01カーズドワールドオンライン稼働
筆者の処女作です。へたくそな文章は出来るだけ改善できれば、と思っているので誤字脱字等指摘は感謝いたします。
「ルールは簡単。総勢100名のプレイヤーの中で、一番最初にこの地の何処かにいるラスボス、魔王を撃破した人が勝者です」
「また、これは競争ですので他に条件を満たせるプレイヤーがいなくなる。すなわち最後の一名になるまで残った場合も自動的に勝者となります」
なるほど、つまり最短ゲームクリア時間を競うタイムアタックというところか。
「それでは皆様、カーズドワールドでの冒険をお楽しみ下さい!」
何故こんなことになっているかといえば、話は二ヶ月前に遡る。
こよなくRPGを愛するオレはいつもの様に、発売日に新作を手に入れるために駅前のゲームショップに足を伸ばしていた。
「いらっしゃっせ~」
陳列されているゲーム棚に直行したい衝動をこらえて、レジに向かう。
「すいません、予約の受け取りに来たんですけど」
会員カードをスッと差し出し、IDを見てもらう。程なくして待ち望んでいたVRRPGを手に入れる。そうすると次なる誘惑に耐える必要がある。
店の中に配置されたダイブスペース。そこを利用すれば、今すぐにでもこの新作を楽しむことが出来る。ただしその場合、閉店時間には追い出されてしまう。強制されてゲームを中断させることが何よりも嫌いなオレにはちと辛い。帰宅時間ぐらい我慢して家に帰ってからプレイしたほうがいいのだ。
後ろ髪を引かれる思いで、ショップをあとにする。
「ありあっとございぁしたぁー」
店から出ようとした時に、あるゲームのポスターがオレの足を止めた。
「カーズドワールドオンライン正式稼働開始!」でかでかとポップな文字がポスターの下半分を覆っている。あれはネットの評判を見て気になっていたVRRPGの一つだ。奇しくもサービス開始時期と同じ頃に、複数のビッグタイトルの発売が重なったため、やむなく購入を断念したのだった。
有料ベータ版をやっていたと思ったら、いつの間にか正式稼働が始まるらしい。少し興味を惹かれて文面を調べてみる。どうやらまだ稼働していないようで稼働開始が二ヶ月後の日付になっている。それだけ先ならまだやるゲームも決まっていない。面白そうだし、チェックしておくか、と軽い気持ちで文面を読んでいると、衝撃的な情報が見つかる。
「抽選100名限定……だと……」
店内で声を出してしまい、近くの客に怪訝な目で見られる。必死にジェスチャーで謝りながら、冷静さを取り戻す。
公式サイトに行って詳細な情報を集めるべきだ。100名という椅子は非常に少ないといっていい。全国発売するのならなおさらだ。一万名でも貧弱サーバと罵られる現代において、この少なさは異例。購入権にプレミアが付いてもおかしくない。
貴重だ、少ないだ、限定だ、と言われると購買意欲が増大する日本人の習性に従ってオレはカーズドワールドオンラインを購入することを半ば決定していた。
「なるほど、事情は分かった。だが死ね」
顔面を狙う拳をひらりと躱す。オレの身体能力はそれほど高いわけではないが、来ると分かっている攻撃を避けることなど造作も無い。事実相手も避けられて残念に思うでもなく、至極当然という顔をしている。
「頼むよ!オレに他に頼れる奴がいないのは知ってるだろ?」
この言葉が彼女の琴線に触れたようで、今まで断固拒否という姿勢だったのが軟化して、考えこむ素振りを見せる。
「もちろん、金だって出す!頼む、応募してくれないか……?」
抽選100名しかカーズドワールドオンラインをプレイできないと知ったオレのとった手段はある意味当然の方法。
友人を頼ること。
同一人物による複数応募は、即そのすべてが抽選外にされてしまう規定上、他人の名義を借りるのはある意味当然の方法だった。
一昔前までは、名前や住所を変えるだけで他人になりすまして、複数応募を可能にすることができたらしいが、国民全員にIDが行き渡った今、そのような不正は不可能になっている。
