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10彼女の目的

 彼女がいったん”敵”だと定めれば、容赦はしない。

 敵対する意思がなくなるまで徹底的に痛みつけて、服従させる。恐ろしいのは、無理やり従わされているのではなく、むしろ望んで従うようにさせられている事だ。

 その裏で何が行われているのか、君子危うきに――の精神でレンは今まで知らぬ振りをしてきた。


 彼女は”敵”には容赦しない。徹底的に排除しようとする。

 そしてこのゲームの世界は、たった一人だけが生き残る事を許されたサバイバルの世界。自分以外は全てが”敵”。

 だからこの世界で彼女が倫理を無視して動いたのは、必然だったのかもしれない。彼女は全ての敵を無力化するまで、その大いなる歩みを止めることは無いのだから。


「亜貴様、お怪我はありませんか!?」


 時代錯誤な台詞と共に、崖を伝って降りてきた少女が亜貴の下へと駆け寄ってきた。

 ぴょこぴょこと心配そうに、頭の猫耳が別の生物のように動いている。魔力を代償に敏捷を強化した種族――ワーキャットだ。背中にはボウガンと矢筒を吊り下げている。


「バルサか。予定通り、転移罠の敷設だ」


「畏まりました!」


 立ち止まったバルサと呼ばれた猫耳少女は、その体からスキル発動の光を出し始める。魔力を練るようにうんうん唸りながら、両手を合わせている。


「さて用事も済んだ。爬虫類は回復魔法で記憶を操作して、一時的な痴呆にしているだけだ。いずれは自分が牢獄に囚われている事を思い出して、暴れるだろう。今のうちに撤退するぞ、レン」


 両足は未だ動かず、女子(おなご)のようにへたり込んでいたレンを、亜貴は物凄い力で持ち上げて、背負った。


「軽々だ。格闘家(ファイター)というのも中々悪くないな」


「亜貴様、転移罠設置完了です」


 バルサの足元にうっすらと浮かぶ魔法陣が見えたが、すぐに地面と同化して消えてしまった。レンを負ぶったまま亜貴はその消えた魔法陣に向かって歩き出す。

 ゴツゴツした甲冑が頬に刺さり、収納された翼が腹の辺りに当たって、異物感のようなものを覚える。


「亜貴……、おんぶしてもらっているオレが言うのもなんだが、その、色々痛いぞ」


 意識して昔のように、現実世界のときのように軽口をたたく。

 そうだ、演技だ。アキはどんな演技でも、それを全力で演じる限りは乗ってくれるはずなのだ。


「ふふふ、じゃあお姫様抱っこがいいの?それは胸が当たるからちょっと……」


「いや、言うほどバスト無いよな。意外に」


「失礼ね。あんまり重いのも()だからね?アバターの設定で少しばかり減量しただけよ。本当はもっとあるんだから」


 亜貴の肩にレンの頭は乗っていて、だkら自然と目線が下がってしまったのは、仕方のない事だ。仕方ない。顔と顔がくっつくような至近距離。仄かに香りさえ漂ってきそうな状態では仕方ないのだ。

 冗談を言い合いながら、消えた魔法陣があった場所に立ち入る。亜貴の隣には羨ましそうにレンを見ているバルサの姿もある。

 魔方陣に踏み込んだ瞬間、強い光が湧き上がって、視界を白に染め上げていく。トラップメイカーの操る罠スキルの一つ――転移罠の効果で、三人はその座標を変えた。






 転移罠は予め設定した始点と、終点を結ぶ門を作るトラップメイカーのスキルだが、短距離しか転移できない欠点があった。水平距離にしておよそ100メートルほど。便利なようで、意外に使いどころの少ないスキルだったが、高度(ハイト)を無視するため、今回のように谷底と崖の上を行き来するのには、もってこいだ。

 崖の上に座標を移し、三人は王都への道を急いだ。移動速度に優れる中衛職のトラップメイカーのバルサはもちろん、セカンドジョブに身体能力を極限まで高めるファイターをとっている亜貴も、レンを背負ったまま、かなりの速度で移動する事が出来た。


