の肌。無骨なアームレットは二の腕を保護し、両手を保護するようなガントレットから肘先まで黒い布が肌を防護する。

「あたくしがやりましたのよ。だけど――やれやれだわ、いかにもガキって感じの子で」

 腿まで伸びる脛当グリーブは鈍い輝きを放ち。

 右手に下げられるただの鉄の棒は、この状況で握られるからこそ不穏にして凶悪な雰囲気を孕んでいた。

「反応を見たかったから出たのだけれど」

 その女は、四肢を武装で固めていながらも、その胴はあまりにも無防備だった。

 乳房を包むような椀型の防具は、貧弱そうな鋼線らしき針金で繋がっていて、肩で背負うような形に伸びている。だから腹部は無防備にさらけ出されていて、引き締まった腹筋が浮き出るのが見える。雨滴に濡らされて、それは艶やかに照っていて。

「ダメね。場馴れしすぎていて、つまりゃしない」

 下着は布なのだろうけれど、腰に巻き付く緩い革の帯が固定する短い外套のようなものが、前を開いて両腰から後ろに巻き付いている。まるで外套をそのまま、腰に巻いているような格好だ。

「どうして他を巻き添えにした!」

「ワケが必要なの? 逸品なのは戦闘能力だけってタネじゃ、スミスが浮かばれないのだわね」

 口元を歪めて噛みあわせた歯をむき出しにしながら、彼女は俺へと中指を突き立てて。

「遮二無二突っ込んで来なさいな。思い切りがゼロじゃ、萎えるわよ」

「そんなに死にたけりゃ」

「ま、させない訳だけれど」

 ガントレットを装備した手のひらを見せるように、俺へと向けた――瞬間。

 その手が空間を揺らす。少なくとも彼女のうでを中心に歪んだ視界は、そう見えて。

 揺れた空間が波を起こす。

 怒涛となって迫るそれに呆気を取られた俺は、それでも背後に後退し……肉薄の速度を、見誤った。

 後ろに退くことは、俺の脚力ではあまりにも遅すぎて。

 俺の肉体は、容易くその波動に飲み込まれてしまった。


「――っ?」

 何も起こらない。

 てっきり、総身が粉微塵に斬り裂かれるものだとばかり覚悟していたのだけれど。

「どうしたの?」

「なんでもない」

 だけれど、妙な感覚がある。

 何かを忘れてしまったような感触。俺は目の前の悪魔に対して何かを思っていたはずなのに、途端に忘れてしまった。あの風に、全てを掻っ攫われたように。

 タバコを咥えたまま、女が走りだす。先端が真紅に染まり、鼻から煙が零れだした。

 鉄の棒を振り上げる。

 剣を抜いてそれを受け止め、腹を蹴り飛ばし、怯んだ所で術をぶち込めば良い。それだけで彼女の手の内を知る前に、次の術へと移れる。

 いつものように手順を頭の中で確認しながら、さらにその次と、攻撃が防がれた場合を思考する。

 考えながら、剣を抜こうと手を伸ばして、

「……!」

 鉄の棒を振り下ろせば届く距離で。

 彼女は虚空を手のひらで撫でるような所作をする。すれば、薙ぎ払った空間は揺れて――その歪みから発生する衝撃の波が、避けられぬ速度で俺に触れた。


 何かを忘れてしまった。

 それに気を取られた俺が気がついた時には、目の前から降り注ぐ漆黒の一閃が迫っていて。

 認識した瞬間には、前頭部に無慈悲な一撃を受けていた。

「があっ!」

 頭が下へと叩き落される。視界が暗転し、意識が歪む。

 息苦しくなって、酷い激痛が脳をいたぶっていて。

 猛烈な吐き気。だけど喉元からそれがせり上がる暇もなく、強烈な鉄塊が俺の顔面を打ち上げていた。

 膝、である。

 褐色の女が俺の顔面を蹴りあげていて、

「くそっ!」

 意識を集中――痛みを無視して噴出するのは降雨を利用した攻撃。

 その雨をかき集めて水の刃にする。倒し切れないまでも、手傷は与えられるはずで。

 強いイメージと共に、彼女の次撃が来る寸前に間に合うはずの精霊術は。

 彼女の空いた手から放たれた空間の歪みとともに、俺の意識もろとも削ぎ落とされた。


「俺はっ!」

 忘れた。

 俺は何かを忘れていた気がした。

 何を忘れたのか、思い出せない。

 だから何かをしようと思う前に、悪魔に横っ面を殴り飛ばされる。鉄の棒による一撃は、痛みに堪えかねて思わず横に倒れこむほどの激痛だった。

「なによ、大したことなんてありゃしないじゃない。こんな男に、みんな苦戦してたわけ?」

「俺に、何をしてんだよ。あの風はっ!」

 風と共に、何かを忘れる。

 つまりそれは、あの風は俺の思考を――。

「させないわ」

 頭の中を読まれたように、風が吹く。

 暴風は、呆然とする俺を嬲り、巻き上がる砂塵と共に吹き抜けた。


     ◇◇◇


 何も出来なかった。

 俺は何もしようとすらしていなかったのか、ただ忘失だけに気を取られて嬲られていた。

