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02始まりの町

「ルールは簡単。総勢100名のプレイヤーの中で、一番最初にこの地の何処かにいるラスボス、魔王を撃破した人が勝者です」

「また、これは競争ですので他に条件を満たせるプレイヤーがいなくなる。すなわち最後の一名になるまで残った場合も自動的に勝者となります」

「それでは皆様、カーズドワールドでの冒険をお楽しみ下さい!」


 光に包まれ天使の降臨のように、カーズドワールドの世界に降り立つ。


「タイムアタック……だと!?」


 VRRPGをいくつもクリアしてきたレンにとって、早解きというのは馴染み深いプレイスタイルだ。レンもやり込みとして、数作品は最短クリアレコードを更新したことだってある。とはいえそれはオフラインゲームでの話。


 MMORPGでのタイムアタックなどゲーマーを自負するレンも聞いたことがない。

 そもそもMMORPGには明確な終着点が規定されていないことも多い。最終クエストなる名目で非常識な強さのボスが立ちはだかるようなこともあるが、倒したところでせいぜい究極の武器や他では手に入らないユニークアイテムが入手できるぐらいだ。

 魅力といえば魅力的だが、その特典は同時にそのクリアした()のことを見据えている。事実最終クエストをクリアしてしまうような上位ランカーはその装備を誇示するように、更なる戦いを求め戦場へと飛び出す。

 その有様から考えてみても、このゲームは異常だ。たった一人の勝者を決めるために全てのプレイヤー間で競争が行われる。これを珍しいと言う言葉で語りきれるのだろうか。


 話に聞いたベータ版とはまったく異なる攻略目標に困惑してしまう。

 と、同時にどこか冷静な部分が妙な納得もしていた。ああ、100人という少数人数はこのために設定されていたのかと。


 タイムアタックはあまり好きではない。物語に深く入り込むために、隠し要素などを暴くのが好きなレンには似合わないプレイスタイルだ。とはいえ、それがエンディングだというのならゲーマーとして目指さねばなるまい。

 クリア条件を提示されて燃えないゲーマーはいない。

 逆にこの斬新な方式は意外と面白いのかもしれない。明確なゴールが設定されることで、ゲームに適度な緊張感が生まれ、たった一人の勝者ということから慣れ合いや癒着はなくなることだろう。少々殺伐とした雰囲気になるかもしれないが、元々ソロプレイを好むレンからすれば願ってもない展開かもしれない。


 他者を出し抜き、最速クリアを目指そうと決意する。



 まず最初に必要なのは状況把握と状態把握。

 今いる場所は小さな森のはずれで、森の反対側には町がある。距離はありそうだが、最初の目的地となるべき場所だろう。近くにモンスターや他プレイヤーの姿は見えない。

 自身の能力を知ろうと、町を目指して歩きながらステータスをチェックする。


名前:レン

職業:レンジャー

位階:1


 その下にはずらずらとSTRやAGIなど細かな数字が表示されているが、それを全て調べても仕方あるまい。基本的に職業特性にしたがって紙耐久、低攻撃力の代償として高い敏捷が与えられている。武器や道具を扱う器用さも高めだ。

 続いて、詳細を見ていく。RPGの花形、スキルの確認だ。


 パッシブスキル:気配察知

 モンスターに限らず、生命の波動を感じ取る能力。自身を中心とする範囲内の生命反応を探知する。


 おそらく職業に由来するであろうスキル。

 レンジャーならば持っているだろうと、予想していたが的中だ。この能力は序盤から終盤までお世話になるはずだ。早期に索敵することが出来れば、逃走しやすくなるし、狩りの効率も上昇する。パーティーを組まないレンのプレイスタイルには必須の能力だった。

 今回はアキ、いや亜貴と組むつもりだったが、予想外の事態で協力プレイは困難になっている。そういえば、魔王撃破の時パーティーの扱いはどうなるんだろうか?

