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07王都

 ナナコの記憶欠損の話聞いたアルマと迅雷は驚いたが、意外にもそれほど動揺することは無かった。彼女の精神疲労は二人も十分知っていて、こんな事態もある程度想像していたらしい。

 一刻も早く王都に到着して、この閉ざされた世界からの脱出方法を見つけなくては、と決意を新たにするが、内心では誰もそんな楽観的な考えを信じてはいなかった。


 王都にログアウトポイントがある、というのは危機的状況が生んだご都合主義の妄想に過ぎないと分かっているし、それならばむしろゲーム開始時に指示された勝利条件、すなわち魔王(ラスボス)の討伐の方がまだ脱出手段として信じられる。というのが共通した見解だったのだ。

 それは王都まで行って解決策が何も見つからなかったときに、落胆しないようにと初めから最悪を想定しておく、という心の自己防衛機能が働いているのかもしれない。


「焚き火……。すごく目立つと思うんやけど、誰もこーへんね」


 ルールの街から此処に来るまで野営地でモンスターに襲われたことは無い。それは火を焚いていてもいなくても同じことだ。あえてアルマが口にしたのには、言外に「NPCのダークエルフに対して」という意味があるのか。


 パチパチと燻ぶるように燃え続ける枯れ木。乾いていて燃えやすいといっても、拾ったばかりの枯れ木はまだ水分を含んでいて、大きく燃え上がることは無い。その分長持ちするので、燃料の補給間隔が長くなって有難い、といえないことも無い。

 火の番と見張りを今しているのはアルマとレンの二人。残る二人は何とか眠ろうと寝袋に(くる)まっていた。いつ連中が襲ってくるか、眠れないと思っていたが、案外体は素直で、二人とも寝床に就くとあっという間に眠り込んでしまった。


「悪い。本来ならレンジャーのオレが居れば、アルマも休めたはずなのに」


 ダークエルフたちが、気配察知を逃れた方法は不明だが、警戒網を破られた時点でレンの哨戒活動は完全ではないことが判明している。レン一人が見張っていたからどう、といえる問題ではなくなったのだ。


「ええんよ。それより当たり前のように今まで一人で周囲の警戒やってくれてきたレン君にはほんと頭が上がらんわ。私たちもそれに甘えすぎてたように思う」


 アルマの自戒を含んだ声を、否定することは出来ない。レンはたんに適材適所で、効率を考えて自主的に哨戒を受け持ってきたわけだが、それだけでは不安だと、現に穴があったと、リーダーのアルマに言われ落ち込んでいた。


「……本当にすまなかった。オレのせいでみんなを危険な目に遭わせた。もっと注意していれば、アルマも怪我をしなかったはずだ」


「だからって責任感じることないんよ?うちは今回の失敗はパーティー全員で負うべき責任やと思てるし」


 わずかな焚き火の光に照らされて、アルマの横顔は複雑な陰影を描いている。その顔は怒っているようにも、悲しんでいるようにも、落ち込んでいるようにも見えた。


「……ありがとう。だけど、ここまで大きな怪我ひとつ無く来れたのは間違いなくアルマのお陰だ。戦闘では前線に出て皆を守って、精神的にも皆を支えて……」


 慰められていたはずが、いつの間にか慰めている。苦笑して言葉を打ち切った。まだ他人を心配できる位には余裕があったらしい。


「そんなことない、うちはそんな立派な人間ちゃう……」


 かすれるような小声でアルマはつぶやいた。街の喧騒の中では聞き取れないような小声だが、虫の声だけが響く夜の森では、面白いように聞き取れる。

 沈黙が焚き火を囲む二人の間に流れる。心地よい静寂ではない、気まずくて、もやもやする沈黙だ。しばらくうつむいていたアルマが、急に面を上げた。


「なーーんて。ごめん!なんか気の迷いがあったみたいやわ。黙っといてくれる?」


 それが嘘だというのは、人付き合いの不得手なレンにだって分かる。が彼女の悩みを聞く資格さえない人間が、そこを追求するのは間違いだろう。

 ただ頷きだけを返す。再び沈黙の帳が落ちるが、今度は先ほどとは色合いが違う。

 パチッ。炭のようになった木材は、中に空気の塊を含んでいたのか、その身を弾けさせた。野営するパーティーに近づく影は存在せず、ただ夜は更けていった。







 見張りを順繰りで交代し、夜を明かした一行は、日の出と同時に出発することにした。ダークエルフの支配する領域である闇森から、一刻も早く脱出したいという思いが行動になった結果だ。


