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04炭鉱

「はい、確かに大イノシシの牙納品いたしました。討伐依頼完了です。報酬はこちらになります」


 ギルドに戻って、受付にクエスト完了を申告すると、ほどなくしてある程度の金品を受け取る。暴れイノシシを撃破し、レベルアップしたことで二人ともギルドカードの情報も更新されている。


名前:レン

職業:レンジャー

位階:7


名前:疾風迅雷の貴公子

職業:ウィザード

位階:7


「どうする、また別の依頼受けるか」


 相方のエルフのギルドカードを見るたびに微妙な気持ちになるのレンを責める事ができるだろうか。MMORPGとしては、面倒見もよく丁寧な言葉遣いで心配りのできる常識人の彼だがそのネーミングはかなり奇抜だ。

 事情があるのかな、と触れないでいたのだが、そのせいでタイミングを逃してしまった感がある。今更、どうしてそんな痛い名前なの?と聞くこともはばかられる。

 信頼できる相手だと、中途半端にわかっているだけに厄介だ。こんなことでこじれてしまうなど馬鹿馬鹿し過ぎて目も当てられない。


「ふむ、そろそろお昼時ですからね。早めの昼食としゃれ込むのもアリではないかと……!!!」


 ギルドハウス内をさまよっていたエルフの視点が、何かに気づいたようにある一点で止まる。


「重畳です。いいニュース第一号です!」


 はしゃいだ声、彼の向ける視線の先にはそわそわとした様子の女性の後姿があった。ちらりと見えたその横顔は美人と形容できるものだが、何よりも目を引いたのは両側頭部に付いた特徴的な髪飾り。いや、よく見ればその髪飾りは頭から生えていた(・・・・・・・・)

 マーマンだ。女性体だからマーメイドと呼ぶべきかもしれない。下半身が魚ということはないのだが、ヒューマンとの違いとして、手には水かき。首元には小さなえら。そして頭部には虹色に光るヒレが髪飾りのように装着されていた。


「ナナコさーん!」


 エルフは彼女と知り合いのようで、親しそうに名前を呼んだ。どこか焦ったように周囲をきょろきょろとしていたマーマンは、エルフに気づいてはっとしたようにこちらに目を向けた。

 その両目には大粒の涙のしずくが光っていた。


「せんちゃん!!」


 抱きつかんばかりの勢いで駆け出したナナコは、感情が爆発するのを抑えているような押し殺した大声を上げた。


「せんちゃん!大変なんです!アルマが!アルマが!!」


 抱きつきはしなかったが、エルフの両手を握ったナナコはパニック状態で要領の得ない言葉を話している。エルフのほうは彼女をなんとか落ち着かせようとなだめすかしている。

 彼の反応と、彼女の動揺を勘案すれば自ずと彼らの関係も理解できる。

 ナナコはNPCではなく、この世界に巻き込まれたプレイヤーの一人だろう。エルフと知り合いのようだが、ベータ組の可能性が高い。彼女の話すアルマという人物に何かのっぴきならない事態が発生していることも推測できる。

 まあ、この世界に巻き込まれた時点で、最悪の事態というものはすでに経験しているのだが……。


「落ち着きましたか?」


「は、はい。取り乱してごめんなさい……」


 しゅんとうなだれるナナコ。感情に連動するように頭部のヒレ飾りがしなびている。


「それで、アルマさんがどうしたんですか、順を追って話してください」


 エルフが状況を整理する。レンは半分部外者の気持ちで聞いていたが、彼女の語る話の危険度に次第に意識が真剣になっていくのを感じていた。


「せんちゃんとの取り決め通りに、ルールをまず目指したんですけど、その途中でアルマちゃんと合流して……」


 目の前のエルフとナナコはベータ時代に同じ中規模ギルド”赤毛連盟”に所属していたらしい。アルマはそこのギルドマスターを務めていた女性だ。カーズドワールドオンライン正式稼動の100人の抽選に同ギルドから3名も当選者を輩出した幸運なギルドだったようだ。構成員一万名を越える最大規模ギルド”Mars”からでさえ、2名しか当選者がいなかったことを考えると、その凄さがわかる。