「転移罠も、麻痺罠も……どちらも設置式、事が起こる前から準備していなければならないよな。亜貴、何が起こるか分かっていたのか?」


「そうねぇ。確かに王都周辺は私たちの諜報圏内だからね。誰かがこそこそと、大渓谷にペットを飼い始めたのは知っているわ。他の参加者を削ってくれる事を期待して、いつでも潰せる準備だけして、放置していたのだけれど、レンが危ないって聞いてね。計画を変更して、サクッと刈り取っちゃった。どう?助けに来てくれて嬉しかった?それとも、自分が白馬の王子様に成りたかった?」


「……そうか」


 亜貴の言葉は残酷な真実を語っていた。泳がせていた、ということは、もし亜貴が対処を早くしていれば、アルマたちを含む、ゴンの犠牲者は死なずに済んだ……ということになる。それに亜貴が助けに入るのがもう少し早ければ、迅雷も無謀な突撃を取りやめたかもしれない。


 もし――もし――。

 仮定がいくつもいくつも湧き出ては消えていく。

 「なんでもっと早く助けに来なかった」言葉が喉をつきかけて、寸前で呑み込む。これだけは言ってはいけない。それを理解しているからだ。

 レンがもっと強ければ、彼らを助ける事が出来た。レンがもっと慎重ならば、あるいは騙される事は無かった。けれど、亜貴には彼らを助ける義務など無いのだ。むしろライバルとして抹殺しようとする立場。レンが助けられた事さえ、知り合いだから、以外の理由は存在しないのだろう。


 そうして亜貴の背で話しているうちに、城門に到着する。


「バルサ」


「承知」


 再びバルサがスキルを発動する。魔法陣が現れ、消える。転移罠の終点設定が完了して、埋伏した魔法陣に三人で乗り込む。


「念のための間者対策よ。あまり深く気にしないで」


 亜貴の言葉と共に光に包まれ、視界が消えていく。次の瞬間、どことも知れぬ部屋に三人は転移していた。


「私たちの活動拠点かな。人が集まる場所には、情報が集まる。王都の中にあるのだけれど、一応所在地は秘密という事になっているわ」


 調度が何も存在しない、地下室のような暗室に三人は転移した。その頃には、レンの足もゆっくり歩ける程度には回復していたので、亜貴の背中から降ろしてもらう。もちろん、自然回復に加えて、亜貴のヒーラーの魔法の助けがあったのは言うまでも無い。

 無意識のうちに気配察知が作動するが、街中では気配察知はほとんど意味を成さない。ただ反応が無数に存在する事から、漠然とここが街中の家屋の一つである事しか分からなかった。

 魔法で照明を点けた亜貴に先導されて、別の部屋へと移動した。

 その部屋は書斎になっていて、テーブルで書き物をしているローブを纏ったエルフがいた。特徴的なのは、右目にかけた金縁のモノクルだった。老紳士に似合いそうな代物なのだが、若い中性的な雰囲気のエルフがつけると、そのアンバランスさから倒錯的な魅力が生まれている。

