表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/39

11辻斬り

 朝食を食堂で摂ったあと、部屋の荷物を移動させた。ツインの部屋からシングルの部屋への移動だ。

 ちょうど都合よくヤマメの個室の隣が空室だったので、そこに居を構える事にした。

 シングルといっても、前の部屋を僅かばかり小さくしたようなだけで、ベッドの数の違いを除いては、内装に変化は無かった。

 ベッドに座り込んで、今日の予定を考える。決まった予定は無いのだ。昨晩のヤマメの申し出に従って、しばらく行動を共にするのもいいかもしれない。

 亜貴の誘いの件については、まだ答えが出ていない。元々は亜貴と組んでゲームをする予定だった。けれど、亜貴の目指す目標は、手放しに応援できるものではなかった。


 プレイヤーの鏖殺、そんな大それた事を彼女は本気で成し遂げるつもりだ。


 簡単に答えを出せるわけが無いのだ。


 亜貴に貰った液晶板をアイテムストレージから取り出した。生存者の数が表示される魔具である。


66/100


 前回亜貴に見せてもらった時から、一人が減っていた。そのたった一つの数字に、アルマたちのような悲劇が内蔵されているのかと考えれば、陰鬱な気分になる。

 この計器が1/100を示した時、この呪われた世界は終わりを告げるのだろうか。

 レンはアイテムストレージに液晶板を仕舞い直して、隣室のヤマメに会うことにした。

 廊下に出て、扉をノックする。朝食が終わったばかりの時間帯ならば、まだ宿に残っている可能性は高い。見込みどおり、ヤマメは自室にまだ居た。


「誰ですか?」


「レンだ。入ってもいいか」


「ああ!どうぞ」


 中に入ると、ヤマメは床に胡坐をかいて座っていた。大剣を前に置いて、ボロ布で表面をごしごし磨いていた。


「お早う御座います」


「おはよう。武器の手入れか?」


「え、まあ。気休めなんですけど。なんかやってると落ち着くんです。なんというか……自分の命を預ける相棒ですから!」


「相棒……か」


 脳裏を()ぎったのは、迅雷のやわらかい笑顔。首を振って、気を取り直す。


「昨日の話なんだが……。ずっと、という訳にはいかないが、しばらく方針が定まるまでの間、パーティーを組んでくれてもいいか?」


「っ!ええ!勿論です歓迎します。僕以外のメンバーはメフィですから、気兼ねせずに済むと思います」


 ニコニコと笑顔を浮かべて、歓迎の意を示すヤマメ。


「あ、メフィにも教えたほうがいいですよね。メフィとは冒険者ギルドで待ち合わせの約束をしているので、一緒に行きましょう」


「ありがとう。荷物の整理だけしてくる」


 ヤマメの部屋を出てため息をついた。

 結局、ヤマメには亜貴の事も、生存者数の事も話してはいない。それはヤマメを信用していない事を示すものではない。ただ、そうしたほうがいいと本能に導かれるままに行動しただけなのだ。

 亜貴と一緒にこの世界そのものに挑む未来を夢想する。それは堪らなく甘く(つら)い道のりだろうが、それに強く心惹かれている自分を認識する。昔の自分なら、悩みながらも彼女に付いて行っただろう。

 元々他のプレイヤーを出し抜き、蹴落として勝利を目指すつもりだったのだ。けれど、今の自分は喪失の苦しみを知ってしまった。これはただのゲームだと、自分の騙す事さえ出来そうに無かったのだ。


「黙って蹲っていれば、何かイベントが起こって自分の意思を決めてくれる……なんて甘い考えは捨てたほうがいいんだろうな」


 亜貴に協力するのか、しないのか。そもそもこの世界で何を目的とするのか。ただ脱出を目指すのか、それとも他の何かを目指すのか。


「やっぱりゲームが好きだよ。オレは……」


 予め目的目標の定められた、人造世界。ただ決められたエンディング、ゴールを目指して一歩ずつ歩き続ける。単純な作業。

 隠し要素も、レベル上げもアイテム収集も。全ては虚飾に過ぎない。初めから、設定された”終わり”を希求する物語なのだ。コンピューターゲームという奴は。

 ゲームの才能というのは、この設定されたゴールへの道程をいかに効率的に無駄なく素早く進む事が出来るか、という事に他ならない。そこに創造性というようなものが入る余地はほとんど無い。