 彼ら三人はその利点を生かし、協力プレイをすることを決意。中で落ち合うことにして初期位置が全員同じならばその場で、もしバラバラだったならベータ時代にギルドホームがあったルールの街で落ち合う約束をしていたのだ。

 不幸なことに、ゲームはただのゲームではなくなってしまい、外部との連絡手段を絶たれたまま、不安を抱えたナナコはとにかくルールを目指すことにした。その道中で幸運にもギルマスのアルマと合流することに成功し、意気揚々とルールに到着した。


 到着したのは今日の午前、ちょうどレンとエルフが連携確認のため暴れイノシシ狩りにでかけたのとすれ違いになってしまったらしい。

 チャットのような使いやすい連絡手段も存在せず、ギルドメンバーのエルフが到着するのを待つ間、クエストクリアしようという話になった。

 そこはこっちのエルフと同じ発想だな、レンは思う。


 そのクエストとはルール近郊にある鉱山からの鉱石採取クエスト。本来であれば危険の少ない採掘クエストで運悪く、二人は強力なモンスターに出会ってしまったのだ。


「ゲームだったら、ロックゴーレムに襲われたところで、全力で逃走すればそれで済んだんですけど……」


 泣きそうな小声でナナコが言う。責められることに怯えるような声。もちろん話を聞きだしているエルフは優しく先を促すのみ。


「狭い坑道でロックゴーレムが暴れたせいで落盤が起こって……!」


 ゲームで地形に変化を及ぼすような攻撃は極めて限られているといってもいい。影響が甚大なこともあるが、なにより処理が面倒なのだ。だから基本的に地形自体は進入不能オブジェクトとしてプレイヤー、モンスターに限らず、誰もが干渉できないようにされている。

 しかしそれもゲームの話。中途半端にリアリティのあるこの異世界で、そんな慈悲は望めない。破壊不能のはずの地形を粉砕し進むゴーレムの巨体によって、繊細なバランスを崩されたトンネルが崩落。ナナコとアルマは落盤で分断されてしまったのだ。入り口側に分断されたナナコはゴーレムとともに坑道に残されたアルマの逃げろ、という言葉と死の恐怖から、わき目も振らずにアルマを置き去りにして逃げ出したのだという。


 今も坑道の奥でアルマはロックゴーレムと戦っているのか、それともすでに殺されているのか。

 沈黙が三人を覆う中、ナナコは「あの時私が離れなければ」としくしく泣き出した。


「アルマさんは最大の防御力を誇る重装騎士(ナイト)です。時間稼ぎに徹していれば、ロックゴーレム相手でも一、二時間は粘れるはずです」


 一、二時間粘る?エルフの言葉には実がこもっていなかった。ゲームならば疲労も感じず、ただ単純作業を繰り返すだけで、それだけの時間モンスターと戦いっぱなしということも可能だろう。

 だが、この世界で。現実の要素をいくつも継承するこの異世界で、精神的な重圧、死の恐怖、肉体的な疲労を抱えながらボスモンスターにも匹敵する大型のモンスター相手に命懸けの対峙が可能なのだろうか。


「た、助けに行かないと。せんちゃん頼みます、アルマちゃんを助けてください!そ、そこのあなた、レンさんもどうかお願いしますッ。アルマちゃんを、どうか……!」


 ツンと済ました様な美人が泣きじゃくりながら、今にもすがりつかんばかりにエルフとレンに泣きついている。もしかしたら、アバターよりも実年齢は相当幼いのかもしれない。だが例えそうだとしても、レンにはその懇願の態度が自分の罪悪感からの逃避に見えていた。


