05赤毛連盟
名前:レン
職業:レンジャー
位階:9
名前:疾風迅雷の貴公子
職業:ウィザード
位階:9
ロックゴーレムを破壊し、アルマを救い出したレンたちは誰一人欠けることなく、無事に坑道から脱出していた。
全員でパーティー設定をしたかったのだが、クエスト実行中のアルマとナナコはそのクエストを終えるか棄却するまでは、新規にパーティーを組むことが出来ない。仕方なく一旦ルールの街の冒険者ギルドまで戻り、依頼を完遂させた。
アルマとナナコはちゃっかり鉱石の採取は終えていたらしく、クエストクリアの報酬も受領していた。
アルマの配慮により少ない報酬は四人で山分けの運びとなった。戦闘で消費した回復薬のことを考えると赤字だが、破壊したゴーレムの素材はレベル15相当で、現時点では貴重なものであり、こちらも当然全員に等分されているため、総合的な収支で見れば若干以上のプラスになる。
これからのこと、事情の説明。もろもろのことを話し合うために、ギルドに併設されている喫茶ルームの一室を借りる。改めて顔合わせしたレンたちはまずは、と自己紹介からはじめていた。
「えーと、今回は助けていただき有難う御座いました。ナイトのアルマです。ベータ版では”赤毛連盟”ギルドのギルマスやってました。せんちゃんと、ナナコはそこのギルメンでした」
向かい合わせの席に座った赤毛の女性は、注がれたグラスに手を付けずに真っ先にレンに向かって頭を下げた。統率者としてのアルマに凛々しい印象を持っていたのだが、ぴょこん、とでも形容するような勢いで頭を下げられると、子供のような低身長もあいまって、微笑ましさが先にたつ。
「慣れていないなら、普通に話してくれて構わない。オレもそちらのほうが気が楽だ」
「そか?ほいじゃあお言葉に甘えさせてもらおか。まあ難儀なことになっとるけど命の恩人ということでよろしゅう」
一転して砕けた様子のアルマの朗らかな笑顔は人好きのするもので、そのギルドとは彼女に惹かれたものが集まってできたファンクラブのような集団なのだろうと想像する。
「せんちゃんとパーティー組んどったんよね?」
「せんちゃんというのが、このエルフのことならその通りだ」
レンの言葉に苦笑したエルフの青年がぽりぽりと頬を掻いた。
「ベータ時代のあだ名ですよ」
「なるほど、どんな由来か聞いてもいいか?」
明るく振舞っていたアルマが言葉に一瞬詰まったように見えた。しかし何かを無理やり飲み込んだかのように喉を鳴らせて、すぐに話を再開する。
「ベータ版時代の名前からかな。その……長くて呼びにくかったから。戦場に舞い堕ちた徒花……」
口に出したことを後悔するように赤くなってうつむくアルマ。いわれた当の本人は飄々としている。どうやら姓名偽装魔法などではなく、疾風迅雷の貴公子が正式名称で確定のようだ。
「いや、あのね!せんちゃんも名前以外では凄く優秀な子なんよ!うちのギルドの参謀というか雑事もやってくれて」
レンの微妙な表情を読み取って、あわててフォローを入れる仲間思いのギルマス。
「本人を目の前にしてそこまで言いますかねぇ」
あきれた風に大げさなジェスチャーをしてみせるエルフだが、目は笑っていた。
「ま、何でも屋に近いことをしていたことは否定しませんが」
「で、えーとまあ、せんちゃんの由来はそんな感じ!それでこの子はナナコ」
アルマは一刻も早くこの話題を変えたい!といった感じで、隣席でちびちびとオレンジジュースを飲んでいたマーマンの女性を紹介する。身長は小柄なアルマより一回り大きいのだが、その大人びた風貌と小動物のようなおどおどした挙動はちぐはぐでどこか微笑ましいものがある。
「ナ、ナナコです。ベータでもアルケミストやってました。アルマちゃんには最初期から面倒見てもらっています」
「新規組で始めたレンだ。おかげで事前知識が無くてな、不人気職だという中衛のレンジャーをやらせてもらっている」
「いやいや、パッシブの気配察知凄いやん!それを初心者なのに使いこなしてるレン君はもちろんやしね。これはレンジャーの価値見直さなあかんねぇ」