 ダークエルフに言わせれば、このような禍々しい森を支配出来るはずが無い、と鼻で笑われそうだが、この場に事情を知るダークエルフは居ない。もし居たとして、ヴァイゼン部隊が目撃者を殺害してでも隠匿しようとした真実を話すはずが無かった。


 結果、闇森の支配者はダークエルフだという誤った風聞は否定されること無く、カーズドワールドに存在し続ける。


 ――真偽を確かめるほどの腕を持ったプレイヤーはまだ(・・)この世界には居ない。


 寝袋のような嵩張る荷物はアイテムストレージに収納できる。それによって本来旅で必要な重装備を重さも感じることなく持ち運ぶという裏技を使うことが出来ている。もっとも大抵のVRRPGでは極普通の機能である。サバイバルを重視するようなコンセプトを持った特定ジャンル以外のゲームではユーザーは煩雑なリアリティなど求めてはいないからだ。


 ただ、現実と見まがうようなリアリティを見せる、この世界でもその常識が通用するというのは、些か不思議な感じではあったが。

 とにかく、そのお陰ですぐに必要になる武器防具以外の荷物は、異次元に収納することが出来ている。これがリュックを背負った移動となれば、モンスターとの遭遇戦をこなす事は出来ないだろう。

 四人がまとめて寝泊りできるほどのテントも畳み込まれて、異次元に仕舞い込まれている。野営地を後にした一行は、いつものように隊列を組む。


 ダークエルフ襲撃の件で気配察知には若干の不安があったけれど、それに代わる手段というものは存在せず、常よりも警戒を強くする、ということでレンを先頭に、同じ陣形のままだ。違いといえば、残る三人も、油断無く周囲に時々目線を走らせているところか。

 だからだろうか。闇森の戦闘で強引なパワーレベリングをしたことに加えて、一瞬の隙も無い一行に襲い掛かる無謀な存在は居なかった。若干数のモンスターとの遭遇はあったが、文明を持つ人族よりもより獣に近い生態を持つ彼らは、パーティーの発する強者の気配に恐れをなして逃げることが多かった。闇森のモンスターの平均レベルは20ほど。最高でも25レベルのモンスターたちは、26レベルが三人、20レベルが一人の油断も隙も無い四人組を襲う気にはなれなかったのだ。

 さらに早朝という時間帯は、夜行性のモンスターと昼行性のそれらがちょうど入れ替わる時だ。夜の生物は今から眠り込もうと、昼の生物は今から活動を始めようと、そんな黎明に、危険を冒して大物を狙うモンスターはいない。


 さまざまな要因が重なった結果、闇森に侵入した直後の手荒い歓迎が嘘のように呆気なく闇森を抜けてしまう。


「おや、明るくなってきましたよ」


 木々がまばらになることで、上空の天然の天蓋も少しずつ薄くなってくる。太陽の日差しが徐々に強くなり、闇森というよりも普通の森のような明るさになってくる。

 迅雷が言ったことは、全員気づいていて、このダンジョンともいえる魔窟を、無事に踏破したことに喜びを感じていた。


「森を抜けたら王都までは一直線や。もしかしたら今日中に着けるかも知れんで」


 アルマの明るい声に励まされるように、一行は足を速めた。

 森を抜けたお陰で、草木の背も低くなってくる。精々膝までだろうか。もちろん街道は踏み固められていて雑草はほとんど生えていない。しかし街道脇までは手が回らず、青々とした草が繁茂している。

 レンが太陽の位置を確認すると、天頂からの角度は45度の位置。時刻は午前九時といったところか。道中のモンスターのレベルも高くて14、5程度であり、レンの気配察知を活用する一行にとっては障害にもならならなかった。その結果、正午前に遠方からその巨大な王都の姿を眺めることが出来た。


