第四部 ■蟻■
女の子は、時間つぶすのがうまいね。
日が陰るまで待つとなると、化粧ポーチをひっぱりだして、マツゲをいじったりリップをぬったり、顔を一通りいじくり終わると、髪をおだんごにしたりポニーテールにしたり編み上げしてみたり、忙しそう。
おもしろいから、じーっとみてると、プリクラ帳と色ペンを渡されて、隙間になんか絵かいてていいよって渡された。
境内は、コートをかけた死体と、髪の毛をいぢる女の子と、お絵かきをする中年男性の三角形に仕上がった。
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カラスが騒がしくなり寺の上を旋回し、各々の巣に帰りだしている。
ボインちゃんは、法事用の座布団をたくさんひっぱりだしてかまくらをつくっていたが、だいぶ冷えてきたので、暖をとれる魔法陣を書きだした。
「魔法陣うまくなったね」
陣の文字は、均一に魔法を込めながら書かなくては効力にむらがでる。
例えば、暖をとる陣だが、陣の右端は熱すぎるとか左中央は冷たいとか。
「地獄の蓋の陣は?うまく開けれた?」
「黙っててください!集中してるの!」
床板に直接、座布団サイズの陣をホワイトのペンで熱心に書いている。
「…あれ」
床板に書いた文字を手で払っている。
「…」
なにか手についたのかその手も払った。
「な…なにかいます」
床板の隙間からマツヤニのように、玉が、ぷっくりとふくらんででてくる。いくつも。いくつも。
白い米粒のようにみえるといじいじと意思のあるような動き。
「白蟻」
たくさんの白蟻が、湧いてる。
あちらこちら、床板のあるかないかの隙間から白蟻が、さらには柱と天井の隙間からもぷくりぷくり水滴のように染みでてる。
向かうさきは、各々あるようで、明らかに一箇所を目指していた。
コートだ。
コートの下の達磨の尼。
プリクラ帳を置き、コートをめくりあげた。
尼の口の穴に列をなしている。隙間から染みでた、白い蟻は、尼の口を目指し、腹の中を一巡りして鼻の穴からでている。
ふりかえると、白蟻は先程よりも明確な列を作り出している。
「ボインちゃん、循環がはじまってるよ」
「循環…?」
ボインちゃんは、自分の膝に道をつくる蟻を、気持ち悪そうにみてる。
「ヤノマミ族をしってるかい?」
ヤノマミ族は、アマゾンの熱帯雨林に住む一部族。彼等は、への緒がついた赤子、寿命(病気も含めて)で亡くなった同胞を神に返すのに、白蟻をつかう。
蟻は、植物が根を下ろす地中から沸き、また戻っていく。命を奪い、食い、運ぶ、小さな舟。
ちいさな舟は、現世のものを、精霊に戻し、また世界の循環に戻すのだ。
いま、目の前で列をなすのは、まさにこの白蟻。「死骸はね、最初に死霊にあそばれ、しばらくすると蟻が嗅ぎ付けてくる。人間として生きたものをを、また『精霊』にもどす。『精霊』とは、この世、あの世の働きすべて、生命の『根源』」
「でも、ものすごい量…」
境内、足の踏み場所もないほどにまで集まっている。
六本の足の節が米粒ほどの胴と擦れる、音さえきこえだした。
「おかしいね…多過ぎる」
「そうなの?」
尼が、聖なる者で、多くの『根源』を持っていたとしてもこの量は以上だった。もはや、壁がみえないほどの蟻。蟻。蟻。
夜にも関わらず、すべてが白く、月のように薄らぼんやり発光しているので、眩しい。
「なにかおかしい」
「ひぁ!」
「!?」
ボインちゃんのくるぶしから蟻が、内股を辿り上がっている。こそばゆく気持ち悪いのを、あわてて払い除けようとした。
「潰してはだめ!」
「なんででっ!…ひぁ!」
「蟻は、精霊にかえすものかどうか、調べてる。違うなら列に帰る。潰すと…その蟻の腹にある匂い袋も潰れ、他の蟻を呼んで囲まれる」
振り上げた手をそのまま、固まった。蟻はスカートの中に入り見えない
「ひぁっ!」
「最悪、連れていかれて死骸とおなし『循環』に加えられる」
「…ふぁっ」
虫がはいずる悪寒を堪えるのに、息がちぃさくなり、さらに感覚が研ぎ澄まされてしまう
「ひぅっ…は!はいっちゃう!」
ボインちゃん涙目で口をぱくぱく。
「パンツはいった!はいった!」
「ボインちゃんたら!
いやらしい!!」
「哲郎さんばかあっ
…ふぃっ!」
ぱくぱくぱくぱく。
「…は…はいっちゃったよぉぉ」
内股の足が震えて、頬がは真っ赤。スカートの裾をひっぱって、うつむいて、耐えてる。
おしっこを我慢してるみたいだ。
「ボインちゃん、さっきかいてた魔法陣は書き終えてる?」
こくこく。
「ゆっくり発動させて」
白蟻の大群でみえない床板からゆるやかな温風が吹き上がった。
蟻はその風をよけて、列を組み替えはじめたため、丁度、足元座布団一枚分の床板があらわれた。
「そっちに跳ぶからまってて」
こくこく。
「よっ」
温風魔法陣に跳ぶ。
下唇を噛んで耐えたままの彼女の硬くなった顎を右手で引き上げ、前歯に親指を。
むりやり口を開けて、人差し指を中につっこんだ。
ちいさなしめった舌。指をぴんと伸ばしたら、奥に刺さるだろう。
ちいさな顎に、ちいさな歯。生育の悪いトウモロコシみたいな大きさなのが、きちんと並んでいる。指の横腹に触れる舌も、猫のくらいしかないんじゃないだろうか。
「歯がカチカチしてる」
怖いのだろう。
蟻が?吸血鬼が?
ボインちゃんは、涙目で怒りをうったえた。
「ありさん、ボインちゃんのどこからはいったかいってごら…
イタぁッ!噛んだ!
あけてあけて!」
指を引っこ抜くと、歯型のついた人差し指は白い蟻を乗せていた。
「わあああん!!哲郎ちゃんのばかばかばかあほ!しねえ!」
座布団一枚しか足場がないので、服の裾を掴んで反対の拳でみぞおちを、ぼかすか。
「ボインちゃんたら、はなみずでとるよ」
人差し指の蟻を、そっと行列に戻した。