本当に感心した様にアルマが言う。痛覚が現実準拠のこの世界で、攻撃が集中する前衛を張るアルマをひそかに尊敬しているレンとしては、彼女の賞賛はかなり面映い。
場の雰囲気が和やかになったところで、「本題に入る」と前置きしたアルマが打って変わって真剣な様子で切り出した。
「それでレン君。謝礼の話なんやけどな。レン君は命の恩人や。相応のもんを対価にしたい思うてるねんけど……」
来た、と内心で呟く。報酬を期待してロックゴーレムと戦いアルマを助けたわけではないと建前論を言うこともできたが、そうするべきではないのは分かっていた。何もいらないといっても彼女は納得しないだろうし、ナナコやエルフ――せんちゃんへのメンツの問題もあるのだろう。
だから妥協案としてこう提案した。
「命の恩人ということであれば、対価は同等のものを要求する。オレがピンチのとき一回だけただで助けてくれる権利……っていうのはどうだ?」
「妥当なとこやね」
くそ真面目な顔をしてアルマが首肯を返す。なんといっても彼らには先立つものがない。ゲームの世界に閉じ込められて二日目。もう二日ともいえるし、まだ二日ともいえる。現時点で命の対価になるような金品を所持しているプレイヤーは皆無だろう。だからこその曖昧な約束。
アルマの斜め向かいの席で微笑して成り行きを見守るエルフの青年にはすべて見抜かれている気がしないでもない。今回の取引は主にアルマの隣で緊張に固まっているナナコへのポーズだろう。
取引という形で話を収めることで、あくまでもレンとギルマスのアルマは対等という形になる。
「せんちゃんから聞いてんけど、王都に着くまでの期間限定契約結んでるんやろ?人数多いほうが何かと心強いし、良かったらこの四人パーティーで王都までご一緒せえへん?」
単独行動では最強を誇る中衛職だが、結局紙耐久の欠点は残る。ゲームでの死亡がどう転ぶか分からないこの世界で、アルマのような頼れる前衛のいるパーティーに加わることはこちらにも十分利益がある。と、自分を納得させて彼女の申し出に了承する。
……本音は、アルマへの敬意が好意に変わっていくのを自覚して、もう少し彼女のいる世界に近づいてみたいと思えていたからだ。それは孤高という名の孤独、排斥からの脱却でもある。
「良かった!ロックゴーレム戦でも凄い活躍してたし、頼りにさせてもらうからね」
童子のように全身で喜びをあらわにしたアルマの赤いポニーテールがふわりと揺れ、芳しい香りが鼻をくすぐった
名前:ナナコ
職業:アルケミスト
位階:7
名前:アルマ
職業:ナイト
位階:8
四人でパーティーを組めば、自動的にギルドカードが開示される。前衛職ナイトと後衛職アルケミストを仲間に加えた一行の最初の目標は、当然王都を目指すこと。
なにかと小回りの利くエルフが、ルールで情報集めに奔走した結果、王都に向かうには馬車で一週間かかるということが判明した。元々ギルドの本拠地として利用していた街ということもあり、その行動は迅速だった。
「ベータ時代なら転送石でも、騎乗スキルでも使って数分で移動できたのになあ。世知辛いわ」
パーティーのリーダー兼ムードメイカーのアルマはわざとらしく愚痴った。彼女が敢えて茶化して不満を噴出させるのは、この異常な世界に適応しきれていないナナコへのさりげないフォローだ、とレンが気づいたのは出発してから三日目。なんとか慣れてきた野宿を終えた朝、ナナコが体調を崩して熱を出したときだった。
環境の大きな変化に精神のほうがやられたらしい。異世界の恐ろしい未知の感染症などではなかった事には安堵するが、自力では歩けないほど衰弱しているナナコは辛そうに顔を赤くしている。
風邪のような身体的な状態異常を治す魔法も存在するらしいが、治癒術師専用魔法だ。このパーティーには専門家がいないため、ルールで買いだめしていた回復薬を薄めて与えることくらいしか、レンたちに出来ることはなかった。
「こんなことになるなら、無理やりにでも隊商に付いて行くべきでしたね。すいません。私の判断ミスです」