 小高い丘に登って景色を堪能する。まだまだ続く街道の先には石畳の整備された道が見える。左方には広大な畑とその先にある湖が、右方には山々が屹立している。山すそからは川が流れているのが見える。典型的な扇状地を形成していて、小さな家々があることから、そこに村があることが分かる。王都のお膝元としては随分みすぼらしいが、理由があるのだろうか。

 川の先には巨大な城壁を誇る都市がある。それこそがカーズドワールド最大の都市。王都アルカナム。全ての人が集い、情報が集まるという巨大都市。ベータ版では中堅レベルプレイヤーのホームとして隆盛を誇ったらしい。最大規模の冒険者ギルドに加えて、多くのイベントの会場にもなったため、それは必然とも言っていいだろう。

 初心者用のホームである名も無き村や、上級者御用達の隠れ里パームドゥアの十倍はあろうかという規模。まさしく王都の名に相応しかった。

 ゲームとはいえ、今見ている王都のディティールは素晴らしく、かずかずの高品質RPGをクリアしてきたレンも思わず感嘆のため息をついてしまうほどだった。

 ベータ組も、半分現実となってリアリティの向上した王都については思うところがあるようで、それぞれ何も言わずにその雄大な景色を眺めていた。

 ポケーっと景色に没頭するレンにアルマが独り言のように、声をかけた。


「いやぁーやっぱりいつ見ても大きいわ。ここだけ中世の文明レベル超越してるからなぁ」


「……魔法でも使っているのか?」


「そそ。構造力学上はおかしい建築でも、補強の魔法を使えばなんとでもなるからなぁ。元々配置されてた王都の建物はもちろん、プレイヤーがホームを思い思いにデザインしたせいで中世っぽい世界観ぶち壊しの建物とかぎょーさんあったんよ」


「なるほどな。しかしベータ版のホームとやらは残っていないのだろう?」


「どやろね。ルールの街のうちらのギルドホームは、きれいさっぱり跡形もなくなってたけどなー」


 普通に考えれば他ギルドやプレイヤー個人所有のホームが、王都に残っているはずなど無い。けれどもそれを否定できない、いや否定したくないのは”王都は特別”という思いつきが消え去るような恐怖が、あるからかもしれない。

 世界中のログアウトポイントが消失したとしても、王都は別だという一縷の希望がある限り、それを否定するような材料は認めたくないのだ。


「モンスターの影も無い。少し足を速めようか」


 レンが切り出すと、三人とも同意してくれる。一行は最低限の警戒はしつつも王都への道を急ぐのだった。







 王都に到着した一行を待ち受けていたのは、雑多な種族が思い思いに歩き回るにぎやかな雑踏。門の詰め所で身分証明のギルドカードを見せて入り込んだ城壁の内側には、ヒューマン以外にもあらゆる種族が混在していた。その賑わいはとてもゲームとは思えないほど。

 道歩く種族は多彩で、老若男女を問わない。エルフの冒険者が槍を背負って歩いていたかと思えば、ワーキャットの親子連れが露店で串焼きをほおばっていたりする。

 エルフ、ワーキャット、ドラゴニュート、マーマン、ダークエルフ……。外見が明らかに異なる種族でもこれだけ居る。おそらくダンピールやアークロードのようなヒューマンに酷似した種族も。

 カーズドワールドの選択可能なあらゆる種族が此処にはいた。


「すごい人ですね。この中にはプレイヤーさんも居るのでしょうか?」


 ナナコも人ごみの多さに目を丸くしている。


「それも大切ですがね。順序良く調べていきましょうか。ログアウトポイントをまずは確認していきましょう」


 迅雷の提案に従い、都市中心部に鎮座するといわれる大クリスタルへ足を向ける。人の流れがその方向に向いているため、何も考えずに歩いているだけで到着する。


 噴水のようにわきあがる水。滝行のようにその雨を浴びているのは透き通るような巨大な結晶。二階建ての高さほどもありそうなクリスタルは、その透明な断面から万華鏡のような美しい景色を現出させている。噴水の水のしずくが太陽光を屈折して見える小さな虹たち。それがクリスタルの綺麗な断面に移りこみ、かつ透過して重なり合い、天上の景色といった体をなしている。