 外骨格すら引き出さない悪魔に、その褐色の女に、鉄の棒で全身を打ち付けられていた。

 骨が砕けて、肉が裂けて、思考すらままならない激痛の中で、それでも俺は立っていることができていて。

「くそ、くそ、くそくそくそっ!」

 意識を集中させる。手のひらに灯るは炎で、ただ火球として彼女へと飛ぶだけでいい。ただそれだけで、一度でも彼女に傷を付けられれば今はそれで満足で。

 だけれど肉薄した彼女が俺の額に触れれば、波動が俺の中を駆け抜けて。


 ――何をしようとしていたのだろうか。

 何かしようとしていた気がするのだけれど。

「はぁっ、はっ、は……なに、がぁ!」

 息がかかるほどの距離に迫っていた女から逃げる。

 だけど退避しても、射程範囲内から逃げきれず。その鉄の棒は横薙ぎに振るわれて、されども頭を下げてぎりぎりの所で回避する。

 風が斬り裂かれる音がすぐ近くでした。

 そうして、顔面へと飛び込んでくる膝蹴り。

 俺は振り上がる足の脇に倒れこむことで、それもなんとか避けてみせた。両手で迫る大地を受け止めて、前転で彼女から距離をとる。

 立ち上がって振り返れば、同じように振り向く悪魔。降雨が彼女から熱を奪っているのか、裸に近い女の身体は小刻みに震えていた。

「どうしたよ、俺が怖いのかい」

「つまらない事を……負け惜しみより、抵抗したほうがいいんじゃないかしら」

 咥える葉巻の火はすっかり消えていたけれど、まだ半分も減っていないそれを彼女は唇で挟んだままで。

「――なら抵抗をさせてあげれば良いと思うのだけれど、違うのかしら?」

 ばっさばっさと頭上で聞こえるのは、今だけはとても頼り甲斐のある翼のはためきで。

 見上げる前に翼をしまった彼女は、そのまま頭上から落下して、小気味よい着地音と共に俺の隣に到着した。

 紫色の身体はびっしょりと濡れていて。

 掻きあげ後ろへ余すこと無く撫で付けられたライアの顔は、いつもとは異なった色っぽさがあった。

「ちッ、よりにもよってアナタが来たわけ。男に溺れてるって話は本当だったわけだわね」

「仲間内でそんなつまらない事ばかり言っているの? 湿気たタバコばかり吸っているから、頭ん中までカビてくるのよ」

「黙りなさいな。アナタには勝てないわよ」

「面白い事を言うのね、『ルゥズ』。貴方たちはあたしに、常に手の内を明かし続ける間抜けな集団だって云うのに?」

 そうして彼女は俺の手をさりげなく握りながら、呟いた。

 だけれど聞こえるのは隣からではなく、頭の中から染み出すような声で。

 ”彼女の能力は『忘失』。その時の思考と、それに関連して得た情報を忘れさせるのよ”

「なるほど」

 納得する。

 合致した。

 失われていたものがなんなのか、ただそれを知るだけで取り戻せた。

 俺は今まで必死に抵抗しようとしていた。だけれど、あの風に触れた瞬間に術のイメージも、なんの術を使おうとしていたかすらも忘れていた。

 恐らく、戦闘の中で幾度か彼女の能力を看破したことだってあっただろう。

 だけど忘れてしまう。気づいたことは、関連して得た情報なのだから。

 厄介な力だ。そして、

「失せろ!」

 知ってしまった後が怖い。

 ここから、また元の状態に戻る可能性だってあるのだから。

 だから放つのは攻撃ではなく――ルゥズを囲むように、大地から隆起するのは壁。同時に四方からそれが展開することで、彼女は瞬く間に大地の檻に閉じ込められることになって。

「どうする、ライア」

 出てくる瞬間を狙って、術のイメージを最大限に膨張させておく。

 いつでも放てる準備の為に、代償が疼いて右腕の骨が軋んだ。

「どっちでもいいわ。どの道生かしておいたら厄介でしょう?」

「確かにな」

 潔い思考に、少し屈服する。ちょっとだけためらった俺が恥ずかしい。

「ちょ、ちょっと待ってよ! こ、殺さないで!」

 そんなやり取りを聞きとがめたルゥズが声を上げた。

 一度その壁で風を防いだから、はったりも利かせられないのだ。

「ふざけんなよ、逃すと思ってんのか? こんだけの事をして、随分と都合がいいじゃねえか!」

 悪趣味に首まで並べて、良くやると思う。

 でもその分、俺の怒りを増長して楽に逝けるかもしれないのだから、僥倖か。

「ぶっ殺すぞクソアマッ!」

「ちょ――っと、冷静になって考えてみない? ねえその方がいいと思うけど話を聞いてよこれ絶対に勘違いだから!」

「黙れ、死ね」

 イメージするのは、圧倒的な数の錐状の杭。それが全方位からルゥズの方向へと突出する。

 串刺しになった彼女にとどめを刺すのは、両脇から壁のように隆起した大地が、勢い良く滑って互いの身を叩きつける。その中心にはもちろんルゥズが居て、ミンチになる算段だ。

