08罠師
二話分鬱回が続きます。
残酷描写注意に加えて、人によってはカタルシスを感じられない結末です。
ご容赦ください。
既に太陽は沈みかけている時間帯だが、明日受けるクエストを物色するため、クエストボードを眺めるアルマたちの姿が冒険者ギルドのロビーにあった。
「あれ?無いなぁ。おっかしぃな。そっちの板にも貼ってなかったよね」
「そうですね。受付で直接聞いて見ましょうか」
怪訝そうに首をかしげるアルマ。頭の上のほうで纏められ、垂らされた赤髪がふわりと揺れる。猫じゃらしに戯れる猫のように、条件反射で目がそれを追ってしまったレンは、慌てて会話に入ることでそれを取り繕う。
「な、なあ『ニーズヘッグの憩い』だったか?もう少し詳しく聞かせてくれないか」
「ええと。うろ覚えですが、確かなんとか山の奥地で生息していた伝説獣のニードヘッグが麓の村に下りてきた結果、その巨体で多くの犠牲者が出たから、討伐してくれ……というクエストだったと思います」
「あー、そんなんやったな。そかそか。あの蛇がデカイだけで弱っちかったんは、実は敵意が無かったから~とか設定されてたな」
「HPは多いですが、攻撃手段が動き回るだけですからね。後衛職さえいれば、時間をかければハメ技で倒せましたから」
設定とはいえ、ニーズヘッグが可愛そうになる。その恐ろしい名前も人が勝手に名づけた名称らしく、人食いなどしない温厚な蛇らしい。まあそれは人から見た話で、その巨体を維持するために山では他の大型モンスターをバリバリ食らっているそうだが。
ベータ時代には”ニーズヘッグたんを愛でる会”なるギルドも有ったらしい。なんともあきれ果てる話だ。
「伝説獣……ってその強さと特異性でカテゴライズされてるんだよな」
「ええ、ポリゴンからして雑魚モンスターの流用ではなく新しく組みなおしたものですし、設定画が書き下ろされているのも、伝説獣だけなんです」
「……なあ、ユニークモンスターってことは先に誰かが討伐してしまったって可能性は……?」
「え、でも再湧出すればまた依頼が……」
ナナコはまだレンの言いたいことを理解できていないようだが、アルマと迅雷はさすがに察したらしい。
「なるほどな、伝説獣はそーいう仕様になっててもおかしぃは無いか」
「ですがその場合、当然予想される事態としてユニークモンスターの取り合いに発展しますね」
「レベル30前後のプレイヤーだけじゃあ、ニーズヘッグ以外の伝説獣は手に余るやろうけど、いずれはその事態、起こり得るんちゃうか」
二人が直截な言葉にしてくれたお陰で、ナナコも理解できたのか難しい顔をして考え込んでいる。
「クエストの取り合い……。『サハギンの養殖』が美味しいのに消えていなかったのはユニークモンスターじゃないからリポップしたってことなんでしょうか?」
「予想の範疇を出ませんが、その可能性は非常に高いですね」
このゲームが競争式という珍しい形になっているのだから、限られたパイの奪い合いというのは当然要素に組み込まれているだろう。美味しいクエストはどんどん奪われていくに違いない。
「ベータ版とはやっぱぜんぜん違うね」
アルマの言葉は三人の意思を代弁したものだった。レンは初めからそういうものだと理解していたために、ベータ組との意識の差を否応無く認識させられた。
その晩『ニーズヘッグの憩い』が既に別のプレイヤーに取られている事を、宿でヤマメたちに伝えると、「知らなかった」と驚いていた。王都のクエストはあまり手を付けず、周辺の探索と他プレイヤーの捜索に重点を置いていたために気がつかなかったそうだ。
「しかし、これで一つ分かったことがあります」
宿の一室で六人がベッドを椅子代わりに顔をつき合わせている。人差し指を立てて仰々しく前振りをする迅雷を見て、アルマたちパーティーの面々は苦笑半分、ヤマメとメフィストフェレスは呆れたような顔。
「王都にはやはり我々以外にもプレイヤーが既に存在します。そして彼、あるいは彼女は冒険者ギルドでクエストを請け負っている……」
確かにその通りだ。クエストが消えたのならば、それを請け負った人間が居るはず。それはNPCでないのならプレイヤーに違いない。必然導かれる結論。
「冒険者ギルドを張っていれば、アンノウンと出会えるって訳ね」
艶やかな猫なで声でメフィストフェレスが後を引き取った。ヤマメは自分たちの方法より効率的であろう手段に、素直に感心している。今日も王都の周りのフィールドの探索を行っていたそうだが、プレイヤーは発見できなかったとのことだ。
「推理というほどのものではありませんが、指針の一つにはなるかと」
迅雷がメフィストフェレスの言葉に同意する。