 そんな事さえ忘れていたことに気付いて、ヘルプの呼び出しを試みる。世界観を損なうため、あまりヘルプの類は好ましくないのだが、状況が状況だ。折れるしかない。

 そう考えていたのだが、ヘルプがレンの呼び出しに応じる気配はない。ひょっとしたらヘルプ機能のないゲームなのかもしれない。レンもこの時は深く考えること無く、仕方なく町への道を急いだのだった。


 町の検問を通過して、中に入る。武器一つ持たない中、不自然に一つだけ持っていた持ち物のギルドカードなる身分証明書を見せることで中に入ることができた。とはいえ今は無一文。情報収集の基本の酒場にさえ行く事はできない。手詰まりかと思われるが、百戦錬磨のレンはその程度では動じない。

 レンはまず、町一番の大きな建物である冒険者ギルドへと向かうことにする。一つだけ持っていたギルドカードの存在から推測される最初の目的地がここだ。

 中に入ると、がやがやと賑やかな様子だ。飲食物も販売しているらしく、喫茶店のようになっている。そこを突っ切って受付のお姉さんに声をかける。


「何か御用でしょうか?」


 慣れた様子の応対。とりあえず、カードを出してみる。


「あら、新規登録ですか。少々お待ちください」


 何も言っていないが、どんどん話が進んでいく。チュートリアルのようなものだろうか。冒険者ギルドを目指すというレンの判断は正しかったらしい。


「はい。登録試験の採取クエストです。薬草を十個集めてきて下さい」


 登録のために必要なクエストを受けることになった。成功すれば、冒険者としての身分が得られると同時に、ギルドのサービスを使えるようになる、と教えられる。

 クエストを成功させるために、情報を集める。街に向かう途中に見かけたハーブのような葉っぱが薬草かもしれない。念の為に彼女に薬草の特徴を聞くと、その通りだった。あれならば、一時間もかからずに十個採取することができるだろう。

 礼を言ってギルドを去ろうとすると、壁際にいた男が近づいてきた。


「おい、坊主。お前冒険者になりたてか?よければ色々教えてやろう」


 スキンヘッドでがっしりとした体型に無意識に警戒心を抱いていたが、親切なチュートリアルキャラクターのようだ。


「ありがとうございます。ぜひ教えて下さい」


 男からクエストの受け方や、周辺のモンスター情報などを聴き出す。本来ならば、初心冒険者を演じて、無知を装いつつも楽しく会話するのだが今回ばかりはそうもいかない。事務的に情報をまとめる。


 このゲームはプレイヤー同士で誰が魔王を倒すのか競争する為、早解きが必要になってくる。その場合、レンのような事前知識を持たないプレイヤーは圧倒的に不利だろう。逆にベータ組はすこぶる有利ということになる。

 数少ないレンの武器であるRPG全般の知識を総動員して、やっと互角というくらいだろう。手段を選んではいられない。


 急いで町を出てから、町の周辺を歩きまわって薬草をさっさと集めてしまい、ギルドに戻る。町の周辺にはモンスターの陰もなく、安全に採取活動に没頭できた。しかも敏捷の早いレンジャーの特性のおかげだろうか。現実世界よりも圧倒的に早く歩くことが出来たのだ。こういう普段の移動でさえも敏捷が影響するのならば、移動時間の短縮が積み重なってライバルたちに先んじる一歩になるだろう。


 報奨金と一緒に、冒険者ギルドの所属印をギルドカードに書き込んでもらう。これで冒険者ギルドの保証が受けられ、宿屋も安くなるらしい。

 小銭程度の報奨金を使ってまず装備を整える。チュートリアル男に聞いていた武器屋を訪れ、購入すべきものを電光石火で決めていく。性能よりもとにかく値段。

 その結果、購入したのは一番安い装備だが、それでも一式揃えるともう金が残らない。

 武器屋の隣に立地する道具屋で、残った端数で回復薬を一つだけ購入する。無いよりはマシだろう。


 念のため、会う人会う人に魔王の居場所を聞いてみるが、予想通り誰も知らなかった。と、いうより居場所どころか存在も知らなかった。

 魔王が原因でモンスターが暴れる、という世界観とは違うのか。言われてみれば、レンの事前調査でもカーズドワールドオンラインベータ版には魔王なる存在はいなかった。勝利条件から考えると、このゲームはベータ版とは別物だという認識を持ったほうがいいのかもしれない。ベータ版プレイヤーも困惑していることだろう。