 想像を確定した、瞬間に、

「村はどうやって燃えたの?!」

 その言葉が、思わず俺の動きを止めさせていて。

「ああ」

 興味なく腕を組んでいたライアは、そうか、とでも言うような、だけれど単調で熱のない声色で手を打った。

「……まさか」

 つぶやけば、

「情報を売るわ。あたくしの身の保障と交換でね」

 彼女は食いつく。だけれど、能力が能力だ。

「信じられないな」

「この箱の中で言うわ。信じるも信じないもアナタたちの自由、だけれど、信ぴょう性は多分ライアが証明してくれるんじゃない?」

 言われて、ライアへと顔を向ける。

 彼女は俺が問いを口に出す前に頷いて、顎をしゃくってルゥズへと促した。


「ブロウが来てた。ブロウ、知ってるでしょ? 『燃焼』のヤツ」

 かつてエルフの集落の近くで戦闘した悪魔の一人。あの熱は大地を溶融させるほどのもので、この町をもろとも消し炭にすることは確かに容易いだろう。事実、俺もそれを警戒させて雨を降らせたのだし。

「あいつ、テンション低い時は性格最悪だからね。ホント、神経質だし」

「じゃあなんでブロウがここに居ないんだよ」

「……あたくし一人で、アナタなんか斃せると思ったから」

「まあ、やられかけてたしな」

 正直、ライアが来なければ苦戦を強いられていた。

 だけれど、時間をかければ自力でなんとかできていたような気がしないでもない。まあ、今となってはどうとでも言えるんだけれど。

「じゃああんたは、ここで何をしてた」

「アナタを待ってただけよ! だからタバコ吸ってたんじゃない!」

 叫びはことごとく「殺さないで」と言っているように聞こえる。彼女もまた、俺の言葉が全て「嘘をついたら殺すぞ」の意味をはらんでいるように聞こえているのだろう。

「じゃあブロウはどこに居る?」

「さ、さあ。あいつ気分屋だから……今回だって、本当はこの町を潰す予定なんてなかったもん」

「本当か?」

「ホントよ、こんな土壇場でそんな度胸のある嘘つけるくらいなら、もっと格好いい逃げ方考えるわよ!」

「確かにな」

 ライアに正否を伺ってみれば、それを悟られぬように彼女は小さく首肯した。

 嘘はない。

 そもそも、ルゥズは二枚舌を持たないのかもしれない。

 悪魔なのに。ちょっと、悪魔らしくない。

「もっ、もういいでしょ? ねえ、こんな状況続けてたらお腹痛くなっちゃうわよ!」

「いや、ここから見えないから」

「シないわよ、こんなところで! 変態っ!」

「冗談だって」

 さてどうするか、とまたライアの顔色を伺えば、壁のすぐ上を照準した俺の手を下に押し付けて下げさせる。

 そうして、彼女は俺から一歩前に出た。

「ルゥズ、良いわよ。貴方の身の安全はあたしが保証するし、仮に彼が攻撃したら貴方は彼に能力を使ってもいい」

「あっ、あたくしがその攻撃で死んでしまう可能性は?」

「…………」

「ちょっ、ライアぁ!」

「冗談よ」

「なによアナタたち、息があって羨ましいわねえ!」

 言いながらも、壁を掴む手が見えて。

 顔が見えて、肩が見えて。その枠に足を引っ掛ければ、垂れる乳房がその柔らかさと大きさを強調して。張り裂けんばかりに肉々しい太ももは、だけれど外套に隠されて。

 それを凝視していれば、足に激痛。横を見れば、鋭く俺を睨むライア。

「じゃ、じゃあ行くからね。機会が無いことを祈るけど、もし次あったらお手柔らかにお願いするわ!」

「ああ。わかったからさっさと行け」

「ええ……それじゃ」

 彼女はそう言って高く跳び上がると、背中からコウモリの羽根のような翼を広げて飛び立った。

 ライアと良く似た翼。

 だから改めて彼女を見るけれど、

「さ、戻りましょうか。ここじゃ休めもしないだろうし」

「あ、ああ……そうだな」

 察せるはずの彼女は、鈍感なまでに背を向けて歩き出す。

 また何かを隠している――そこに不安や疑問を抱きながらも、確かに俺は何よりも休息を望んでいた。

 今回の戦いは、色々なものを消耗しすぎた。

 今夜こそは、ゆっくりと眠れるといい。そう思いながら、雨が弱まり始めた曇天を見上げた。

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