「やってみて損は無いわねぇ。まあ情報は有りがたく頂いておくわ」
ヤマメたちとの情報交換会を終えたレンと迅雷は、宿の自室に戻る。別室をとっているアルマとナナコとは廊下で別れた。個室をとるのも勿体無いということで、街中の宿泊施設を使う場合、レンと迅雷はいつも相部屋だった。
サハギンの鱗鎧を脱ぎ捨て、肌着だけになったレンはベッドに飛び込む。劣化したスプリングがぎしぎしと悲鳴を上げている。枕に顔をうずめながら、背筋を伸ばし凝り固まった体のあちこちを緩める。ヤマメとの情報交換会の直前に風呂に入ったからだろうか、情報交換会の間中、隣に座っていたアルマから、爽やかなシャンプーの香りがたびたび鼻をくすぐり、集中できなかった。レンはベッドにうつ伏せになりながら、ゆっくりとした呼吸を繰り返して昂ぶりを抑えた。
もう一方のベッドに座っている尖り耳エルフの青年は、肩までかかったセミロングの髪を無造作にゴムでくくっている。普段はそのままにしているようだが、風呂で髪を洗った後、濡れた髪が顔に付くのが嫌だ、とアルマに髪を結んでおくゴムひもを貰っていたらしい。
彼は先ほどのヤマメたちとの短い会合で、考えることが出来たらしく、顎に手を当ててしきりに思案している。その如何にも「考えています」というわざとらしいポーズも様になっているのだから、レンも話しかけるのは躊躇われた。
そうするうちにレンも疲れを感じて、いつの間にか眠りの神に誘われ、すやすやと眠り込んでいた。レンが寝入ったことに遅まきながら気付いた迅雷も明日の予定を考えながら、横になるのだった
翌朝、食堂で集合した四人は今日の予定について話し合っていた。同じ宿の宿泊客であるヤマメたちはもう出ていったのか、それともまだ寝ているのか姿は見えない。
一行のリーダーであるアルマは、代わり映えしない朝食のメニューを詰まらなそうに突付きながら、ミーティングを行っている。聞くところによると、和食が何よりも好きな彼女はパン食ばかりのこの世界の食事事情を不満に思っているらしい。レンも確かに白いご飯が恋しくなる気持ちは分かる。王都の朝食ならばもしや、という期待もあったのか露骨にがっかりしている。
「はぁ~。えと、今日もクエ行く予定。……なんやけど、まあレベル上げに没頭してもええねんけど、折角うちらにはアルケミストが居るわけやし、今日は錬金素材収集メインでいこーかと思ってる」
「あ、任せてください!」
初めは発達した大人の肢体に、子供の精神年齢というナナコに違和感をを覚えていたのだが、このごろではすっかり慣れきってしまい、むしろこれこそが彼女の魅力なのだと思い始めている。今も両手を握り締めて、気合を入れるようなパフォーマンスをしている。子供っぽいしぐさだが、あざとさを感じないところには好感が持てる。
当然レンよりも付き合いの長いベータ組のアルマと迅雷は目を細めてナナコを見ていた。
方針が定まれば、細部を詰めるのはこいつの役目だ。
「王都周辺で錬金素材となると、後衛職の魔導具の素材となる一角獣の角が使えそうですね」
迅雷は攻略サイトの内容をあらかた覚えてしまってるようで、スラスラと情報を空で読み上げる。ベータ版の知識の全てが通用するわけではないのだが、やはり事前知識の有るのと無いのでは大違いだ。有りがたく利用させてもらう。
ちなみに魔導具とはウィザードとヒーラーの推奨武器であり、使用する魔法の効果を増幅する力があるらしい。前衛中衛の武器とは違い、無くても魔法は使えるためか、序盤から入手するのは困難であるため、今まで迅雷は武器なしでやってきていた。アルケミストのナナコも事情は似たり寄ったりで、魔法と錬金の効果をブーストする推奨武器ハンマー無しで王都までやってきたのだ。
現在の装備状況は、ナイトのアルマが闇森生息モンスターの素材を使ったナナコ謹製の魔法武器(大盾)。レンは同じくナナコ謹製の短剣と、試作品のスリング。弾丸も幾つか用意済み。迅雷とナナコは前述の通り武器は無し。防具は全員がサハギンの鱗鎧を装備している。レベルは上位の三人が28。ナナコが24まで上がっている。
「一角獣の生息地は王都の東、大渓谷の近くです。エリアの推奨レベルとしては15、6ですから物足りないくらいですね。何かクエストをついでに受けるも良し。ある程度素材が集まった時点で撤収するも良し、です」
迅雷の言う、物足りないというのは経験値の話であって、手応えのような強さの話ではない。ベータ版の時から、「レベルは飾り」というゲームバランスは受け継いでいる。格下といえども油断することは出来なかった。
ある程度の意思決定が済んだところで、「あとは冒険者ギルドでクエスト見ながら決めよか」とリーダーの鶴の一声で席を立つ。