王都とルールの街の間は基本的は整備された街道が続き、道中の安全は確保されているのだが、今は一箇所だけ危険な箇所がある。ダークエルフが支配するといわれる闇森だ。 一年をかけて遊牧民のように森ごと移動する闇森は、現在王都―ルール間の街道にその広大な版図を一部重ならせていた。
ベータ版の経験から、四人パーティーで闇森を突破するには平均レベル20程度が必要だという。ボスを安全に倒すつもりなら30は欲しい。と、エルフの助言を聞いたレンたちは道中でレベルを上げつつ、ルールから徒歩で王都を目指すことにしたのだ。
「無理やりついていって隊商ごと全滅させられて、やられました……じゃすまないだろ。着実に進むことはみんなが納得したはずだ」
冒険者ギルドに掲示されていたルールから王都に向かう隊商の護衛クエストは推奨レベルが22とされていた。このレベルではもしかすれば依頼を受けることさえできなかったかもしれない。
だから、エルフの判断が間違っていたとは思えない。清流からバケツで水汲みをしているエルフを慰める。
今は街道脇の野営地でアルマが寝込んでいるナナコの世話をしている。その間レンとエルフは、食料や水、薪集めを任されている。他に女性が居ないのだからこの役割分担は仕方ない。
「それにしても、です。まだ幼いナナコさんの心労は推察できたはずです。もう少しやりようがあったのでは、と……」
落ち込んでいるせんちゃんこと疾風迅雷の貴公子。普段隙のない手腕を見せるだけに、完璧主義者のような一面があるのかもしれない。
「気にするな、っていっても気にするんだろうな、お前は。お前が今過労で倒れたらうちのパーティーは全滅するぞ?そんだけ隅々に届く目を持ってんなら自分もその中に含めとけ、迅雷」
せんちゃんと呼ぶのも気恥ずかしく、人が増えてきたので「お前」と呼び続けるのも不便だということで、彼のことは迅雷と呼ぶことにした。正式名称は長くて呼びづらいので当然略称だ。文句は言わせない。
「……ありがとうございます。レンさん」
野営地に水を汲んで戻る。これは洗顔や体を拭くための水だ。飲料水として使ってもよさそうな透明度だが、念のため飲み水と料理に使う水だけは迅雷の魔法”ウォーター”でどこからともなく生み出された水を使うことにしている。
もっとも、ミネラルを含まない限りなく純水に近い水は、試飲してみるとあまり美味しいものではなく、好んで飲みたいとは思わなかったが。
四人が悠々入れる大きさのテントの中には、うんうん唸っているナナコとその面倒を見るアルマが居た。汲んできた冷たい水を渡すと、アルマがそれを使って頭を冷やしていたお絞りを入れ替える。
それで少しは楽になったのか、ナナコの苦しげな呼吸がだんだん落ち着いたものに変わっていき、やがてスースーと寝息をたてはじめた。
看病を中断したアルマを引き連れてテントから出る。
「ここでいつまでも足止めを食らっているわけには行かない」
レンは泥を被るつもりでそう切り出した。ナナコに思い入れが一番少ないのは半分部外者であるレンだ。王都に向かうという契約である以上、その履行が困難になった今、建前上は彼らを置き去りにして一人で王都に向かうことさえ可能だ。
もっともレンの本音は、単独での闇森突破に危険が伴うことと、病人を抱えるパーティーを見捨てることへの忌避感から、ナナコの回復を待つつもりだったが。
「確かにそうですね。一刻も早く王都へ行きたい。もしかすれば王都に行けばログアウトポイントがあるかもしれません。それを使えばナナコさんの熱も何とかなるわけですし」
現実世界に戻れるならば、この過酷なサバイバル生活で看病するという困難に立ち向かう必要はない。とはいえ提案した迅雷は王都に行けば助かる、という楽観的な考えを本気で信じている風ではないが。
「あくまで選択肢の一つとしてですが、強行軍も有りだと思います。よしんばログアウトポイントが無かったとしても、王都に行けば他のプレイヤーも見つかるはずです。彼らの中にヒーラーが居る可能性は高い」