 モンスターとの遭遇を避けて、高速でシナリオ進行するなら早く魔王の居場所を特定しなければならない。もし魔王に対して低レベルでは対抗できないとしても、レベル上げをするなら後半の強力なモンスターを狩っていったほうが効率がいい。

 結果的にどちらにしても、魔王の存在を発見することが急務なのは変わりがない。


 一刻も早く先に進もうと、情報の多く集まるという王都の場所を調べる。聞き込みの結果、東の山を二つ越えた先にあると、行商人から情報を手に入れたレンは、素早く移動を開始した。


 町を出てから足を止めずにひたすらに東進する。日が高い内にできるだけ距離を稼ぎたい。多くのRPGでは夜になるとアンデッドモンスターや精霊モンスターのような一段階強力なモンスター出現率が上昇する。視界も悪くなるため、位階(レベル)1のレンには夜間行軍はかなり危険だ。


 太陽の位置を確認すると丁度天頂のあたりにあった。

 現実世界の常識が何もかも通用するわけではないが、太陽の位置というのは世界観を損なわずに時間を示す手段だと、多くのVRRPGに実装されている仕様だ。真上に来た時を正午として日の出が6時、日の入りが18時ときっちり割り振られている。その為角度を調べればすなわちおおよその時間を知ることができる。

 昔は一日が100時間!とか目新しい設定で、売りだされたゲームもあったそうだが、VRゲームにわざわざ面倒な設定を持ち込む事はユーザーにも好まれなかった。それ以来幾つかの不文律がVRゲーム界にはできている。

 太陽の位置が時計の短針代わりになる仕様もその内の一つだ。

 今調べたところ、およそ町を出てから一時間半ほど経過したようだ。


 歩き続けて軽く疲れを感じ始めていた時、レーダーに反応があった。張り巡らされているレンジャーのスキル、気配察知だ。反応はかなり近い。

 実は町を出てから気配察知に反応が三回あった。そのどれもが、感知圏内の外側ギリギリに出現した反応だったため、それを大きく迂回することで遭遇すること無くやり過ごせていたのだ。

 しかし、今回は違う。何らかの方法で気配を隠匿していたのか、もしくはたまたま今モンスターが湧出(ポップ)したのか。

 考えてる暇はない。既にこちらに気づいているのか件の反応はまっすぐこちらを目指している。普通なら目視できてもおかしくない距離だが、未だモンスターの姿は見えない。

 そもそもいま立っているのは王都へ向かう街道だ。石畳とまではいかないが、踏み固められ、側溝のようなものまで備えられた人の手の入った道だ。森を切り開いた道というわけでもなく、周囲の見晴らしはよく、とても姿を見せないまま奇襲をかけることなど出来ないような地形だ。

 たしかこういう時は――


「上だっ!!」


 空を見上げると鷲のような巨体を持つ鳥がこちらに急降下していた。

 間違いなくモンスターだ。重力を運動に変えたその速度は凄まじい。小さかった影が一瞬で大きくなり眼の前に迫る。


「ほっ、と」


 華麗に、とはいえないが鳥型モンスターの攻撃を回避する。

 うん、いくら早くても攻撃が来ることさえわかっていれば躱すことだって可能だ。

 しかも今レンのジョブは敏捷に優れるレンジャーだ。

 現実世界よりも幾分軽く感じる体は、レンの予めの回避命令に素晴らしいレスポンスを返してくれた。


「グェェエエエ!!」


 聞くに堪えない鳴き声を上げて鳥がもがく。急降下の勢いのままに地面にくちばしを突き立ててしまった彼は、抜けなくなったくちばしを必死に地面から掘り出そうと、羽をばたつかせてもがいている。

 そうだよな。最序盤で飛行モンスターが出るくらいだからこれくらいの致命的な弱点がなくては、ゲームバランスがおかしい。


 遠距離攻撃の充実した後衛職の魔法系ならともかく、間合いの外に逃げ去る飛行モンスターは”飛べる”というだけで脅威だ。その大幅なアドバンテージにバランスを取るために、この鳥はこのような無様な弱点が設定されているのだろう。