宿の主に「行って来る」と挨拶だけして、外へ出る。現実世界を想起させる王都の人ごみをするする通り抜けて、冒険者ギルドへと向かう。中心部に位置する宿と巨大な冒険者ギルドまでの道は、都内の主要道であり、にぎやかさが絶えることは無い。
再び、威容を誇る冒険者ギルドの門をたたく。一行が中に入った瞬間、入り口を見張っていたのか、ソファに座ってじっとこちらを見ていたヒューマンの青年と目が合う。人畜無害そうな相貌だが、脇に重厚な両手剣を立てかけている。ヤマメだった。
「皆さん!おはようございます。良かった、すれ違いにならなくて」
安堵の表情を浮かべるヤマメ。どうやらレンたちを探していたようだ。真剣な表情に戻り、用件を告げる。
「緊急情報です。魔王に関するクエストが見つかりました」
その言葉に緊張が走る。この場の誰もが理解していた。
この世界からまっとうなログアウトの方法は無くなっていると。
それでも脱出を望むのならば、ゲームクリアするしかないと。
その手段が他ならぬ魔王の撃破だとすると、対立するプレイヤーたちはライバルどころかクリアの障害にさえ成り得ると。
その緊迫した空気の中、アルマがもっともな提案でその剣呑な空気を鎮めた。
「とにかく、そのクエスト。うちらも見てみたいんやけど」
ヤマメがこの情報を独占せず、伝達してくれたこと自体が彼の敵意の無さを証明している、と迅雷が説明することで、ようやく緊張が解ける。冷静さを欠いていたようだ。
ヤマメも大事にならずにホッとしている。レンは魔王というワードに込められた魔力とも言うべきものを実感した。助け合い、協力してきたプレイヤーたちに相互不信の種を否応無く撒き散らすその悪意。製作者の性格の悪さが滲み出ているようだ。
ヤマメの見つけた魔王クエストは、普通のクエストボードに張られていた。推奨レベルは70。場所は鎮魂の洞穴。依頼内容は魔王討伐、報酬は1G。
丁寧な字で書かれたそれは、ごく普通の小紙に書かれた目立たないものだった。いつから張られているのかは分からないが、これでは昨日見逃していたとしてもおかしくは無かった。三度内容を読み返したころ、いつも通り迅雷が情報の補足をしてくれた。
「鎮魂の洞穴は王都西南西の方向にあります。レンテ湖の南方のカーミラ城の更に南方にあります。ベータ時代は特にボスもいないただの洞窟でしたね。カーミラ城が稼ぎに有用だったので、皆さんそっちに惹きつけられて、しょぼい洞窟の捜索には力を入れてませんでした」
十分に調べられていないのならば、そこに魔王が居を構えてもおかしくは無い。いや、ベータ時代に魔王は存在しなかったのだから、どこにいても不思議は無いのだが。
「で、でもでも70レベルなんて私ベータ時代でもそんなにやって無かったです……」
ナナコが肩を落とす。頭のヒレが元気無く萎びている。脱出の希望を見せられた後に、絶望の壁が立ちふさがっていたのだ。気落ちしないほうがおかしい。
「レベルは飾り、といっても60以上は例の特典のせいで別格ですからね……」
訳知り顔に話す迅雷。レン以外の面々は全員ベータ組のため、その意味が分かるらしく頷いている。レンは説明するように目線で合図した。
「あ、ああ。特典というのはですね。セカンドジョブの解禁なんですよ。『レベルが飾り』っていうのはレベルによるステ上昇補正が、職業補正にはるかに及ばないから、揶揄されてるんです。けれど60レベル以上のプレイヤーは例外なくセカンドジョブを使用しています。これはメインをウィザードにしてサブをウォリアーにすることも可能だということです。以前に職業間のじゃんけんの関係は説明しましたね?レンさんの場合ですと、中衛ですが、今例に挙げた上級プレイヤーは後衛であり、前衛でもあります。じゃんけんに譬えれば、レンさんはチョキしか出せないのに、相手はグーとパーをどちらも使えるということになります。これでまともに勝負になるはずがありません。別格、というのはそういう意味なのですよ」
「ま、とにかく今の戦力で挑むのはむぼーって理解しておけばいいんとちゃう?今日は予定通り大渓谷行こう!」
アルマの露骨な話題変えだったが、レンも現時点の戦力で魔王を倒せるとは思っていない。普通のゲームなら”死に覚え”ということでいきなり挑むのもやぶさかではないが、流石に本物の命を懸けてまで、突貫する気は更更ない。ゴール地点が他プレイヤーにも知れ渡ることで、熾烈な競争が予想されるが、結局地道なレベル上げに勤しんだ者が、最後に笑うのだ。と、自分に言い訳して、意識的に魔王から目をそらした。
「ですね。70レベルといえば、ベータ版のランカー相当です。ゆっくりはしてはいられませんが、今日明日に倒されるものでもないでしょう。我々は今出来ることをやるだけです」
