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12始動

 夕焼けの空は徐々に暗くなっていた。これ以上暗くなると、足場の不安定な屋根の上で飛び跳ねることは難しいかも知れない、とレンは思った。

 悲鳴はだんだん小さくなっていて、もう今は聞こえなくなってしまった。近づいているのにだんだん声が小さくなるというのは、悲鳴の主が声も出せない状態に変わってしまったということを示すのだろう。

 見つけた。見下ろすと、路地の暗がりに二人の男の姿があった。大柄の男と中肉中背の男が向かい合っている。どちらも冒険者風の格好をしていた。


「何者だ」


 レンの誰何に反応して、背を向けていた大柄な男が振り向いた。それで見えなかった中肉中背の男がどうなっているか見えるようになった。

 首を縊るように喉を掴まれ、持ち上げられている。目は虚ろで、半開きの口からは泡を吹き、黄色いよだれがダラダラとこぼれ落ちていた。悲鳴をあげていたのはこの男に違いない。

 レンたちの助けは一歩遅かったようで、既に手遅れの状態なのが見て取れた。

 大柄な男が揶揄するような口調で声を発した。


「二人でデートか?仲睦まじいじゃないか。見せつけているのか?」


 レンはそれが自分たちに向けられた言葉だとすぐには気づけなかった。後ろに陰のように従うバルサを異性として意識などしたことはない。レンにとっては、亜貴の勢力に与する油断のならない狐狸のような印象なのだ。だが一歩引いて冷静になれば、バルサも見目麗しい女性には違いない。第三者からそう見られても仕方のないことではある。


「質問に答える気はないということですか?」


 控えていたバルサがずいっと前に出た。弓には弦を張って、矢束に手をかけている。まだつがえてはいないので、臨戦状態の一歩手前という所だ。銃で言えば安全装置を外したぐらいだろうか。

 意外と喧嘩っ早い、とレンは見当違いな感想を抱いていた。


「だとしたらどうする」


 大男がにやりと不敵に笑った。黒っぽい薄布で拳を覆っている。暗がりでは、その手を視認するのが難しくなる効果がありそうだ。他に武器らしきものは持っていない。後衛職という線もあるが、片手で成人男性一人を持ち上げる膂力から考えると、その可能性は低い。身体能力、筋力が強化される前衛職のファイターだろう。だとするならば、彼が辻斬りの犯人なのか。

 バルサの言葉に闘志を以って応えた男は、両拳を脇に構えて俗にファイティングポーズと呼ばれる体勢を作った。ゲームシステムで補正されるような、お仕着せのものではない。年季の入った熟練した職人の技とでも言うべき、独特のオーラを纏っていた。


 現実世界でレンが彼に出会ったならば、泣きながら土下座して財布を差し出していたかもしれない。それくらいの暴力の雰囲気を漂わせた男だった。


「まぁ、こっちのフィールドに迷い込んだのが運の尽きだ」


 けれどレンには負ける気はない。現実世界でいかに無敵を誇る相手であっても、ゲームの世界なら話は別だ。この世界はレンのようなゲーマーのホーム。たやすく土足で踏み荒らせはしない。


「こっちのフィールド?ふーん。果たしてそれはどうかな……」


 急速に光が弱くなり、待の街灯が次々に灯火し始めた。と、いってもその数は少ない。大通りならともかく、こんな路地にまで光は届かない。足元の瓦さえぼんやりとしか見えないほどの暗闇が徐々に近づいてきた。


「客が二人も来たんだ。お持て成ししなくちゃ失礼だよな!」


 男の双眸は暗闇に光り、赤い二つの光点が浮かんでいた。


 男が手に持っていた人間の死体を片手で投げつけてきた。屋根の上にまで投擲するほどの怪力は呆れるしか無い。あんな豪腕で殴りつけられれば、ひとたまりもないだろう。

 投げつけた死体が、目眩まし、あるいは牽制だという事は十分に理解していた。レンは最低限の動きでそれをかわそうとする。

 しかし――。


「ん、な!!?」


 死後硬直もしていない、まだ生温かい人間の死体には四本の手足がぶらぶらついている。それは固定されないまま、無作為に跳ねまわり、その軌道を読みづらくしていた。ギリギリの回避を目論んだレンは、それが裏目に出て、回避に失敗し、死体の片腕に肩口をしたたかに打ち据えられてしまった。

