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4:好調

 頭は煮えたぎり、顔は火照ったまま。

 結局翌日になっても体調は変わらず、俺は派遣事務所を訪れていた。

 応対するのは、俺の姿を認めてすぐに受付に立ってくれたフレイ・シープ。だから俺は、依頼書に目を通すこと無く真っ直ぐそこへ行く事が出来た。

「おはようございます……随分と顔色が悪いですね。熱でもあるのではないですか?」

 挨拶もそこそこに、有無をいわさずに伸ばした手はそのまま俺の額に触れる。

 そうして驚いたように目を見開くと、そのまま受付の奥へと引っ込んでいってしまった。

「なんなんだ……?」

 話があったのに。

 無人になってしまった受付で立っているのもなんだか虚しいし、他の人の目もちょっと気になりだしたから踵を返した。

 また日を改めよう。

 そう思って出口に向かった所で、

「まっ、待ってくださいクライト様!」

 絶叫に似た声が背後から俺を呼び止めて。

 振り返れば、バッグを担いで受付を飛び越えてくる女性の姿。そのまま大股で一歩二歩と迫り、

「にゃ――っ?!」

 勢いを殺せず、そのまま俺に突っ込んできた。

 横っ腹にタックルしてきたフレイを受け止めきれずに、俺はフレイに押し倒されて、床に叩きつけられた。

 勢い余って後頭部をしたたかに打ち付ける。

 俺の意識は霧散した。


     ◇◇◇


 目覚めたのは清潔な布団の中。木目調の天井を凝視する間に、視界の中に割り込んでくるのは瞳を潤わせたフレイの顔だった。

「……ここはどこです?」

 身体を起こす。座位を保って辺りを眺めてみれば、対面には空の寝台があって、右手側には純白のカーテン。それが仕切りを作っているらしい。

 俺の左腕には管が刺さっていて、寝台脇に立つ鉄棒からぶら下がるガラス容器を満たしている液体が、そこから流れこんできていた。

 革新的な医療具だ。栄養剤らしきそれを持続して与えられるし、そこに人が要らないときている。すごい。

「あの、クライト様の発熱が尋常でなかったので医療機関へとお連れしようとしたのですが……」

 慌てて、すっ転んで、俺を道連れにして。

 彼女は仕事場の、あのきっちりとした制服姿のまま、深く頭を下げてから俺に水を勧めた。

 それに応じながら、彼女の言葉を聞く。

 どうやらここは城下町の西の方にある修道院で、このノーシスで一番の医療機関らしい。この部屋は病室で、症状が軽度な患者がここに収容されると言う。

 後頭部を強打したことによる怪我はなく、今は熱により損耗した体力の回復を測るために、栄養剤の注入を目的に俺は寝かされていたということだった。

 この栄養剤が切れるまでおよそ三時間。丁度昼頃には、帰れるらしい。

「フレイさんは仕事を放り投げて良かったんですか?」

「一人くらい抜けても大丈夫なんです。どうせ、依頼を確認して許可をとって、依頼主に連絡するだけですし」

「でも世界に展開する大きな組織じゃないですか」

「食べていくためです。私、本当は服飾の仕事がしたいんですよ。でもいざ修行しようと思った所で、色々と忙しくなってしまって」

「とりあえず働けるところに、ですか」

 受付みたいなその店前の”顔”は、良ければ良いほど評判も上がる。彼女には相応しい、というよりもその業務に適した容姿だった。

 忙しくなった、というのは弟さんのことだろう。

 この城下町では特に教育機関が豊かに発達している。十五、あるいは十八まで学業に時間を費やしていてもおかしくはない。

「実はですね、あと一月もしたらこの仕事を辞める事になっているんです。本格的に、夢を追いかけようかと思ってまして」