ヤマメとも話し合って、魔王クエストの情報は広めないことにした。堂々と張り出されているのだから、目ざとい者なら気付くだろうし、注意力不足のプレイヤーにまで施しをするつもりは無かった。反対に好意でレンたちに情報をくれたヤマメに対する好感度は必然的に上昇する。ある程度気安くなったこともあって、ギルドカードを見せ合うことになった。
名前:ヤマメ
職業:ウォリアー
位階:31
パッシブスキル:武芸百般
全ての武器を操ることが出来る。どんな装備を使っていても推奨武器と同程度の適性を持つ。
推奨武器 全て
パッシブスキルや推奨武器は公開情報ではないのだが、職業固有のものであり、いちいち迅雷に尋ねるのも面倒なので列記されるように細工する。戦士のパッシブスキルは全武器への適性。どんな武器も推奨武器相当に扱える力だ。
推奨武器とは現実世界で武道の嗜みもない一般人が武器を使う際にシステム側がアシストする機能である。
レンの投石がプロ野球選手のピッチャーも真っ青なコントロールを見せていたのもこれが原因だ。逆に言うと、レンが扱う短剣の攻撃は蓮自身の技能ということになるのだが。
自己紹介も終わったところで、ヤマメと別れを告げる。彼のほうも相方のメフィストフェレスにこの魔王情報を伝えるらしく、冒険者ギルドで待っているらしい。アルマたちは出来れば彼をパーティーに勧誘しようかと考えていたのだが、事情があるなら仕方ない、と潔く自分たちの当初の目的に取り組む。
一角獣の生息地付近で適当な採取クエストを見つけて、パーティーでそれを受ける。装備の確認などは宿屋で済ませてある。いつも通りレンを先頭にして、王都の東門をあとにした。
「なんだかぞわぞわする。呼ばれている気がする」
電波な発言のようだが、発言者のナナコにそんなつもりはない。感じたままに言ったまでだ。おそらくはマーマンの水棲活性の力の影響だろう、とあたりをつける。そのことはアルマと迅雷にも説明してあるので、目配せをすれば二人とも「分かっている」という風に首肯した。
大渓谷には薄く霧が出ていた。谷底を流れる川から水分が供給されるため、一年を通じて霧が出ているらしい。これがナナコが感じた”ぞわぞわ”の正体か。
広がる霧で視界に対してバッドステータスがかかっているようなものだが、レンの神の目(気配察知)を以ってすれば、障害にもなりはしなかった。
「右に三、左に一。共にこちらには気付いていない」
「距離は」
「左は近い。右はまだ遠いな」
「ならここで待機しとくから、左の方釣ってこれるか?」
「了解」
霧に紛れてレンは姿を隠す。足音を極限まで殺して生命反応に近づいていく。
アルマの指示にある「釣り」というのは、敢えて敵に見つかってアクティブにすることで、意図的にこちらを追いかけさせて、決められた場所までおびき寄せる戦法だ。古代の戦争で例えると偽りの撤退、ということになろうか。人間相手ならともかく、AIで動くモンスターには効果抜群だ。状況にもよるが、少数で多数の敵を安全に撃破できるテクニックだといえる。
カーズドワールドにはこの釣り技能をふんだんに所有する専用の職業、罠師がいる位だ。ちなみにレンジャーはトラップメイカーの次に釣りの上手な職業である。
レンはその敏捷を活かして、相手の索敵圏ぎりぎりまで素早く接近する。霧で視界が狭まっている関係上、気にしなければいけないのは足音と匂い。大渓谷は風が吹かない地形であり、比較的匂いが分散しにくい。足音も湿った草に吸収されて、あまり気を使う必要は無かったのだが。
釣りは相手に気付かれてこそ、意味がある。視界にとらえらるほど相手に接近したレンは、意外なことに気付いた。そこにいたのはモンスターではない。
人間だった。
確かにレンジャーの気配察知は、モンスターと人間の区別をつけない。だから生命反応がモンスターで無い場合ももちろんあるのだが……。
少なくとも、モンスターの跋扈するフィールドに居る一般人はいない、とレンは考える。であるならば、ここに居るのは同業者――冒険者だ。
「おい、プレイヤーか?」
レンが声をかけると、向こうはこちらに気付いていなかったようでビクリと震えた。
「は、初めまして!ゴンと申します!お、お名前を伺っても……?」
「レンだ」
近づいていくと霧の向こうから一人の男が姿を現す。
背丈はレンよりも十センチは高い。しかしそれは無理やり縦に引き伸ばしたような姿で、”高い”というより”長い”といったほうが妥当だった。身長に反して小さめの頭から左右に突き出た細長い耳は、彼がエルフであることを示している。おかっぱに前髪を切り揃えられた金髪。狐のように細められた両目と、もみ手をするようにせわしくなく手をこすり合わせている様からは、神経質さや情緒不安定が感じられる。当然、初対面の相手にそんなことまで口に出すほどレンは馬鹿ではないが。