 隣の屋根に飛び移って避けたバルサは無事なようだ。


「ぐっ、おい。連携は――」


「わかっております。個々人の自由で、ですよね」


 レンは痛みを噛み殺しながら、舌打ちした。好きでもない相手に、自分のことを深く理解されていることほど、気分の悪いことはない。知り合って間もないながら、これほどレンが嫌悪感を覚えたのは、メフィストフェレスに続き、二人目だった。

 バルサは軽い体重を活かし、本物の猫のように屋根の上を飛び回りながら、弓矢で一方的に攻撃を仕掛けている。

 対する男は、高所からの遠距離攻撃に、捌くのが精一杯のようで、バルサとの位置関係と角度を調整しながら、うまく射線から逃れている。

 今戦況は拮抗している。レンこそがその天秤を傾ける者なのだ。


「はっ!!」


 伸し掛かった遺体をはねのける。グニャリとした肉袋のような感覚は怖気を誘ったが、心の奥に押し込める。レンが動かすと同時にその死体は光に変じて、天に消えていく。まるで自分がとどめを刺したような錯覚に襲われそうになった。


 懐から炸裂弾を取り出し、携帯スリングに装填した。レンは間を置かずに、動きまわる男にその弾を発射した。

 おどろくべきことに、死角からの攻撃をどうやってか察知した男は、片腕でその弾を弾いていた。ただの石ころならば、無傷で済んだだろう。しかし、この弾丸はとっておきの炸裂弾。店売りの補充の容易な弾薬の中では、最高品質の物だ。いくら鋼の筋肉を持つファイターでも、防ぎきれるものではない。

 炸薬が破裂し、衝撃と炎を撒き散らした。小規模の爆発に吹き飛ばされた男は、壁に衝突してぐったりとしている。人に向かって殺意を持って攻撃していることに、一瞬だけ罪悪感を感じる。けれどそれを表には出さない。レンにだってそれくらいの分別はあった。

「直撃……ですか。あの動きの標的に命中とは。レンさん、侮っていました。申し訳ありません」


「そういう事は、思っていても言うなよ……」


 攻撃を受けた男は、脳を揺すぶられた事で、まだふらふらしていた。バルサの矢が男の手足にブスブスと突き刺さっていく。四本目の矢が腹に刺さろうとした時、ようやく動き出した男が、その矢を手で弾いた。

 出血で体力を失いながらも、その闘志は些かも衰えておらず、むしろ滾っていた。


「二対一か。ハンデとしては小さすぎたか?」


 男は体に突き立った矢をむんずと掴み、無造作に引きぬいていった。傷口が開きぼたぼたと血が垂れる。


「お前たち、連携は悪くなかったけど、少し遅すぎたな」


 完全に日が沈み、辺りが暗くなっていた。闇夜に光る男の目の輝きは、さっきよりも増している。


「……まさかとは思いますが、本当にヴァンピールでしたか」


 その目を見たバルサが、信じがたいという風に言った。レンは迅雷に聞いたカーズドワールドの種族について思い出していた。


「ヴァンピール……夜間限定で、様々な恩恵を得られる種族か。代償としての昼間の間のステータスダウンのせいで、殆ど使われていないという話だったか」


「その通り。残念ながら、日のある間にトドメを刺せなかった時点で、あんたたちの負けだ。こっち(・・・)のフィールドじゃあ、勝負にすらならないぞ」


 男が話している間、全身の傷が嘘のように消えていくのをレンは目撃した。矢を引きぬいた傷も瞬く間に修復されている。炸裂弾の火傷もすっかり消えてしまった。

 共闘仲間のバルサを見ると、暗くて表情はわかりにくいが、どうやらその表情はひきつっているようだ。


「不味いですね。夜になってしまったことではなく、あのヴァンピールが昼間であれだけ動けていたことが……です」


 男は片足で地面で踏切り、たった一歩で屋根の上まで飛び上がった。跳躍した高さは三メートルに迫るほどだ。とても人間業とは思えない。男の踏切が強すぎたせいで、石畳にはヒビが入っていた。レンたちと目の高さを合わせた男は、陽気に笑った。