「将来の夢、決まってなかったけど、こんなに切実なものなんだな」


 未来の全てが自由だという事は、逆に見れば何物も指針が無く、頼りにならないという事だ。レンは自分自身の意思で、歩む道を定める必要に迫られ、その難しさを実感していた。







 ヤマメと一緒に冒険者ギルドへと向かう。メフィストフェレスと合流するためだ。


「それにしてもの注意だけはしておかないといけません。これから街中での聞き込みみたいに目立つ行動は、避けたほうが無難でしょうか?」


「ああ。不意を突かれれば、どんな相手でも危険だし、オレの気配察知も万能じゃない。特にその存在と使い方を熟知しているプレイヤーならば、その誤魔化し方なんかも分かるだろうからな。極力プレイヤーだと気付かれない様にした方がいいのは確かだ」


 ここ数日は王都の中では活動していなかったらしいので、危険は少ないだろうが、警戒だけはしておくべきだ。もうあんな悲劇を起こさないためにも。


 大通りを通り抜けて、巨大な冒険者ギルドの建物に到着する。なんだか常よりも活気が有る気がする。

 ギルド内のホールは、明らかにいつもと様子が違う。ざわざわと立ち行く人々が興奮した様子で、立ち話に興じている。何かのイベントなのかと、ヤマメに目で聞くが、知らないと首を振られた。

 手近なところにいた、中年男性に事情を尋ねた。


「いや、俺も詳しいわけじゃねえンだけどよ。なンでも冒険者ばかりを集中して襲う辻斬りが昨晩暴れていたらしいぞ。財布やアイテムは無事だから、物盗りの犯行ではないと衛兵は判断したらしいがな。殺された四人の冒険者がいずれも、一般には名を知られていないが、腕の立つ事でこっちの世界じゃ有名な連中だったからな。目撃者のガキが見逃された事とあわせて考えて、戦闘狂(バトルジャンキー)かもしれねえってことで、ここの連中も緊張してンのよ。まあ殆どの奴は無駄な心配というか、はっきり言やぁ杞憂だろうがな」


「お話、ありがとうございます。これで一杯やってください」


 ヤマメはさりげなく、謝礼を手渡した。中年の男も密かに期待していたらしく、嬉しそうに礼を言って立ち去っていった。これから昼酒でも飲むつもりなのだろうか。

 レンは世慣れたヤマメの仕草に意外感を覚えたが、考えてみれば当たり前の事だった。

 この王都でプレイヤーを探すために、ヤマメとメフィストフェレスは聞き込み調査や探索を続けてきたのだ。こういう形の情報収集はお手の物だろう。


「うーん、やっぱり思い当たる節はありませんね。こんな特徴的なクエスト忘れたはずがありません。一体何が起こっているのでしょう?」


「難しく考える事は無い。先入観をなくせばいいだけだ。プログラムが発生させた事件でないのなら、それは人が起こした事件に違いない。……プレイヤーの仕業の可能性が高い」


「しかし、正式版とベータ版では違いが多いです。これも追加されたクエストであってもおかしくは無いと思いますけど」


 ヤマメの意見も間違っては居ない。

 しかしレンは知っている。この王都に既に拠点を保有するほどの組織力を持った、プレイヤーが存在する事を。今の時点で防諜対策さえ整った、一級の警戒網を敷いて、情報を集め続けている友人がいる事を。

 で、あるならば。この世界でプレイヤーが及ぼす事の出来る影響というものは、想像以上なのだろう。悪いほうの例でも、別のダンジョンの大ボスを隣のマップまで連れてきて、飼っていたPKがいた。


 何かあれば、それはプレイヤーの仕業と念頭において、警戒しながら物事を進めるに越した事は無い、とさえレンは考えていた。


「ヤマメはまだ誰もプレイヤーを見つけてないんだろ?ここはオレに任せてみろよ」


「ですが……」


「私も同感よぉ。レンクンには何か考えがあるみたいだしぃ」


 ヤマメを説得しようとしていた時、思わぬ助け舟が後ろから現れた。


「それでぇ、ここにいるってことは、レンクンも私たちのパーティーに入るってことでいいの?」


「メフィ……。気配を消して近づくのはよしてください。吃驚したじゃないですか」


 レンは気配察知の恩恵で彼女、いや何者かの接近には気付いていたが、その歩みは敵意を持たないゆったりとしたものだった為、最低限の警戒で済ませていた。レンの肩に手をかけて、妖艶に微笑むメフィストフェレス。容姿は平凡だが、洗練された仕草からは貫禄のようなものが垣間見える。