「向こうで仲間を待たせている。良ければ付いてこないか」
「お仲間様……ですか?え、えぇご一緒させていただきます」
アルマたちは視界の狭い霧の中でレンがモンスターを釣ってくるのを今か今かと待ち侘びている。いくら想定外の事態だからといって、パーティーの”目”であるレンが立ち話を続けるわけには行かないのだ。
エルフの男を伴って仲間の元へ戻る。
レンが人間を連れてきたのを見て驚くアルマたち。迅雷やアルマは警戒していられるのが感じられるが、ナナコはただ予想外の出来事に驚くばかりだった。
レンは霧の中で出会ったゴンについて説明する。もちろん話しながらも気配察知による索敵は怠らず、安全は確保したうえである。
「あ、ご紹介に預かりました。ゴンと申します」
丁寧な話し方なのだが、頭を下げ慣れていないのか、ぎこちないところのあるお辞儀だった。
「ところで皆様。こんな場所まで来ているということは私と同じくクエストを達成する途中なのでは?宜しければ、依頼が終わるまででも大渓谷内だけでもご一緒できないでしょうか。実は私大渓谷内の地理にかなり詳しくて、既に潜ってから三日は経っています。戦闘面ではともかく、十分お役に立てるかと」
アルマが一角獣の角を狙っていることを話すと、ゴンは嬉しそうに一角獣の群生地を知っていると言った。
「ベータ時代は、ポップするモンスターは確立に応じてランダムでしたから、決まったモンスター配置なんて存在しなかったのですがね。半現実化した影響で餌場や水場なんかの生態系周りのディティールが強化された影響で、特定のモンスターが集まりやすい地形が形成されたのでしょうか?」
新規組と名乗るゴンだが、三日大渓谷に篭っていた実績は、ベータ版の知識を軽く凌駕する。彼の道先案内に従って、群生地を目指すことになった。
野良パーティーということで一時メンバーに加えたいところだったが、クエスト請負中にはパーティーの変更を初めとする一部機能が封印される。システム的には中立状態のまま、ゴンと行動を共にすることになった。
「まずは、さっきの三体のモンスターを釣ってくるか」
時間が経ったせいで、今のところ索敵範囲に怪しい生命反応は見えない。右前方にあった気配も離れてしまっている。ゴンの指差した方向が右方向だったため、予めかち合うのを想定した形だ。
アルマの許可を得て、素早くレンは戦列を離れる。進んでいくうち目当ての三体の気配を察知する。
「ケルピー」
事前に迅雷から大渓谷に出現しそうなモンスターの知識はインプット済みだ。水馬が三体静々と歩いている。馬と魚を掛け合わせたようなモンスター。その内の一体がピクリと耳を振るわせた。そしてレンのいる方向に首を振る。
レンの独り言のような呟きを聞き取ったのだろう。臨戦態勢に入るケルピーたち。独特の湿ったたてがみを震わせ、こちらを威嚇している。レンは当初の目的どおり、モンスターの注意を引き付けられたので、ゆっくりと撤退を始める。
モンスターも野生動物も似たようなもので、急な動きには過剰な反応を示して、興奮状態に陥ることがある。レンからすればそうなったらそうなったで、行動パターンが単純になるから構わないのだが、興奮したモンスターの立てた物音が他のモンスターを招いてしまうことがある。そっちのほうは全面的に遠慮させてもらいたいので、こうして静かにおびき寄せているのだ。
水馬は定められたプログラムに従って、敵性存在であるレンを逃すまいと追いすがってくる。レベルの差を実力の違いとして感じ取っているのか、三体で輪を作るように警戒しながらじりじりと距離を詰めてくる。油断しない相手というのは想像以上に厄介だ。むしろ、弱者と侮ってもらったほうが都合がいいほどに。
しかし今回の場合は、レンが彼らに出会った時点で既にケルピーたちは策に嵌っているのだ。レンを包囲一斉攻撃しようとしていたケルピーたちは、自分たちが死地に誘いこまれたことを知る。
霧の向こうから姿を現した四人の人影。
「”ヴォルテックス”」
「”ライトニングアロー”」
ウィザードの強力な攻撃魔法と、アルケミストの基本攻撃魔法が炸裂する。弱点属性の魔法を集中して浴びせられた一体のケルピーは悲鳴のようないななきと共にその体を粒子に溶かした。残る二体のケルピーは強力な魔法を使う迅雷を最大脅威と見なしてターゲットに定める。一体はその場に留まり魔法の詠唱を始め、もう一体は迅雷に向かって突進する。ちょうど後方のケルピーを隠すように走るケルピーは前衛役を務めるつもりなのだろう。
