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師として、母として

「――――成し遂げたのう」


 初めて出会った時は、死ぬ寸前だったか。赤子のようにか弱かった者共が、よくぞここまで。余の眼に、狂いはなかった。

 腹が燃えるように熱い。刺さらぬはずの短剣は、しっかりと腹を突き破り、背中からその刃を見せていることだろう。


「あ…なんで……!刺さらないはずなのに…っ!」


 見た目は、な。勇者が魔王に対して使い、初めて効果がある短剣である。重要な事を伏せたまま、御守りとして渡しておいて良かった。


「よい。これで、よいのじゃ」


 莫迦者が。宿敵を倒したのだ、もっと誇れ、喜べ。


「良くない!僧侶さん!治して!早く!」


「既にやっています!でも、塞がらない…っ!」


 当然だ。神の怨敵に守護が通じるものかよ。


「………何か、方法は…ないのか?」


 あったとして、教えるわけがないであろう?これは、余が望んだこと。汝らとて、魔王を倒す事は宿願だろうに。


「止めよ。敵に情けをかけるのは、御法度であろう?」


「敵じゃない!ちょっと稽古つけてもらっただけだもん!大切な、仲間だもん!」


 この期に及んで、何を言うのか。しかし、そうか、仲間という認識だったのか。それは、悪い事をしたのかもしれぬ。泣くな、莫迦者め。


「………」


 魔法使いは、何も言わぬか。聡いのう。汝が余の想いを汲んでくれるとは、な。


「まあ、聞け。余は、満足じゃ」


 流石は勇者の力、といったところか。満足に手も動かせなくなってきた。少しばかり無理をして、震える手を勇者の頭に載せる。


「何百年…この時を待ったことか。強者と心ゆくまで渡り合い、己を打ち倒す。何と甘美なことか。今の今まで、余の身を脅かした者などおらなんだ」


 手を動かせば、くしゃりと勇者の髪が揺れる。柔らかく、心地よい感触。


「弱者をいたぶることに何の意味があろう。征服など知ったことか。余の楽しみは、そんなものではない」


 空しいだけではないか。余を頂点に据えたら、誰が余を屠れる。


「酒に、性交、闘争があればそれで良かった。………おお、汝らのお陰で、楽しみも増えておったわ」


 順繰りに、顔を見渡す。


「侍よ、汝はよう出来た武士であった。忠節を尽くし、己に慢心することなく、常に鍛え続けた。何か教える度に驚くべき速度で教えを吸収していく様、まっこと、面白かったぞ。誇れよ、侍。汝は、余を超えた」


 崩れ落ちる者がおるか。武人であるなら、常に毅然としやれ。


「勿体……なき、お…言葉…っ!」


 まあ、よい。たまには泣く事も必要だろう。


「魔法使いよ」


「………別に、話す事はないんじゃない?」


「それもそうではあるな。…が、何時から気付いておった?」


「つい、さっきよ。目を見て、わかった」


「そうか。ほんに、汝は聡い。自惚れが強すぎるのも瑕じゃが、己で己を振り返る事を覚えたようじゃな。己の定義は出来たかえ?汝の中に、余の言葉が息づいているのであれば、これ以上の歓びはなかろう」


「勝手な…事ばかり言って…!」


 おうおう、後ろを向きおったわ。世話をかけたな、最後まで。


「今まで、お疲れさまでした」


 もう、諦めたか。懸命なことだ。


「何、汝に比べれば、大したことでもなかろう」


 あまり僧侶とは語る事はない。未熟ではないことはわかっているし、何より先の闘いではその実力も見せて貰った。


「ありがとうございました。貴女のお陰で、私たちは此処にいる事ができます」


「敵に塩を送っただけで感謝されるとはのう。じゃが、その言葉は頂戴しておくとしようか。魔王も偶には良い行いをするのだと、笑い話の種くらいにはなろう」


 苦笑を浮かべる様は、母性を感じさせる。なるほど、やはり僧侶は、彼奴らの母なのだろう。


「勇者よ。おい、泣いてないで話を聞け」


 感覚がなくなってきたのか、勇者の髪の触り心地が良くわからない。


「や…!いなくならないでよ…!」


 何時の間にここまで慕われたのか。全く、困ったものだ。


「汝には、宿命とは言え、辛いモノを背負わせたな。そして、最後の最後に、汝を騙した。それに関しては、謝罪をしておこう。」


 ふるふると、小さな顔が横に振れる。嗚呼、何時の間にか、この顔も見慣れていたのだな。


「勇者よ。汝は強くあれ。笑って、誇れ。汝は誰もが成しえない事を、成し遂げたのだ。胸を張れ」


 震える指で、目尻の涙を拭ってやる。まったく、世話の焼ける。


「名声も、何も、いらない、よ…」


 手を取られた。もう感覚はないというのに、何故か、温かい。


「莫迦者め。汝はヒトという種を導く者だ。事実、そうする為に此処まで来たのであろう?ならば、余の死を受け止めよ。ここで立ち止まることは許さぬ。余を、乗り越えよ」


 目も、見えなくなってきたようだ。いよいよもって、余の命も後わずかと言うことか。


「汝は、勇者で、あろう?挫けぬ、心を、持ち、続けよ」


 余は言葉を発せているのだろうか。待ち望んだ死がすぐそこにあるというのに、今は己の命が惜しい。関わらなければ、良かったのか?


「――――!――――!」


 最早耳には何も届かない。



「嗚呼、余の、下らぬ生にも、意味が、あったか。強く、誰よりも、強く、生きよ」




 我が子よ、我が弟子よ。汝らに出会えた幸運、今だけは神に感謝するとしよう。血と闇と泥に塗れた我が生涯に、一片の潤いをもたらした。




「子が、親を、超え、る。これほ、ど、喜ば、し、い、こと、は―――――」



 

 しかし、今更命が惜しいと思うとは。

 出来得る事なら、彼奴らともう少し戯れていたかった。

 嗚呼、嗚呼。

 



 ――――――死にたくは、ないものじゃのう。

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