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03パーティー結成

「それにしてもどうして新規組だってわかったんだ?」


 後ろから追ってくるゴブリンの群れともだいぶ距離がありすぐに危険はないということで、疑問を解消する。


「そうですね、このゲームのシステム的に序盤の中衛職は弱いから、ですかねぇ。ベータ版でそのことを知っているならわざわざ紙装甲のレンジャーを選びはしないはず。このゲーム、中衛は不人気職ですからね」


「う、そうなのか……」


 ソロプレイのために選んだレンジャーだが不人気な職らしい。


「でも移動速度上昇なんて、序盤だったら喉から手が出るほど欲しいと思うんだが」


「確かにそれはありますがね。でもこのゲームはレベルや能力値なんかはあまり重視されず、職業間の相性で勝負が決まるバランスですから。前衛中衛後衛も三すくみの関係になっています。序盤の敵はその大半が前衛型ですから、それに対して不利な中衛は最初のうちは使いにくい。短期的に見ればその辺りが弱いところですかね」


「モンスターに職があるのか?ゴブリンは前衛?」


「特に杖を持っていたりしなければ、前衛。もしかしてゴブリンを倒したのですか?」


「そうだけど、何か?」


 むぅ、と唸ったエルフは感心していた。


「このゲーム、能力値は飾り、レベルは目安で大事なのは職業相性と本人の能力なんです。君は不利な中衛で、短期間にレベル5に上がるほど前衛を倒してきたことになります。これはもう元々現実世界での身体能力がないと不可能といってもいいくらいの大躍進ですよ」


 現実世界の身体能力?人並みに運動はできるが、特別得意なわけでもないが。


「VRゲームは山ほどやってきたからな。独特の感覚には慣れているつもりだ」


「まあそういうことにしておきましょうかね」


 何か含みを持たせた風に言われる。納得はできないが、こんな事で言い争うのも不毛だ。三すくみについてもう少し詳しく聞く。


「後衛職の最大の武器はその長大な射程。接近される前に遠距離から一方的に攻撃できる為、近接戦のエキスパートである前衛に有利をとっています。その敏捷を持ち味とする中衛には弾幕をかいくぐられて近接戦に持ち込まれてしまうので不利って感じですかね」


「じゃあ中衛が前衛に勝てないのは何故だ?パワー対スピードでいい勝負になると思うんだが」


「中衛職は割と紙耐久ですからね。第一、前衛はその名の通り接近戦では無類の強さを発揮しますしね。例えば、いくら敏捷があっても直接命を取りに来ているような強引な一撃を回避、反撃できますか?普通は受け止めてカウンターを浴びせるほうが効率的です。そんな時に敏捷の利点よりも耐久の欠点のほうが目立つんですよ」


 そんなものか。今まで前衛モンスターを狩ってきてノーダメージなのは言わないほうがいいかもしれない、とレンは思った。


「パーティー組む時に需要が少ないのも中衛職不人気の理由です。基本的に火力兼回復担当の後衛と硬い(タンク)役の前衛が居れば不自由しないですし。需要がないから必然的に中衛をベータ版で選んだ人はよく食いっぱぐれてね。恨んだ連中がPKギルド設立したせいで、中衛職の風当たりはますます悪くなっていました」


 想像以上に中衛の立場はないらしい。まあレンジャーはともかく暗殺者(アサシン)とか罠師(トラップメイカー)とかは名前からして物騒なジョブだから、仕方無いのかもしれない。

 レンジャーも軍隊で撹乱や偵察を担当する部隊って意味もあるらしいからな。

 いかにもファンタジー的な魔法使い(ウィザード)重装騎士(ナイト)に比べて少しばかり生々しいのは否めない。


「って、おいおい。オレはPKかと疑われていたのか?」


 こんな話をするくらいだ。疑惑は既に晴れているのだろう。冗談めかしていってみる。

「いや、PKはごく一部の人間がやっていただけですからね。そこは疑っていません。でも風評被害ってのがありますよね?敢えて中衛職を選ぶのは、そこを知らない新規組か一本筋の通った骨のある方くらいでしょう?仮にそんな方なら、知り合いになっておいて損はありませんし」