「あぁ。しばらくの間、一緒に行動させてもらう事になった。改めてよろしくお願いする」


「はいはーい。よろしくねぇ。これギルドカードね」



名前:メフィストフェレス

職業:トラップメイカー

位階:32


パッシブスキル:魔獣使役(テイミング)

 罠で捕らえて無力化したモンスターを調教し、従者として使役する能力。

推奨武器:弓矢



名前:ヤマメ

職業:ウォリアー

位階:31


パッシブスキル:武芸百般

 全ての武器を操ることが出来る。どんな装備を使っていても推奨武器と同程度の適性を持つ。

推奨武器 全て



名前:レン

職業:レンジャー

位階:28


パッシブスキル:気配察知

 鋭敏な感覚の極致。モンスターに限らず、生命の波動を感じ取る能力。自身を中心とする範囲内の生命反応を探知する。

推奨武器:スリング




 三人でパーティー設定を行う。承認ボタンを押す瞬間、一瞬ジクリとした痛みが胸を走った。


「話を戻すんだけどぉ」


 甘ったるいメフィストフェレスの声で、現実に引き戻される。


「レンクンは、どーするつもりなの?」


「その辻斬りがプレイヤーだったとして、そいつの狙いはPKにあると予測できる。おそらく片っ端から目についた強者を倒していけば、いずれプレイヤーとぶつかるという考えなのだろう。と、なると放置しておくのも些かマズイ。少なくとも不意打ちされないように、ある程度の情報だけでも集めるべきだ」


「まぁね。情報が大切なのはよく分かることだしね?ヤマメ」


「あ……あ、あぁ」


 ヤマメの表情が強張った気がしたが、瞬きの後いつもの顔に戻っていた。気のせいだったかと、特に気にせずに話を進めた。


「だから最低限の保身として、そいつの目的なんかを調べておきたいんだが……」


「ねぇ。もしその人が、PKだったらぁどうするつもりなの?」


 悪魔のようなほほ笑みでレンに尋ねたメフィストフェレス。まるでその答えを予め知っていて、それを言葉にして聞くのが待ち遠しくて堪らないとでもいう風に。


「それは……」


「私ぃ、美味しいおかずは最後までとっておくタイプなのよ。と、いうことでその件は保留にしましょ?情報収集が大切なのには変わりないわけだし、ね?」


 陰惨とした雰囲気は嘘のように吹き飛んでいた。メフィストフェレスは励ますように、軽くレンの肩を叩いた。羽が落ちるようなふわりとした優しい触感だったが、何故か触れられたレンの腕は震えていた。


 三人で聞き込みをした結果はあまり芳しくなかった。最初に話しかけた中年男性は誠実な人間だったようで、あれ以上の情報はさっぱり出て来なかった。


「このまま続けても意味は無さそうねぇ。これ以上調べたいのなら、現場に行くか、それとも目撃者だっていう子を探して直接話を聞いてみるか、ぐらいしかないんじゃないのぉ」


「僕もそう思います。レンさん、それでいいですか?」


「二人がそう言うならそうしよう。確かにこのまま続けても意味は無さそうだ」


 ギルドをあとにして、昨夜辻斬りが現れたという場所を目指す。冒険者ギルドから歩いて十分ほど。大通りのすぐ脇にありながら、寂れた空気の薄暗い路地だった。どうやら大通りに面した飲食店の裏口が多数あるようで、道の脇にはそこらじゅうに廃棄品を入れておくポリバケツが置かれていた。石畳の隙間にこびりついた生ゴミが腐臭を放ち、衛生的に問題の有りそうな場所だ。

 こんな場所にも需要はあるのか、ゴロツキが徘徊していることが多いらしい。ギルドで事件現場について聞き込んでいる最中に、アドバイスされた。特に女性にとっては夜中に近づくことは厳禁の、治安の悪い所らしい。扇情的なプロポーションのメフィストフェレスを心配してくれた、恰幅のいい中年女性からの助言だ。