水馬は本来後衛タイプのモンスターだが、速度に特化した身体のせいで中衛寄りのステータスを持つ厄介な相手だ。それが基礎的とはいえ、戦術を使ってくるのだから初心者冒険者では苦戦は免れないだろう。
が、ここにいたのはそんなニュービーではない。
突進するケルピーはしっかりとアルマが受け止める。その際にヘイトコントロールのスキルを使うことも忘れない。これであのケルピーの攻撃目標はアルマに変更されるだろう。
レンはその間後方で魔法詠唱をしているケルピーを屠っている。詠唱中の無防備なところに石をぶつけられ、注意がそれた瞬間に打ち込まれた、短剣――メイジダガーは深々と突き刺さり、緑色のどろりとした液体を湧き出させる。更に深く突き立てると、傷口の深いところから鮮血が染み出てくる。どちらも水馬の血だが、動脈血と静脈血の違いだ。動脈まで深く傷つけたことで、染み出す血液の量は急速に増加してケルピーの体力を奪う。
詠唱しようとしても、目の前のレンを倒さなければならないと気付いたのだろうか。ケルピーは爛々と光る目で憎憎しげににらみ付ける。その視線はレンを貫かんばかりだったが、決して目はあわせない。
相手の目を見ていると呑まれてしまうことがあるのだ。
だからレンは視線を固定せず、ケルピーの全体全身に満遍なく視線を彷徨わせる。後脚が動いた瞬間に、反応してスリングで石を打ち込む。王都で補充した弾の中には強力な炸裂弾もいくつか混じっているが、大きな音を出すため積極的に使いたいとは思えない。なにより今この状況は、ただの石ころの牽制で十分だった。
その証拠に――
「”ヴォルテックス”!」
戦力を集中して二体目のケルピーを葬った仲間たちの援護が届く。この援軍さえもレンのパッシブスキルは予想していた。
稲妻に貫かれ引き裂かれたケルピーは断末魔をあげて消滅する。
「生命反応なし……お疲れさま」
戦闘終了を告げるのは気配察知を持つレンの役割だ。緊張を解くパーティーの仲間たちと、その連携に感心している客人のゴン。
「やあ、皆さんレベルも高いし、戦い慣れているし、御強いですねぇ。私が下手に手伝えば、足手纏いだというのが良く分かりました」
見え見えのおべっかなのだが、人間関係にはこういう物も受け入れていかなければならないのか、とレンは少しだけ嫌な気分になる。
水馬を狩り、安全を確保した一行は更に奥地へと足を踏み入れる。
「この崖際を上っていけば、一角獣の群生地があります」
大渓谷の端の端、崖の下には細い道が上へと続いている。あまりにも道幅は狭く、二人並んで歩くことも出来ないだろう。アルマが困った顔をする。群生地に繋がるといっても、こんな危険な場所でモンスターに襲撃されればひとたまりもない。そんなリスクを背負ってまで群生地を探す必要はないのだ。
「ゴンさん。折角教えてくれんやけど、こんな危ない道通ってまで行きたくないんやわ」
「いえ、危なくなど有りませんよ?確かに狭い道ですが、逆に体の大きなモンスターは通行できないということでもあります。大渓谷に出現するモンスターで一番体の小さいのが先ほどのケルピー。とてもとても、このような細い道を通ることは出来ませんよ。事実私も何度もこの道を通っていますが、未だに襲われたことはありません。それに割と高い場所を通るので、地上との距離があって、下から攻撃魔法も届きません。狭いがゆえに逆に安全なのですよ」
ここまで来たのが無駄になることが嫌なのかゴンは多弁になる。彼の言うことにも一理あるのだが、やはり見過ごせないリスクに感じられる。そう思ったのはレンだけでなく、アルマも同じのようで必死になるゴンを見て渋っている。
「頼みます。一緒に来てくれれば、アルケミストの錬金で皆様の武器を作らせて頂きますから」
彼の最大限の譲歩だったらしいが、ナナコというアルケミストが既にパーティーに居るため、さほど魅力的な提案とは思えなかった。
「どうしてそれほど執着するのでしょう?良ければ理由をお聞かせ願えませんか?」
押し問答を続けていると、見かねた迅雷が助け舟を出した。ゴンは仕方なくといった風に理由を話し始めた。
「あー。じ、実はケルピーの群生地の奥地で仲間とはぐれてしまっていて……。三日間も大渓谷に潜ってたのは、仲間と合流するためだったのです。けれども私一人ではケルピーの群れは荷が重く、何度も逃げ帰ってきているのです」
その状況はルールの街の出来事を否応無くレンたちに思い出させた。その記憶を封印しているナナコだけは、気付いていないのだが、彼の陥った状況はアルマを助けた時のものと酷似していた。
「……なんでもっと早く言わなかったんや」
アルマが低い声で詰問した。