 カリカリと羽ペンを走らせていたエルフは、こちらに気付くと、サッと立ち上がり、直立不動で迎えた。


「ご主人様、お帰りなさいませ」


 亜貴は鷹揚に片手をひらひら振って、座っても良いと示す。それを受けてモノクルエルフは、一礼をしてから椅子に座り直す。

 机の上には何枚かの書類と、砂時計が置いてあった。

 亜貴は壁にくっつけるようにして配置されている棚に手をかけた。一見食器棚のようだが、入っている品物は食器などではない。もっと禍々しい何かだ。

 奇怪な形状のオブジェクトをいくつも掻き分けて、亜貴が取り出したのは、銀色に輝く液晶板だった。昔使われていたという、タブレット端末に近い形をしている。

 亜貴が液晶に触れると、ぼんやりと光り始めた光粒が、風に吹かれたように整列しデジタル数字を形どった。


67/100


「レン。これ結構面白いおもちゃなのよ。他にも何個か作ってあるから、一個あげるわ」


「これは?」


 分母の数字から、かすかに予想できていたのだが、口にするのもはばかられた。もしこの数字が、レンの予想したとおりのものだったとすれば、欠けた23という数字は……。


「プレイヤー人口を表した魔具(もの)ね。流石にリアルタイムではないけれど、二時間ごとに走査しているから信用は出来ると思うわ」


 ひょいと無造作に板を渡される。「作った」という言葉が異常に気になるのだが、亜貴の用事はコレだけのようで、レンに背を向けて次の部屋へと向かっていく。

 その後ろをレンは追いかけたが、バルサはモノクルエルフに用事があるようで、無言で離れていった。


 計三つの扉を越えて、応接間に案内された。

 木製の長テーブルは表面を加工され、つやつやと光り、ソファは簡素な造りながらも、ふわふわの羽毛がクッションにされている。

 豪華とは言いがたいが、手入れの行き届いた家具が置かれ、清潔感のある部屋だった。


「あんまり綺麗なところじゃないけど、寛いでくれると嬉しいわ」


「謙遜か?随分洒落た拠点だな」


 レン個人としてはゲームの中でマイホームを買ったり、模様替えを楽しんだりするタイプではない。しかし、MMORPGにはそういったことを好む人が多い事は知識として知っているので、この部屋のコーディネーターが洗練されたセンスを持っている事は分かった。


「ドリンクよ。味は保障しないけどね」


 冷気の込められた保存用の木箱を開けて、ボトルを取り出した亜貴は、冷えたグラスに中身を注いだ。現実世界でも見慣れた麦茶のようだ。この世界に来てからは、白湯か冷水しか飲んでいなかったため、そんなものでも嬉しく感じる。


「ふーん。こっちにもこんな飲み物があるのか。頂きます――っ!ゴフッ」


 予想外の味に咽込む。喉が焼けたように熱い。


「ごほっごほっ。……ぁ゛あ゛あ!アルコールならアルコールって言ってくれよ……麦茶かと思ってがぶ飲みしてしまったせいで、ゴホッ」


「酒精かどうかは分からないわよ。デヴァウチュリーワームの体液を水で薄めたものだもの」


「う、薄めてコレか……。それにワームって…いや、聞かないでおこう」


 不吉なワードは聞かなかった事にしたい。主に精神衛生的な意味で。


「偏見は良くないと思うのだけど」


 亜貴は自分のグラスに注いだ薄茶色の液体を、ゴクゴクと勢いよく飲む。

 まるで普通の麦茶か、水であるかのように美味しそうに飲む様子を見て、勇気を取り戻したレンはちびちびと用心しながらも、グラスの残りを口に含んだ。

 酒だと判って飲めば、確かに度数は高そうだが、芳醇な香りと、ピリリとした辛さが意外にもマッチしていて、美味しいといえない事も無い。


「さて……。話したい事、聞きたい事。沢山あると思うのだけれど、何から話しましょうか」


 コトリとグラスをテーブルに置いて、亜貴が切り出した。


「そうだな、どうして亜貴はあいつらにあんな呼ばれ方をしているのか、聞きたいところだな。趣味だったら申し訳ないが」


「あら、そんな事でいいのかしら。どうしても何も、彼らは私の目的のために協力してくれる奴隷だから。呼び方は向こうから勝手にそう呼んでいるだけよ。訂正する気も無かったからそのままにしているけど」


