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3:十五年前 Ⅲ

 環境が俺を変えたと言い訳をすれば、俺には精霊術以外の素質は無かったことに出来る。

 だけれど、やはりちょっとだけ狂気混じりの素質はあったのかもしれない。

 だって今思い返せば、村を目指す前にノームにレイラを癒してもらうことも出来たし、他にももっとスマートで適切なやり方は十分あったのだから。


 火の粉が降り注ぐ村道。道際のとある一戸建ての建築物は、跡形もなく崩れ落ちていて。

「……ガキ、生き残りか」

 後ろから声をかけたのは、パンパンに膨れた布袋を担ぐ外套姿の男だった。

「なあ、家族のところに――」

 振り返りざまに右拳を腹に叩きこむ。というか、右ストレートを打てば自然に下腹部へと至った。

 それだけの行動に、男は激高した。ただ抗わずに死を与えてきた男だからこそ、格下の反抗は我慢ならなかった――が。

 彼が怒る必要など無かった。

 正確には、怒るほどの余裕も、時間も、彼には残されていなかった。

「な……ァッ?!」

 セイジの術を防いだ外套が燃える。認識する間もなく瞬時に灰になる。

 熱が巻き上げる風と共に焼きつくされた外套が宙を散り、次は男。彼の肉体は、火に触れた部位から焦げていった。

 耳障りな断末魔があがる。だけれど、無情に男の肉体は灼かれて飲み込まれ、間もなく逝った。

 どさり、と倒れる肉体を踏み越えていく。

 叫び声から異変を感じ取った数名が、素早く俺の方へと殺到する。誰もが剣を抜き、

「死ねよ」

 呪言に似たつぶやきと共に俺の突き出す右拳から枝分かれする閃光が放たれ、五名の腹にぶち当たり。

 立ち止まったかと思えば、穴という穴から火焔を吹き出して消し炭へと変わっていく。

 村を覆う熱気は、もう目を開けられない程に強く激しい。歩いているだけで体中に火傷を負ってしまう程の熱さがあったし、建築物のことごとくは焼きつくされて崩壊していた。

 炎に飲まれて道という道はない。

 ならば、連中ももう引き上げる頃合いだろう。

「シルフ」

『いいよ、連れてったげる。その間呼吸止まるけど、頑張ってね』

「うん」

 後ろから抱きとめられる感触。柔らかいのは、彼女自体が空気だからだろう。

 熱せられるが故の上昇気流に乗って、俺の身体はあっという間に空へと向かった。胃の腑が浮く不快感に、身体の全てが下へと引っ張られるがために決して空を飛んでいるなんて夢の様な現実に浸る余裕なんてなくて。

 呼吸の有無なんて、ずっと前から息苦しかったからこそ殆ど意識できなくて。

 村を眼下にした俺は。

 入り口とは反対方向にたむろする数十名を発見した。

「あそこ」

『オッケー』

 びゅん、と空を切る。

 空を駆り、怒涛となって飛空する俺は一直線に男たちの前へと向かって。

 落ちる――瞬間、俺の足元に凄まじい暴風が吹き荒れて、落下して着地せんとする俺を逆に空へと押し返す。そんな空気のクッションによる減速で、極めて安全な着地に成功した。