 いまだもがき続ける鳥型モンスターにナイフで攻撃する。

 店売りの最安品。ペーパーナイフかと思うほどのなまくらだが、表示された攻撃力分の働きはしてくれた。

 二回切り裂いたところで、もがくのをやめた鳥は体を薄れさせて消えていった。幾ばくかの金が手に入る。アイテムでも落とさないかと期待したが、そううまい話はないらしい。

 少しがっかりしながらステータスを確認すると、レベルが上がっていた。


名前:レン

職業:レンジャー

位階:2


 同時に能力値も上昇している。1体倒すだけでレベルアップとは随分気前がいい。

 MMORPGではユーザーに”強くなる楽しさ”を早く知ってもらうために序盤のうちはレベルアップに必要な経験値を低く設定していることが多い。お陰でガンガンレベルが上がり、ハマってきたあたりで必要経験値が幾何級数的に増大していき、レベルが上がらなくなってくる。それからはまるで苦行僧のように作業という名のレベル上げに取り組んでいくというのが、熱中してしまった人間の末路だ。


 このカーズドワールドオンラインもそういう調整なのかもしれない。

 確かめてみようかと、当初の予定を変更して少しだけレベル上げをしてみることにする。一刻も早く王都へ向かって、情報を集め魔王の居るラストダンジョンを目指すべきだが、ベータ版未プレイのレンはこの世界では初心者中の初心者だ。

 試しで戦ってみるのはそう悪い選択ではないだろう、と自分をごまかす。なんだかんだでレンはこのゲームを楽しんでいた。たとえ変則的な魔王討伐タイムアタックという形であったとしても。


 気配察知を使って見つけた一つの生体反応に忍び寄る。複数で徒党を組むモンスターだったら逃げていただろうが、幸いそうではなかった。相手を目視できる位置まで近づく。

 緑色の肌を覆う軽鎧。身長は低く、小学生くらいしかない。ツルツルに禿げ上がった頭部にしわくちゃの醜悪な顔がついている。ゴブリンだ。

 こちらに気がつく前に先制攻撃を仕掛けよう。

 右手握りこんだ石を投げつける。投石というのは、弾切れの存在しない弾数(むげん)の飛び道具だといっていい。丁度近接武器の届かないぐらいの間合いで力を発揮する投擲は、牽制にはぴったりだ。

 今回はこちらからの奇襲。狙いをつける時間があったため、ゴブリンめがけて飛んでいった石ころは、いきなり相手の目に命中した。

 当たったところを両手で抑えて、痛みに絶叫するゴブリン。その悲鳴の不快さは先程の鳥モンスターの比ではない。

 気にせずに斬りかかる。これはゲームであり、相手は倒すべきモンスターだ。同情など毛ほどもわかない。

 両手を眼にやった際に持っていた片手剣を取り落としてしまっていたゴブリンに、レンの斬撃を防御する手段はない。最初から首元の急所を狙った一撃は綺麗に決まり、傷口から噴水のように血風が吹き出す。

 それが目に入ると視界が奪われることは知っている。予めこの光景を予想していたレンは一撃を加えた後飛び退っていた。勿論その隙に片手に石ころを握るのも忘れない。


 投石といっても威力も馬鹿にはならない。スリングを利用した一撃はゲームキャラクター特有の常識はずれの筋力も相まって、銃撃に匹敵する威力にさえなる。


 ゴブリンの反撃に備えるが、首から血を流し続けるゴブリンは動かない。それどころかどんどん体が薄くなって、光に溶け込んでいく。どうやらたった一発で事切れてしまったようだ。

 拍子抜けしながらも、手持ちの金品が増えていることを確認する。

 今回は回復薬を戦利品として手に入れた。

 自分が回復技を使えるでもなく、さりとてパーティにヒール役が居るわけでもないレンにとって回復薬は貴重な生命線だ。ありがたく頂いておくことにする。


 レベル上げついでに回復薬を集めようと、更に5体のモンスターを狩る。気配察知を利用した先制攻撃を兼ねた投石攻撃は誰に対しても有効で、レベル5に上がるまでに一切被弾していない。