 「これは推測になりますが」と前置きしたエルフに彼なりの予想を教えてもらった。

 前衛中衛後衛の割合は4:1:5ぐらいになるらしい。確かに折角のVRゲームだ。現実には存在しない魔法を使う後衛職に人気が出るのも仕方ないかもしれない。

 参加者は100人。レンと同じ中衛は他に9人しかいない計算になる。かなり少ない。


「あんまり想像したくないことなんですけどね……」


 エルフが顔を曇らせる。不安そうに眉をしかめる姿からは、今までの飄々とした明るさが微塵も感じられない。


「万が一、これが攻略するまで脱出不能のデスゲーム、なんて笑えない事態になった時に鍵になるのは中衛なのかもしれない……」


 ああ、デスゲーム。彼の思ったことをレンも想像しなかったわけではない。ログアウト不能と聞いた時まっさきに浮かんだことだ。

 この世界で生命を失えば、それが現実世界にも波及する。

 そんな子どもの戯言が今現実になろうとしているのかもしれない。仮想世界の死が現実の肉体に影響をおよぼすことはない、ということは保証されている。しかし……


「その中衛職が鍵って話は後で聞くとして……。なあ、あんた。レベル上げでモンスターの攻撃を受けたことがあるか?」


「いや、遠距離から安全に狩れる相手しか倒していませんから、ダメージは受けては……っ!まさか!」


 沈んだ様子の彼の瞳が驚きに見開かれた。


「そのデスゲームの可能性を上げるような最高のバッドニュースだ。痛覚フィードバックが現実準拠になってやがる」


 レンもモンスターとの交戦で傷を負ったわけではない。しかし、馬車に投げ込まれた時の痛みと衝撃はとても仮想現実とは思えないほどだった。

 何十本ものVRゲームを攻略してきたレンだから断定できる。

 このゲームは異常だ。デスゲームなどと言われても信じられてしまうほどに。


「そうですか……。残念なことに、こちらにも同様に悪い知らせがあります。ヘルプ機能を介した運営との連絡手段が一切合切使えなくなっています」


 ヘルプが使えないのは仕様じゃなかったようだ。そして封じられた外部との連絡手段。

 のっぴきならない事態になっているのは確実だ。


「頼みの綱は強制ログアウトくらいか」


 レンの精神が仮想世界で活動している間、現実世界の肉体は睡眠状態にある。外部からの刺激で無理やり目覚めさせられた場合、ゲームプレイ中ならば強制ログアウトという現象が発生するのだが……。


「それも望み薄でしょうね」


 そもそもが異常だらけ。バグの言葉では説明つかないほどの怪異がレンたちを襲っている。その程度のことで助かるなど思わないほうがいいだろう。


 二人が暗雲たる空気に包まれていると、馬車の外から声が聞こえた。


「おおい、お二人さん。ゴブリンの群れは振り切ったみたいだぞ」


 御者席にいるおじさんが嬉しそうに教えてくれる。彼はルールに向かうNPCの行商人のようで、傍らのエルフを護衛として雇ったらしい。つまりエルフが護衛クエストとして依頼を受けている形になる。

 整備された道中にモンスターは少なく、殆ど武装していなかったことが今回はうまく転んだらしい。普通のモンスターならともかく、ゴブリンの群れと遭遇してしまったら護衛隊を組んでいたとしても対処するのは難しかっただろう。

 今回は逆に軽装備でかなりの速度を出せたため振り切ることができたのだ。もし重装備だったならば積荷のいくつかを捨てざるを得なかったかもしれない。

 護衛の任を果たせなかったエルフは少し申し訳なさそうな顔を見せるが、行商人は仕方ないと慰めている。今は一命を取り留めた喜びで強い仲間意識が湧いているのだろう。

 互いの無事を喜び、感謝する。レンたちプレイヤーも本当の死を回避できたため素直に喜びをあらわにする。ゲームのイベントに一喜一憂するなんてまるでゲームキャラクターになったような気分だ。

 それが比喩にとどまらないのが、怖いところなのだが……。







「急いだおかげで予定よりも早く到着したな」


 ルールの街の検問を通過し、行商人と別れたレンとエルフはひとまずログアウトポイントを探すために街を探索している。王国有数の大工業都市のようで、ここで見つからなければ後はもう王都ぐらいしか可能性は残らないという。もちろん、ベータ版からの仕様変更でログアウトポイントが削減されたという一番楽観的な想像が当たっていた場合の話だが。