 それは周囲にたむろする人々の俗世感もあり、浮世離れした景色だといってよかった。 そんな美しい光景に目を奪われていると、迅雷のいつもの冷静な声が耳に届いた。


 あぁ、やはりですか。ここにもログアウトポイントは存在しませんね。残念なことにこの世界にログアウトというものは存在しないようです」


 彼の語尾が少しだけ震えたのを感じ取る。いくら期待しないように自分に言い聞かせていたとしてもやはり落胆は大きいのか、それを隠しきれていない。迅雷に告げられてアルマはまだ平静を保っていたが、気弱なナナコは顔を青くしていた。


「……第二の目的を果たしましょう。情報収集です」


 人は多いがそのほとんどがNPCだと思うと、プレイヤーを探す作業は難儀しそうに思える。メール機能、個人チャット機能の類は悉く使用不能だ。待ち合わせひとつ苦労する世界で、名前も顔も知らないプレイヤーを見つけるというのは砂漠で砂金を探す行為に等しい。


 迅雷にも名案は浮かばなかったようで、腰を据えて捜索しなければ、ということになった。宿をとって、ひとまず休憩を取る。宿までの道のりで、王都のギルドホームの様子を見てみたが、ベータ時代のものは全て消えていたらしい。

 構成員一万人を誇る最大規模ギルド”Mars”のギルドホームである和風の城が消えていたことから判断したようだ。「王城に匹敵するものを作ろう!」の号令の下、土地の買占めが行われ、複数の土地を結合させて建設された超巨大建築。カーズドワールドのプログラマーの作品たる王城に比類できる城がかつてはあったという。

 「でかすぎるギルドなんてのははっきりした目的意識を共有しないと、動けなくなるような鈍重なのが普通やけど、あそこはホンマ無軌道ではちゃめちゃなところやったわ」とはアルマの言。自らも”赤毛同盟”を率いるギルドマスターだったアルマにはそれなりの付き合いがあったらしく、親しい友人のようにその思い出話をしていた。


 宿屋の食堂でそんな話に花を咲かせていると、入り口から男女の二人組が入ってくる。宿屋の客らしい二人組は堂々と二階に続く階段を目指して近づいてくる。黒髪黒目の男の方は背中に巨大な両手剣を背負っていて、歴戦の戦士のような服装の割りに顔は日本人的でおとなしそうな少年だ。少女のほうは、平均的な顔立ちで特徴はほとんど無かったが、背中の矢筒と得物の長弓だけはきらきらと光り、レアアイテムを思わせる武装だけが目立っているといえば、目立っていた。

 前を歩く黒髪の少年は一瞬ちらりとこちら見て、驚いたような声をあげた。


「あれ、もしかして赤毛の……!?」


「ん?誰や。もしかしてベータ組か?」


 彼の反応からして、望んでいた他プレイヤーとの接触という目的のひとつは果たされたようだ。ほっとしながら、成り行きを見守る。


「あ、はい。そうです。ベータ版で”トゥッティ”という小さいギルドに所属してました。ヤマメです。”赤毛同盟”の方ですよね。初めまして」


「いやー。なんや恥ずかしいな。ベータ時代は”赤毛同盟”ゆーギルドのギルマスやってたアルマです。こっちの三人のうち二人も同じギルドやねん」


「え!?三人も同じギルドから当たっちゃったんですか!」


「当たっちゃった……ねぇ」


 黙って話を聞いていた後ろの少女が声を出した。外見に似合わず大人っぽく艶っぽい声に驚いてしまう。


「まあ、当選したときは私たちもラッキー、としか思ってなかったんですけどね」


 迅雷が苦笑する。互いの様子から、お互いにこのゲームに閉じ込められたという正しい認識をしていることを了解する。


「それを言えば、僕もそうですよ」


 ハハハ、と乾いた笑みを漏らしたヤマメは、紹介がまだすんでいないことに気付いて、少女に振り向く。


「あ、彼女は」「初めまして。ベータ版では無所属でプレイしていました。メフィストフェレスです。当時は外見データかなり弄ってたから、今と見た目はまったく違いますけど」