「奴隷……か。彼らはNPCなのか?」


「えぬぴーしー?えーと……確かノンプレイヤーキャラクターだったかしら」


 カーズドワールドオンラインプレイ前の一週間で、独学で知識は得ていたらしい亜貴だが、やはり音にすると聞きなれないものがあるらしい。


「そうだ」


「いいえ、違うわよ。あの二人はプレイヤー。トラップメイカーのバルサミコ酢と、アルケミストのグラビ。自発的に協力してくれているの」


「……それがどうして奴隷になるのか聞いても、いいのか?」


「私の目的にそれが必要だから。生殺与奪の権利は私が持たないと駄目なのよ。だから彼らは私に絶対服従。逆らえないの」


「目的……。目的か」


「聞きたいの?それを聞いたら多分この話し合いは終わっちゃうわよ?聞くのは最後にしておいたほうがいいと思うのだけれど」


 あまりに直接的な言葉だったが、亜貴の目は本気で言っていた。慌てて話題を変える。


「そういえば、この世界に来てからの顛末を聞いていなかったな」


「そうね、レンのことも知りたいわ」


 今までの出来事を大まかに説明する。

 ゴブリンの群れに襲われている迅雷と知り合い、行動を共にした事。彼の知り合いであるアルマを助けるためにナナコを伴って、ロックゴーレムを倒した事。王都に向かう途中の闇森でダークエルフに襲撃された事。王都に着いてからは、ヤマメたちと出会いプレイヤーの情報交換の約束をしたこと。ヤマメから魔王の情報を聞いた事。一角獣の角を手に入れる為、大渓谷に足を踏み入れた事。ゴンに騙されて、ヨルムンガンドの罠に閉じ込められて、三人の仲間を失った事を話した。


「そこで私と再会したわけね。それにしてもたった一人しか生残れないデスゲームなのに、よく仲間なんて作れたわね」


 言葉に秘められた揶揄するような響きに、かすかな怒りを覚えたが、表立っては何も言わなかった。

 純粋に亜貴には不思議なのだろう。彼女は敵と敵以外で他の人間を認識している。このゲームの参加者99人が敵認定されている以上、それらに容赦はしないと既に彼女の中では定められているのだ。そして、それは友人であるレンであっても例外ではない……。

 背筋に悪寒が走り、冷や汗が流れる。


「亜貴、そっちの話も聞かせてもらえるか?」


「そうね、たいした話じゃないけれど……ね。始まりの町の近くでプレイヤーの女の子と知り合ってね。その子と一緒に行動していたのだけれど、プレイヤーキラーに襲撃を受けたの。それを返り討ちにした時に、PK(プレイヤーキル)の恩恵についてのアナウンスがあったのよ。三人殺せば、力が手に入るってね」

「その女の子も殺して、それからまた別の一人も殺して……」

「それで私の最終目的も決まってね。紆余曲折あったけど、その目的のための力を蓄えているところかな」


「……目的の為の力が、あの二人なのか?」


「そうね。二人だけじゃないけど」


 予想はしていたが、彼女の口から直接殺人の告白を聞くのは、堪えるものがあった。よく知っているはずの彼女が、どこか知らない遠くに行ってしまったような、そんな錯覚に陥る。

 しかしそれは自分を誤魔化しているだけなのだ、と言い聞かせる。亜貴の言うことが全て正しいわけではないが、プレイヤーたちがこの世界に幽閉されていることは事実。そして脱出できるのはただ一人という事実。

 レンが誰も殺さなかったとしても、ただ魔王を倒しただけであったとしても、それは自分以外の人間すべてを殺してしまう事に繋がるのだ。

 だから生残るつもりならば、殺さない、というのは偽善でしかない。いや、現実から眼をそむけて逃避している分、余計に性質が悪いかもしれない。

 そんなレンの考えを読んだかのように、


「レン、あの爬虫類の罠ではっきりと分かったでしょうけど、レンが望もうと望むまいと、あなたの命は常に周りから狙われているの。レンに其のつもりが無くても、プレイヤーたちは自分の命が狙われる疑心暗鬼に陥って、互いに殺しあう。そんな地獄がこの先待っているのよ?あなたはどうするの?戦うの?逃げるの?殺すの?諦めるの?」


 レンは真正面から亜貴の瞳を見つめていた。そこに映るのは微動だにしない自分自身の姿。


「オレは……。亜貴。亜貴の目的とやらを聞かせてくれ」


 覚悟は決めた。殺す殺さないなんて大げさな決意は出来ちゃいない。けれど、ここで自分が諦めれば、全てが無になってしまう。

 アルマ、ナナコ、迅雷、レン。四人のパーティーが確かにこの世界で生活して、生きていた証の全てが消えてしまう。

 まだ死ぬわけには行かない。なにかを得るまでは、諦める事は出来ない。

 その第一歩が、明日を求める事、先を知りたいと願う事だった。


「……私の目的は、99人のプレイヤーを鏖殺すること。勝者になること……そしてその先を悉く焼き尽くす事」


「その先……」


「この悪意に満ちたゲームをやらせている諸悪の根源を叩きのめす。プレイヤーたちは私にとって敵じゃない。ただの障害に過ぎない。本当の”敵”は全てを画策し、趣味の悪いゲームを始めた連中。”敵”は全て排除するわ。そいつらに誰に喧嘩を売ったのか、じっくりと教えてあげる事、それが私たちの目的」