「予想通りとはいえ、実際に目にするとなかなかきついものがありますね……」


 ログアウトポイントは跡形も無く消去されていた。

 デスゲームに巻き込まれたという最悪の状況を固める証拠が次々と見つかることは、じわじわと真綿で首を絞められるようで生きた心地がしない。


「もうすっぱりと『あなたたちはデスゲームの参加者です。生き残りたければゲームクリアしてください』って宣言してもらえたほうが気が楽な気がするぞ」


「ヘルプが呼べないから確かめることもできませんね。まあ王都に行く前にここを目指したのはある理由があるからなんですが」


「理由?教えてもらってもいいか」


「もったいぶる訳ではありませんが、この状況にしては珍しくいいニュースですからね。目論見が外れて落胆させることはしたくないんです。今話すのは待ってもらえますか」


 元気を取り戻してきたのか、エルフは芝居気たっぷりにウィンクをしている。まあサプライズということで納得しておくか。その様子からして、本当に悪いものではなさそうだ。


「まあそのことはいい。じゃあさっき言ってた中衛職が鍵って話を詳しく話してもらおうか」


「いいですよ。そろそろ日も暮れそうですし、宿に戻って話しましょうか」


 街に到着したのは、午後5時ごろ。日没まであと1時間ということで、ログアウトポイントを探しに行く前に、宿はあらかじめとってある。ゲームなのだから野宿だろうが、それほど問題はないはずだが、痛覚フィードバックの件に関連して少し実験してみたところ、疲労や怪我を含む様々な現実要素が混入していることも発覚した。

 屋根のある場所で寝なければ、疲労も十分には回復できないかもしれない。一応体力は現実準拠ではなくゲームのアバター準拠のため、ある程度までなら耐性があるはずだが楽観は禁物だ。

 今回は大事をとって宿で休むことにした。肉体的には半日馬車で揺られて、精神的にはショッキングな事実を知らされ……。安全な場所で休むことにしたのは我ながらいい判断だった。ベータ組のエルフは、宿など利用したことさえなく、発想さえ浮かばなかったそうなので、先入観のないレンの自由な発想の勝利といえるだろう。

 とはいえレンも”宿屋に行けばHPMPが全回復する”という前時代のRPGのお約束に則っただけなのだが。


 宿屋に戻り用意されていた夕食を掻っ込み、二人部屋に引っ込んだ後、エルフに話をするように促す。

 あ、夕食は野菜スープとライ麦パンでした。ゲームとは思えないほどのリアルな味でおいしかったですはい。


「それで、鍵ってのはどういうことなんだ?」


「うーん、言葉の選択を誤ったかもませんね。鍵というよりも……」


 若干言い辛そうにしているエルフだったが、しばらくの逡巡の後、意を決したようにまくし立てた。


「もともと職業はすべて同ポテンシャルなんです。それなのに人気が前衛後衛に偏っていたのは(ひとえ)に方向性の違いに他ならない。ばっさり言いますが、前衛後衛はパーティーを組んだ集団戦で強い。逆に中衛はどっちつかずでソロプレイに強いんです。だから普通のVRMMORPGであるベータ版では人気がなかったのですが……」


「なるほど、確かに今の状況ではパーティーを組むのは難しいか」


 まず第一に人数が少なすぎることがある。プレイヤーはたった100人しかおらず、しかも初期位置はてんでばらばら。集合することさえ難しい状況下でパーティーを組むことはきわめて難しい。レンがエルフに出会えたのは単なる幸運でしかない。

 加えてさらに厄介なのが、このゲームのエンディングの条件だ。勝者がたった一人に限定されてしまう以上、手を組む仲間ともいつかは争わなければならない。そんな状況下で真の協力が望めるだろうか。

 そこまで考えて、目の前のエルフとの同盟が薄氷の上を歩くような脆い物だと改めて実感する。彼が言い渋ったのも頷ける。こんな状態では中衛の方が有利とさえ言えるかもしれないのだから。


「まあ鍵の話はそういうことです。愚痴になりますが、情報がとにかく足りない!パーティーを組んでラスボスを倒した場合の判定とか、勝者が出た時点で残った敗者はゲームから解放されるか?とか、聞きたいことだらけです」


 一切外部と連絡の取れないこの状況、果たしてこれは事故なのか、それとも運営の悪意なのか。


「考えても仕方ない。検証できないことは推測しかできん。そこで楽なほうに流されてしまうとまずい。今は高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変に対応するしかないな」


「行き当たりばったり、認めたくはありませんが目論見が失敗したときはそうするほかありませんね」


 不安半分期待半分といった表情でエルフはそう締めくくった。






 夜も更けてきて、疲れを意識し始めたことでレンたちは早めに就寝することにした。それは肉体的なものはもちろんだが、多分に精神的なものを含んでいた。


「睡眠欲、食欲はあるみたいです。この様子じゃあ性欲もありそうですね」


 ランプの明かりを消して、レンがツインのベッドにもぐりこむと、先に寝転んでいたエルフがぽつりと言った。

 言葉の意味とその絶妙ともいえるタイミングで一瞬身の危険を感じたが、その声色は沈んでいてとても”なにか”致そうという雰囲気ではなかったため、少しだけ警戒を緩める。


「三大欲求ってやつか。この体の感じじゃあ無理すれば二、三日程度なら我慢できそうではあるが」


 現実世界でのまず食わず、睡眠とらずで活動できるほどのタフネスはレンにはなかったが、今の体ならそのくらいの無茶はできそうだ。食欲に伴って排泄欲も当然のように存在した。街中でトイレを利用できるときはともかく、野営せざるを得ない場合なども考慮すると気が滅入る。

