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6:現在

「あんたは決定的な間違いを犯した」

 目を見開く。すると、相も変わらず気持ちの悪い眼球のバケモノが、俺を睨みつけていた。

 だから腹いせに、その顔面を掴んで見せる。悪魔は妙な声を上げて、狼狽した。

「俺にとっての過去は負の財産なんかじゃない。それにな」

「な、何を――」

「気易く触れて良いものでもないんだ。そうだろう、誰にだってあるんだよ」

 目に見えて焦燥が増す悪魔は、だからこそ動けない。俺がそれ以上手を出さぬ事に、一縷の希望を見出したからだ。

 俺も同じで、これから先へ動けない。だからその硬い皮膚を掴む指先は擦り切れて血が滲むけれど、相手が期待すればするほど、俺は次を意識してしまう。

 一方的に終わるのはいいけれど。

 そうして良い相手なのかは、まだわからない。

 これはもう偽善でも傲慢でもなんでもない。俺の純粋な自己満足の領域で、

「逃げるなら、ここは手を離す。だけどな、手でも足でも、そこから前に出したら、俺はもう容赦しない」

「ちょ……クライト!」

 背後から声が聞こえる。どうやら、俺の様子を伺いに来た二人がその言葉を聞き咎めたらしい。

 振り返らずに、弁明するのは格好悪いけれど、悪魔は完全に、俺の腕をひっぱるくらいには後ろに退いているわけで。

「いいだろ、当初の契約はあんたを守ることだ。悪魔を見かけ次第ぶち殺すなんて契約はしてない」

 それに。

 まさか、こんな所で”生きているかつての友人たち”を思い出せるとは思わなくて、そうして生前の彼らを思い出すのは、よくよく考えれば今回が初めてのことで。

 悪くはなかった。

 気易く触れられ語られるのは嫌いだけれど、そこだけには感謝したくて。

「あんた、名前は」

「い、イルゥジェン」

「覚えにくいな。まあいいや、じゃあ」

 騙されて突っ込まれるとしても、それなら良かった。

 だけれど、手を離せば彼はさっさと空高く跳躍して――宙空で、掻き消されたように姿を消した。

 瞬間移動だろうか。なんにせよ、契約者としての刻印が確認できなかった以上、彼も誰かを使う側なのだろう。

 ちょっと悪ぶって、あの余韻に浸ろうと格好つけてポケットに手を突っ込む。

 振り返れば、歩み寄ってくる二人の姿があった。

 紫色の肌を艶やかに照らす悪魔のライア。

 透き通るような白い肌に、酷く心配そうに俺を見つめるウィズ。

 過去には居ない、今の仲間。頼りない以前にそもそも素性すら定かではない彼女らだけれど、今の俺には掛け替えの無い仲間。どちらかと言えば友人よりなんだけど。

「だ、大丈夫でしたか? 暫くの間、じっと睨み合っていたから……」

「問題ないよ、ただ眼力が凄かったからな。ビビっちまって」

「なら良かったんですけど……でも」

「ああ?」

 そっと、もう一歩だけ俺に踏み込んでウィズが手を伸ばす。指先は、優しく俺の頬に触れて――俺はようやく、その頬が一筋濡れていることに気がついた。

「どうして、泣いているんですか? 強がって、私たちを安心させてくれるのはいい。だけれど、クライトさん……貴方は、隠すのが下手です。全然、安心できませんよ」

「悪いな。嘘が通用しない人と一緒だった時期が長かったから」

「バカ言ってんじゃないわよ。ウィズは、話して欲しいのよ。ここまであからさまに言ってるのに伝わらないはずないでしょう?」

 参ったなあ、と苦笑しながら頭をぽりぽりと掻く。

 だけれどごまかせるわけもなく、彼女らの眼差しは真剣で。

「追々話すよ」

 今度は誤魔化さずに、あしらった。

 不幸だ悲惨だと触れ回るわけではないけれど、あの過去は俺にとっても大切な物で。軽々しく口にできるものでもなくて。

 踵を返して先へ進む。その先はノーシス城だったけれど、ここから他の場所へと向かうにはあまりにも格好悪すぎて。

 成り行きで、避けていた……恐らくトラウマになっているだろう政府へと俺たちは目指すことにした。

 俺の両隣に急ぐ二人は、だけれど何も追求しない。ライアは俺の手を繋いで、ウィズは俺の袖を握って。ここでどちらかを選ばなければ俺は今後一生独り者になるんじゃないかと、場違いなほどに奇妙な焦燥に駆られながら、だけれどそういった方向の好意なんて頭の隅にすら浮かばなくて。


 良く澄んだ空を見上げて見る。延々と続く道の上の、鮮やかな蒼穹に目を留めた。

 北の大陸は、地域によって気候が大きく変わり、安定したまま停滞する。

 だから忘れてしまいがちだけれど。

 二十回目の春は、もう訪れていた。

 俺の日々は、あの十五年前からずっと続いている。多分、まだ、当分これからも続いていくのだろう――そう願いたい。

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