 馬鹿らしい目標だと笑うことは出来なかった。友人として、亜貴が本気になったときの恐ろしさは理解しているつもりだ。

 協力者のプレイヤーを奴隷と呼んでいるのは、その一環なのか。最後に残るということは、仲間も殺さなければならないという事。それが生殺与奪権を持つ必要がある理由なのだろう。

 なんにしても亜貴は本気だ。本気でゲームの製作者までを蹂躙し、貫き、犯そうとしている。


「……オレを恨んでいるのか?敵なのか?」


 レンがゲームを買わなければ、亜貴がこの世界に取り込まれることは一生無かっただろう。そこに責任を感じていないと言えば嘘になる。叶うならば平伏し、謝り通したいとも考えている。それで罪が消えるのなら、だが。

 覚悟と共に、吐いた真情だったのだが、亜貴はただかわすだけだった。


「さあね?障害の一つには違いないけれどね」


 沈黙が訪れた。

 亜貴の目的は正しいとは、とてもいえないが、間違っているともいえない。レンにだって、こんなデスゲームを作った人間を恨む気持ちはあるのだ。

 けれどその温度は、常人のものだ。亜貴の感情の強さとは比べ物にならない。

 彼女は異常なまでの敵意を、高熱のまま炉に密閉して、制御できる怒りにして原動力として使用している。

 感情を冷静に操り、その方向性を定める事。口で言うのは簡単だが、実行するのは遥かに難しい事だ。それが激情の類ならばなおさらの事。


「オレを……殺すのか……?」


「まだ未定。私に協力したいのなら、いつでも歓迎するけれど。まぁすぐに結論を求めるつもりは無いわ。帰してあげるからじっくり考えなさい」


 亜貴がパンパンと拍手を打つと、隣室に控えていたのか、すぐさまバルサが扉を開けた。いつの間に着替えたのか、修飾過多なメイド服を身に着けていた。


「送っていきなさい」


「畏まりました。レンさん付いて来て下さい」


 亜貴に向かって、深々とお辞儀をした後、部屋を出て行くバルサ。レンは少し迷ったが、何も言わずにその後についていく事にした。







 王都の大通りを宿に向かって歩きながら、レンは亜貴の言葉を反芻していた。

 あの後、バルサの転移陣で送られた先は、王都の城壁前の検問。バルサはレンを見送った後は陣に乗ってどこかに消えてしまった。

 じっとしているわけにも行かず、冒険者ギルドに戻る事にする。クエストは既に達成している。簡単な採取クエストであり、大渓谷の入り口付近で既に規定量は収集できていたのだ。ギルドの受付にパーティーメンバーが死亡した事を告げても、特に何か起こるわけでもなく。「心からお悔やみ申し上げます」の定型文を受け取っただけだった。

 消沈したまま宿に戻って、再び仲間の事を告げた。「先払いの宿泊料金は返せないよ」という宿屋の主の無慈悲な対応は、レンを打ちのめすに十分だった。

 部屋に帰り着くと、わき目も振らずにベッドに倒れこんだ。

 怒りと、憎しみと、決意と。

 さまざまな感情は疲労と混ざり合って、レンの体を包み込んでいった。


 レンが目覚めたのは夜になってからのこと。控えめにノックされた音に起こされたからだった。


「……ん……誰だ?」


「ヤマメです。情報交換会に来ました」


「……あぁ、開いてるぞ」


「失礼します」


 ヤマメとメフィストフェレスが連れ立って室内に入ってきた。ヤマメは朝冒険者ギルドで見かけたときは、違う服装をしていた。といってもゴツゴツした重鎧を脱ぎ捨てて、風通しのいいシャツに着替えただけなのだが。

 メフィストフェレスはその平均より大きい胸を強調するかのように、胸襟を大きく開いた扇情的な格好をしていた。ただ、背中には光る弓矢をいつものように背負っているため、変な気になる男は少ないだろう。いたとしても、容易く熨される未来が幻視できる。