「弱い者いじめは嫌いなんだがな。ここで引くなら追わないぞ?」


「何を」


 反射的に言い返した瞬間、顔の脇を一陣の突風が吹き抜けた。全く視認できなかった。それほどの速さの拳だった。ヴァンピールの男の拳打は。

 レンは震えだしそうになる足を宥めすかして、体の奥底から言葉を絞り出した。


「……残念だが、PK相手に容赦はするつもりがない」


「PK?ああ。確かにそうなるな。正当防衛って事には……ならないか?」


 レンは男の様子に違和感を覚えた。ヴァンピールのファイターと条件だけは満たしているのだが、闇夜に隠れ潜み、背後から奇襲をしかけていたような陰湿さが感じられないのだ。暴力の気配こそ濃厚なものの、それはどちらかと言えば、ボクシングの選手のような、スポーツマンとしての闘志のような感じであって、殺人者のものには感じられないのだ。

 もちろん、彼がこのゲームの世界の殺人を、スポーツや遊びの一環として捉えている可能性もなくはない。けれど、彼から感じる存在感の強さは、カーズドワールドの大地に根を張ったものであり、この世界の生命への讃歌を謳っているかのようだ。

 先ほど死体を投げつけるような、死者への冒涜をしたばかりだというのに、何故かレンには彼が辻斬りの犯人だとは思えなかった。

 しかし、そんな感想はレンが個人的に抱いたものである。レンと男が話している間、バルサは何か準備をしていたようで、男と戦う決意を固めていたらしい。


「仕方ありません。一つだけ残しておけば、任務に支障はないでしょう。”現れよ(サモン)ピクシー”」


「そっちの姉ちゃんはヤル気だな。トラップメイカーとは面白い。相手してもらおうか」


 バルサはトラップメイカーのパッシブスキル、魔獣使役(テイミング)で管理下においているモンスターを召喚した。四体の妖精型モンスターが光とともに出現する。そのすべてが使役者であるバルサの命に従って動くのだ。カーズドワールド唯一無二の能力であり、ペットを飼うことができる物珍しさからか、トラップメイカーの人口は少なくない。人気のない中衛職の中でも、唯一トラップメイカーだけがカルト的な人気を誇っている原因なのだ。

 召喚された四体のピクシーは素早く散会した。バルサを中止として十字に散っている。陣形を維持しながらも、背中に生えた昆虫の羽のようなもので飛び、絶えず動き続けていて、一体に狙いを定めることを困難にしている。


「撃て」


 短い命令と同時に、四方に配置されたピクシーから魔法が放たれた。合計四発。ヴァンピールの男は、ついさっきまでとは段違いのスピードで攻撃をかわしていく。斜めに(かし)いだ足場であるのに、平地以上に自由自在、疾風のように動き回っている。

 レンなどは、自分よりも早い男の動きに、圧倒され放しだったが、バルサはただ冷静に動きを観察していた。そして何かを見出したように、何もない虚空に向かって矢を放つ。


「ヒュー。やっぱりこれくらいじゃ無いとな。日のある間に本気を出して欲しかったぜ。それならもっと楽しかったのに」


 その矢は男の動きを予測し、着弾までの時間差を計算に入れた射撃――いわゆる偏差射撃だった。あれだけの動きを見せていた男を捉え、自分の計算を信じて矢を放ったのか、とレンは驚嘆する。