 彼が落ち込んでいるのは、その結論に至ったからなのかもしれない。


「まぁ、どちらにせよ……」


 気分を変えるようにエルフが少し声量をあげた。


「今晩が山場です。この世界を脱出できるかどうかの瀬戸際、分水嶺」


「強制ログアウトか……」


 現実世界ではとっくに夜が明け、学校の始まっている時間だろう。一日中ダイブしていればさすがに親が気づいて起こしてくれるはずだ。もし今晩中にログアウトできなければ……。


「えぇ、ログアウトできるなら今日中でしょう。それ以上となるとやはり不味い事態を想定しなければならなくなります」


 目覚めない子供。ダイブ空間から姿を消し、ゲームの世界に取り込まれたプレイヤーたち。

 時間の流れが異なるかも、という突飛な妄想さえ浮かんできたが、脳内でそれを打ち消す。

 今楽観論に流れることは、諦めにも等しい。常に最悪を想定、とまでは行かずとも心の準備だけはしておきたかった。


「……すいませんね、寝る前に不安になるようなことを……」


「いいって、誰もが不安なんだ、きっと。誰かにすがりたくなる気持ちもわかるよ」


 沈黙が暗闇を支配してからしばらくして、隣のベッドからすすり鳴くような声が聞こえてきた。不思議と彼のことを情けないと思う感情はわいてこなかった。自分も静かに泣いているからかもしれない。涙のしずくが音もなく頬を伝うのが感じられた。

 ただ、男同士の矜持として決して視線は動かさなかった。親の敵をにらむように天井の木目を凝視する。隣の様子はわからないが、彼も同じようにこちらを見ることなく上を見ていることを信じて。


 唐突に非常事態に巻き込まれ、今まではふわふわとした現実感のなさを感じていたが、ここにきてそのつけが回ってきたのだろうか。

 脳裏に浮かぶのは、たった一人の友人の姿。レンと一緒にこのゲームに参加したゲームの素人。

 彼女はきっとレンに責任なんて求めないだろう。それだけはなんとなく想像できる。だけど出会ったときどんな反応をするのだろうか。透徹した目で皮肉を言うのだろうか。暴力に訴えて、一発しばかれるのだろうか。何も言わずにレンを慰めてくれるのだろうか。

 最後だけはないな。と、こんな状況にもかかわらず笑みがこぼれる。存外レンは適応力があったらしい。引きつったような泣き笑いの表情を浮かべる表情筋をゆっくりと弛緩させ、レンは眠りに落ちていった。


 翌朝。

 意外にも目覚めは快適だった。現実世界と比べていささか以上に硬いベッド、どん底の精神状態、それらを加味すればうなされても仕方ないはずだったが、爽快な朝を迎えることができた。涙を流して感情を昇華させたのが良かったのかもしれない。