「申し訳ありません、皆様ともう少し行動を共にして信用できそうなら打ち明けるつもりでした。結果としてご不快に思われたことは謝罪いたします」
ナナコが助けを求めたのは、身しらずの他人ではなく同じギルドの信頼できる仲間だった。彼の場合はそうではなく、なりふり構わず事情を説明することは出来なかったのかもしれない。
事情が変わったといわんばかりに、アルマは迅雷に作戦を練るように命じる。
「ゴンさん。はぐれた仲間の情報とその時の状況、座標。もう少し詳しく聞かせてもらえるかな」
「で、ではご助力いただけるのですか!?た、助かります。では一刻も早く参りましょう。道中で詳細は説明いたしますから」
三日も放置していたのに、いまさら急ぐ意味があるのだろうか。確かに彼の中では一刻を争う事態なのかもしれないが、情報の整理を遅らせてまで、拙速を選ぶ場面ではないとレンは思う。しかし迅雷とナナコは同様に考えながらも、ゴンの必死さにほだされたのか、早く行くべきという流れになってきている。
アルマは複雑な表情をしていた。しかし暫しの逡巡の後、決断して、
「分かった。じゃあさっさとゴンさんの仲間と合流するために急ごう。事情は途中で聞く」
レンはあまり望ましくない展開になった、と思ったのだが、パーティーに属する以上、リーダーの決定には従うつもりだった。まぁ不足している情報は道中ゴンからみっちり聞き出せばいい、とも考えられる。
レンを先頭ににして一列に並んで細い道に入る。レンの後ろはゴンでその後ろに事情聴取するためにアルマがいる。足を滑らせれば転落の危険があるような道を慎重にかつ、迅速に進む。
「んで、仲間ってのは何人?名前は?職業は?」
「え、ええ。仲間は二人です。アキラとクラウド、ウォリアーとナイトです」
先を促すようにアルマが首でしゃくる。
「あーっと……大渓谷にちょっとした採取クエストをクリアするために三人で来たのですが、その途中でモンスターに襲われて、アキラが足を怪我してしまって。仕方なく洞窟で身を潜めていたのですが、私が偵察に出た時、運悪くケルピーの群れに遭遇してしまって……。何とか逃げ切ることは出来たのですが、洞窟からは大分離れてしまいました。それからなんとかケルピーの居ない隙に洞窟に戻ろうとしていたのですが、チャンスが掴めず……」
「ケルピーの数は」
「ケルピーの数……あ、あぁ。100体はくだらないかと」
「100体……!?」
「あ、いえ!最大に見積もった場合です、それは!おそらく50体ほどでしょうか。常にその数が居るわけではないので、タイミングさえ良ければ半分以下しか残っていないかと」
確かに殲滅を目的とせずに突破だけに集中するのなら、なんとかならない数ではなかった。しかしながら、もし100体も居たとすると流石に対処できない。話が聞こえていたようで、後方から付いて来るナナコ、迅雷も緊張した表情を浮かべている。
かなりの高さまで登ってきた時、レンのレーダーに生命反応が現れる。
「む、数は……多いな。2、30はいそうだ」
出現したのは左手。谷側の方向だった。この様子だと、崖下のモンスターの存在でも拾ってしまったのかもしれない。気配察知に高度は関係なく、水平距離だけが関係するのは飛行モンスターとの戦闘で理解していた。
「いや、谷底の反応だ」
レンが訂正するとホッとした空気が流れる。一応飛行モンスターは大渓谷には生息していない。もしこの反応が鳥モンスターの編隊だとすれば厄介だが、その可能性は低い。生命反応はこちらに近づくことも無く、その場をうろうろと徘徊しているだけだ。
弛緩したした空気が一同の間に流れた瞬間、突如地響きが起こった。爆音がとどろき、空に投げ出される。ガラガラと足元の細道が崩れているのを足裏の感覚で知る。必死で何かに掴まろうと手を伸ばすが、空を切るばかり。誰かが悲鳴を上げた。よく通る声だった。アルマかナナコだろうか。
足元の大地は完全に崩落し、宙に浮かぶ。もちろん空を飛べるわけもない。これは自由落下だ。目の前に崖が迫り、そのまま衝撃と共に叩きつけられる。痛みは感じなかった。ただ、体の中から形容の出来ない何かが一気に爆発したように感じる。その圧力で薄い人間の皮膚など張り裂けてしまうのではないかと思うほどだ。
激しい傾斜の岩肌をごろごろと転がって、落下していく。壁にぶつかるたびに、体の中の何かが壊れ、弾けていく。
ようやく落下の勢いが収まった時、最初に感じたのは痛みだった。バクバクと心臓は高鳴り、目の前に投げ出された誰かの腕からは赤い血が流れている。
大丈夫か、と声を出そうとすれば、引きつったような激痛が喉を掴み締め付ける。