このカーズドワールドオンラインの抽選も、IDによる応募しか認められていない。他人のIDを借用する事は厳罰に課せられるため、恥を忍んで唯一の友達といってもいいアキに応募してもらえるように頼み込んでいるのだ。
「だって考えてもみてくれよ?オレだけが応募するよりも、お前と一緒に応募すれば当たる確率は倍になるんだ!倍だぜ?倍!!もし三人目にも同じ事を頼むとしてもその倍率は1.5倍にすぎないんだ。これは複数人に頼めば頼むほど倍率は低下していく。最初の一人だけが、一番オレに貢献できるんだ!!」
熱く語っているオレを冷ややかな目線で見るアキ。
「また馬鹿らしいことを……。それにさっき自分でも言ってたでしょ、蓮に協力してくれるような人間がいるとでも思ってるの?」
平然と人の傷を抉るアキ。ショックを受けながらも、アキが加虐性愛好者なのは昔からだ。負けてなるものかと耐える。
「それに……これが一番の理由なんだけど、私ゲーム好きじゃないから」
「も、問題ない。当選すればオレが買い取るから!」
「へぇ~。……原価で?」
恐ろしく低い声で言われた。可憐な外見に騙され、寄って来た馬鹿な羽虫を焼き尽くしてしまう怜悧な炎こそがアキの本性だ。頭もよく、外面もいいアキに惹かれる奴は意外と多い。本性を知るオレからすると、何がいいのかさっぱり分からないのだが。
そしてそんな連中をドン引きどころか、失禁させるのが、この恫喝だ。それに屈した場合、一生彼女の下位者として生きるしかなくなる。弱みを握られ絶対服従を誓わされるのだ。お陰で彼女の配下として傅く者がこの学校には多くいる。派閥という面で言えば、彼女はこの学校で最強だろう。
男を侍らせているのが気に入らない、と一度アキに楯突いた愚かな女子グループがいたが、制圧され逆にアキの親衛隊と化している。その件が広まったのか、以降アキに表立って文句をいうやつは居なくなった。影では色々言われているらしいが、それさえもアキに見つかってしまえばアウトなため、控えめならしい。
そんな規格外のアキだが、外面はいいから意外とクラスで疎外されたりといったことはない。徹底的に調教され、人格を歪められるのは、彼女の敵対者だけであると知れ渡っているので、賢い奴は普通に彼女に接していて、友人も数多い。
むしろオレの方が疎外されているといってもいいくらいで、RPG以外に趣味もなく、休日は一日中ダイブしているオレには頼れる友人がまったくいない。そりゃ挨拶を交わすくらいの知り合いならいるが「ゲームを買いたいから、応募に協力して、もしあたったら譲ってくれ」なんて言える相手はいないのだ。
色々考えていたせいだろうか、ドスの利いた声を出していたアキはオレの反応がないことを疑問に思い、更にグイッと顔を近づけていた。気がついた時には、視界は全てアキの端正な顔で覆われていた。
「もう一度言うわ。原・価・で?」
「あー、近くで見ても綺麗だな。肌なんてきめ細やかでツルツルだし、唇も色っぽいし」
露骨に顔を歪めたアキはスッと後ろに下がった。会心の一撃が決まって笑い出したいくらいだが、ここで笑えば作戦は水泡に帰す。それどころかオレの命が危ない。いや割と本気で。
「気に入らないわね、お世辞を言えば安くなるとでも思ったの?」
「いや、本音がつい出てしまったみたいだ。気に障ったなら謝る」
ここでも真顔を維持し続ける。アキの洞察力を持ってすれば、これが演技だということくらいは容易く見抜かれているだろう。しかし、彼女には妙に律儀なところがあって、演技だろうがなんだろうが、それを本気で貫き通せば、空気を読んで乗ってくれるのだ。
それをうまくオレは利用した。
今回も彼女の方が折れてくれて、
「はぁー。仕方ないわね。これは貸しよ?もし当たったらコーヒーでもおごりなさい」
こうしてオレは貴重な一票を手に入れたのである。
当選発表の瞬間オレは歓喜した。午前零時に公式サイトが更新された瞬間、オレのアドレスに当選発表のメールが届いたのだ。
すぐさま開くと、当選おめでとうごさいますの文字が!
