とある魔女の記憶、その二
~とある郊外~
魔女「遅い。固い。弱い。あと貧乳」
魔法使い「貧乳関係なくね?っていうかまだ伸びしろあるんじゃないかな、年齢的に考えて」
魔女「外野、五月蠅いぞ。黙っておれ」
勇者「ネタ振ったの魔女さん…」
魔女「さて、講義とゆくか。侍、汝は身体の使い方をわかっておらぬ。確かに天性の才はある。が、才能だけで大成する者など皆無じゃ。まず己の特性を理解せよ」
侍「特性?」
魔女「左様。他者と己を比べた時、何が勝っているのか、何が劣っているのか…これを理解しているか否かで大きく変わる。よいか?人間という種族は顕著に個体差というものがある。向き、不向きと言い換えてもよい」
魔法使い「確かに、あたしで言うなら、剣は振れなくても人並み以上に魔法を使えるわね」
魔女「うむ。これが一番分かりやすい個体差であろうな。だが、これだけでは特性とは言えぬ。剣を取った者は何を目指すのか、その方向を見据える必要がある」
侍「力なのか、技なのか?」
魔女「区分としてはそれで十分じゃ。しかし、ヒトは欲深い。両立させようとしたがる…その節は汝にもあろう?」
侍「否定できない」
魔女「素直で結構。さて、そこで断言しておこう。力と技は両立せぬ。力とは此処では膂力と捉える事とするが、ヒトの身体とは不思議なものでな、緊張すれば身体が強張り、硬くなる。力を入れてみよ。そうさな、力瘤でも作ってみればよい」
僧侶「むんっ」
勇者「ぽこってなってるね」
魔女「その状態が緊張である。緊張した身体は受けた力を分散することが出来ぬ。言うなれば、力が滞るということ。これでは満足に身体を動かす事は叶わぬ」
侍「しかし、力が無ければ斬れん」
魔女「そうじゃな。大きな力はより大きな物を壊し、断てる。じゃが、考えてもみよ。それよりも大きな物だったらどうする?」
侍「もっと力を―――そうか」
魔女「うむ。これは武の道を志す者にとっては永遠の課題とも言えよう。力はより大きな力に屈する。必定と言えよう」
魔法使い「このこともまた、個体差に集約されるわけでもあるのね」
魔女「侍よ。汝は雌という種別で生まれた瞬間から、雄には及ばぬと知れ。弛まぬ日々の鍛錬と天賦の才でもって、その事実を覆しているにすぎぬ。いつか、超えられぬ壁に辿り着く事となろう」
侍「………それは、痛感した」
魔女「うむ、余に出会えた事は汝にとって僥倖と言えよう。同じ雌でも、汝は余に及ばぬ。なれば、汝は何をするべきなのだろうな?」
侍「技を磨く」
魔女「痴れ者め。言うは易く、行うは難しと心得よ。技とは、弱者が強者に打ち勝つために編み出された手法のことを指す。己に出来る事を理解し、身体の仕組みを理解し、理を創り出した。言うなれば、技とは己を理解することである」
侍「必殺三段突きとかは?」
魔女「阿呆。小手先の技術を技とは呼ばぬ。そんなもの、ある程度修練すれば誰にでも出来るではないか」
勇者「………な、なんか根本から色々否定されてるような…」
魔女「侍よ、汝は雌の中でも小柄な方に分類されるであろう。それを補うのは膂力に非ず」
侍「自覚している。足、即ち速度であり、目だ」
魔女「言うまでもなかったようじゃの。左様、汝には瞬発力があり、小柄な身体故に機動性も高い。そして何よりも驚嘆に値するのはその眼。並はずれた動体視力、そしてそれに反応できる反射神経も群を抜いておる」
侍「だが、魔女の手は見えなかった」
魔女「単に慣れの問題よ。己の速度を限界まで引き上げるがよい。何をどうすれば良いのか、身体を使って考えよ。幾千、幾万と繰り返せ。一つ見えれば、汝に捉えられぬ物などない」
侍「精進しよう。感謝を」
魔女「路傍に散るには惜しい華よ。当然のことをしたまでじゃ」
魔法使い「カッコいい事言ってるんだけど…なんだろう、この納得出来ない気持ち」
勇者「あるある」