「まあ最初だしこんなもんか……」


 あっけなく勝てていて向かうところ敵なしの状態だが、どれも不意打ちが成功しただけだ。向こうからの奇襲、あるいは一対多の戦いならばどう転ぶかはわからない。

 もっとも、それを恐れたからこその気配察知だったが。


 レベルが5まで上がり、キリが良くなったところでふたたび街道に戻る。寄り道をしてしまったが、まだ太陽も高い。今から進めば距離はかなり稼げるだろう。


 小一時間は経ったろうか。

 脇目もふらずに街道を早足で歩いていると、後ろから馬車がやってきた。しかもかなりの速さだ。御者がこっちに向かって手を振っている。友好的な感じではなく、どちらかというと切羽詰まった印象受ける。


「おーいっ!そこの人!!後ろからゴブリンの群れが来てる!急いで逃げろっ!」


 確かに馬車の後方に土煙が見える。さすがにこの距離では気配察知も発動しないようだ。気配察知にかかったのは馬車を引く馬と御者、そして中にいる人間の気配だけ。


「トレインイベントとは、序盤から厄介なものを仕込んでくれる……」


 MMOで非アクティブモンスターに発見され、アクティブにした状態で逃走すると、相手を引きつけたまま引っ張ってこれる現象を、車両を連結して牽引する列車をもじってトレインと呼ぶ。一体だけならさして問題はないが、それが複数のモンスターに伝播し、連鎖的にモンスターの群れが拡大してしまうとなると、数の暴力で高レベルプレイヤーでも対処できない。

 一対一ならば、息をするようにゴブリンを屠ってきたレンだが、群れは荷が重すぎる。御者の言うとおり逃げ出すしか無い。全力疾走すれば、すぐに息が続かなくなってしまう。長距離走を走る心構えで走り出すことにする。

 そうするうちに馬車との距離はどんどん近くなる。馬車のほうが早いため当たり前に縮まる距離。とうとう馬車に追いつかれた。


「乗って!!」


 ものすごい力で肩を掴まれ、上へ引っ張り上げられる。そのまま宙を飛び、荷台の中に投げ飛ばされた。


「ぐぇっ」


 中にいた人間に抱きとめてもらい、無様に転がることだけは避けたが、肺の空気が口から押し出されて、潰れたカエルのような声を上げてしまう。

 痛覚がリアルに限りなく近い。

 安全のために不必要な痛覚フィードバックはロックされているはずだが、このゲームはかなりのリアル志向らしい。

 いや、そんな言葉で片付けていいのか?この痛みは……


「大丈夫ですか?」


 馬車の中にいた冒険者風の男に心配される。彼がレンを抱きとめてくれたようだ。温和そうな外見で目立つものはその細く伸びた特徴的な耳……。


「大丈夫だ。ありがとう、エルフさん」


 カーズドワールドに存在する種族の一つ、エルフだ。その設定は他のRPGと大差ない。森の住人で、魔法に対して特に高い適性を持つ種族。アバター設定の際、選択できる種族の中にあった。職業に魔法使い(ウィザード)を選ぶなら鉄板だが、あいにくレンが選んだのはレンジャーだ。安定したヒューマンが扱いやすい。


「疾風迅雷の貴公子です」


「は?」


 呆気にとられたのを誰が責められるだろうか?今こいつはなんて言った?


「あなたのお名前は?」


「……レンだ」


 ギルドカードを見せる。その意図が伝わったようで、相手もギルドカードを見せてくれた。


名前:疾風迅雷の貴公子

職業:ウィザード

位階:5


 本名だった。

 アバターネームをここまでぶっちぎった名前にする奴は見たことがない。

 いや、もしかしたらレンが知らないだけで表記をごまかす詐欺魔法があるのかもしれない。ここで笑っては失礼だ。

 なんでもないようにするのは苦労したが、演技だと思えば不可能ではない。貴公子というより草食系ハンサムとでも言うべき外見なのだが、つっこみはしなかった。


「ルールの街に向かっているのですが、途中で運悪くゴブリンの群れに襲われましてね。こうして逃げ惑っているわけです」


 芝居がかった口調でそう説明してくれる。幌をずらして出来た隙間から後方を窺うと、さっきよりも土煙が小さくなっている。


「この調子なら、野営地につく頃には振り切っているはずです。ところで君は……もしかしてカーズドワールドオンライン新規組ですか?」


 探るような眼でこちらを伺うエルフ。彼はプレイヤーだ。珍妙なアバターネームがその証拠。

 プレイヤーと言う事なら普通なら協力体制になってパーティーで組みたいところだが、このゲームは一番に魔王を倒した者勝ちのレースだ。プレイヤーは互いにライバル同士の関係になる。どっぷり協力することは難しいだろう。