 レンは足元のしなびた果物の皮を踏まないように注意しながら、観察を続けた。

 隠れることができるような物陰はあまりない。腰の高さほどもある大きなバケツならば身を隠すには十分に思えるが、目で確かめてみると、案外死角は少ないことがわかる。夜ならば、見えづらくなって隠れやすくなるのだろうが……。

 レンたちが隠れられる場所を調べているのには理由がある。

 被害者の凄腕冒険者たちの死因は絞殺。首をものすごい力で絞められ、首の骨を折られていた。首に残った手形から、下手人は武器を使わずに己の腕力のみで、その殺人をやり遂げたことになる。遺体に激しく争った形跡が見当たらないことから、後ろから突然襲われ、そのまま抵抗するまもなく絶命したと考えられる。物陰に隠れて奇襲したと考えるのが妥当なのだ。


「どうどう?隠れられてる?」


 検証のためバケツの陰にしゃがみこんだメフィストフェレス。何故かはしゃいでいる。


「あー。うん。見えてるよ」


 ヤマメが言いづらそうにそう答えた。見ると、どんな姿勢をしているのやら、バケツの陰からツンと突き出たバストだけが、異様な存在感を出していた。レンは何も見なかったことにして、思考の海に戻った。


(バケツ以外にオブジェクトはない。だが、店の裏口の扉の中に隠れていればあるいは……。いや、開いた時に気づくか?)


 金属の蝶番は錆び付いていて、扉を開閉する際にギシギシ音を立てそうだ。けれど、バケツの陰に隠れていた、というより可能性は高いだろう。問題はどうやって飲食店の裏口に潜り込んだか、だが。レンが隠れ場所についてから、店の鍵を手に入れる方法に思考を飛躍させかけた時に、レンのレーダーに反応があった。急速にこちらに向かって接近してくる一つの反応。建物を突っ切るように、無人の荒野を行くが如き勢いだ。


「反応一つ!なにか来るッ!!」


 レンよりもレベルが高い分、経験を積んでいるのか、すぐさま迎撃体制を整えたヤマメとメフィストフェレス。前衛のヤマメは油断なく剣を構え、中衛のメフィストフェレスは、そのままポリバケツを障害物として利用するつもりらしく、陰に隠れている。レンはといえば、接近してくる反応の方向を二人に示しながら、懐から取り出した弾薬をスリングに装填していた。

 反応は更に接近を続けている。もう接触しそうなほどなのに、その姿は未だ見えない。こんなことが前にあったような、とレンは記憶を掘り起こし、遅れ馳せながらその答えを手に入れる。


「上だ!」


「レン……さん?」


 屋根の上に見えた顔は知ったものだった。昨日亜貴のところで出会ったばかりのプレイヤー。確かバルサといったか。屋根の上を疾走できるほど身軽なのは、中衛職の力だろう。


「バルサ、何をしているんだ」


「いえ、ちょっと野暮用が……」


 見上げる眼に力を込める。曖昧な物言いで逃がす訳にはいかないからだ。なんのためにここにいるのかを忘れてはいけない。辻斬りの下手人を探すための調査にやってきたのだ。この女が本人や、その関係者でないという保証はどこにもない。レンと彼女が顔見知りだと知って、待機状態を続けてレンに交渉を任せている二人も、警戒を解いてはいない。いつでも動き出せるようにしている。

 そんな剣呑な気配に気圧されたのか、バルサは猫耳をペコリと畳んで、飛び降りた。両足を揃えて、まるで本物の猫のようにしなやかに着地したバルサは、両手を上げて敵意がないことを示した。


「亜貴様のご命令で買い出しに出たのですが、タイミングが悪かったようですね。レンさんたちは、通り魔の調査にでも来たのですか?」


 バルサは小首を傾げる。


「知っているのか」


「ええ。犯人の身元まではわかりませんが、事件のあらましくらいは」


 亜貴は諜報網について言及していた。実情は不明だが、王都で起きる大きな異変は察知できているのか。


「ここは……昨晩の事件現場ですね?何か分かりましたか」


「いや、今わかった所だ。犯人が隠れていた……いや待ち伏せていたのは屋根の上だ。そこから音もなく忍び寄り、背後から攻撃を仕掛けたんだ」


「屋根の上か……ベータ時代は進入不可だったから盲点だったな」


 話し合いの行く末を見守っていたヤマメが割って入る。バルサに危険はない、と判断したらしく警戒は解いている。一応メフィストフェレスはまだ埋伏しているから完全に信用したわけではないらしい。