 ヤマメをさえぎるように、自己紹介をした少女。いちいち動作が艶かしい理由の片鱗も教えてもらう。もしかしたら昔の外見ならそのしぐさが似合うような女性だったのかもしれない、と。

 何もいえなかったヤマメは驚いたように、メフィストフェレスを見ていたが、気を取り直したように話を続けた。


「えっと、俺の職業は戦士(ウォリアー)です。王都の東の大渓谷の方から来たんですけど」


「その途中で、私と出会ったの。やっぱり一人じゃ心細いでしょ?死んだらどうなるかも分からないしね、相談してパーティー組んで王都までやってきたのよ」


「なるほど。私たちも偶然出会いましてパーティーを組んでいます。申し遅れましたが魔法使い(ウィザード)をやらせてもらっています、疾風迅雷の貴公子です」


 迅雷が話し始めたときは、微笑さえ浮かべながら相槌を打っていたメフィストフェレスの表情が凍る。隣のヤマメは、恥ずかしそうな済まなそうな、微妙な表情だ。レンもその気持ちは良く分かったので、助け舟を出す。


「ああ、迅雷と途中で知り合ったレンだ。ベータ版はやったことが無いから色々助けてもらっている」


「な、なるほど。レンさんに迅雷さん。それからアルマさんですね。……そちらの女性のお名前を伺っても……?」


「ナナコです。ベータ時代に”赤毛同盟”のギルメンでした」


「ナナコさんですね。やはり皆さん王都にはログアウトの方法を探しに?」


「ええ。まだ着いたばかりですがね。よろしければ何か分かったことを教えていただけませんか?」


 ヤマメはちらりとレンとアルマ、ナナコ三人の様子を伺う。このパーティーの窓口は本当にこいつなのかと疑うような視線だった。しかし三人ともまったく動じることが無かったため、きょろきょろと動いた目線は再び、目の前のニコニコと笑いかけるエルフに戻っていった。


「俺たちもわかったことはほとんど無いです。どの街にもログアウトポイントは無いし、グラの描写能力は現実と同じくらい精密。100人しか居ないプレイヤーに出会ったのもあなたたちが初めてですよ」


 そう言ってさびしそうに笑うヤマメの笑顔には影があった。この世界から脱出不能なことを強く感じたからだろうか。その陰気な空気がこちらまで伝わってくるかのようだ。


「おそらく王都まで着いたプレイヤーは他にも居るでしょう。まだ出会っていませんけどね。後は王都を目指すたびの途中のプレイヤー。そして……」


「もう既に死んでしまった方たちね」


 言い辛そうなヤマメの後を引き取ったのは、メフィストフェレスだった。ことさら無感情に話すのは、同情のような気持ちをわざと麻痺させているからだろうか。一歩間違えれば死を迎えるこの世界。死ねば現実に戻れるなんて保障はどこにも無いから、死はプレイヤーにとって純粋に恐怖だ。それに正面から向き合うのを避けてきたレンたちを弾劾するかのように彼女の中庸とした声は響いた。






 情報交換をした結果、二日前から王都を歩き回っているヤマメとメフィストフェレスだが、一向にプレイヤーが見つからなかったらしい。アルマたちと出会えたのも半分偶然のようなもので、幸運の類だ。彼らと同じように当て所なく彷徨ってもたいした成果は得られないだろう、と迅雷が結論する。

 やることが無くなってしまい、張り詰めていた気が抜けると人は唐突に弱くなる。それを危惧した迅雷が、リーダーのアルマに提案をした。


「王都の冒険者ギルドのクエストをクリアしていくのはどうでしょう。ベータの経験でローリスクハイリターンな依頼は分かってますし、レベル上げのためにも悪くないのでは、と」


 アルマもナナコも乗り気だった。と、いうのもヤマメとメフィストフェレスのレベルがひとつの到達点と呼ばれる30レベルに達していたからだ。これは脱初心者の壁と呼ばれ、ここから急激に必要経験値が増加するのだ。同時に、30以下のモンスターから得られる経験値が激減する。同様の壁は60レベルと90レベルにも存在するらしい。もっとも、ベータ版で90に達したプレイヤーは確認されていないらしいが、30づつという法則が予想されたのだ。

