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第五話 嘘つき

 抜けるような蒼穹には雲ひとつなくて、それを見るだけで随分と清々しい気分になる。

 師匠も同じ空を見ているだろうか。セイジもレイラも、こんないい天気ならば少しは心も落ち着かせてくれるだろうか。

 なんて、らしくもなく感慨に浸りながら。

 それにしても、と思う。

「ウィズと二人っきりって、初めてじゃないか?」

 あれから三日後。俺たちは、仕事を請け負って街の外に出た。

 ライアは、何か用事があるからと言ってどこかへ出かけてしまった。詮索する理由もあまりないから、放置しても構わないだろう。いや、構ったほうがいいのだろうけれど。今は、それどころでもなかった。

「ですね! なんだか、すごいわくわくします!」

「元気だなあ」

 連れてきて正解だと思う。

 というか、連れてこなければならなかったのだけれど。

 ウィズの非正規雇用の登録が終えてから、初めての実戦。今回はノーシス領南にある丘陵地帯へ赴く作戦。そこに生息している、額から一角を生やす馬ホーンホースの、その角を採取する。本数は二本。報酬は五万ジル。

 前から思っていたけれど、やはり大陸の中心は報酬の値段が桁違いだ。そのままの意味で。

 地方なら恐らく五千から八千がいいとこ、ヘタすればニ、三千ジルで請け負っていてもおかしくはない。

「思ったんですけど、ホーンホースの角って折ったら痛いんですか?」

「滅茶苦茶痛いと思うぞ。骨だし」

「それじゃあ、どうやって?」

「まあ力ずくでも、殺してでも。へし折っても、生きてりゃ生き延びるし、角も生えるしな」

「生えるんですか? 骨なのに?」

「モンスターだからな。連中はなんでもありだよ」

 草生い茂る草原が、やがて起伏を作って足取りに新鮮味を与える。

 特に凶暴なモンスターもおらず、居るとしても小動物が遠目に俺たちを見て逃げるだけの平和な風景。

 そうして、ちょっとだけ遠くのなだらかな位置に、頭を下げて草を食む馬が数頭群れているのが見える。頭には、特徴的な角。

 怒らせると怖いモンスターで、飼育するには難がある馬だ。大きさも中途半端だから騎乗するには小さすぎるし、荷物を運ばせるには気性が不安定すぎる。

 ノーシス領最南にある村からも、その草食による農作物の被害も出ていて、今回の仕事はその為の討伐も含めていた。

 ウィズの武器は、ひと通り使ってみて一番合っていた弓と短剣を採用。一応ある程度の練習は終えているので、俺の補助があればそう難しい仕事ではない。

 そもそも、ここいらのモンスターは極北に比べればはるかにマシだ。今の火力でも、なんとかなりそうなくらい。

「ホーンホースは鼻が利く。そういう時はどうするかわかる?」

 丁度今は向かい風。

 だから、矢を射るにはちょっとだけ不利な位置。

 だけど、ここは小丘の上。ちょっとだけ見下ろす、見晴らしの良い場所。

「風下、ですね」

「矢を射るときは?」

 背の矢筒から矢を抜いて、既に弦を張った弓と重ねて持つ。

 少しだけ脇に移動しながら、彼女は答えた。

「目標の進行方向の少し先に。大丈夫です、できる限りやってみます」

 必要以上の協力はしない。彼女にはある程度、戦闘経験をつけてもらわなければならないからだ。