 男の手の甲に刺さった矢は、しかしヴァンピールの常識はずれの回復力で再生した肉に押し出されるように、すぐに抜けてしまった。


「夜じゃあそもそも勝負にならないんだ。悪い。フェアじゃあないとは思うがな」


「舐めるのもいい加減にしてください。あまり相手を侮っていると墓穴を掘りますよ」


「侮るって……俺は事実を述べただけ――。ッ!!」


「ピクシーの本領は補助魔法です。バステが目的だと容易に想像できたはずですよ。侮りの色眼鏡で、眼が曇っていたようですね」


 ピクシーが唱えた魔法の効果で、男が苦しそうに蹲った。その動きはひどく鈍い。神速で跳び回っていたのが嘘のようだ。バルサが連続して矢をつがえて、放つ。動けない男に対して、面白いように矢が突き刺さっていく。暗闇に浮かぶ赤い目を目印にして、攻撃しているのか、一発も矢を外すことはない。背中の矢筒に背負った矢を全て使い切った時、男の体中には矢が無数に生えており、剣山のようになっていた。


「大人しくお縄につきなさい」


 少し息を乱したバルサが告げる。この勝負は彼女の完勝だ。ヴァンピールに有利な土俵で撃破したのだから、この勝利は値千金だった。


「ハハッ。やっぱこの世界は面白ぇよ。こんな細い姉ちゃんがこんな腕を持ってるんだから」


 針鼠の状態のまま、唐突に男が言葉を発した。しかも、その大怪我を微塵も感じさせないしっかりとした喋り方だ。

 バルサにもう矢の準備はない。慌てて、召喚されたピクシーに警戒を促そうとするが、またたく間もなく、突風のように動いた男にそのすべてが撃破されていた。

 男はポキリと、手のひらに握りこんだピクシーの首を折る。胴体部を握りしめ、親指でピクシーの頭部に力をかけたようだ。

 キーキーと日本猿のような鳴き声がパタリと止んだ。

 一瞬のうちに四体のピクシーは殺害され、この世界の理に従って、光に還っていった。

「本当に惜しい。いい勝負ができそうだったのに」


 男は本心からそう思っているようで、大きく嘆息した。バルサは目に見えて動揺していた。頼みとする虎の子のモンスターを全滅させられたのだから無理もない。

 レンは一歩も動けない。速さが違いすぎた。圧倒的といえるほどに。


「お前も俺と戦いたいのか?」


 男は突然闇に向かって語りかけた。一体誰に話しかけたのか、皆目検討がつかないが、とにかく気配察知には反応が確かにあった。


「うちの子が面倒かけたわね」


 どうやってこの場所を知ったのか、姿を見せたのは黒鎧を纏った亜貴だった。鎧のパーツが闇に溶け込んでいるせいで、白い素肌がぼんやりと光っているようにも感じられて、なんとも言えず幻想的だ。

 亜貴は庇うように、バルサと男の間にさり気なく割り込んだ。


「面倒なんてそんな!俺の方こそ、その子に相手してもらえて感謝しているよ。願わくば逢瀬の邪魔してほしくないんだが?」


「あら、見掛けによらず、ロマンチストな方なのね。でもこの子は今お使いの途中なのよ。寄り道好きで本当に困ったものだわ」


 二人の間には見えない火花が飛び交っていた。蚊帳の外に置かれたレンは成り行きを見守ることしか出来なかった。


「彼女の方から誘ってきたんだがね。中途で放置するのはマナー違反じゃないかな」


「そうかしらね。あなた強引そうだから、この子が嫌に思うような事でもしたんじゃないかしら」


「おいおい酷いな。俺は紳士だよ」


 大男は肩をすくめた。こんな顔芸もできるやつだったのかと、レンは意外感に打たれながらも、どこか納得していた。

 亜貴と男の舌戦は徐々にヒートアップしていた。それを双方が望み、予定調和のようにある結末を目指そうとしているかのような、計算された流れだった。なんのことはない。この二人は激突し、戦いたいのだ。なぜ戦いを求めるか、という根本の理由に違いはあるだろうが。