「泣いていれば許されると思っているのか?赤の他人に責任を擦り付けて、死地へ向かわせるだけの覚悟はあるのか、その資格は逃げ出したお前にあるのか?」


 意図せず声色は冷たいものになる。長年ソロプレイをたしなんできたレンにとって、ほかのプレイヤーは頼るものではなかった。どんな危機的状況に陥っても信頼できるのは、自分の腕と知恵だけ。それは死という理不尽を伴うデスゲームではないゲームの話だったが、今そのことを痛切に思い出していた。

 それはただの孤独であって、決して理想の姿などではなかったけれど、矜持はあった。どんな困難も独力で打破する、という最低限の誇りが。

 その点から見て、目の前の美女――ナナコは甘すぎた。仲間を救うために全力を振り絞ったとはいいづらい。ルールの街に戻ったのだってただの逃避。あわよくば誰かが助けてくれるかもしれないという、甘ったれた考えのもと走ったに過ぎない。

 それが無性に苛付いた。


「レンさん。あまりナナコさんを責めないであげてください。彼女はカーズドワールド唯一の生産職、錬金術師(アルケミスト)なんです。彼女にロックゴーレム戦闘は酷です」


 アルケミスト。ウィザード、ヒーラーに続く三番目の後衛職。回復や攻撃の基本術式は抑えつつもその本領は、戦闘以外の部分にある。錬金アビリティによって生み出される店売り装備とは一線画すレア武具。ほかのMMORPGでいう鍛冶屋を兼任している生産職なのだ。

 当然、その特性のしわ寄せは戦闘面にくる。魔法系でありながら貧弱な魔力。スタミナ切れが速く、直接戦闘でもしようものなら瞬く暇もなく惨殺される。ウィザード、ヒーラーと比較しても格段に弱い接近戦闘力は、彼らを皮肉を込めて”後衛の中の後衛”と言わしめている。

 戦闘外での強力なサポート、それこそがアルケミストの得意技なのだ。


「レンさん。確かに”赤毛連盟”の一員でないあなたに助力を頼むのは筋違いかもしれません。ナナコさんのことは謝罪します。坑道へは、私とナナコさんの二人で向かいます」


 見損なった、とでもいいたそうに冷えた口調でエルフが言う。グサリと心の臓に氷のナイフでも差し込まれたような感覚を覚える。そうだ、彼らギルドのことは彼らの問題だ。オレには何の関係もないんだ。


「あの、無茶を言ってすいませんでした。レンさん」


 申し訳なさそうなナナコの謝罪。


「いや、こちらこそ頭に血が上ったみたいだ。言い過ぎた、すまない」


 謝罪の言葉を紡ぐ。まだナナコは他人だ。彼女のために命を張ることなどできそうもない、が。

 引っ掛かりを覚える。ここで彼らを見送ってもいいのか。それで自分は後悔しないのか。


 間違いなく後悔する。

 思考する必要すらなく、そう結論する。確かにナナコのことを無責任でいけ好かないと思ったのは、事実だ。けれど事実はそれだけではない。今まさに命尽きようとしている人間が坑道にはいる。

 アルマ。

 面識はないが、ナナコの話を聞く限りギルドメンバーを守るために命を懸けた責任あるリーダーのようだ。責任を背負えずに、群れから離れ一匹狼を気取る斜に構えた自分から見ると、目がつぶれるようなまぶしい存在。