冷静になってみると、その腕は自分のものだった。変な方向に曲がっていたから自分のものだと認識できなかったのだ。動かそうとすると、これまた灼熱の痛みが神経を焼き尽くす。そのせいで碌に思考が働かない。何かを考えようとするたびに、うっとうしい羽虫のように断続的な痛みが、脳を埋め尽くすのだ。
現実世界でさえ経験したことの無いような激痛にレンは苛まされていた。
呼吸するたびに肺が、気管が、口内が、鼻腔が痛い。と、いうより全身が痛む。何も考えていない間は、ただ漠然と全身が痛む、としか形容できなかったのだが、どこかに意識を集中するたびにその箇所の痛みが、形を明確にして襲ってくる。
浅い呼吸をしながら、何とか上体を起こした。正直なところ、呼吸しているだけで肺が炎に焼かれるように熱い。息さえしたくない位だ。
ステータスを見てみると、HPが三割ほど減少している。安心するより先に、馬鹿馬鹿しくなってくる。これだけの痛みがたった三割だと?だったら十割のダメージとは一体どれほどのものなのか。
レンはこの世界でダメージを受けたことが無い。掠ったりとか、馬車で投げ飛ばされたりだとか、軽い痛みくらいは経験したことはある。けれど本格的にHPが減少するようなダメージは全て避けてきた。だからこそ、今レンを襲う苦痛は限界を越えたものだった。ロックゴーレムとの戦いの時、迅雷がわずかなダメージを、呼吸できないほどの激痛に感じたように、レンもまた想像を絶するリアルな痛みを味わっていたのだ。
「だ、大丈夫ですか……”ヒール”」
「ありがとう、ナナコ。他の人も頼む」
後ろのほうでナナコとアルマの声が聞こえる。なんとか地面に片腕を突いて、膝立ちになった。気息を整えている間に、迅雷の”ヒール”が飛んできた。羽虫のような痛みは消え去り、HPゲージはぐんぐん回復する。回復の光に包まれている間、痛みを訴える体組織の声は小さくなった。
「っくぅぁああ!!一体何が……。地震でも起こったのですか?」
一足先に冷静になった迅雷が原因の分析を始めている。しかし、レンはそんな悠長なことをしていられる場合ではないことを分かっていた。
「っ!がぁっ!!迅雷!敵だ!!」
細道の上でレンが察知していた無数の生命反応。それが今獲物を見つけ急速に接近しつつあった。肩で息をしながら、アルマたちの組み上げる陣形に参加した。痛みに耐性のないレンと迅雷が苦しそうにしているのは当然として、普段から前衛として攻撃を受け止めているアルマはいつも通りだった。何故かひ弱そうなナナコとゴンも平然としている。アルマはまだやせ我慢、といった風ではあるが、残る二人は痛みなどまったく感じていないといった風だ。疑問に思うが、アルケミストのパッシブスキルを思い出す。
パッシブスキル:錬金装甲
纏う魔力が一度だけ攻撃を防いでくれる。無効化できるダメージは錬金を使用した回数に比例する。
ダメージを受けると、回数がリセットされるためあくまで後衛の保険に過ぎないスキルだが、奇襲を防ぐのには十分効果的だ。勿論今回のような事故の類にも。
アルマを前衛にして、その後ろに全員が並び終わった頃、薄い霧の向こうからモンスターたちが姿を見せた。
「ハンギングスネーク、マダラスネークの上位種です。レベル40相当……」
全員の顔が青ざめる。それはそうだろう。いくら”レベルが飾り”だったとしてもこのモンスターの数は飾りでもなんでもないのだから。一体ならパーティーで連携すればたやすく倒せるようなモンスターでも、ここまで群れると厄介では済まない。
「なんでこんなに沢山……まるでモンスターハウスです!」
ナナコの悲鳴に似た叫びに同感だ。尋常でない密度で集まった蛇は、意図的に集められたものとしか思えない。少なくともダンジョン以外の普通のフィールドで、これほど多数に自然に遭遇する可能性は皆無だろう。あるとすれば、トレイン状態の何者かがMPKを仕掛けてきた時くらいだろうか。
うじゃうじゃと集まったハンギングスネークが飛び掛ろうとした時、突然アルマの後ろに居たゴンが走り出した。それもモンスターに向かってではない。反対方向、崖に向かって走り出したのだ。モンスターに背を向けて一散に走るエルフ。その速さはレンには及ばないながらも、アルマや迅雷、ナナコの移動速度程度は遥かに凌駕していた。
一同が呆気に取られる中、崖際にたどり着いたゴンは光に包まれる。彼の足元から出現した魔法陣が膨らんだ瞬間、彼の姿は消えていた。
「転移術式……。罠師だったのですか」
迅雷が呆然と呟くと、空から声が降ってくる。目線を上に動かすと、遥か上のほうの崖に人影が見える。転移したゴンだった。
「悪いね、あんたたち。俺の糧になってくれ」
虚飾を取り払った彼の言葉は、悪意に塗れていた。