 彼らはこの30レベルに既に到達していた。この時点では行くべきでないレベルの高い闇森で、一気にレベルを上げたアルマたちよりも高いレベルという時点で、その凄さが分かる。

 同じベータ組の奮戦に触発され、競争心をあおられた二人はかなりやる気になっていた。特にレベルの低めのナナコが熱心だった。


「せんちゃん、ただ待っているのも無駄です。せっかくパーティーを組んでいるんですから今のうちに差を広げましょう」


 このパーティーが他のプレイヤーと比べて優れている点は、やはりこの人数がある。たった100人しか居ないプレイヤーの中から、気の合う仲間を見つけて背中を預けることはかなり難しい。四人で信頼できるパーティーを組めたのは望外な幸運だといえる。

 レンと迅雷の間に交わされた期間限定の相互協力関係。それに従えば、王都に着いた時点でアルマたちと別れる選択肢もあった。レンはそもそもソロで攻略しようと考えていたのだから。

 けれどこの居心地のいい優秀なパーティーと分かれることは客観的に見ても損だ。そしてなにより、まだ彼らと冒険を続けたい。それは命の危機に晒されながらも助け合ってきたつり橋効果なのかもしれないけれど、


「迅雷、良ければもう少しパーティーを続けないか?今別れるのは少しつまらない」


「ええ、もちろん歓迎しますよ。アルマさん、大丈夫ですよね」


「愚問やね。迅雷の言うとおり、四人でクエストやってこか」


 宿泊している宿を出て、冒険者ギルドに向かう。

 ヤマメたちとは、毎晩情報交換をする約束をした。彼らは、レベルも打ち止めになってきたこともあり、王都で他プレイヤーの情報収集に力を入れるそうだ。パーティーに入ってくれれば心強かったのだが、レベルが上がらないのでは向こうに利益が少ないのだ。それに四人でうまくやってきたこともあり、新しいメンバーが二人も増えるのにはほんの少し抵抗がある。無論必要に迫られれば、やぶさかではないのだが、実力的に旨い(・・)クエストを厳選してクリアする予定の為、無理に戦力増強は必要ない、という結論に至ったのだ。


 王都の冒険者ギルドは、最初の村よりも、ルールのギルドよりも、はるかに巨大だった。四階建てで、箱型の外見は、大型ホームセンターのようだった。雰囲気はまったく異なるのだが。

 多くのNPC冒険者が出入りする中、レンたち四人は少しだけ萎縮しながら室内に入る。ホールはかなり広い。空港の搭乗口がイメージとしては近い。所々にソファやテーブルが置かれただだっ広い空間。壁際には無数の受付が配置されている。数が多いため、順番待ちの列のようなものこそ無いが、あまりの人の多さに眩暈が起こりそうだ。やはりゲームといえども首都は首都。規模は規格外なのか。

 ベータ組は当然王都のギルドに何度も足を運んでいたため、レンは彼らの後ろにくっついて移動することにする。依頼ボードの数自体も多い。難易度別になっているようで、アルマが向かったのは推奨レベル15~30のボードだった。


「王都の最初のクエといえば、『リンファの贈り物』やけどあれ報酬しょぼいしなぁ。『サハギンの養殖』か『ダインと業火鳥』が旨いんかな」


「私たちにはナナコさんが居ますし、ダインはあまり美味しく有りませんね。サハギン行きますか」


「ま、そやね。錬金あるし、鍛冶屋関連は危急性ないんかな」


「ではそういうことで」


 コルクボードの依頼書を迅雷が引っぺがす。受付までにもって行く途中に、内容を知らないレンに補足を入れる。


「『サハギンの養殖』は十体のサハギンを討伐するだけの簡単なクエストです。王都西のレンテ湖が戦場です。報酬のサハギンの鱗鎧(スケイルメイル)が現時点ではなかなか強いんですよ」