 レンに背を向けたエルフとナナコに、声をかけた。それは別れの言葉などではなく、


「待て。目の前で生きるか死ぬかの戦いをしている奴を見捨てるほど人間終わってるつもりはない。あんたとの互助契約、期限はまだ切れてないぞ」


 突き放したり、手を差し伸べたり。きっと傍から見てレンは情緒不安定に見えているのだろう。ナナコの顔には疑いが、エルフの顔には意外感が表れていた。

 こういうのもツンデレと言うのだろうか。いや男のツンデレとかぞっとしない。それ以前に自分がそのぞっとしない生き物だと思うと自己嫌悪がこみ上げる。

 短い間にころころ表情を変えるレンに不信感を抱いたのか、ナナコはレンを警戒するような目で見ている。対してエルフはまだ付き合いがあるぶん理解がある。


「そうですか、それではここで話している時間がもったいない。とにかく急ぎましょう。ナナコさん道案内はお願いします」


 空気は一変。真剣さといくらかの緊張に包まれる。足早に現場へと急ぎながらブリーフィングを行う。見せ合ったギルドカードによれば、ナナコは位階(レベル)3のアルケミスト。3人でパーティーを組めば、ロックゴーレムに勝てるとは言わないが負ける確率は低いらしい。

 無論現実補正を鑑みれば油断はできませんが、とエルフが付け加える。その恐ろしさを実際に体感したナナコは青い顔をしている。レンのほうは十回を越えるこの世界の戦闘に慣れが生まれてきたのか、それほど気負うことなく話を聞いていた。もちろん油断するつもりなど毛ほどもないが。

 薄暗い坑道の中に飛び込む。十メートルごとにカンテラが天井近くに取り付けられており、足元まで照らしている。よっぽど焦らなければ躓いて転ぶこともなさそうだ。

 均された土の道を駆ける。先頭は気配察知を持つレン。その後ろに道案内役のナナコがいる。彼女とはそりが合わないが、この非常時にそんなことは言ってられない。

 そして殿(しんがり)は、状況判断に優れる熟練者のエルフ。


「その先を左に曲がった先で落盤が起こったんです」


 見ると分かれ道が見える。右の道、左の道。外見の違いはさほどないように見える。

 最後尾のエルフが声を張り上げる。


「左に行けばまた落盤による行き止まりに突き当たります!右の道からどうにかして回りこむ道を探しましょう!」


 走りながら叫んだせいかエルフの息は荒い。わかった、と返して右の道へ向かう。全速力ではないがそれなりの速さで坑道を進む。そのせいで気配は消しきれず、行動の住人に気づかれてしまう。


「反応三!こちらに気づいている。接近中!」


 こちらが走っているせいで、彼我の距離が縮まる速さは相対的に高まっている。急停止して、すばやく陣形を整える。といっても前衛がいないせいで紙耐久しかいない。こんな布陣では、一度でも直撃を受けると途端に戦線が崩壊する可能性がある。


「……キィキィ」


 闇の向こうから鳴き声が聞こえる。エルフがすぐさまその正体を教えてくれた。


「スティールバットです!低確率で毒・混乱の状態以上を引き起こします。速攻でしとめましょう」


 レンの後方で詠唱を始めるエルフ。その射線を邪魔しないように少しだけ斜めにずれたところで待機する。三つの生命反応は徐々に近づいてくる。


「今だ!」


 十分にひきつけたところで合図する。まだ敵の姿は見えないが、エルフの手から発射された炎の渦は闇の向こうにいるモンスターに確かに直撃したようだ。もう聞きなれてしまったモンスターの苦痛の声が響く。同時に敵影が見えてくる。

 炎に焼かれ、フラフラと飛んでくる二匹の蝙蝠。羽を広げた全体の体長は、レンの身長の半分はありそうだ。


「”ファイアボール”!」


 姿を現した蝙蝠のモンスター、スティールバットめがけて狙い済ませた火炎弾が放たれる。エルフのさらに後方で待機するナナコからだった。エルフの先制攻撃で弱っていた二匹の蝙蝠はあっけなく光粒子に還る。