「下手人が屋根にいたからどうだというのですか?何か進展になりますか?」


「ん、そうだな。屋根の上に潜んでいるだけなら、誰にでもできそうだが、その上を平地のように跳び回れるほどの身体能力となると……」


「敏捷特化の中衛職か、もしくはファイターですね。殺害の手口が素手での絞殺ということで、筋力全般が強化されるファイターの線が濃厚でしょうか。ベータ時代でも、筋骨隆々になって気が大きくなったのか、全能感を感じた危ない連中がよく揉め事を起こしていました」


 ヤマメが言葉を継いだ。確定情報ではないのだが、全くなんの予備知識もなく手探りの状況から考えると、指針の一つにはなるだろう。


「ファイター……ですか」


 亜貴もそういえばファイターだった。バルサはそのことを気にしているのか。


お三方(・・・)の話を聞いて考えが変わりました。亜貴様に許されている自由裁量の範囲内でならば、私もお手伝いできるかと愚考しますが」


 チラリと物陰に視線を向けたバルサ。メフィストフェレスが隠れている場所だ。潜伏専門職のアサシンのような気配を消すスキルはないのだから、気づかれてもおかしくはないのだが……。


(油断できない女だな)


 バルサが事件の犯人という可能性は無いだろうが、彼女の意図は不明だ。なにしろあの亜貴の配下だ。何を画策しているかわかったものではない。


「手伝い?買い出しの途中じゃなかったのか?」


「はい。ですから協力するのはそれが済んだあとになるかと。もちろん亜貴様の許可を頂いてからですが」


「協力といっても、僕達の目的は情報収集だけだったからね。一応もう切り上げてもいいところまでは来てるんだけど」


「そうなのですか、レンさん?」


「……ああ。元々自衛のために情報を集めるだけの予定だった」


「畏まりました。では、お三方ではなく、レンさん個人の目的に協力いたします」


「目的?そんなものは」


 バルサは返事も聞かずに建物の屋根に飛び上がった。よく見ると、小さな突起を足がかりにして、(ましら)のようにスイスイ壁を登っている。……彼女の種族のことを考えると適切なたとえでは無かったかもしれない。猫のように、が正解か。

 屋根まで駆け上がったバルサは、一度だけこちらに向き直り、礼をしてから走り去っていった。


「レンクンにはいろいろ聞きたいことがあるわねぇ」


 隠れていたメフィストフェレスが姿を現した。指を唇で濡らした妖艶さは、逆らえないような雰囲気を醸し出している。

 レンは亜貴の事を彼らに話していない。当然、亜貴の従者であるバルサについても同様だ。カーズドワールドオンライン新規組であるレンにそう知り合いが多くいるとも考えられない。仕方なくレンは嘘に嘘を重ねることにした。


「……ヨルムンガンドを追い払ってくれた凄腕がいるって言っただろ?それが彼女だ」


「お、女の子だったんですか……」


 純朴なヤマメは素直に驚いているだけだが、メフィストフェレスは目を細めて疑り深そうな顔をしている。


「ふーん。そんなに強そうには見えなかったけどねぇ。人は見かけによらないってことね」


「ああ。それにメフィストフェレスも人のことは言えないと思うぞ。外見と中身のギャップについては」


「メフィでいいわよ。長いでしょ。外見というより私が言いたいのはオーラとか雰囲気とかそういうにじみ出てくるものの話なんだけどね、ま、いっかぁ」


 メフィは勝手に納得してしまったが、レンにとっては好都合なので特に指摘はしない。今レンの心を占めているのは、二人に嘘をついて、ごまかした事ではなく、バルサが言っていた手助けについてだった。レンの目的など話した覚えはない。それどころか、自分の心に尋ねても、目的など見つかりはしなかった。レンさえも知らないレンの心を彼女は理解しているというのか。


「そんな凄腕が興味をもつくらいなんだから、その(くだん)の辻斬りはプレイヤーで確定みたいねぇ。で、職業はファイターの可能性が濃厚。最後の一人になるためのPK狙いかしらねぇ」