公式サイトには、「当選者にはメールと郵送でお知らせしました」の文字が。オレは晴れて日本一幸運な100名に選ばれたのである。
この興奮を誰かに伝えようと、カーズドワールドオンラインの掲示板を開く。ベータ版をやっていた人たちが様々な話題で盛り上がっているが、急速に伸びている板がある。
「当選メール来たったったwwwwww」どうやらオレと同じように選ばれし100人の一人らしい。早速見てみると、多くの人がその報告を疑い懐疑的になる中で、むきになったスレッドの建て主が、オレに届いたメールと一言一句違わぬ文面を晒していた。
他の誰が分からなくても、オレにはわかる。こいつは本物の当選者だと。同類にあった親しさについ「オレも当たったぞ」と反応しそうになるが、気分が変わる。
こんな何処の馬の骨ともしれない相手に当選報告するよりも、先に報告すべき相手がいるはずだ。当然親戚祖父母両親ではなく、唯一オレの作戦に協力してくれた女神だ。
メールか電話か迷ったあげく、0時に電話はやめておこう、と常識的な判断が働き、メールだけで当選報告を済ませる。しばらく待ったが、返信は来ない。既に寝てしまったのだろうか。
素直に「おめでとう」なんて言ってくれる相手ではないが、誰かにこの喜びを伝えたい。明日学校で大いに自慢することを夢見てオレは眠りについた。
VRゲーム。脳科学の進歩とともに登場した新感覚のゲームだ。
VRとは睡眠時の脳波の動きを読み取って、夢の世界に干渉する技術らしい。一日の3分の1を占める睡眠時間を全て活用できるようになるのだから、それこそ「夢の新技術」ともてはやされた。
当初こそ、脳波を読み取り、入出力するという触れ込みの胡散臭さから、普及は遅れたが、業務効率を上げるために、大企業が率先してVR技術を取り入れていった結果、大学のような先進的な機関は勿論のこと、今では家庭用にまで普及して、生活に無くてはならない技術となっている。
夢のなかでさえ労働を強制されるということで、一時期労働基準法の抜け穴を利用した悪質な手口、と問題視されたが普及に歯止めはきかず、急遽異例の速さでVR世界における法整備が行われた。
そのおかげでまだ子供であるオレにも「安心・安全」なダイブ環境が提供されているのだから労働基準法さまさまだ。
日本発の「夢の新技術」に、戦略眼のある経営者は皆飛びついた。VR世界でデジタルデータならばほぼ自在に操られることが判明すると、IT関連企業は軒並み軸足をVR世界に移し始めた。あるベンチャー企業は法整備に合わせて「日本初のVR世界だけの法人」と名を売って急成長を遂げた。
ITに限らず、第三業種のうちデータ管理を主として行うような企業は率先してVRビジネスに参入していく。
睡眠学習ならぬ、VR学習として塾や通信教育を経営する大企業もVRビジネスに加わる。学校側もそれに遅れる形で、授業にVR技術を取り入れ始める。
ありとあらゆる企業、人が突如湧きでた大量の需要に湧き、日本は空前の好景気を記録する。当然、強力なインターネット網を持つ先進各国も続き、世界は仮想世界に飲み込まれた。今では夜に限らず、昼寝としてVR世界にダイブできるダイブカフェも登場し、仮想世界は現実世界と位相を別にするもうひとつの地球とも言うべき密度を備えていた。
そんな仮想世界に根ざしたゲームがVRゲームだ。VR技術を最大限に利用し、ダイブする者の、意識や感覚を残したまま別世界に転移させる。剣と魔法のファンタジー世界は、誰にとっても身近なものとなったのだ。
大多数の例に漏れず、VRRPGであるカーズドワールドオンラインも基本的な性格は剣と魔法のファンタジー設定だ。ベータ版では、クエストをこなしていく形のストーリーの薄いVRMMORPGだったらしい。
と、いうのが登校前に調べた情報。昨夜は仮想世界でゲームではなく、情報収集に徹していた。攻略情報を事前に調べるのはオレの信条に反するが、ゲームに入り込みやすいようにフレーバーのような周辺情報を集めることは当然やるべきだ。
時間を掛けた割には公式サイト以上の情報はなかなか見つからなかった。ベータ版プレイ者の日記などネタバレ全開のサイトを避け続けたせいもあるだろうが。
情報が少ないのに苛立って、こっそり見てみたカーズドワールドオンラインの掲示板は……炎上していた。