 しかし二匹(・・)だ。

 俯瞰マップには生命反応がまだひとつ残っている。


「ッ!ウィスプです!皆さん、伏せて!!」


 エルフの叫びに従い、その場に倒れこむ勢いで伏せる。直後頭上を炎弾が通過していくのを肌で感じた。その熱波が頭髪と背中をちりちりと焦がす。普段エルフの放つ魔法は同士討ちを恐れて、レンの近くを通過する軌道で撃つことはなかった。だから焼けるような炎を肌で感じたのは、この世界でこれが初めてだった。


「”アイスランス”ッ!」


 顔を上げると、先ほど炎を放った火の玉に向かって氷柱がぶつかるところだった。先端を杭のように尖らせた氷が一撃でウィスプの命を刈り取った。

 ジュワーと鉄板に水滴を落としたときのような音をたててウィスプが消滅する。生命反応のマーカーも同時に消える。

 負傷者はいない。伏せたときにナナコが肘をすりむいていたそうだが、このときはまったく痛みは感じなかったという。


「反応は消えた。先に進むぞ」


 魔法を使ってくるモンスターを撃退したことで幾分自信をつけたレンたちは、敵を可能な限り避けながら坑道の奥へと進んでいく。狭い道の続く構造上、気配察知をもってしても戦闘を完全に避けることはできなかったが、戦いの成果としてレベル7のレンとエルフに引っ張られる形で、ナナコのレベルは5まで上昇していた。

 本来ならば薄暗い炭鉱での戦いは困難なのだろうが、今回もレンジャーのパッシブスキル:気配察知が活躍した。高速で移動している関係上、不意を打つことは難しかったが、それでも相手の不意打ちを防ぐ役割は十分に果たしてくれた。斥候役の面目躍起である。


 できるだけ左のほうへ回り込むように進路を選んでいると、遠方から地鳴りのような振動が届く。びくっとナナコが硬直する。


「ロ、ロックゴーレムです……!」


 その言葉にレンもエルフも一様に緊張した顔になる。アルマがまだ生きていることを祈りながら、音源へと接近していく。敏捷に優れるレンが大きく前に出る形だ。

 最悪の場合、すでにアルマは死亡しており、ロックゴーレムが獲物を求めて彷徨っている可能性もある。その場合緊急に退却する必要があるため、この布陣は必然といってもよかった。


 断続的に轟音が響く通路の先をそっと覗き込む。

 通路の突き当たりには、天井に届く巨体を持つ石造りの巨人がいた。あれがロックゴーレムだろう。突き当たりの壁に向かって、その丸太のような腕を振り上げている。

 ズドン!

 鉄槌のように叩き落された腕が壁を破壊する。その壁はどうやら土砂が崩れ落ちた形になっているようで、ただの衝撃では簡単には壊れない。圧搾されより固くなりゴーレムの攻撃を跳ね除けている。顔のない石の巨人は無心に腕を振り上げ、叩き落すという一連の作業を繰り返している。そのたびにこちらが跳ね上がりそうになる程の衝撃が響く。


 普通の人間ならさらに観察を続けて、巨人が何をしているのかつき止め、その意図を推測しなければならなかっただろう。しかしレンは今神の視界を得たレンジャーだ。崩れた土壁の向こうにひとつの生体反応を感知する。

 この情報があれば、ロックゴーレムの行動を推測するのは容易い。


 壁の向こうにいる獲物。ゴーレムはそれを捕らえるために愚鈍に壁を壊し続けているのだ。無心に攻撃を続ける姿からは到底想像できないが、確かにレンはその姿に獲物を追い詰めたとき特有の愉悦が滲み出していると感じた。

 後方で待機している二人を呼び寄せ、状況を説明する。ゴーレムが攻撃する壁の向こうにアルマがいる可能性が高いことを話すと二人とも安堵と同時に緊張した表情を見せる。

 もし彼女が生きているのなら今からこの石造りの巨人と戦わなければならないのだ。当然の感情だ。

 ロックゴーレムがこちらに気づく前に、エルフが素早く作戦を立案する。話し合う時間は少ないが、わずかな情報にしてはこれ以上の案はない、というくらいまでに煮詰めることはできた。後は出たとこ勝負だ。決意を固めたレンたち三人はそれぞれの配置へと散っていった。