「やあ、おはようございます」


 先に起きていたエルフも事情は同じようで、晴れやかな顔をしている。


「顔洗ったらどうです?ひどい顔をしてますよ」


「あ、ああ」


 洗面台に備え付きの鏡で確認すると、乾いた涙の後がくっきりと頬に残っていた。恥ずかしいやら、ふがいないやらで、少し乱暴に洗顔する。

 二人で身支度を整えて、宿の食堂へと向かう。前日に頼んでいたため朝食が用意されているはずだ。


「おう。冒険者さん、おはよう。飯ならもうできてるぞ」


 恰幅のいい宿屋の主人が、食事を出してくれる。一枚の大きな皿にパンとサラダとハムエッグが盛られただけの質素なものだったが、意外と味はしっかりしている。


「おいしいよ、おっちゃん」


「ありがとよ」


 にやりと主人が笑う。NPCとは信じられないほどの表情の細かさだ。こんな日常の一コマからでも自分たちが異常に巻き込まれているのだと痛感する。

 宿屋の主が立ち去っていくのを横目にしながら、対面席でパンをほおばっているエルフに声をかける。


「今日はどうするんだ?また冒険者ギルドで王都に向かう荷馬車の護衛クエストでも探すのか?」


「いえ、昨日言ったように私にも少し考えがありまして、今日一日だけでもいいのでこのルールの街に残っていただけないでしょうか」


 本音を言えば断りたい。目の前のエルフも最終的には敵になるかもしれない、彼の思惑に乗ることは避けたい。

 しかし邪気のない顔はどうしても演技には見えない。デスゲームかもしれないという恐怖がある、という彼の動機も十分納得できるものだ。


「……わかった。だが一日中ひなたぼっこしているわけにはいかないぞ。夜の間に強制ログアウトできなかった以上、どうやらこのゲーム容易く行きそうにはないからな」


「えぇ、確かにそのとおりです。どうでしょう、互いの連携を高めるということで、すぐ終わるクエストをこなしてみるのは?もちろん報酬は山分けで」


 少し悩んだが、彼を一時的にせよ信用することを決めたのだから、ここは従うのが筋だろう。


「了解だ。じゃあ冒険者ギルドに行くか」


 食器を片付けた後、部屋に戻って荷物をまとめ、宿を後にする。

 エルフはベータ版時代にこのルールの街を訪れたことがあるらしく、誰に聞いたわけでもないのに冒険者ギルドへとすいすい向かう。かって知ったる我が家、といった感じでギルドハウスの扉を開いて中に入る。

 中に入ると、NPCらしき冒険者たちが大勢たむろしていた。仕方なく、二人で冒険者の海の中に飛び込む。

 人ごみを抜けると、小さなメモ用紙がびっしりと張られた掲示板が鎮座されていた。

 レンと同じように最初の町の冒険者ギルドでチュートリアルを受けていたのかエルフも自然にメモ用紙に書かれた依頼の数々を確認している。


 薬草探しのクエストは、受付で直接依頼された試験を兼ねたクエストだが、本来はこのように掲示板から各自自分にあった依頼を見つけて、受付に持っていくのだ。


「これなんかどうでしょう」


 エルフが指差したのは、推奨レベル4の討伐クエスト。討伐対象は「暴れイノシシ」


「ベータ版でも二回ほどクリアしたことがあります。攻撃力は高めですが、それほど頑丈ではないので接近される前に私の魔法で焼ききれると思います」


 後衛職の持ち味は遠隔攻撃だったな。彼の言うようにノーダメージで勝ったことは嘘ではないのだろう。この捻じ曲がった現実半分のゲーム世界でどこまで彼の技術が通用するかは不明だが、いつかは危ない橋を渡らなければならないのだ。どうせならさっさと済ませてしまおう。


「いいんじゃないのか、目的は連携の確認だ。まだ無理して大物を狙う段階じゃない」


「ですね」


 エルフが手を伸ばし、コルクボードにピンで張りつけられた用紙をびりびりと引きちぎった。受付までその紙を持っていくのだ。

 受付のめがねをかけたキャリアウーマン風の女性に用紙を渡すと、いかにも事務仕事といった体で対応してくれる。


「はい、暴れイノシシ討伐クエストですね。参加するのは二名でよろしいでしょうか?では、ギルドカードを提出ください」

「はい、両名様確認終わりました。結構です。報酬は討伐証拠となる素材の剥ぎ取りをもって代えさせていただきます。期限内に討伐できなかった場合の違約金などの契約詳細はこちらです。それでは、いってらっしゃいませ」


 ウィザードレベル5とレンジャーレベル5のギルドカードを見せて、すんなりと手続きは終了した。詳細資料だと、一枚の紙を渡され、細かい文字で免責事項などが書き込まれている。それをエルフに向けてぺらぺらと振ると、彼は首を横に振った。当然のようにベータ版ではこのような小道具は存在しなかったらしい。


「しっかし、推奨レベルねえ……。レベルは飾りって言ってたけど、これもそういうもんなの?」


「ええ、その通りです。難易度のおおよその目安にしかなりませんね。現にやろうと思えば推奨レベル30の依頼でも私一人で攻略可能です」


 頼もしい言葉だ。


「クエストについてですが……陣形は前に君、後ろのバックアップが私でいいですか?」


「紙装甲はお互い様だしな。それなら回避力のあるオレの方がまだましだろう」


「……いえ、そうですか。わかりました。ではそのように」


 何かを飲み込むように、エルフは黙り込んだ。その内容を察したレンは、


「なぁに。前衛と後衛は表裏一体だ。万が一、億が一オレがやられたら後衛のあんたも時間差こそあれやられるんだ。責任感など感じる必要はない。ただベストを尽くしてくれればそれでいい」


