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崩れた玉座、最後の闘いと勇者の想い

本編と言えるかもしれません。

 魔王の姿が霞む。

 鋭すぎる殺気が向かう先は、勇者。

 動いたのは侍だった。


「いつまで放心している!」


 肩からぶち当たるようにして勇者を弾き飛ばし、全神経を魔王の動きに集中させる。動いたのは右肩。これは、過去一度だけ見た―――正確には見たらしい―――動き。


「ふッ!」


 低すぎる程に低く、腰を落とすと同時に重心を固定。直線軌道で抉りこむように放たれる貫手の一撃を目視し、左手を反応させる。

 交差は一瞬。

 タイミングを逸すれば、己の首が飛ぶ。


「よう見えておるな。壁を乗り越えたか」


 魔王の凶弾は侍の髪を掠めるだけに留まった。手首、腕を順番に接触させ、見事にいなす事に成功したが、魔王の腕に触れただけで左腕に痺れが走っていた。


「乗り越えていない。斬り倒した」


 ふん、と口の端を歪めるように笑う魔王と、同じように返す侍。弾かれたように飛び退く両者に聞こえたのはたったの一言である。


「凍れぇ!」


 初撃を交えたその時には既に位置取りを変えていたのだろう。侍がフォローに入り易い位置取りながら、射線上に障害物は存在しない、理想的なポジショニング。

 怒声とも言える言葉は、果たして巨大な氷柱を創り出す。射線上の床を瞬時に凍らせながら、空気を切り裂き、魔王へと疾駆した。


「二節以上を省略かえ。見事―――だが、余の魔法障壁は突破出来ぬな」


 魔王の背丈を遥かに超える氷柱はしかし、翳した掌に当たった瞬間粉々に砕け散る。が、攻撃はそれで終わっていなかった。


「覚えたのは省略だけじゃないんですけどね!」


 不可視の一撃。翳した魔王の掌を貫通し、その頬に浅い傷を作った。


「二節以上はより強固な概念としておるのかえ!やりおるわ!」


 怜悧な細面に楽しげな笑みを刻み、魔王は嗤う。傷は瞬く間に修復され、同時に身に着けていたローブを脱ぎ去った。

 顕現したのは漆黒の軽鎧。上半身は胸当てと右肩の肩当て、そして手首を覆うガードのみ。下半身は腰当てにレッグガードという防御よりも機動性を重視した装備である。


「この姿を晒すのも何百年ぶりのことか。―――待つ事二百余年、ついに、余の求める者どもが現れた」


 ぱん、と両の掌を合わせる。合わせたそこは異界への門。


「成程、子を育てるというのは面白きことであるな。今少し早く知っておれば、無為に時間を過ごす事もなかったであろう」


 掌を離してゆく。紫電を纏いながら徐々に現れるのは漆黒の柄。


(それも詮無きこと、か。全て、もうすぐ終わるであろう………終わらせて、欲しいものじゃ)


 口に出すことはなく、心の底で思いながら自嘲する。希望を与え、たった今、絶望を与えている。試練なのだ、と誤魔化す事も出来よう。だが、そうではない。そうではないのだ。


(これは余の我儘。生き飽きた老害故の我儘よ)


 腕を広げれば、目の前には長大な柄が横たわっている。紫電に包まれたそれを握り、一気に引き抜いた。




「塵芥となれ、ヒトの子らよ。



 ―――――――――さあ、死ぬがよい」




 果たして魔王の手に握られていたのは身の丈を優に超える長大な大鎌。反りかえる刃の刃渡りだけで、侍の身長程度はあるだろう。超重量であることは想像に難くないそれを、魔王は悠然と肩に担ぐ。さながら死神の如く、一歩を踏み出した。





 侍に弾き飛ばされた勇者は、しかし戦えずにいた。裏切られた、というショックはある。だが、それ以上に姉のように慕っていた人物に刃を向けることなど、出来なかった。


「どうしたら…いいの…?」


 侍が、魔法使いが、戦っている。何で、二人は戦えるのだろう。自分は、悲しくて、悔しくて、立ち上がる事さえ出来そうにないのに。


「勇者さん、逃げますか?」


 何時の間にか、僧侶に抱きかかえられていた。強い言葉なのに、優しく語りかけるような口調。


「逃げる、というのも良いかもしれません。ほら、見てください。魔女―――魔王さんの顔、辛そうですものね」

 

 のろのろと顔を上げる。目の前に優しかった魔女の姿はない。恐ろしい鎌を振り回し、侍と魔法使いを相手取って立ち回っている。

 何処が辛そうなのか。嬉しそうに笑っているじゃないか。


(―――本当に?)


 唇の端を釣りあげるようにして嗤っている彼女の口元。だが、目は笑っていない。冷たいわけではなく、どことなく、哀しげな。

 敵同士だと言い放った。

 死ねと言葉を突き刺した。

 なのに、何故。


(二百年待ったのは何故?武断派の―――僧侶さんは抵抗勢力って言ってたけど……抵抗勢力?)

 ―――待て。


 何かおかしい。見落としていることがある。


(武断派って要するに好戦的な人たちのことでしょ?何で始末する必要があったのか)


 好戦的では困るのは何故。普通に考えれば、戦って貰っては困るから。

 何故困るのか。戦争したくない?


(抵抗勢力ってことは、主流派ではない…のか)


 どういう派閥があるのかわかるはずもないが、好戦的な派閥がなくなれば、人間と魔族との戦いは沈静化するのではないだろうか。ならば、魔王の本心は。


「…逃げない。聞かなくちゃいけないことが、出来たし」


 きっと簡単には答えてくれないだろう。でなければ、こんな回りくどいと思える演出はしないはず。気付かなければそれでよし、気付いてもそれでよし、と考えているに違いない。


「挫けちゃったかと思いました」


 僧侶さん、ボクは挫けません。

 魔王―――魔女さんに教えてもらったから。


「挫けない人の事を、勇者って言うんですよ」


 懐に抱いた短剣に手を当て、目を閉じる。

 よし、大丈夫。


「行ってらっしゃい。神の御加護があらんことを」


 僧侶の声を背中に受け、勇者は走りだした。


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