極小数ながら当選者たちが出始めたことで、自分は当選していないと自覚し始めた人たちが現れたのだ。特にベータ版からやっていた歴戦者たちの怒りは凄まじく、何故金を払って今までプレイしていたゲームができない!と怨嗟の念を撒き散らせている。当選者報告に「ベータ版未プレイです。攻略情報ください」というやつが現れ、抽選でベータ版プレイ者が特に優遇されずに平等に抽選が行われていたことがわかると、彼らの怒りはさらに爆発。
「殺してでも奪い取る」「どう考えてもベータ版ランキング100位内のオレに譲るべき」だの、物騒な書き込みが相次いだ。攻略情報を求めた哀れな選ばれし100人の一人は、心ない言葉を浴びせられ、這々の体で退散していた。
触らぬ神に祟りなし。オレは当選報告でもしようと開いた掲示板をそっと閉じた。
結局仮想成果でも、現実世界の早朝でもアキからのメールの返信はなかったため、学校で報告することにする。
教室につくと、彼女が自分の席に座っているのを見つける。頭の上方で髪を結ったポニーテールのため、白いうなじが眩しい。
初見ならばクラっとキてしまうかもしれないが、そこはオレも慣れたもの。目が肥えたのか、本性を知っている気安さからなのか、彼女の美貌にも特になにを思うでも無く声をかける。
声を出すと自分でも思っていなかったほど声色が弾んでいるのを知る。
「おはよう、聞いてくれよアキ!実は前に言ってた抽選100名のゲームのことなんだけどよッ!な・ん・と!当選してたんだ!メールで昨日送ったんだけどな、いや、今日になるのか?まあどっちでもいいや、それで――」
オレの捷報を聞いて何も言わずにアキは右手を突き出している。手のひらを広げ上に向けたまま、じっと何かを待つようにしている。
「なんだ?」
「金」
「へ?」
「約束したでしょう?『金はオレが出す』って」
「え、それはお前が当たった場合だろ?今回はオレが当たったんだから、お前に渡す必要は……」
「言ってなかったけど、私もそれ、当たってるから」
瞬間、世界が停止したように感じる。
「え?いや?だって?なんで?なんで全国で100人しか当たらないのにお前が当たるんだよ。オレが当たってるんだからおかしいだろ!?」
「訳の分からぬことを……。蓮と私の応募になんの因果関係もない以上、そちらが当選したから私が当選していないなんて戯言はありえない」
確かに正論だ。だが待ってくれ。たった100人の応募。選ばれし100人。その熾烈な競争に勝ち抜いたのが、知り合いというよりオレの唯一の友達であるこの女だと?ドッキリじゃないのかと疑ってしまうが、アキは言い逃れの出来ない証拠をオレにつきつけた。
「これが証拠ね」
そこにはオレに届いたメールとまったく同じ物が存在していた。
「嘘だろ……」
「現実を受け入れられなくて呆然とするのは勝手だけれど、約束は守ってもらうわよ。さぁ、原価でいいわ。お金、出してくれるわよね」
悪魔の微笑みから逃げることは出来なかった。
結局ゲームソフト二つ分の金を払わされることになった。しかも二つソフトがあったところで、認証式のVRゲームを複数保有することは意味が無い。転売すれば?と思うかもしれないが応募の際の注意事項に転売は禁止されていた。罰則に購入権剥奪があったため、手に入れた幸運があまりにも莫大すぎて、なにか悪いことが起こるんじゃないかと漠然とした不安を抱える小市民のオレにそんな危ない橋は渡れない。
ネットオークションのような物に出品するのは論外だ。知り合いにこっそり転売するほうがまだマシだ。向こうだって購入権剥奪は避けたいはずだから、事が露見する恐れは比較的小さい。
そう考えていると、アキが思いもよらぬ提案をした。
「蓮が二つ持っていても意味は無いわ。折角だから私も参加してあげるわよ。協力できるゲームなのでしょう?」
「まあそうだが……。にしてもお前、ゲームは嫌いじゃなかったのか?」
「好きじゃないだけよ。ま、100人だけ選ぶってのもなんだかきな臭いし、少し興味を持ったの。悪い?」
「いや!全然悪くないです!むしろ嬉しいです。アキ様と一緒にプレイできて」
「そう、よかった。それにしてもプレイってなんかいやらしいわね」
「すぐにそんな発想するお前の方がいやらしいわっ。思春期中学生か」
つまりアキは一銭も払うこと無く、カーズドワールドオンラインを手に入れたことになる。もし彼女が転売に成功すれば濡れ手に粟だが、アキはそんな事はしないと言った。