「……ええ、そうですね」


 まだ完全に納得したわけではなさそうだが、一応は割り切ってくれたらしい。こんなところからも彼の誠実さが伝わってくる。これがすべて演技だとしたら脱帽する。


 さらにレンの言った話はまんざら励ましのための嘘でもない。後ろからの援護があれば、死亡率は大幅に下げることができる。特に後衛を味方につければ念願の回復魔法が解禁される。十個にも満たない回復薬頼みの危機的状況から脱出できるのはありがたい。

 本職の回復術師(ヒーラー)に比べると回復魔法のバリエーションは少ない魔法使い(ウィザード)だが、その豊富な魔力とパッシブスキル:魔力生成(マナジェネレート)に物を言わせた荒削りの回復力は本職に勝るとも劣らない、らしい。

 ウィザードであるエルフ本人の言だから、多少は差っぴいて考える必要があるがいずれにせよ彼の加入はありがたい。彼の言うように、暴れイノシシの接近前に倒せる可能性だってあるしな。


 ルールの街を出て、目的地のエルトラントの森へと向かう。エルフ種族の住まう霊森で、工業都市であり近隣の鉱山の開発を進めるルールの街ともめているらしい。そんな裏設定を目的地への道すがら彼に教えてやる。

 ゲームシステムなんかはもちろんベータ組の情報量にはかなわないが、1週間かけて集めた世界観の情報ならたいていのプレイヤーには負けない。少しだけ優越感を感じながら道を進む。

 まだ街の周辺だからなのか、モンスターの影は見えない。くるぶしまで生えた草原をかき分けて森に向かう。長靴のようなブーツを履いていなければ、ちくちくと足を怪我していたかもしれない。


「っ!レーダーに反応だ。右前方から反応二。距離はまだある」


 気配察知のスキルで生命反応を見つける。のんびりした対象の動きからは、こちらを見つけた様子はない。


「草むらに隠れているのでしょうか、ここらのモンスターならマダラスネークの可能性が高いですね。先制しましょう」


 小声で話し合い方針を決める。気配察知の力はモンスターと人間を区別して認識できないため、一応人間である可能性もある。とはいえ姿が見えないのだから、草むらに伏せった不審者か、こんな何もない場所で隠身しているアサシンぐらいしか可能性は残らない。 余談だが、アサシンのパッシブスキル:気配途絶は同じく中衛職のレンジャーのそれと対を成す存在である。アサシンの気配途絶はあらゆる手段からの知覚を防ぐが、唯一レンジャーの気配察知からだけは逃れることは出来ない。親戚のような関係でありながら、レンジャーはアサシンの天敵なのだ。無論それはPvPを前提とした見方ではあるのだが。


 閑話休題。

 今の問題は発見された二つの気配だ。不審者かあるいはアサシンか。

 どちらにせよ、先制攻撃を仕掛けて文句を言われる筋合いはないほどには怪しい。モンスターならば気を使うだけ無駄だ。


「いきます、”ストームフレイム”ッ!」


 ウィザードの真骨頂、遠隔攻撃魔法だ。相手が目視できないため、範囲の広い炎熱攻撃を使ったらしい。螺旋状の渦巻く炎がエルフの右手から飛び出し、草むらを焼き払う。

 ゴウゴウと空気さえ焼くような魔法だ。


「グェェエェ!!」


 この世のものとは思えない悲鳴が聞こえる。以前に倒したことのある鳥やゴブリンとどこか似通ったところがある。間違いない、人間ではなく二体のモンスターだ。

 右手にナイフ、左手に投石に使う握りやすい石ころを持ち姿勢を低く構える。燃え盛る炎の渦の周りの草を注意深く観察していると、がさがさと草むらが揺れ動いたことに気づく。

 2方面にばらばらに飛び出した蛇は、そのままこちらと戦闘状態に入ったらしい。移動を続けながらこちらの動きを窺っているようだ。

 草むらに身を潜め、奇襲を仕掛ける。確かに有力な戦法だろうが、人を超えた視界を有するレンには通用しない。脳内マップを移動する生命反応のマーカー、それが自分に向かって急接近するのを捉え、呼吸を計ってその場を跳びずさる。

 草むらというテリトリーから一拍遅れて大口を開けて飛び出した蛇の牙は、間抜けにも空を食む。


「シッ!」


 モンスターのさらした大きな隙を見逃さずにナイフをふるう。狙い過たず頭部を切断したナイフは一撃でモンスターの生命力を消滅させていた。

 光の粒子となって分解されていく蛇。もう一体はいまだ周囲を盛んに動き回っている。どうやら、前に出たレンを迂回して後方にいるエルフを狙おうと画策しているらしい。よく頭の回るAIに感心しつつも、敵の位置にあたりをつけて、投石を仕掛ける。まさか当たるとは思っていないが、けん制になればと思っての行動だった。しかし、ゲーム補正によって強化されたレンの視覚と、コントロールは想像以上で、