迅雷は案を可能な限りだしていくことが参謀の責務と考えているようで、次々に情報を整理していく。おそらく、レンと一緒に焚き火に使う枯れ枝を集めながら考えていたのだろう。その口調は予め決まったことを読み上げるように淀みなかった。
「現時点で選択肢は3つあると思います。ひとつは今言った強行軍。王都に着けば無茶でナナコさんの体調が仮に悪化しても治せるはずです。懸念は一人で移動できないナナコさんをかばったまま闇森を突破できるか、というところでしょうか」
「二つ目は、一旦ルールの街に戻ること。あそこでヒーラーが見つかる可能性は低いですが、ベッドで十分に休息して、NPCの医者に見せれば回復は早いと思います。問題は王都到着がさらに遅れることと、治せる保証も無く病人に負担のかかる行軍を強制する点です」
「最後はその折衷案とでも言えるでしょうか。ここで移動せずにナナコさんの回復を待ちます。その間に闇森に挑戦したときにすぐに突破できるように、ここらのモンスターを狩ってナナコさん以外のレベリングと看病を同時進行します。懸念は病状の回復を患者の自己回復力に頼ることです」
それぞれメリットデメリットがある。レンも王都への道は急ぎたいが、さすがに最初の案は無理があるように感じた。そもそも万全の状態でもレベルが足りずに厳しい闇森を、足手まといを抱えたまま突破できるとは思えない。
リーダーのアルマも同感のようだ。
「強行軍はさすがにリスキーや。ナナコだけやなく、うちらも危険に晒される。せんちゃんはともかく、レン君にそこまで迷惑かけられへん」
今この状況こそ迷惑だということも分かっているのか、苦渋の表情でレンを見るアルマ。いつも笑顔を絶やさない口元は、今は固く引き結ばれている。
「と、なると戻るか残るか、やけどやっぱり目的地から遠ざかるのは心情的にきつい。三番目の案にしよ」
レンの判断ともほぼ一緒だ。頷き同意を示す。迅雷もそれが本命だったらしく、リーダーの決定に従う。
「それならば、護衛一人狩り二人でローテーションを組みましょうか。幸い今晩使う分の枯れ木はすでに集まりましたし」
方針が定まれば、迅雷の動きも速い。実務的なところをすぐさま煮詰め、完成させる。最初の護衛は迅雷で、レンとアルマが狩りにでる。三人の中で一番レベルの低いアルマのレベル上げを優先させた結果だ。
回復魔法を使える迅雷が狩に出たほうが安全だったが、ナナコと折り合いの悪いレンを一人残すことの不安と天秤にかけたのか。
一応周辺のモンスターをとはすでに何度か交戦済みでアルマとレンのタッグでも十分に安全なレベル上げが出来る手ごたえはつかんでいる。
「信頼していますよ。レンさん」
「任された。アルマの後ろはオレが守るよ」
「あはは。んじゃ、敵の攻撃はがっちりと受け止めたるわ」
野営地に残る迅雷に別れを告げて森の中へと分け入る。こういうときに気配察知は役に立つ。相手の奇襲を封じることで、必要以上に気を張り詰めずに進めるため、疲労がたまりにくいのだ。
内面はともかく、表面上はピクニックのようにのんびりしながら進む。これには周辺地理を探る目的もある。森で迷子になっては間抜けにも程があるので、前を歩くレンが目印を木に刻みながらの行軍だ。
まだ街道に近すぎるためか、なかなかレーダーに反応が無い。アルマにナナコのことを聞いてみた。
「そやねぇ。手のかかるお姉さん、って印象だったかな。ベータ時代は」
ナナコは現実世界ではまだ中学生だったらしい。アバターの外見年齢とはかなり差がある。
「うちもアバター設定で身長低めにしすぎてな。なんか妹が欲しかったらしくて良く撫でられたわ」
懐かしそうに語るアルマ。彼女とナナコが並べば一見ナナコが姉のようにも見えるが、実際の精神的な部分ではナナコのほうが依存していたらしい。
「あ、”赤毛同盟”って名前付けたんもナナコやな。『アルマちゃんと一緒の髪色~』とか言って甘えられたもんや」
大人ぶりたい年頃のナナコはギルドメンバーから微笑ましく見守られていたのだと、楽しそうに語るアルマだが、アルマ自身もマスコットになっていたであろうと事は想像に難くない。