「そこのデカブツ!私が相手です!」


 ロックゴーレムに氷の槍をぶつけたエルフが下手な挑発をする。ゴーレムに言葉が理解できるのかは不明だが、目的は奴をからかうことではない。


「せんちゃん!?その声はせんちゃんか!?」


 崩れた土塊の向こう側から若い女性の声が聞こえてきた。第一段階は成功したようだ。土塊の向こうに閉じ込められているのは間違いなくアルマだ。


「アルマさん!ナナコさんと助っ人一人と一緒に助けに来ました。そちらの状況は!」


「ゴーレム利用して壁を崩して妨害したのはよかってんけど、最悪なことにこっちが行き止まりでな……。さっきから子一時間こうしていつ壁が崩されるかと震えて待っとってんよ!」


 力強い声が向こうから聞こえる。どうやら道が完全封鎖されているわけではなく、隙間がありゴーレムには通れない隙間でも、声が届くぐらいの空間は開いているようだ。


「ウィザ7アルケミ5レンジャ7です。そこから出られますか?まだ余力は残ってますか?」


「おっけ。りょうかい!体力は半分切ってるけど、MPは全快しとる。回復役おれば前衛いけるよ!!」


 間に立ちはだかるゴーレムをただの置物のように無視して情報交換する二人。それに苛立ったのか、目に見える明確な敵であるエルフに狙いを定めるゴーレム。

 ガリガリと岩石同士を擦り合わせ、削る音がかすかに聞こえる。ゴーレムの駆動音だ。のっそりした動きから鈍重そうな印象受けるがそうではない。


 確かにその膨大な質量は慣性の法則を受けてゆっくりとした始動を見せる。しかしそもそも一発のパンチにつぎ込まれるエネルギー量が桁違いだ。体格比で見ればゆっくりとした動作でも実際の拳速は、人間の限界を凌駕している。

 振り上げられた拳がエルフめがけて突き出される。幸い距離は十分離れている。あれなら少し後退すれば当たることはないだろう。スッと後ろに下がったエルフ。豪拳は空を貫き、地面に突き刺さる。


「う、ぐわわわぁぁ!」


 爆音と共に、痛みに耐えかねたエルフの絶叫が聞こえた。こんなところにも半現実化の弊害があるとは、と臍をかむ。

 爆砕された地面から散弾のように放たれた土くれは至近に居たエルフに激痛を与えていた。幸いといっていいのか、体力はそれほど減らなかったようだ。紙耐久のウィザードにしては上々だといえる。


「せんちゃん!!!大丈夫か!?」


 状況の見えないアルマの焦った声が届く。

 それに答えるのは隠れていたナナコ。

 レンは倒れたエルフを援護するために既に駆け出していた。


「大丈夫です!怪我をしていますが、ダメージは少ないです。今の隙にアルマちゃんも脱出して!」


 ナナコに促されたアルマは小さな隙間から這い出るようにして戦場へと飛び込む。レンは再び拳を振り上げるゴーレムの射程内からエルフを背負って脱出しようとしていた。


「すいま、せんね、たいした、ダメージでもないのに、痛みが。これほどとは……」


 今まで一切ダメージを負わなかった弊害だろうか。突然訪れた激痛に耐えかねた様子のエルフは息も絶え絶えといったところだ。


「馬鹿!話す元気があるならヒールの準備でもしてろ!舌噛むぞ!!」


 自分と同じくらいの体格のエルフを背負い走り出す。わずかばかり強化された筋力のおかげで意外と容易い。軽々と走り、ゴーレムの攻撃圏を抜け出す。もっとも、先ほどの攻撃でもわかるように、ロックゴーレムの攻撃範囲は意外と広い。直接攻撃を食らわない距離だがまだ安心するのは早かった。