「ギィェ!!」


 醜い悲鳴が響く。そして相方のエルフもただボーっとしていたわけもなく、特定されたマダラスネークの場所に向かって、


「”ストームフレイム”!」


 業炎が地形ごとモンスターを焼き払う。断末魔の悲鳴を上げるマダラスネーク。

 気配察知のレーダーから生命反応が消失するのを確認する。同時に経験値やお金が少量追加されているのを目端で捉える。


「生命反応消失。あたりに敵影はない」


 事務的に告げると、ホッと気が抜けるのを感じた。エルフも同様のようで弛緩した空気が漂うのを感じた。二人ともこの世界での戦闘はこれが初めてではないが、死を意識した上での戦いは初めてだった。

 こんな一瞬の戦闘でさえ精神力を大幅に消耗するのかと、実戦の恐ろしさを実感する。


「お疲れ様です。……それにしてもやはり役に立ちますね、気配察知は。ゲームの時よりも有用性が高いです」


 エルフの「やはり」という言葉は引っかかったが、彼の言葉は事実だ。一般的なVRRPGに照らして考えると気配察知の恩恵はかなり大きい。

 モンスターやプレイヤーの頭上に表示される体力バー、それがあれば草むらに潜む敵だろうが現在位置は丸わかりだったのに、この世界ではそうではない。

 平然と奇襲を仕掛けてくることを考えると、あらかじめそれを察知できるこのスキルの有用性は多くのパッシブスキルの中でも高水準にあるといえる。


「マナジェネレートはゲームのときをあまり使い勝手が変わりませんから、うらやましく思います」


 魔力生成(マナジェネレート)はウィザードのパッシブスキルで、MP(マナポイント)の自然回復量を倍化させる効果を持つ。遠距離から固定砲台として魔法をぶっ放していくだけなら、それは感覚としてはゲームと大差ないだろう。


「それにしても驚きました。ヒールの呪文を用意していたのですが、うまくかわしましたね」


「運がよかっただけだ。紙耐久なんだから慎重に行くしかない。これからも回復は最優先で頼む」


「わかりました。それにしてもレンさんの実力ならここら辺のモンスターなら大概倒せそうですね」


 普段ゲームではソロプレイをモットーとしていただけに、こうしてほめられることにはレンは慣れていない。赤くなった顔を隠そうと、一人でずんずん先に進む。


「ほら、討伐対象のいるエルトラントの森に行くぞ。陣形は今と同じ感じでうまくいくだろ」


「くすっ。ええ」


 押し殺した笑い声が背後から聞こえるが、聞こえないフリをする。

 パーティープレーも意外と悪いもんじゃないな。






「そろそろですね」


 森のはずれだろうか、草原を抜けると木々がまばらに生えたあたりに到着する。

 道中数回の戦闘をこなし、そのすべてをノーダメージで攻略してきた。おかげで二人ともレベル6にレベルアップしている。


「待て、反応だ。大きい!」


 片手でエルフを制して前に出る。見たことのない大きさのマーカーだ。ボスモンスター、あるいは討伐対象を示すのだろう。


「ぎりぎりの射程から私が仕掛けます。手はずどおりに」


 エルフが囁く。それに首肯を返して慎重に前進する。相手はまだこちらに気づいていない。当然だろう。レベルアップのステータス上昇に伴って、気配察知の索敵範囲は拡大している。この程度のモンスターに先制攻撃を仕掛けられる可能性は皆無だ。


「見えました」


 エルフが言うまでもなく、気づいている。木々の向こう側に見える広場のような場所をのしのしと歩き回る原生動物がいる。ずんぐりした胴体から短いが頑丈そうな4足が生えている。伸びた鼻先には鈍色に輝く二本の牙。レンのよく知るイノシシを2倍くらいに拡大したような猛獣がそこにはいた。


「奴が背を向けた瞬間仕掛けます」


 緊張をはらんだエルフの声。そっとレンから離れていく気配を感じる。レンはただ、握り締めた石ころが手のひらに食い込むくらい、握り締めていた。


「”ファイアボール”」


 小声で詠唱を済ませたエルフが一直線に飛ぶ魔法弾を放つ。球形に圧縮された魔法の炎は今にもその枷を破り飛び出そうと、内部で荒れ狂っている。

 ”ストームフレイム”と同程度の熱量をこぶし大の塊まで圧縮した攻撃魔法――それが暴れイノシシの尻に直撃した。


「ギャアオオォォン!!」


 痛そうな声を上げる暴れイノシシ。どこから攻撃が飛んできたのか必死で辺りを見渡している。エルフはその隙を見逃さず、第二弾を打ち込んだ。木々の間を縫うように進む魔弾。狼狽するイノシシにまたもや直撃する。着弾と同時に爆散する炎の弾。