「そうなんですか。いいですねえ、やっぱりやりたいことがあるってのは」

「ありがとうございます。でも、本当に……タイミングが、良かったと思います。辞める前に、クライト様と出会えて良かった」

「そう言われると、中々切り出しにくいものがありますね」

 それほどまで俺を大切に思ってくれるのも嬉しいけれど。

 別れがあるのを、彼女は認識しているのだろうか。

 俺のような根無し草に好意を抱く危険性が、戦闘に巻き込まれる以外にもあることを知らぬのだろうか。

「そういえば、何か話がある風でしたよね。何かあったのですか?」

「ええ、実は……一週間後に、仕事で港まで行くんです。それを機に、俺たちも旅立とうかと考えてまして」

「そっ……そう、なのですか」

「はい。資金もようやく三十万は貯まりましたし。いつまでもここに留まる必要もないかと……ただ、フレイさんと離れるのは惜しいんですけどね」

「本当に……」

 またびっくりした顔で俺を見てから、彼女は膝に手をおいて俯く。ぎゅっと握る手はスカートを掴んで、太ももをさらに露出させた。

 どう慰めるべきなのか、俺にはわからない。

 俺にとっての彼女も、特別な存在になりつつある。決して突き放したくもないし、街を出たからってお終いにしたくはない。

 彼女は優しくあり、頼もしくもある。感じたのは母性に似たものであり、俺はそれを決して拒めない。

 出来れば、当分はここに留まりたかった。

 恐らく、俺が一人だけだったらそうしていたはずだ。

「またいつか、戻ってきますよ」

 互いに、特別に至る一歩手前。

 だから未だに友人で続き、再会する機会があれば恐らくそれ以前の関係で始まるだろう。

 彼女ほどの女性なら、俺が居ない間に気の合う異性と出会えるはずだ。そう考えれば、少しさみしくなるけれど。

 別に、俺の所有物というわけではないのだし。

「……あの」

「はい?」

 何かを思いつめたように、顔を上げて俺を見る。

 強い眼差しだった。メガネの奥で、瞳孔が開いていた。

「私も――ふ、服飾の仕事を、頑張ってみます。クライト様の方も、頑張ってください。応援しています」

 何かを言いかけたようだった。

 私”も”。自分から言い出すには妙な言い方。気付きたくなかったけれど、なんとなく彼女の言いたいことを察してしまう。

 咄嗟に取りやめたのは、足手まといになるのは必然だから。

 フレイの戦闘能力は、この街付近のモンスターならばそれなりに戦える。だけれど、極北などの厄介でかつ身体能力の高いモンスターが相手ならば、守備に回っても攻撃を防げない。

 俺も彼女を守り切る自信がない。悪魔との戦闘になれば、周囲を巻き込むのは必然だから。そして俺自身でさえ、幾度も死んでしまうから。

 無責任に命を預かれない。ウィズの戦闘についての教養を身に付けさせるのだって、一杯一杯なのに。

「ええ、頑張って――」

 手を差し伸べる。慰めより、未来を願って次を意識させる。

 そうした瞬間に、激しい爆発の炸裂音にも似た音が空間内に響き渡った。ドアがけたたましく音を立てて、力任せに開いたのだ。

「失礼する!」

 低い男の声が怒号となって反響する。

 つかつかと足音を響かせて、

「ヒィ・クライトは居るか!」

 などと叫びながら、まっすぐこちらへと迫ってくる音を聞いた。恐らく、カーテンが閉まっているのがここだけなのだろう。

 足音は一つ。重く、そして軽快なのは武装をしていないからだ。鎧は無く、だけれど武器はわからない。少なくとも、怒っているのはわかるけれど、相手に心覚えは無いし、怒らせるような事をした経験は無い。

