希望の祈り、絶望の壁
「援護はお任せください。貴女には、毛ほどの傷も、つけさせない」
立ち上がったボクの背中に、頼もしい声が届いた。信じています、当たり前だけど。いつも、いつでも、ボクたちは貴女に護られていたのだから。
魔法使いちゃんが呼び出したらしい竜の口元が光りだした。
ブレスだ。
凄まじい光が収束してゆくのが見える。何度か竜という種族とは戦ったが、あれ程の威力を予感させるものは見たことがない。巻き込まれたら、終わりそう。
「ドラゴンブレスに対して祝福で持って無効化します。ブレスと祝福………ダジャレで相殺とか小洒落てますね、我ながら」
後ろから聞こえてきた小さな声で一気に不安になってきた。いつでもどこでもユーモラスというのは大変素晴らしいとは思うが、時と場合を気にして欲しい。
「―――――っ!」
駈け出した瞬間、レヴィアタンからブレスが放たれた。まるで光の津波。瞬時に蒸発していく床。寒気がするほどの威力の中、魔王は健在だった。翳した手を中心に、魔王が居るところだけがくり抜かれたように無傷。そこへ向かって、ボクは駆ける。今更気付いたが、祝福によってブレスは無効化されていた。ちゃんと機能していて良かった。
「覚悟は決まったかえ、勇者や」
「うん、聞きたい事があるから」
「悠長に構える暇は与えぬぞ?座して死ぬつもりはあるまい」
「暴れるなら、力づくでも止めて話すよ!」
「その意気や良し。きやれ、勇者よ」
ボクが隣接するまでの一瞬、そんなやりとりがあった。自分が痛いのも、魔女さんを傷つけるのも、どっちも嫌だけど、やり遂げないといけない。
だから、ボクは走る。
「ほれい!」
ブレスが駆け抜けた瞬間、巨大な鎌がボクの首を狙う。五、六人は一撫でで両断しそうな刃へ、自身の持つ剣をぶつけた。侍ちゃんより速さは劣っても、力なら彼女を上回る。受け切れはしなくとも、ぎりぎり踏みとどまれる。
「両手でそれでは、受け切れまいよ!」
鎌の一撃を受け止めた瞬間、魔王の足が跳ね上がった。こちらの脇を狙っている。当たれば即死かもしれない。だけど。
「―――させません」
ボクの身体に当たる瞬間、蹴りは弾かれる。局所的に展開された、何重にも張り巡らされた防御障壁。
「ちぃっ!」
まだ魔王の蹴り足は地面に辿り着いていない。鎌は振り上げるには重すぎる。チャンスは、今!
「駄目!下がって!」
僧侶さんの叫び声に一瞬動きが止まる。びゅん、と目の前を鎌の石突が通り過ぎていった。総毛立つような悪寒に、直感で後方へと飛ぶ。
びきん、と。何かが砕けるような音が聞こえた。石突が空を切った反動のまま、旋回した鎌の刃が防御障壁を真っ二つに断ち切ったのだ。高位魔族ですら撃ち貫く蹴りを止めた障壁も、死の大鎌の一撃には耐えられなかったということか。
「ふん。良く見えておるようじゃな?」
何時の間に蹴り足が戻っていたのか。鎌を肩に担いだ魔王は、ボクを通り越して僧侶さんを見据えている。
「勘です。速すぎて見えませんし。未来予知でもいいです。格好いいので」
「………かっかっか!成程のう!」
返答に虚をつかれたのか、一瞬驚いた後に豪快な笑いを発した魔王。言っていることが本当なのかどうかは本人にしかわからないことだけど、これも神の御加護の一種なのだろうか。
「やる気になってくれたようで何より。だが、余はまだまだ健在ぞ?さあさあ、どうするヒトの子らよ」
状況的に五対一。それなのにもかかわらず、友好打は一つとして与えられていない。魔王という名は、伊達や酔狂で名乗れるものではないことを実感する。しかし、彼女の言う通り、どうするべきなのか。
圧倒的な力の差。
四人で対峙しても感じる実力差が、心をへし折ろうとしている。
だが、しかし。
諦めはしない。
諦めてなるものか。
挫けぬ心を、胸に抱いているのだから。
「―――十秒。時間を稼いで。突破口を作ってみせるわ」