 甚大な熱に焼かれ爛れた暴れイノシシの臀部は、この距離からでも見て取れるほど無残に煙を上げていた。

 そしてここにきて、敵もようやくこちらの位置を特定する。痛みの代償を敵対者に払わせようと、強烈な敵意を込めた目でこちらを睨み付ける。その目線の先には魔法を行使したエルフの青年。

 レンの存在にも気づいてはいるようだが、優先順位的には下のほうなのだろう。「お前は後回しにしてやる」とでも言わんばかりに傲慢にこちらを一瞥した後は、もう目もくれない。ゲーム的に見れば、大ダメージを与えたエルフに高い敵意(ヘイト)を持っているのだ。


「無視すんなって」


 緊張をほぐすように軽口をたたきながら、投石を開始する。届くかどうか微妙な距離だったが、狙い過たず連続して投石が命中する。暴れイノシシはうっとうしそうに身体を震わせている。微弱なダメージを蓄積させて、エルフの貯めたヘイトを肩代わりするように投石を続ける。

 エルフの知識によると、レンジャーの推奨武器は投石器(スリング)。道具を用いないただの石投げがこれほど効果を発揮しているのは、これが原因ではないかといわれた。

 レンが今使っている短剣は、実はアサシンの推奨武器らしい。

 レンジャー本来の戦い方を見せ付けるように、集めておいた小石を間断なくぶつける。ついにイノシシの怒りが臨界点に達したのか、レンのほうに視線を向けた。

 その意外にもつぶらな瞳には、獰猛な怒りが燃え上がっている。


「突進だ!」


 エルフが叫ぶ。同時に暴れイノシシの後方の空気が爆発した。静止状態から一瞬で全速力の疾走状態に移行した暴れイノシシは一直線にレンに向かって突進してくる。

 大質量を伴う物体の猛進。慣性の法則はどうした、といいたくなるほどの加速度で眼前に迫る2本の牙。

 彼我の距離が瞬く暇もなく縮んでいく。確かに速い。現実世界のスクーター、いや大型二輪くらいの速度は出ているかもしれない。普段のレンなら到底かわせないだろう。


 人間の目はそもそも遠近感を捉えるために二つの眼球の差異を利用した錯覚を用いて、立体視をしている。逆説的にこちらに向かって一直線に突進する攻撃、突きのようなものの遠近感、速度を客観視することはきわめて難しい。

 レンも別に武術の達人などではないのだから、そこは同様だ。今の暴れイノシシの突進を見切ることができるはずもない。


 しかし、この世界にはレンを助けてくれるもうひとつの視界が存在する。

 気配察知。

 俯瞰視点ですべてを把握する神の目線。その第二の視界が眼前のイノシシの速度を正確に予測していた。

 着弾時間を予想し、全力で体をひねる。敏捷のステータスによって強化された肉体は常識を超える反応でレンの期待にこたえてくれる。

 その結果。

 猛スピードで突進する暴れイノシシを完全にいなしたレンは、すれ違いざまにナイフで切りつけるという離れ業さえも決めていた。


「ブモォォォォゥ!!」


 自身の速度を逆手に取られ、大打撃を受ける暴れイノシシ。即座に突進はとめられないらしく、その勢いは木に衝突するまで続いた。

 ドシン、と空間に衝撃を与え人の胴体よりも太い幹をへこませる。衝突の衝撃は、両者に均等に与えられたらしく、木に刻まれた破壊の跡の大きさに比例するように、酩酊した千鳥足でふらふらとする暴れイノシシ。

 当然、相方がそんな大きな隙を見逃すはずもなく、


「”ファイアボール”ッ!」


 暴れイノシシの弱点である火属性の基本魔法が彼を襲った。その一撃で最後のHPを失ったのだろうか、力なくその場に倒れた暴れイノシシの体が光の粒子になって薄れていく。


「冷や汗をかきました。お互いに無事でよかったです」


 にこやかにエルフが近づいてくる。額には緊張のためか汗の跡が見える。


「お疲れさま」


 レベルアップと同時に上昇するステータスを眺めながら、レンは戦いの終わりを告げた。

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