「ヒィ・クライト! 返事をしろ!」

 やがて、男の姿が現れた。

 寝台の足元へと歩み寄った男は、その総身を茶けた衣服に包んだ姿を見せつけた。

 腰には刀剣。まだ若いらしい風貌に、その黒髪を撫で付けるように全て掻きあげたような髪型はとても厳つい。顔を隠すような仮面は白く、首や手から見える肌は浅黒い。

 見下ろすのは、俺が座っているからなのだろうけれど、恐らく立って対面しても見下されるだろう。それくらいには、長身だった。

「貴様がヒィ・クライトだな」

 そして威圧的。自身に自信があるのが伝わってくる。多分、本当に強いかもしれない。

 隙がないように見えた。

「ああ……あんたは?」

「く、クライト様。あの方は……」

 フレイが耳打ちしようとする。だけれどその前に男は鼻を鳴らし、顔を隠す仮面を覆うように掴んだ。

「おれはローゲン・ドラーゲン。竜人と人の子にして、この国の特務機関に属す一人だ」

 竜人――竜族から派生する極めて希少な人種の一つ。竜の力を受け継ぎ、戦闘能力は甚大。その聡明さと高い身体能力を併せ持つ彼らは、それゆえに良くも悪くもとても目立つ。

 純粋な戦士タイプ。俺とは正反対の人種だ。

「ローゲン……!? てめ……っと――特務機関? そんなあんたが、俺に何の用だ」

 ローゲン・ドラーゲン。なんで、いや――。

「しらばっくれるつもりか貴様!? 話が通っていないと思っているわけではあるまい」

「マジでなんの話だよ。つかうるせえ、もっと声が小さくならねえものか」

 熱が高くなりそうだ。加えて頭痛までしてくれば、せっかくここまで運んでくれたフレイに申し訳が立たない。

 そうなったらそうなったで、出るとこ出てもいい。相手が誰だとしても。

 特務機関――単独で竜を撃破するほどの実力者は怖いけれど、悪魔よりはマシだろう。

「一昨日の正午、貴様はノーシス領南に居たな? そこで大規模な爆発が起こった――その地点で我らが同胞が、大怪我を負って倒れているところを発見した。『ラフト』は貴様の名を残して以来、未だに目を覚ましていない!!」

「ラフト? 一昨日って……」

 あの悪魔の姿が脳裏をよぎる。

 巨剣に、見たこともない砲筒を纏めた兵器を自在に作り出した悪魔。ライアと繋がっていると思っていたが――まさか、そんな厄介な連中と繋がっているとは、さすがに思いつかなかった。

 というか、悪魔もこういった所に属したりするものなのか。

 まあ竜人が居る時点で抵抗が無いのはわかるけれど。

「ラフトは”同胞の危機を見逃せない”と言って出ていった。同胞とは他の悪魔の事だ。貴様の名が出たということは、貴様が関わっているのは明瞭! 城まで連行する!」

「待てふざけんな、奴から襲いかかってきたんだ。あんたらを関わってる余裕は体力的に無い」

 だけど、言って分かるような相手ならここまで強引に来るはずもなく。

 納得するような男なら、俺はいくらでも舌先三寸で論議したのだけれど。

 俺はそう言いながらも、力任せに管を腕から引きぬく。剣先のように鋭い針が肉を引き裂き鮮血を散らしたが、その程度の痛みには狼狽えない。

「クライト様! まだ体調が……」

「時間があればまた挨拶に行きます。フレイさん、もし良かったら今度、俺に見合った服を仕立ててくださいよ」

「……はい。是非に」

 片手を掲げて、別れを告げる。彼女は椅子から立ち上がって、深く頭を下げた。

 乱暴だと印象づけていたローゲンは、だけれど沈黙を保ってそれを見守ってくれていて。

 だけれど、靴を履いて彼の元へと行けば、力ずくで腕を引いてこの病室からひきずり出した。


     ◇◇◇


 連れて行かれたのは酒場だった。

 カウンターに腰掛けた男は、そのまま蒸留酒を瓶ごと注文して、氷も入れずにコップに注ぐ。

 それを一口に呷って飲み干してから、俺へと向いた。

 仮面を固定する紐を解いて、それを外す。あらわになる浅黒い肌の顔は、目付きが鋭く、得意げな笑みを湛えていた。

 見覚えのある顔。

 ローゲン・ドラーゲン……かつての、同業者にして戦友。この大陸に渡って初めて出会った男だった。

「ふざけんなよあんた、俺マジで体調悪いんだぞ」

「構わんだろう。おれでなければぶち殺されている頃合いだぞ? もっとも……もう疑う余地もないな。ラフトをやったのはお前で間違いないんだな」

 緩まず、引き締まったまま告げる。

 旧友相手にでもそうした顔なのは、今の仲間がそれほどに大事だからだ。

 今はこうしている。だけれど、事情によってはローゲンと戦う状況にもなりうるのだ。

「ああ」

「どうしてまた。あいつは割と義に厚い男だ。ちょっとやそっとじゃ、手なんぞ上げないはずだが」

「義に厚いからだよ。俺の連れに悪魔がいて、そいつがちょっとした理由で同胞から追われている――んだけど、なあ。今から二ヶ月くらい前からだ。俺はそいつを守りながら渡り歩いているわけなんだけど」

