とある魔女の記憶、その四
~とある山岳地帯、キャンプ地にて~
勇者「……はぁ」
魔女「どうした、浮かない顔では愛い顔が台無しではないか」
勇者「あ…魔女さん。寝てなくて良いんですか?」
魔女「なかなかどうして、星が美しい。一眠りする前に愛でておこうと思うてな。ほれ、こうして酒も持ってきてだな」
勇者「あはは。やっぱりお酒なんですね。星見酒…ってあったっけ?」
魔女「大きく括って月見酒でよかろ。―――うむ、美しい物が肴なれば、酒もまた格別よ」
勇者「…ねえ、魔女さん。ボク、皆の役に立ててるのかな?」
魔女「らしくもない。月の魔力にやられたのかえ?」
勇者「茶化さないでほしいな。………魔女さん、色々教えてくれて、侍ちゃんも魔法使いちゃんもどんどん強くなってる。ボクも頑張ってるけど、どうしても後一歩足りないんだ。ボクが男の子だったら、もっと役に立てるんじゃないか、とか、色々考えちゃって」
魔女「なるほどのう。ふむ、もう教える事などないと思ったが、特別授業じゃ」
勇者「はいっ先生っ」
魔女「誰が先生じゃ、誰が。…おほん、まあよい。よいか?汝は言うなれば器用貧乏タイプじゃ。どれも一定以上、人並み以上に出来る。じゃが、剣術にしろ、魔法にしろ、一番にはなれない。違うか?」
勇者「…うん。目移りしてるってわけでもないと思うんだけど、専門の人にはやっぱり一歩及ばないんだ」
魔女「傍から見れば、羨ましい悩みとも取れよう。超一流には到達出来なくとも、汝は全てにおいて一流じゃ。全体的に見れば、戦力の中核は間違いなく汝であろう」
勇者「でも、でも。勇者なんて大層なモノなのに、助けられてばっかりで…」
魔女「それをチームワークと言うのじゃろうが。足りない物を皆で補い合う。汝らは間違いなく最高の戦友よ」
勇者「何となく、わかってはいるけど。なんか、こう…」
魔女「欲張りなやつめ。…ならば、質問をしよう。勇者とは何ぞや」
勇者「え?なんだろう…考えた事もなかったけど……うーん…。全体を見られる能力がある人のこととか?魔王を倒せる力がある人のこととか?」
魔女「確かに、統率力も、特別な力も勇者には必須だろうな。じゃが、もう一つ、余はこう思うておる。勇者とは、挫けぬ心を持つ者のことを指す、と」
勇者「挫けぬ、心」
魔女「生きていれば必ず壁にぶち当たる。そこで引き返し、道を諦める者も多い。しかし、壁など知らぬとばかりに乗り越える者もおる。どれだけ高い壁であろうと、挫けぬ心があればいつしか超えられよう」
勇者「…うん」
魔女「それにな、壁を乗り越えるということは勇気がいる。何故ならば、壁に挑戦している間は停滞しているからだ。壁を乗り越え、初めて一歩が踏み出せる。並の者が停滞を是と出来るか?出来まいよ。とかくヒトは停滞を嫌い、先へと進みたがるものじゃ。だからこそ、目の前の壁を諦め、迂回し、違う道を探す」
勇者「でも、何くそ!って普通はなるんじゃないかな」
魔女「そこが汝と他の者の違いじゃな。勇者よ、汝は壁を物ともせず、認識すらせず、愚直なまでに邁進し、駆け上がるように前へと進む。だからこそ、汝の仲間は勇者を信じ、着いてきているのではないか?