 背後で再び爆音が轟く。それと同時に背中のエルフが痛みにうめき声を上げる。散弾からエルフを盾にする形になり少しばかりの罪悪感が湧き出るが、後回しだ。まずは距離を稼ぐ。


「せんちゃん!だいじょぶか?」


 振り返ると、巨人の向こう側――突き当たりで、身の丈ほどもある巨大な盾を持った鎧姿の女性が居た。燃えるような真紅の髪が兜から一房のぞいている。彼女がアルマか。その隣には誘導に行ったナナコもいる。


「ヒールはナナコに貰ったから、前衛はうちが張る!陣形組み直すで!」


 力強く言ったアルマの指示に従って、ゴーレムを遠巻きにしつつ彼女たちと合流する。痛みに慣れてきたらしく、エルフも自分の足で歩けるようになった。


「っ……。どうします?戦いながら少しずつ撤退しますか?」


 参謀役らしいエルフがそう提案する。ゴーレムの攻撃の合間を縫いながらであるため満足な話し合いは望めない。この場の一時的なリーダーとなったアルマの鶴の一声で方針が決められる。


「いや、下手に動き回って他のモンスターが介入してきたら収集つかん!ここでロックゴーレムは倒す!」


 そういってゴーレムの前に立ちふさがるアルマ。彼女の決意を受けて、レンたちも後ろから援護に回る。ロックゴーレムが腕を振り上げた隙に懐にもぐりこんだレンは渾身の一撃を打ち込む。体重を乗せたナイフはしかし、予想通りというべきだろうか、頑強な石の体に弾き飛ばされてしまう。もっともそれも想定していたため、体勢を崩す無様だけは避けることができた。


 機動力を生かして戦場をかき回す。

 後方から魔法攻撃兼回復を行うエルフ。痛みに耐えながらも的確な援護をこなしている。

 その隣に立つのはヒールを連発するナナコ。アルケミストの弱点であるスタミナの無さが露呈して、すでに苦しそうな表情だ。

 彼らの前に立ちふさがり、ロックゴーレムの重い拳打を受け止め流しているのは、前衛職ナイトのアルマ。大盾で爆砕の土のかけらはきっちり防御できているが、本来の攻撃であるロックゴーレムのなぎ払いや振り落としは防御を越えてダメージが入るらしく、彼女には頻繁にヒールが飛んでいる。HPの減少する勢いから見て、壮絶な痛みが彼女を襲っているだろうにも拘らず、痛みに顔をしかませるだけでその動きは鈍らない。


 彼女の背負うものと、その覚悟の強さを認識し、尊敬の念がまたもや湧き上がる。彼女の奮戦に答えようと、ゴーレムの間接部分に短剣を突き立てる。

 繰り返して攻撃していくうちに見つけた攻略法だ。石と石の接続部は、それほど硬いわけではなく威力の低いレンジャーの短剣でもダメージを与えることができる。投石も試したが石の巨人に石をぶつけたところでなんら効果は無く、既にあきらめている。


「助っ人さん!!なかなかやるやないの!」


 ロックゴーレムの大振りな攻撃をことごこくかわし続けているのが評価されたのか、ゴーレムの拳打を受け止めたアルマが叫んだ。

 飛び交う豪腕に触れれば即死するかもしれないような戦場の中だが、その声援に勇気付けられる。期待に応えようと、巨人の脚部を駆け上がり、肩まで上り詰める。ぐらぐらと安定しない足場で、レンは新しい技を発動する。

 

「”クリティカル・スタブ”!!」


 暴れイノシシを倒してレベル7になったときに覚えたアクティブスキルだ。短剣の熟練度が一定以上なったことで覚えたのだ。

 高速でゴーレムの急所の接続部に突き刺さる短剣。スキルの残光で刺さった様子は確認できないが、手ごたえはある。ずっと肩の上に乗っているわけにも行かず、ゴーレムの背中を駆け下りる。