『それじゃ』

「うん」

 暴風が、荷物を担ぐ盗賊団をひるませた。

 そうして彼らは、突然現れた俺の存在に、狼狽していた。

 なにせ見た目も何もかもが五歳児だ。

 彼らも理解が追いつかないだろうし――追いつかせる必要もなかった。

 ここで散れば良い。

 心の底からそう思った。

 もう願う必要なんてないし、俺はもう二度と、縋ることなんてしないのだから。


「なんだ、このガキャあ」

 収めていた剣を抜く。そうするのは先頭に立つ男ただ一人。

 彼らが知る術師はセイジ一人だけだから、もはや警戒する必要などなく。

 そうして目の前に現れた不自然極まりない子供も、ただ不自然なだけで己には当然敵わないただのガキだと判断して。

「サラマンダー」

『応』

 唸って、発現する火焔。

 俺の前に半透明で、それでも炎を伴って姿を現した彼は、そのまま腰を落とし、腰だめに拳を構えて――虚空を穿つ。

 同時に俺の右腕が、二の腕から指先までが粉々に骨を砕かれてしまうものの。

 視界を埋め尽くす火焔の熱が、灼熱の赤が、そんな痛みも忘れさせた。

 ――虚空を殴った拳は、直後に男たちの足元から火柱を上げさせた。

 正面をぶち抜く一点集中の破壊力ではない。個体をそれぞれ狙ってなお、回避不可能な業火が瞬時にして各個撃破していく。

 火柱は無数にそびえ立ち。

 術を防いだ外套の存在を忘れさせるほど、圧倒的な威力で盗賊団を消し炭に変えてみせた。

「……っ」

 そうして、砕けた右腕の治癒が開始し、完全に治癒するのは僅か数秒後。

 喧騒が失せて、ちらりと俺を一瞥したサラマンダーは、何を言うでもなくそのまま姿を透過し、消していった。

 俺に残されたのは、今が夜であることを忘れさせるほどに明るく辺りを照らしてしまう村の火災であり。

 月明かりも、星空も覆い隠してしまった分厚い灰色の雲が、雨の気配すら匂わせずに突如として全身を打ち付ける豪雨を振らせ始めてしまって。

「レイラ」

 ”ようやく思い出した”大切な少女のもとへと、俺は慌てて走りだした。


     ◇◇◇


 狂っていた感覚が引き戻される。

 俺の意識が、現実へと呼び戻された。


 血溜まりの中に沈んで動かないままのセイジが居るのも。

 決して降雨のせいだけではないだろう、冷えきった肢体を湛えて呼吸を止めてしまったレイラが倒れているのも。

 無傷の外套が何枚か落ちているのも。

 俺だけが、生き残ってしまったのも。

 全てが本当で、現実で、何物にも替え難かった本物で。

「レイラ……っ!」

 少女を抱きしめる。拍動も呼吸もなく、股から流した鮮血すらも雨が流してしまった彼女には、熱がない。

 最後に手を握ったあの感触が、弱々しく握り返してくれた力が、ついさっきのことのように思い出された。

 だけど、少なくともあれから数時間は経過している。なにせ、東の空はかすかに明るくなっているのを見るから。

 朝がわからないほど、俺はもう幼くはなくて。

 だけれど、全てを受け入れられる年齢では到底なくて。

「レイラぁ……、レイラぁっ!」

 双眸が滾るほどに熱くなる。瞳が茹だるほどの熱い涙が、既に雨で冷たく濡れた少女の胸をさらに濡らす。

 暴風を伴う豪雨が、激しく身体を打ち付けるのも、気にならなくなるほど、俺は涙を止められなかった。

 身体を突き刺すような痛みが続き、やがて皮膚の感触が麻痺してくる。

 だけれど、胸を穿ち抜いて空いた穴は、決して俺を満たしてくれないくせに、その傷は妙に敏感で。

「やだよぉ……レイラ、どうして……なんでっ――レイラ、レイラ!!」

 強い喪失感が、孤独感が俺の肉体を飲み込んで吐き出さない。

 馬鹿にしてもいい、屑だと罵ってもいい……誰でもいいから、俺に触れて欲しかった。


 あの時違ったやり方を見つけていれば、少なくとも考えていれば、彼女は助かったはずだ。


 正論が胸を突き抜ける。俺自身が、俺をさらに責め続ける。

 助けられた命を放置して、助けられなかった人たちの命を報いるために動いた俺を。

 狂気か善か、どちらかでしかない俺を。人を殺してしまった罪悪感すら毛ほどに無い俺は、人を殺す以前までの行いを悔いていて。

 ――もっとも、この時の俺は、その時の気持ちを明確に言葉にできていたわけもなく。

 ただ感性に従ったままだからこそ、俺は俺自身を慰める方法なんてしらなくて。

 ゆっくりと、何かが崩壊していく音を聞きながら。

 俺は、鎮火した村を背にして。

 夜が明けるのを確認するのは、辺りがすっかり明るくなるのを見たからで。

 それに少しだけ安心した俺は、本能のままに揺らいだ意識に身を任せて、ゆっくりと身体を横たえた。

 俺はそのままレイラの肢体を抱きしめたまま、考えることも、何もかもを放棄して眠りについた。

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