次々にナナコの思い出話を語るアルマだが、団欒を破るようにレンのレーダーには生命反応がひっかかる。ようやくと言ってもいいかも知れない。
「それからな――」
「待て、反応一。左前方から来る。こちらには気がついていない」
アルマも即座に会話を中断して臨戦態勢になり、頬を引き締める。アルマの前に出ていたレンは彼女の三歩後ろまで後退し、陣形を整える。右手の短剣は、アルケミストのナナコに街で練成してもらったロックブレードである。刀身が岩で出来ていて脆く破損しやすい代わりに、攻撃力は以前使っていたなまくらの五倍はあるピーキーな性能の武器だった。もちろん左手には投石の準備も忘れない。
「ここらのモンスターは動物系がほとんどや。闇森から距離はあるし、影響を受けたモンスターも少ないはず」
彼女の予想通り現れたモンスターは、後脚の筋肉が発達した灰色のウサギだった。
「シュトルムラビット、動きは速いけどペラペラの紙耐久や。中衛扱い」
「分かった。一撃目は様子見する」
速度に勝る相手の一番の隙は攻撃の瞬間だ。遠距離攻撃を有する相手ならともかく、せいぜい体当たりしか出来ないモンスター相手ならば、攻撃の瞬間かならず隙が生まれる。普段ならその高い敏捷を生かして、縦横無尽に動き回ることができるはずだが、攻撃のためには対象に接近する必要がある。自分の座標を細かく変化させて狙いを付けさせないことで得ている大きな有利を手放さなければ、攻撃はできない。
それはシュトルムラビットと同じ中衛職であるレンにも言える欠点だった。投石を併用することで欠点を補ってはいるものの、高レベル帯で通用するとは思えない。
推奨武器の投石器に武装変更するか、真剣に検討するべきかもしれない。
そんな風に思考の糸を伸ばしている間に、アルマの構える大盾に向かってシュトルムラビットが突進していた。その動きは確かに速い。が、
「”シールドバッシュ”!」
スキルの力と右肩に乗せた全体重で突き出された盾。攻防一体のアクティブスキルはシュトルムラビットの突進の力をも利用し、灰色の兎獣に絶大なダメージを与えていた。
「ギュェェェ!!」
かわいらしい外見に似合わない絶叫を上げるシュトルムラビット。スタン状態になって目を回している。そこに狙い澄ませたレンの投石が炸裂した。
パタリ、と力尽きたシュトルムラビットは粒子となって消えていく。
「ふぅ。アイテムボックスに増えた兎肉って食べれるんかな?」
「アルマが知らなければ、オレもわからんが……。食用タグが付いているし大丈夫じゃないか」
「ややわ~。ベータ時代は愛玩動物扱いやったラビットちゃんが、食用肉とは……」
よよ、と泣きまねをして見せるが、アルマがそれほど細い神経をしていないのは短い付き合いながら知っている。「この調子でいこう」と、二人で森を探索し、アルマが目標値のレベル9に達したところで野営地に戻った。
護衛、といっても野営地にモンスターは殆ど居ない。いや皆無といってもいいかもしれない。ベータ版時代ではモンスターの生息域から意図的に外されていた為、モンスターが徘徊する可能性はゼロだったのだ。
しかし、ベータ版とは法則の異なるこの世界でもモンスターが出ない筈だと、決め付けることが愚かしいということは全員が良く理解していた。そのための護衛だ。
心情的も寝たきりの病人をテントに放置するというのは受け入れがたい。
しかし、実際モンスターの姿は無い。
結構なことだが、暇をもてあました迅雷は、パッシブスキル:マナジェネレート(MP自然回復量上昇)によって有り余る魔力を使って、魔法の練習をしていた。
「お、熟練度上げか。はかどっとる?」
「アルマさん、レンさん。お帰りなさい。えぇ。次のレベルアップでは雷弾の上位魔法を習得できそうです」
”ライトニング”を何発もぶつけられたのか、黒焦げになった大岩を指差す迅雷。練習台として責務を果たした岩に合掌する。
「次はレンさんが護衛役ですね。頼みましたよ」