 レンの中で違和感は確信に変わった。男は理知的な問いを以って開戦の言い訳を探している。彼が闘争を好む気性なのは疑いないが、自分に気づいていない人間を背後から闇討ちする事を肯んじる質ではない。


「おい!バトルマニアのおっさん!」


 言葉のぶつかり合いに割り込むため、レンはあえて無礼な言葉選びをした。


「あんた、辻斬り事件の犯人なのか?」


「……おお。20歳にしてその呼び名を聞くことになるとは……」


 男は一人落ち込んだが、そのおかげで亜貴の気勢も同時に削ぐことができた。亜貴は訝しげな眼をレンに向けた。


「どうなんだ?答えてくれ」


「辻斬りというと、さっきのこそ泥か。既に始末しておいたから、事件は解決だ。探偵気取りだったのならスマンな。俺はお探しの人物じゃないと思うぞ」


「こそ泥…‥?もしかしてアレが」


「ああ。開戦の号砲にしては役者が不足していたかもしれないが、勘弁してくれ」


 男の言うことが正しいのなら、レンに向かって投げつけられた死体。あれが犯人ということになる。普通に聞けば、バカらしくなるような言い訳、罪の擦り付けだが、レンはそれを信じたいと思った。

 知り合って間もなく、殺し合いをさっきまでしていた関係だが、だからこそ彼のことは少しは理解できたつもりだ。それが浅いと言われれば、反論できるほど確信しているわけではないが。


「と言うことは、あんたは巷で噂の辻斬りとは無関係なのか」


「無関係というかなんというか、気に入らないから個人的に潰したかったんだよ」


「あんたがそいつと無関係なら、こっちに戦う理由はない。引いてくれないか」


「そうだな……。夜の間に戦うのは俺もつまらないし、やぶさかじゃないんだが……」


 男は亜貴の方に顔を動かした。レンが男に怒鳴りかけた時に、彼の闘気は霧散しているが、亜貴はその戦意を心の中に押し込めたままだ。今もその目には消えない炎の影がある。

 亜貴はレンの視線に気づくと、後ろのバルサとレンとを交互に見た後嘆息し、


「……はぁ。貸しばかりが増えている気がするけど。今日のところはもう遅いしね。帰るわ。行くわよ」


 亜貴は颯爽と髪をなびかせて、去っていった。バルサが慌ててそれに付き従う。当然のように屋根の上を移動手段として利用している。足元も見えづらいだろうに、よくもまあ、とレンは呆れて、自分は下に飛び降りた。


「……そうだ、あんたの名前を聞いていなかったな」


 思い出したように、男に問いかけた。去ってしまった相手に未練はないのか、特に気分を害した様子ではなかった。


「リュウだ」


 赤い目のヴァンピールは一言だけ言い残し、その場から霧のように消え去った。レンの動体視力では追い切れない速さだったが、気配察知のレーダーはしっかりとその動きを捉えていた。特に何か怪しい動きをするでもなく去っていく様を確認したレンは、街灯の多い方へと足を向けた。

 ヤマメとメフィと別れたのが、随分昔のことのように感じる。二人と待ち合わせしている場所は、宿泊している宿だ。街の中心部に位置する宿に戻るのはそう難しいことではない。要は賑やかな方向を目指せばいいのだ。レンのその考えは、的外れではなかったが、的確とも言えなかった。

 昼とは少し雰囲気の異なる王都を歩く。活気や熱気よりも、不健康な臭気が漂ってくるようだ。人の動きについていくうち、レンは自分が繁華街に迷い込んでしまったことを知った。

 気配察知は地形を知るのに役に立たない。あくまで生命反応を俯瞰視点で知覚出来るだけだ。王都のような広いマップを適当に歩けば、迷うのも仕方なかった。

 道行く人はそれぞれの目的があり、どうも道を尋ねられるような雰囲気ではない。さっきリュウと戦った場所も治安のよろしくない路地裏であり、その近辺であるここいら一帯は、いかがわしい店が集合している地域のようだ。