「迅雷さんは、外出中でしょうか?」


 不思議そうにするヤマメに真実は伝える事は、つらい事だった。けれども逃げない事を、決意したばかりだ。深呼吸して気を落ち着けてから、ヤマメたちに事の顛末を語った。 亜貴の事だけはぼやかして伝えて、通りすがりのプレイヤーに助けられた事にしておいた。

 亜貴の存在を伏せたのは、レンは無意識のうちにとった行動だったのだが、それは既に自分の中でヤマメたち他のプレイヤーを、潜在的な敵だと認識し始めていたからなのかもしれない。


「ヨルムンガンドを退かせるプレイヤーってどんなプレイヤーですか……」


「神獣には状態異常に対してかなり高い耐性があるはずよ。まぁ私たちトラップメイカーの仕掛け罠なら、一時的に動きを封じるくらいは出来るかもしれないわねぇ。それにしても同じトラップメイカーとして、恥ずかしいわ。そのゴンとか言う奴は。神獣を誘導するっていうぶっとんだ発想は評価したいんだけどねぇ」


 メフィストフェレスが口にしているよりも、ゴンの事を悪く思っていないのは明白だった。むしろ、褒めるような調子が混じっている。

 ヤマメが険を含んだ目線で諌めるが、まったく頓着した風ではない。


「いやぁ~。ベータ時代じゃあ到底不可能だったけど、もしかしたら調教(テイミング)も出来たら面白いわよねぇ」


「面白くは無いでしょう……」


「アハハ、冗談よぉ冗談」


 あまりにも空気を読めていない発言に、ヤマメは呆れ返っていたが、レンは前向きに捉えることにした。これは沈んでいる自分を励ますための、メフィストフェレスなりのやり方だと。


「まったく、メフィは……。ところでレンさん。これから如何なされるお積りで?やはり魔王を獲りに行きますか」


「魔王……か」


 レンは亜貴との話の影響もあって、もうこの世界に魔王が存在するとは思えなくなっていた。それは間違った予想なのかもしれないが、悪魔の証明の話を例に取れば、「魔王が存在するというのならば、目の前につれて来い!」とでも言いたい気分だった。

 しかし今ヤマメが言及している魔王は違う。偽りの存在だ。

 亜貴の誤情報によって創られた虚構の存在なのだ。亜貴の事を伝えていないままに、ヤマメたちに偽魔王のことを伝えなければならない。流石に、ここで情報を出し渋って、顔と名前を知る人間が、危険に遭うのは見過ごせない。


「ヤマメ、今朝教えてくれた魔王のクエストだが……。偽情報の可能性がある。ヨルムンガンドを退散させてくれた通りすがりの凄腕プレイヤーが言っていたんだ」


「なんと……。ですが、偽情報である、という情報自体が間違っている可能性もありますよね。潜在的に他のプレイヤーは相争うライバル同士ですから」


「そんな人なら、見知らずのオレを助けたりはしないと思うが」


「そういわれてみれば、そうですね。……分かりました。あの魔王クエストについては慎重に検討しましょう」


 ヤマメを説き伏せる事に成功して、一息つく。メフィストフェレスは魔王の話には関心が無かったようで、退屈そうに爪を磨いていた。


「夜も遅いですし、そろそろ失礼します。……レンさん。あまり気落ちしないように。なんでしたら、しばらく僕たちと一緒に行動しますか?やはり人数が多いほうが安全です。PKが出没するなら尚更ですよ」


「ああ。お休み。提案はありがたい。考えさせてもらう」


「はい、おやすみなさい」


「ふっぁ~~あ。お休み~」


 律儀に礼をして出て行くヤマメと、欠伸を隠しもせずに出て行ったメフィストフェレスは対照的で、ある意味お似合いにも見えた。


 二人が出て行った後、部屋には静寂が訪れた。誰もいないベッドを見つめる。

 唐突に「もう迅雷と言葉を交わす事も、同じ空間を共有する事も無いのだ」と理解して、寂寥感がこみ上げてきた。悲しみも同時にあったが、幾分弱まっていた。今感じるのはただ寂しさ。二度と会えない人が、居る。その事が無性に理不尽に感じられた。

 悲しみに泣き崩れるというのは、柄ではないが、今晩くらいは仲間の事を悼むのも悪くない、と思い直した。

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