だが今、初めて壁というものを痛感し、足を止めている。大いに結構。存分に悩むが良かろう。悩み、考え、答えを見つけて壁を乗り越えた時、汝は更に高みへと昇ることが出来るのじゃからな」
勇者「…ボク、挫けちゃうかも、よ?」
魔女「心配せずとも、周りが放っておくまいよ。まあ、助けようとする彼奴らを、汝が信じられるかどうかは知らぬが」
勇者「信頼してるに決まってるじゃないか!」
魔女「そう熱くなるでない。ならば、悩む必要もないのではないか?汝は前を真っ直ぐに見据えて進めばよい。足りないモノは、他が勝手に補うだろうよ。成せぬ事など、何もなかろう。汝には、何よりも得難い仲間がおる故、な」
勇者「そう、だよね。仲間って、そういうものだよね」
魔女「憑き物は落ちたかえ?」
勇者「うん!ありがとう!」
魔女「ほほ。何、礼には及ばぬ。さ、明日も早い。はよう寝るのじゃ」
勇者「はい!おやすみなさい!」
魔女「うむ。おやすみ。………っと、待てい」
勇者「う?」
魔女「これを賜ろう」
勇者「っと。え、何これ。石造りの短剣?」
魔女「うむ。抜いてみればわかるが、刃はない。斬っても突いても怪我はしない」
勇者「え?役に立たないんじゃ?」
魔女「御守りのようなものじゃ。汝にそれをやろう」
勇者「えっと、ありがとう?」
魔女「よい。それだけじゃ」
勇者「はぁい。じゃあ、改めておやすみなさい」
魔女「うむ………」
魔女(成せぬ事など、ない。成せよ、勇者)
~数ヵ月後、魔王の居城、謁見の間~
勇者「ついに、ここまで来たね」
侍「ああ。長かった、な」
僧侶「あっという間だったような?エンゲル係数の関係で資金調達時間が長かっただけではないかと」
魔法使い「侍の士気が下がってるから止めなさいよ…」
魔女「余裕じゃのう。目の前の扉を抜ければ、魔王とご対面じゃと言うに」
魔法使い「いやいや、結構ブルってますとも。今までのやつらとは格が違うだろうし」
侍「武者震いというやつか」
勇者「大丈夫。きっと勝てるから。ボクたち、凄く強くなったもん」
僧侶「慢心は捨てましょうね。油断があって負けちゃいました、は洒落になりませんし。命の灯的に考えて」
魔法使い「何でいつも一言余計なのかね、この人は」
勇者「まあまあ。皆、覚悟は出来てるかな」
侍「応」
僧侶「出来ています、と言いたいですが、今日勝負下着じゃないんですよね」
魔法使い「つっこまない、もうつっこまない。………オーケー、行きましょう」
勇者「じゃあ、行こう!」
侍「………玉座に、誰もいない?」
僧侶「―――いえ、その横に」
魔法使い「いやでも、あんまり大した力を感じないけど…」
勇者「どういうこと…?」
魔女「―――ついに、辿り着いたな。いや、辿り着いてしまった、と言うべきか」
侍「…何?おい、不用意に前に―――」
魔女「よい。汝らはそこにおれ。はてさて、何も様変わりしていないようじゃ。留守中世話をかけたな、側近よ」
側近「勿体なきお言葉。万事滞りなく、整いまして御座います」
魔女「大儀であった。下がっておれ」
側近「は。御武運を」
魔法使い「え、何?ちょっと、意味が…わからないんですけど…?」
魔女「混乱するのも無理はあるまい。ちと座らせて貰うぞ。これも様式美、というやつでな」
勇者「………やだ。嘘だよ」
魔女「改めて名乗りを上げよう。
――――――余が、魔王である」
侍「………馬鹿な…」
魔法使い「騙してた…ってワケ?」
魔王「余計な事を言わなかっただけじゃ。余には余の、思惑というものもあったのでな」
勇者「どれも、これも、全部、嘘、だったの?」
魔王「偽りではないと言っておこう。汝らと過ごした日々は十分に無聊の慰めとなった。ついでとは言え、武断派の阿呆共を始末することも出来た故、礼を言うておこうか」
僧侶「思惑とは、抵抗勢力の撃滅ですか」
魔王「それだけではないがな。―――さて、積もる話があるわけでもあるまい。始めようではないか。勇者、そして魔王の因縁をここで断ち切ろう」
魔法使い「本気、なのね。もう、戻れないってわけか」
魔王「当然じゃろう?汝らの目的を思い出すがよい。さあ、余を楽しませよ。
―――己の限界を超え、摂理すらも覆し、余を打ち倒してみせるがよい。
往くぞ、ヒトの子らよ」
次回より文章形式が変わります。