 相手を警戒しながらも質問には首肯する。黙っていてもいずれバレることだ。


「そうかですか、やっぱり……。では、提案があります。どうでしょうか?僕と組みませんか?」


「組む……?最終的には相争う者同士なのにか?」


「ああそうなんですよねぇ。ベータ版と相当内容が変わってるんですよ、このゲーム。独力でクリアできるかと聞かれれば、かなり難しいと思いますよ。しかも気になることがありますし」


「……」


 情報を引き出そうと、先を促す。話を聞くだけならタダだ。


「ま、ギブアンドテイクです。君は新規組らしいし、ベータ組の私は先輩として情報をレクチャーする。代わりに君は私に協力する。どうでしょう?」


 むちゃくちゃだ。こちらを初心者だと思って足元を見ている。普通のゲームなら善意で言っている可能性もあるが、このゲームは特殊だ。タイムアタックという仕様上、後発を援助する事は自分を不利にする行為に他ならない。


「疑っていますか?では、一つ情報を開示しましょう。君も試してみたかもしれませんが、”今この世界にログアウトポイントは存在しない”」


「は?」


 騙されないように気を張り詰めていたが、思わず口から空気が漏れ出る。なにを馬鹿なことを。運営はそんな説明していなかった。あり得ない。

 

「信じられないようですね。いや、信じたくないのかな。勿論ベータ版ではこんな不具合はありませんでした。市街にあるログアウトポイントを使えばいつでもログアウトできた。でも、どんな小さな町にも配置されていたログアウトポイントが見つかりませんでした。いや、もしかしたらログアウトポイントの数が減らされたのかもしれない。それを確かめるために私は王都に向かっているんですよ。けれど、信じたくはないですが最悪の可能性ってやつを考慮せざるをえません。実は私も焦ってる。今は少しでも多くの情報と仲間がほしいんです」


 切羽詰まった表情でエルフが言う。頭がパンクしそうだが、なんとか言われた内容を整理する。


 どの町にも存在するログアウトポイントがエルフの出発点の町には無かった。

 レンが最初についた町にもなかった。

 もしかしたらこの不具合のせいでゲームから出られないかもしれない。

 王都にならログアウトポイントはあるはずだし、無かったとしても他のプレイヤーや情報が集まっている。その中の誰かがログアウトポイントの場所を知っているかもしれない。


 こんなところか。始まった瞬間からゲームを辞める時のことを考える奴などいない。あの町にログアウトポイントは無かったが、よく探せば発見できたかもしれない。

 自分の迂闊さを嘆き、目の前のエルフプレイヤーの用心深さに感心する。事前知識と経験を豊富に持っているベータ組だから気づけた事なのかもしれないが、今は素直に尊敬しておく。

 メリットとデメリットを両天秤にかけてみる。少なくとも、ログアウト関連が片付くまでは彼と行動を共にする事はメリットのほうが大きい。

 期間限定でパーティーを組みたい旨を伝えると、


「もちろん構いません。言ったように少しでも情報が欲しいですからね。では早速パーティー設定をしましょうか」


 エルフをリーダーとする二人パーティーが結成された。


「じゃあ初めての共同作業ですね」


 いたずらっぽくウィンクしてみせるエルフの姿は、優れた容姿のせいでなんとも絵になる。


「あのゴブリンの群れから無事に逃げ切りましょうか」


 レンはその存在をすっかり忘れていた。慌てて馬車の後方を見やる。さっきと変わらず土煙が見える。


「まあこのまま何事もなければ、馬車の速度なら逃げ切れるはずですが……」


 おいフラグ建てるな。そんな心の声は表に出ることはなかった。

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