詭弁もはったりも使いこなすアキだが、オレにそういう嘘はつかないことは分かっている。変な信頼感のもと、代金を払う。
サービス稼働は来週から。
それまでにあまりゲームをしないアキにRPGの基本でもレクチャーしようと思ったが、断られた。
大して頭の出来が良くないオレが彼女に対して上位に立てる機会なんて滅多にないから、面白そうだったんだけどな。そんな気配を読まれてしまったのかもしれない。
アキに振られたオレは、この一週間を情報収集に費やすことにする。いや、一週間も要らないという意見があるだろうが、オレは生粋のゲーマーだ。さすがに当選発表の日はゲームしていないが、基本的にオレは毎日ダイブゲームをしないと気が済まない。というくらいには中毒になっている。
情報収集と格好良く言ってみたものの、実際はのんべんだらりと別のゲームプレイしつつ、一週間過ごすという意味しかないのだ。
そして、一週間後。仮想世界でアキと落ち合ったオレは、今か今かとカーズドワールドの稼働を待っていた。ソフトウェアの配信は昨日の内に終わっていて、今日からオンラインで繋ぐことが出来るようになる。と、いってもソフト単体で起動させたところ、ニューゲームを選んでも物語は始まらず、触れるのはオプションの部分だけだった。やってもいないゲームのオプションをいじることは難しい。とりあえず、メッセージスピードを最速に変える設定だけしておく。
VRゲームの会話は文字形式よりも音声形式の方が圧倒的に多い。現地の住人という名のNPCとは翻訳魔法という設定で日本語が通じる。しかし、看板のような現地の言葉で書かれている物を読むときは、自動的に翻訳された日本語が字幕のように表示されることになる。最速を選ぶのは当然のことだ。
「そういやお前、アバターネーム何にしたんだ?」
ニューゲームを選んでもゲームは開始されなかったが、プレイヤーのアバターの選択画面には入ることができた。名前や種族、職業を決めるお決まりやつだ。オレはいつもの様にさっさと決めてしまう。種族はヒューマン、名前は本名と同じ「レン」
昔は、RPGの主人公に自分の名前をつけるのを馬鹿にするやつが居たらしい。今でもそういった主義の連中は少なからずいる。しかしVRゲームの音声入力という方式で、可愛いヒロインや勇敢な仲間たちに名前を読んでもらえることから、本名派は急増したらしい
結局、呼ばれ慣れればそれなりの名前ならなんでも慣れてくるということで、しばらくしてからVRゲームにおける本名ブームは過ぎ去ったが、そもそもオレは違う理由で本名を選択している。
VRRPGというジャンルを制覇するかのように、オレは様々なRPGに手を出している。並行で複数のゲームを進めることなど日常茶飯事だ。そんな時に、ゲームごとに別の名前をつけていると混乱して仕方がない。ゆえに、効率を求めたオレはすべてのゲームにおいて自分の本名を使うことにした。これはゲームの雰囲気を楽しみ、役割になりきるごっこ遊びを信条とするオレにとってベストな選択なのだ。
話がそれてきたが、そういう理由でオレはアバターネームの入力を求められた時、迷わず「レン」と入力したのだ。
「『亜貴』にしたわ。漢字も使えたから」
「ふーん。まあ無難かな……」
「蓮は漢字にしなかったの?」
「そうだな、どんなゲームも『レン』に統一してるのもあるけど、最大の理由は世界観に馴染みやすいようにだな」
基本的な中世ファンタジー世界で漢字の名前はかなり浮く。それでは物語に入り込めず、オレの信条に反するのだ。
「あ、そろそろ稼働開始じゃないか?」
話している内に、午前零時に刻々と近づいている。あと五分もない。
「別に零時になった瞬間に始める必要はないでしょう?」
「いや、ある!メンテナンス終了とか、サービス開始とか、カウントダウン系のイベントでは正確な時間に始めるのがマナーなんだっ!」
力説するがいつもの病気だと思われたのか、呆れたようにため息を付いて返事さえしてもらえなかった。
「おい、そろそろ30秒切ったぞ」
アプリを使って秒針まで表示された時計を出しておく。
「十、九、八……」
口に出してカウントする。珍しくアキも乗ってくれて声を合わせる。
「三、二、一ッ!」
さあ、カーズドワールドの冒険の始まりだ!