 救いは、道行く人々の中には冒険者風の服を着た人間がかなり多いことで、レンもその中に紛れていたことくらいだ。レンは人ごみに混ざりながら、一件の店に潜り込んだ。一見して店舗には見えない構えの建物だったが、入ってみればレンの予想通り、酒場だった。


「いらっしゃい」


 店内に他の客の姿はない。やる気無さ気なマスターに、道を尋ねる。客ではないと分かり、露骨に顔を顰めるが、一杯分の代金をカウンターに置くと、チラリとそれを見てから、道を教えてくれた。聞いてみれば、現在地は意外と中心部からは離れていなかった。むしろ近いといっていい。宿も歩いて十分といった程度の距離だ。

 礼を言って店を出た。入るときには見えなかったが、入口の脇に置かれた鉢植えのようなオブジェクトが目についた。どこかで見たことがあると、記憶を探れば、いきあたったのは亜貴の拠点だった。モノクルをかけたエルフが机で作業をしている部屋に同じものが置いてあった気がする。デザインが寸分違わないことから推測すると、なにかアイテムなのかもしれない。

 振り返って、マスターにこれが何のアイテムなのか聞こうかとしたが、マスターが哀しそうな顔でコップを磨いている姿が見えた。話しかけるな、というオーラを全身から発している。なんだかんだで、レンが客ではなかったことに気落ちしたのかもしれない。

 哀愁ただよう姿にレンの話しかける気は失せてしまった。


 逃げ出すように足早に通りに出たレンは、教えてもらった道をたどって宿に帰り着くことができた。ヤマメとメフィとも無事に合流した。事の顛末をかいつまんで説明したレンは、「疲れた」と言って自室に引っ込んだ。


 ゴンとリュウの違いを思い返していた。悪辣な罠を仕掛け、アルマたち三人を殺したゴンも最初は善人の面の皮をかぶっていた。リュウも同じく演技している可能性はあるのだ。今日レンは警戒心を解いて、リュウと接した。あの出来事が教訓になっていないのか、と言われれば違う。

 ――もう失うものなど無いのだ。仲間たちの絆と命は失われてしまった。もう失うことができるようなものは、自分自身の命しか無い。そのことが、自分に大胆な行動を取らせたのかもしれない、と頭の中の第三者的な部分が考えていた。

 先に進みたいという決意だけは、心のなかにあったが、その思いのやり場が見つからず、決意は空回りしているようだった。


 翌朝以降、レンは二人について回ってクエストをクリアしていった。レベルの差は僅かなものであり、プレイヤースキルも含め、総合的に見ればレンはパーティーでも中核的な役割をはたすことができた。状況判断では、ヤマメもメフィも悪くない、という程度だったので、指示を出すのもレンの仕事になった。二人がつまらないプライドで反撥しなかったのは幸運だったのかもしれない。二人とも、命の懸かったゲームということで、自分の感情よりも効率を優先した結果だ。


 レンがヤマメとメフィと組んでから、一週間がたった頃、王都に激震が走った。

 王位が継承され、僅か二歳の幼子が王位につき、国王となったのだ。それだけならば、ゲームのフレーバーであって、プレイヤーには全く関係のない情報だ。けれど、その新王が出した布告が問題だった。


 ――冒険者ギルドを含む、複数のギルド、商店を王国の直轄とし、王国直営とする。


 まさか二歳の幼児が、お触れを出せるはずがない。裏で操った人間がいるのだ。プレイヤーが利用する冒険者ギルドや武器屋、アイテムショップは根こそぎ接収された。しばらくは経営がままならないほどだという。プレイヤーを含む冒険者たちが大混乱に巻き込まれる中、翌日事態はさらに悪化の一途をたどった。


 王都に居を構える冒険者にまぎれているプレイヤーたちが次々に秘密警察に発見され、逮捕され始めたのだ。

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