 何にせよ、ある程度の実力がなければ苦労するのはウィズである。悪魔が再び迫れば戦闘は途端に激化する。というか、恐らく彼女では太刀打ち出来ない。

 だから最低限、逃げ延びる程度の力はつけて欲しいと思ったのだけれど。

 ウィズは立ち止まり。

 照準。

 発射――矢は弧を描かずに真っ直ぐ飛んだかと思えば、背を向けるホーンホースの首元から少し下の胴体に突き刺さった。

 悲鳴が轟き、

「よっ、と」

 すぐさま駆け出そうとするホーンホースを囲うように、地中から棒状に岩が突き出して連なり、隙間一つ無く連続する柵を作った。

 矢を受けた一頭がそこに頭を打ち付けて、転ぶ。その拍子に、柵に突き刺さった角は半ばで折れて、ホーンホースから分かたれた。

「……別に、大丈夫でしたよ?」

 それを見届けた後、彼女はちょっと拗ねたように言った。

「逃げられたら大変だろ。一頭一頭追ってったら、マジに夜になるぞ?」

「そ、それはそうですけどぉ……」

「大丈夫、弓は上等、矢はいい感じに良く貫けてる。武器の問題は無い」

「まるで、何か問題があったかのような言い方ですよねっ。今の、ダメでした?」

 そうでもない。

 というか、驚くほど自然体での射撃に、俺はお手上げだった。

「少し困るかな」

 弓矢に関してはセンスがある。さすが、腐ってもエルフ族という事だろう。手先の器用さと物覚えの良さ、その聡明さは、人間を容易く凌駕している。

「な、何がですか」

「もう教えることが無くなりそうだ」

「そっ」

 そんなこと。

 それほどでも。

 どう出るか、と考えていれば、彼女はさらに弓を構えて、立て続けに一射、ニ射とホーンホースを射抜いてみせる。

 首に刺さり、前足の付け根に刺さり、顔面を穿ち。

 走ってるのに。あれ、今避けようとしたのに。

 本当に初めてなのか? いや――五匹が、どれも一撃で、なんて。ちょっと……いや、とんでもなく反則なんじゃ?

 異常と言えばそれまでの実力。

 思わず言葉を失って。

 彼女は、ふん、と鼻息を荒くして再び俺へ向いた。

「それでも、私はまだまだです。もっと、色々教えて下さい!」

「いや、本当にもう教えることがないや」

 恐らく技術や経験ではなく、感覚で射っている。持ち前の才能だ。俺で言う精霊術みたいな。

 天は二物を与えてしまった良い例だ。美貌に、射手の才能。大量の矢で攻められるのは怖いけれど、正確無比な遠距離打はもっと怖い。

「なら、ホーンホースの角を回収する方法を教えて下さい!」

「ついでに解体方法も教えるよ」

「ありがとうございます!」

 元気だと思ったけれど。

 自棄なのかもしれない。

 動物の解体を嬉々として行うウィズの姿はあまり見たくないと思いながら、俺たちはホーンホースの死体へと急いだ。

 今回は角だけが依頼の目的。討伐も報酬に含まれているから、殺すこと自体は問題ない。

 だから肉や皮、骨を売りさばいてもなんら問題はない。モンスター討伐の依頼の唯一の役得は、そこにあった。


     ◇◇◇


 次の日も、その次の日もライアに断られた。

 さぞかし身分証明書が必要ないと来ている。ひどく人間的な俺と行動を共にするにあたって、されど社会に溶け込むつもりはさらさらないらしい。

 確かにあの美貌さえあれば証明書なんて意味ないだろう。言動だけで人を騙せる。人なんてそんなもんだ。相当なお堅い人間か、相当に厳しい関所くらいじゃなければ大抵通り抜けられるだろう。