 そのまま距離をとって振り返り、ゴーレムの姿を確認する。ちょうどロックゴーレムが声無き苦悶の声をあげ、右肩を脱臼したように腕が外れたところだった。


 ゴーレムをはさんだ反対側に居る三人が歓声を上げる。蓄積されたダメージと短剣スキルが重なった結果引き起こされた部位破壊だ。

 右腕を失ったゴーレムはバランスを取れなくなり、大地に手をつく。そうなれば奴に攻撃手段は無い。盾役のアルマも攻撃に加え猛攻をかける。高い防御力に辟易するが、動かない的であれば恐れることは無い。油断無く連携し、攻撃することで反撃を許さない。

 勢いのまま攻撃を続ける。ゴーレムは痛みに耐えるかのように痙攣するだけで反撃の気配さえない。

 このまま押し切れるかと思われたとき、ゴーレムの体が突然発光する。


「まずい!スキルだ!」


 エルフが警告を飛ばす。退避が間に合うか。同時に飛びずさったレンとアルマ。


「”パイルバンカー”」


 地の底から響くような低音が聞こえる。初めて聞くゴーレムの声だった。わずかに地面から引き上げられた左手が、恐ろしい勢いで地面に突き刺さる。

 その慣性を無視した挙動に、暴れイノシシの突進を思い出す。思えばあれもスキルだったのかもしれない。

 発勁の如く叩き付けれれた左腕によって、轟音とともに地震のような揺れが引き起こされる。ナナコが悲鳴を上げてうずくまる。


「固まれ!さっきはこれで落盤が起こったんや!!!」


 切羽詰ったようなアルマの声に導かれて密集隊形をとる三人の下へ。グラグラゆれる地面を走るのは、かなり困難だった。強化された三半規管で以ってしてただ彼らの下へ駆ける。

 足元に注意がそがれ上方への意識が薄くなったレンの右肩に、上から落ちてきた岩石が突き刺さる。


「”エアブラスト”!」


 その岩石が肩に触れた瞬間、エルフの放った風魔法がその軌道を間一髪で逸らせていた。爆風に煽られ、皮膚にかすっただけでレンは難を逃れた。


 不安定な足場に四苦八苦しつつ、掲げられたナイトの大盾の影に飛び込む。大小の落下物を防ぐ盾はナイトであるアルマのアクティブスキルによって絶対的な強度強化がなされていた。

 落石は大きくて人の頭ほど。土砂が荒れ狂うような、どうしようもない事態は避けられたようで、徐々に揺れが収まっていく。

 坑道に一定感覚で取り付けられたカンテラは大きな揺れによってすでに機能停止している物が殆どだ。

 さらに薄暗くなる視界。揺れが収まったことで散開したレンたちの前方に魔法光がともった。


「”ライト”」


 多種多様なスキルを持つウィザードの光源魔法だった。あいつも相変わらずよく気が付く奴だ。光に照らされた部分の状況を確認する。

 倒れ付したゴーレムにも等しく落石の被害はあったらしい。石の体にダメージは無いが積もった瓦礫で身動きがとりづらそうにしてる。もともとバランスを維持できずに倒れてしまったのだから無理も無い。


「”アイスランス”」


 もう体力も殆ど残っていないであろうロックゴーレムの介錯をしたのはエルフだった。放たれた氷の槍はその堅固な装甲を貫く。レンがちっぽけな短剣のスキルで腕を切断したのと同じ原理だ。蓄積されたダメージにトリガーとなる攻撃を加えることで本来の防御力を無視した損害を与えることができるらしい。

 胸に風穴の空いたロックゴーレムは徐々に光となって、その体を薄れさせていく。


 レンたちがレベルアップしたのと同時に、その巨体の上に堆積していた岩岩が支えを失いガラガラと音を立てた。

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