 推測する。

 ラフトと呼ばれるあの男が特務機関に属しているならば、かなりの時間、同胞とは関わっていないはずだ。ならば、ライアの事情を知らないのも仕方がない。

 だから、ライアはそれを利用した。

 俺に脅されているなり、なんなり言って騙してラフトをひきずり出した。

 そうして戦闘。そこから現在に至る。

「お前が女の事で巻き込まれるなんて珍しいことだが……よりにもよって、悪魔かよ」

「よりにもよって、ってのはこっちの台詞だ。あんたがまさか、特務機関とはな」

 水を呷って、体温を下げる。効くわけもないけれど、喉は潤った。

 男は苦笑して、頬を掻く。

「おれも落ち着く必要があったのさ」

「ってことは……」

「ああ。直ぐにってわけじゃないが、彼女の予定に合わせて結婚するつもりだ」

「へえ、目出度いじゃないか。にしても、あんたを選ぶなんて見る目がないな」

「やかましい。おれの見る目があったんだよ」

「はあ……結婚ねえ。なら特務機関ってのも、もっと危ないんじゃないのか?」

「そりゃ危ないさ。だけど給料がいいし――危ないだろうが、おれにとっちゃそんなの危険ですらない。だろう?」

「はは、違いないな」

 竜人が生まれ持ったセンスもそうだが、この男が鍛え上げたその肉体と戦闘能力は極めて高く異常なほどに勘が鋭い。

 それだけでも悪魔に対峙できる程強いと思えるが、彼ならば悪魔にも勝ると思える要因は悪魔同様に引き出せる鱗にある。

 悪魔の外骨格はその身に鎧のように纏う。だからこそ硬く、厄介なのだけれど。

 彼の鱗は、自在に操れる。盾にも、剣にもなり、同じく鎧にもなる。局所的に集中させることもできるから、その強度すらも操れる。

 多分、俺でも勝てない。本気でそう思わせられるのは、彼で二人目だった。

「おれは良いんだ。お前は、その悪魔に騙されてるんじゃないのか?」

 目を細めて俺を見る。心配気な様子だけれど、彼の言う言葉には頷くしか無かった。

 フレイとは違う、遠慮なく言葉を交わせる友というのがある。数少ない、友人らしい友人だった。

 フレイはどちらかと言えば保護者だし、ウィズは明らかに被保護者だし、ライアに至っては体よく俺を使っているだけだ。

「騙されてる。っていうか、嘘ばっかだ。あいつの言葉は。嘘じゃないにしても、事実が無い」

「本当に厄介だな。お前に至っては、お前自身の見る目がない。どうせ騙されるなら、あの……ジェーンとか言うのの方が良かったんじゃないのか?」

「馬鹿言うんじゃねえよ。あいつは髄まで吸い尽くすんだぞ、なおさらタチが悪い」

「可愛いじゃないか。スタイルも良い。下手にプライドが高くてとっつきにくだとか、人を騙すだとかより、猫かぶって擦り寄ってくるくらいが丁度いい。お前もその内分かるようになるさ」

「今ん所興味ねえな」

 このままうっかり、ジェーンの依頼を受けたことを言えばヘンに探られて話が逸れそうだ。

 黙っておいて、ゆっくり話題を変えていこう。そう思っていれば、ローゲンは自主的に次の話題へと移っていった。

「何にせよ、今回は見逃しておく。おれも、お前がおれ以外のやつにやられるのも見たくないしな。お前のことだ、絶対に事が収まるまで歯向かわないだろうし」

「ありがとよ。ほんと、良くあんたは独断で融通利かせるよな」

「ルールや決まりにがんじがらめにされんのが嫌いでな」

「じゃあ、今の仕事はかえって大変なんじゃねえのか?」

「そう言うな。これでもそれなりに楽しんでいるよ」

 手酌で注いだ酒を、また一口で呷る。

 体調を考慮して水だけを飲み続ける俺も、だけれどこの濃い酒の香りや雰囲気に飲まれて、酔い始めていて。

 懐かしい旧友との再会に、俺たちは時間も忘れて話に花を咲かせていた。

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