「マーマンの水棲活性の見せ所ですっ」


 ナナコも水場での戦いが想定されるため、張り切っている。ナナコの言葉に、レンは記憶に引っかかるものを感じて立ち止まる。突然歩みを止めたレンを怪訝そうに見る迅雷。

「レンさん?どうかしましたか」


「……そういえば、大事なことを忘れていた。スキルについての思い付きだ。みんなは普段スキルを使うときに何を意識している?」


「意識……ですか?それはスキルの名前を思い浮かべて、使おうと念じていますけど」


「うちは前衛やし、ほとんど直感かな。使おうと考えた瞬間にはもう発動してないと間に合わんし」


 人差し指を頬に当て、思案するようにアルマが会話に入ってくる。自然と四人での話し合いのような形になった。


「そういえば、闇森でレンさんが教えてくれましたよね。そこら辺の記憶があいまいなんで、半分忘れていましたけど……」


「そうだ。この思いつきはナナコにしか言ってなかったな。水棲活性の力で水場を探知できることを知っていたか?」


「水場ですか?いえ、そんな能力はベータ版ではありませんでしたね」


「隠し能力とも言うべきなのかもしれないが、データに現れない部分ではスキルは使用者のイメージにそのチカラの形を頼っているようなんだ。現に最初は位置探知しかできなかった気配察知が相対速度を計算に入れることで、相手の敵意の有無まで分かるようになった」


「けれどそれは、単に慣れてきて無意識のうちに脳が計算してしまった結果なのでは?隠し能力というには些か……」


「だったらアクティブスキルだ。魔法の発動だって、座標決定なんて意識しなくてもなんとなく使えるだろ?」


「ふむ、確かにこの世界にターゲットロックは無いですね。私もなんとなく魔法を出そうと方向と場所を決めているだけの気がします」


「私も同じくです」


「そうだろ。そこら辺の原理が分かれば、スキルの改良だって出来ると思うんだが……」

「それは少々飛躍しすぎな気もしますが……。けれど、そうですね。やってみて損は無いですね」


「ふーん。なんとなく分かったような分からんような……。そんなん考えて使ってないしなー。ま、このクエストで試してみよか」


 アルマの同意が得られたことで、スキルを意識的に使用することがパーティーの目標になる。短期間で成果が出るようなものではないと、レンは考えている。しかし、ずっとやり続ければ結果が出る類でもない。ようは気付きの問題なのだ。一回出来れば後は息をするように自然に使うことが出来るはずだ。

 レンは自分の体験を出来るだけ詳細に話しながらも、三人がこの能力を開花できることを祈っていた。







 クエスト自体は大成功だった。難度の高めな闇森を抜けた経験と阿吽の呼吸で連携できるパーティーにとって、サハギン十体というノルマは低すぎるハードルだったのだ。

 レンの気配察知にかかったはぐれサハギンに遠距離から魔法で狙い撃ち。こちらに気付いたサハギンが接近するまで、迅雷とナナコがサハギンを魔法で釣瓶打ちにする。運良く生き延びたサハギンもレンとアルマの連携で敢無く消滅してしまう。

 結果としてノーダメージでクエストをクリアできたのは、彼らの実力が既にレベル以上になっていることの証明に他ならなかった。


「いや、まさかノーダメとか予想外やわー。うちらかなり強くなっとんちゃう?」


「ベータを思い出すくらい暴れられましたね~」


 アルマとナナコは女性同士楽しそうにおしゃべりをしている。サハギンの鱗鎧を手に入れた当初は、がっかりデザインのため微妙に落ち込んでいたが、「街中でわざわざ鎧を使うことは無い」とレンがアドバイスすると水を得た魚のように喜んでいた。

 レンと迅雷は面倒なので鱗鎧を着たままだが。

 前を歩くはしゃいだ二人で目の保養をしながら、男衆もサハギンとの戦闘との戦闘を振り返っていた。もっともこちらは浮ついた空気は無く、真面目くさっていたが。


「スキルを意識して使うといっても、具体的なイメージがないと、なんとも」


「あー。言葉で伝えられたらいいんだけどな。なんというか、自分の行動のどこからどこまでが意識的で無意識的かを意識する?自分でも混乱してくるな……」


「職によって違いもあるでしょうし、なかなか難しいですね」


「難しくは無いんだ。気付けばそれはもう簡単というか楽勝で出来るんだが」


「なんだか自転車の運転のような話になってきましたね」


「うん、イメージとしては近いな。こっちからすると何で出来ないんだー!って思うくらいなんだ」


「ほう。ですがどうやら気長にやっていくしか解決手段はないみたいですね」


 迅雷も諦めたわけではないだろうが、完成形がまったく見えてこないこともあり、迅雷のモチベーションは低下している。レンもできるだけ感覚を伝えようとするが、体系化されていない技術を人に伝えるのは思ったよりも難しく、難航していた。