 知りたい。自分の心が知りたい。進むことを決めたレンにとって、自分の足元さえ真っ暗なのは我慢ならなかった。バルサと会って、もっと話を聞きたいと切望する。それが今出来る最善の――


「レンさん?大丈夫ですか」


 ヤマメが心配そうにこちらをのぞき込んでいた。


「悪い、少し考え事を」


「考えこむのは構いませんが、話しかけられて気づかないほど没頭するのは注意してください。今やパーティーの防衛の要なのですから」


 気配察知のスキルは万能とは到底言えない。特にその性能を熟知したプレイヤー相手には、セキュリティーホールを巧みに攻撃されてしまうだろう。だが逆に言えば、いつ襲ってくるかもわからず、どこを攻撃するかも不明な第三者からの攻撃の攻める箇所を限定できているということでもある。抑止力としての貢献は馬鹿にできない。

 レンはヤマメに詫びて、再び警戒網を張り巡らせた。もうこれ以上ここに居続けても大した成果は得られまい。

 レンには一つ試してみたいことがあった。二人に断りを入れてから、単独で屋根の上に登る。レンの職業は中衛のレンジャーであり、屋根から屋根へと飛び移ることも難しくはないはずだ。瓦屋根はデコボコしていて歩きづらかったが、棟を跨ぐようにして立つと、体のバランスは安定した。


「斥候役として街の上の地理を把握しておきたいんだが、一日もらっても構わないか?」


「どうしてもと言うのならば、止めませんが……。では夕刻に宿で待ち合わせということでいいですか?」


「ああ。ありがとう」


「レンクン。怪我とか面倒事は起こさないように気をつけてねぇ~」


 二人に別れを告げて、屋根の上の世界の調査に入る。今日パーティーを組んだばかりで心苦しいのは確かなのだが、これは絶対にやり遂げ無くてはならない重大な任務だと、レンは認識していた。

 しばらく体重移動を繰り返して感覚を掴んだあと、屋根から屋根へと飛び移る。はじめは短い距離を。30センチほどの隙間を跳躍した。次はもっと長い距離を。更に長い距離を。何度かテストを兼ねて跳び回った結果、レンの跳躍力でも王都全域を自由自在に移動できることが判明した。時たまぶつかる五階建て以上の高層建築が障害物として立ちはだかるものの、うまく迂回すれば、目的地まで移動することはたやすい。

 レンの推測通り、下手人が屋根の上を利用しているのだとしたら、さぞ自由に行動できただろう。羽を持つ鳥の気分だったに違いない。

 この移動方法を教えてくれたバルサへの感謝を抱くと同時に、恐怖も感じた。この事実を知らないまま、王都で行動するというのが、戦場を裸で行進するくらい無防備な行為に感じたからだ。


(高度を利用した攻撃は気配察知の穴を突く方法の一つだからな。高低差のある場所では注意しなければ)


 日中は常に動き続けていたため、疲労が溜まってきた。既に空は夕焼けに染まっている。王都はこのショートカット移動法を使っても、一日で歩き回れないほど広く、残りの探索は明日以降に持ち越すことにした。


 宿に戻る途中に、待ちわびていた客人の訪問があった。


「亜貴様の許可を頂いて参りました。レンさん」


 赤い太陽から、まるでにじみ出てきたかのように、バルサは突如姿を現した。


「レンさんの目的に協力するように、とのことでした」


「ありがたい話だが、その肝心の目的とやらが皆目検討がつかない。人間、自分のことは意外にあまり見えていないものだ。教えてくれると嬉しいんだが」


「検討がつかない?冗談が上手ですね。虚飾だらけの言葉では信用を失いますよ」


「いや、それは本当に――」


 レンの言葉を手で制したバルサは、「静かに」とでも言うかのように、唇に指を添えた。耳を澄ませるが、何も聞こえはしない。抗議しようと一歩踏み出した瞬間、かすかな悲鳴が聞こえた気がした。


「どうしますか?レンさん」


 猫耳はただの飾りではなく、実際に聴覚を強化する力でもあるのか、バルサはレンよりも鋭敏な聴覚を持っているようだ。


「……行こう。話は後で聞かせてもらう」


 頷いたバルサを従えて、レンは王都の空を飛んだ。この時はまだ今晩がこれほど長い夜になるとは想像していなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