わずかに消耗しているアルマに”ヒール”をかけた迅雷が少しだけ心配そうな顔をする。ナナコの事だと思い大丈夫だ、と目だけで合図をして納得させる。
アルマと違ってレンのほうは、後ろで楽させてもらったので被弾はしていない。周囲のモンスターが弱いこともあって、アルマが受けたダメージは全てしっかり防御した上での微弱な超過ダメージだ。ナイトはパッシブスキルに被ダメージカットを持つため、滅多な事ではやられない。
この森でのレベリングは効率はともかく、かなり安全だといってよかった。
「ではいってきます」「いってくるわ」
「いってらっしゃい」
前衛後衛にきっちり分かれ、バランスの取れた二人が森へと進んでいく。未踏地域を減らすために先ほどレンとアルマが向かったほうとは別の方角だ。二人を見送り独りになったレンは、迅雷の使っていた大岩に目を向けた。
これで短剣スキルの熟練度稼ぎをしよう、と思ったのだが迅雷の魔法攻撃を受け続けてもなお揺るがないその岩はかなり頑丈そうだ。今使っているロックブレードの試し切りをすれば、こちらの武器のほうが砕けてしまう可能性だってある。
短剣を使うことをあきらめたレンは、将来的に世話になりそうな投石スキルの熟練度上げをすることにした。テントからあまり離れないようにしながら、手ごろな石を拾い集めていく。
「こんなもんかな」
両手いっぱいに集めた石を大岩の前にぶちまける。ひとつの石を投げて拾って、の繰り返しは非効率的だ。投げて投げて投げて……拾って拾って拾って……の反復の方が効率はいい。
テントの中を覗いて、安らかな寝息をたてるナナコを確認してから、投石スキル磨きを始める。テントの設営場所とはある程度距離があるので、音で彼女を起こすことはないだろう。何しろ、迅雷は大気を走る雷撃を放ち続けていたのだから。
無心にスキルを使う。散らばった石を拾い集める時間がMP回復の時間だ。MPが使う端から補充されるようなウィザードと違って、レンジャーの自然回復量は平常値しかない。もっとも、その分ウィザードの魔法習得に必要な熟練度は多めに設定されているのだから、新規アクティブスキル獲得に有利不利はないが。
太陽が天頂を少し過ぎたころアルマと迅雷が帰ってきた。
二人を待つ間に、簡単な食事の準備もしてある。石ころ遊びだけしていたなどと思わないで欲しい。
寝込んでいるナナコには粥を食べさせてやりたかったが、生憎米がない。オートミールのようなどろどろの粥もどきになってしまったが、消化に良いことを祈るばかりだ。
昼食を終えれば、3人でローテを回し、二人がレベル上げに、一人は護衛兼熟練度稼ぎを。今出来ることをとにかくこなしていった結果、ナナコが寝込んでから二日。
ナナコの熱が下がってきた。
運動はまだだが、起き上がれるようになったナナコはしきりにパーティーメンバーに迷惑をかけたことを謝っている。日程が少し伸びただけだと、アルマはナナコをなだめすかす。ナナコが早く回復するのが一番のお詫びになる、と言い聞かせて体力の回復に努めさせるアルマは、社会人の頼りない姉に説教する学生の妹のようでやはり微笑ましかった。
明くる朝、ナナコが復調し王都への旅を再開することになる。食糧の備蓄が不安だったが、モンスター肉や採取した果物を主として消費していたため、買い込んだ保存食で十分王都まで持つことは計算済みだ。
ナナコ以外のレベルももちろん上がっている。それに加えて戦闘経験という目に見えない熟練度があがっているのが大きい。レンも強化されたアバターの肉体を自分の体として自然に操ることが出来るようになっている。その恩恵は特に体を使う中衛のレンには大きい。
ベータ時代からカーズドワールドの住人だったアルマと迅雷の方も、半現実化したこの世界の戦い方に慣れつつある。
もはや道中の敵は相手にならず、闇森までの道程はさくさくと消化することが出来たのだ。
名前:レン
職業:レンジャー
位階:19
名前:疾風迅雷の貴公子
職業:ウィザード
位階:19
名前:ナナコ
職業:アルケミスト
位階:10
名前:アルマ
職業:ナイト
位階:19