第六話■ゆくえしれず■
旅館にもどり、布団に潜り込んで2時間。煮炊きする音、朝飯の支度をしだしたのだろう。
他、隣も向かいも、どこからも音はしなかった。
二人しか宿泊はいないのだろう。
旅館は、五、六人の客が何日かかけゆったりと湯治できるような作りになっている。
宿泊するのは猫の額ほどの中庭を挟み、離れの別館。母屋の給仕場に向かった。
「おはよ」
「おはようございます!
朝はやいんねぇ!ゆっくり眠れんかったかぃね」
「ねたよ、朝風呂いくから早起きしただけ」
「朝ごはん、パンかね?しろめしかね?」
厨房のシンクには、オーブンの中に入れる鉄板がありクロワッサンの形をしたパン生地が、スタンバイしてる。
「しろめし…、クロワッサンどうするん?」
「婆さまたちが、畑仕事の前にモーニングたべくるんよ」
「…どうりでいっぱい」
漬物に始まり、焼き魚、みそ汁、コーンポタージュ…ウインナー、温泉卵に、スクランブルエッグ。沢山の食材が並んでいた。
食欲こそないが、綺麗に飾られた御膳、まるく太った魚、張りがあるオレンジ色の黄身した卵、鮮やかな山菜…見ていると、なんだかたのしくなった。
あたたかくて、いい香りの蒸気がそこらに立ち込めている。
鍋があって、火があって、水があって。
「この辺のひとは、だいたい食べにくるんよ。さみしいんもあるけど、
独居老人ばっかりやからね、夜中に倒れて死んだまま草ったらあかんやろ。顔合わせとくんよ」
「寺の住職さんもきてた?」
「亡くなる前はね」
「…え」
「三ヶ月前に亡くなったんよ」