「なあ、ライア」

 帰宅するのは深夜。俺たちが昼前に出て夕方に帰ってくるともう居ないのだから、その間に出かけてしまうのだろう。

「なあってば」

 良く眠っている彼女をゆすり起こす。そうしてから、彼女は呻くように声をあげながら、ゆっくりと目を開けた。俺を確認してから、また目を閉じてしまうのだけれど。

 寝返りを打って、背を向ける。それでも彼女はそのまま口を開けた。

「なによう、まだ眠いんだけど……?」

「毎晩何してんだ。夜遅くまで……あんたに、そんな親交があるようには思えないが」

 少しだけ酒臭い。手持ちも無いのに、どうしているんだか――あまり、考えたくはない。

「酷いわよそれ……まあ、確かにないけど。自分こそ女をとっかえひっかえしてるくせに」

「そんなんじゃない。フレイさんは事務所で俺の世話をしてくれてる良い人だ。ウィズだって会ってる」

「それに、貴方は人の心配をしてる場合? これからも追手は来るかもしれない。このまま運良く、ウィズが戦闘を免れる可能性は低いわ」

 共に行動している限り――というのは言葉そのままの意味で。

 一緒に居れば、それだけで俺の弱みになる。街に泊まっていればまだ話は違うが、移動中となれば否応なしに狙われる。

 弱さは死ぬ要因にはなるけれど、それは決して言い訳にはならない。

「ウィズは身を守る程度の事は出来るだろうさ。そのままの意味で、生き馬の目を抜くんだ。尋常じゃない」

 今、彼女は自分で仕事を取りに行くと張り切って出て行っている。荷物を持っていくのは大変だから事務所には手ぶらで行く必要が有るため、どちらにせよここには戻ってくるのだ。いつまでも、俺がついていくのも保護者面が過ぎて嫌だろうし。

「なんで付いていってあげなかったの? 随分と、懐いていたじゃない」

「ここ最近、ライアとまともに話す時間も無かったからな」

「自分で勝手に、一人でやってるからじゃない」

「遠征のことか? 傭兵業のことか? 仕方ないだろ、あれは仕事で……」

 そう言いかけた所で、彼女は身体を起こした。上肢を捻って寝台に腰掛ける俺へと向き、その鋭い視線を以て俺を睨みつける。

「極北も、沿岸の産業街も、一緒に行った。エルフの郷里から……ううん、多分イルゥジェンと戦ってから。いつもなら、極北の遠征作戦でも、一緒に誘ってくれたはず」

 琥珀の瞳が真剣に俺を見る。

 光の反射で鈍色にも見える紫の肌が、妙に重く感じられた。

 拗ねてるのか? なんて冗談でも言える雰囲気じゃなくて。

 彼女の、妙に俗っぽい反応に、俺は思わずたじろいだ。

「貴方は過去を見て、ちょっとだけ変わった。いえ――戻りたくなった。一人になりたくなった。そうじゃない?」

「あんただって、俺の過去を見たんだろう? どうやったかしらねえが」

「……ええ」

「ならわかるだろ。戻りたくない、一人なんか絶対嫌だってな」

 あんな悲惨な過去はもう体験したくないし、孤独もできる限り回避したい。

「なあライア。毎日何をしてるんだ? 俺たちは”心配”してるんだ」

 強調して告げる。だけれど、彼女の瞳は動かない。

 当然だ、と受け容れているわけではない。その事に関して無感であるのかもしれない。

「心配、ねえ。ありがとう、嬉しいわ。だけどこれは、必要なことなのよ」

「本当か?」

「ねえクライト」

「……ライア」

 誤魔化した、ということは最悪嘘で、嘘でないしにしてもそれに限りなく近いグレーな表現。

 彼女に話された事実は悪魔に追われているという事しか確認できていない。本当に親を殺したのか――連中はその処刑のためにライアを追っているのが事実なのか、わからない。

 少しだけ呆れたように彼女を呼ぶ。

 彼女は息を吐くように言った。

「好きよ」

「あんた……何者なんだ」

「貴方はいつでも、あたしにだけ訊くのが遅いわね。名前もそうだった」

「あん時は悪かったよ。正直、頭が回らなかった」

「村を救いに行ったくせに」

「人名より人命を優先したんだ。比べるなよ」

「ちょっと嫉妬しちゃうかも」

「あの時に言ってくれれば、まだ可愛げもあったもんだがな」

 まるでいなされて会話にならない。

 彼女はゆっくりと身体を倒して、横になる。俺にはまた背を向けた。

 嘆息混じりに立ち上がって、頭を掻いた。収穫はナシ。いつもより距離を感じただけだった。

 そうして、廊下に足音が響くのを察して。

 俺はテーブルの椅子へと、腰をかけて頬杖をついた。

「いってらっしゃい。お仕事、頑張ってね」

 彼女のその日の最後の言葉は、だけれどウィズが部屋に戻ってくる前にそう投げられた。

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