 スキルの解析については迅雷だけでなく、アルマとナナコも挑戦していたが、うまくいかなかった。レンも使うことは出来るが、人に教えるとなると簡単にはいかない。仕方なく迅雷の言うとおり、しばらく様子を見ることになった。


 まじめな話をしている間に、市についたようだ。前方の二人は商品の並ぶ露店を楽しそうに見て回っている。ベータ時代は蚤の市として、プレイヤーNPC問わず商店主となって、販売することができたそうだ。さすがにプレイヤー数が100人しか居ないので、今はNPCが店主の店ばかりだろうが。


 『サハギンの養殖』の報酬が余ったので、買い物に来た一行。それは想定していた回復薬類の消耗が無かった分、買い替え分が浮いたことに起因する。装備の買い替えには不足し、放っておくにはもったいない程度の小金が自由になる。レンは「その分貯蓄すべきでは?」と思うのだが、女性陣に押されて買い物に行くことになったのだ。


「まぁまぁ、どちらにしろ食事は摂らなければならないわけですし」


 不満が顔に出ていたようで、迅雷に宥められてしまった。買い物の目的は食べ歩き。普通のVRMMORPGゲームだったベータ版ではお遊び要素でしかなかった食事もこの世界では重要な補給になっている。アバターの体は食べる量が少ないから、空腹で動けないというほどではないのだが、やはり無補給で、戦闘のような大量にカロリーを消費する行動をすれば腹は減る。

 ちょうどアルマとナナコが肉まんを買おうとしているのを見て、ほどほどに空腹だと自覚したレンは四人分購入してもらおうと声をかける。


「おーい。アルマ、こっちの分も頼む……ってもう買ってくれてるのか。ありがとうな」

 レンが言うまでも無く、二人は肉まんを四つ購入していた。まあこういうときに全員の分を買うのは普通なのかもしれない、と友達づきあいの無いレンは想像しながら、笑顔で感謝の意を伝える。しかしなぜかアルマとナナコはレンを見て狼狽して顔を見合わせたりしている。


「え、えーと……そやねん!みんなの分買うといたで!!」


「は、はい。レンさんとせんちゃんの分もありますよ~!」


「いやあ、匂いも旨そうだ」


「ふふ、そうですね有り難く頂きましょう」


 迅雷は笑いがこらえられないといった風に、肉まんを受け取っている。レンも一つ肉まんを貰って勢いよく齧り付いた。


「ん!甘い!なんだあんまんだったのか」


 ほかほかの皮の中には黒い餡子が詰まっている。どうやら肉まんではなくあんまんだったらしい。隣の迅雷を見るとそっちの中身は肉だ。


「あ、苦手やった?交換しよか?」


 アルマが自分の肉まんを差し出しているところを見ると、そちらの中身は肉まんなのか。特に甘味が嫌いな訳ではないため、


「いや、オレ甘いもの好きだよ。コーヒーに合うし」


 と、その言葉を裏付けるように残りのあんまんを丸ごとほお張る。


「そ、そお」


 心なしかアルマが残念そうにしている。「アルマちゃん、食べ比べしましょう!」とナナコが話しかけているのを見て、遅まきながらアルマの意図を知る。謝るのも違う気がして、気まずさに黙り込むと、堪え切れなくなった迅雷が笑い出してしまった。


「アハハハ、くくく。いや、失礼」


 本当に失礼だと思うのだが、空気を変えてくれたことには感謝するべきだろうか。肉まんを食べ終えて手持ち無沙汰な手で、迅雷を小突く。「あ、いて」と似合わないリアクションをとる迅雷を見て笑いは伝染する。それは久しぶりに見たデスゲームではない普通のVRMMORPGの光景だった。

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