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第二部 ■銅山の昔話■

はねたお湯の波紋が広がり、消えた。

濁りのあるお湯なので、木の実が落ちてきたのか、なにか隠れたのかまではわからない。

波紋のはじまったあたりまで泳いだ。

なにもない。


このあたりでは、

有名な昔話しがある。


人魚伝説だ。


海はない。四方、木々に囲まれた山奥だ。

だが、この村、海洋生物の化石がでる。


集落に伝わるはなしはこう。


銅山が開けたときより温泉が湧きでたときよりもっと昔、ここは海だった。

この村にある湖は、山が競り上がるときに取り残された海のはしきれ。

そのとき逃げ遅れた海の魚や貝はいまも湖で姿を変えて住んでいる。


海から切り離され、湖になってすこしたつころ…そこに住む魚は夜になると、たいそう大きな声で泣くようになった。

海が恋しく、塩気の少なくなっていく、ここは地獄だ。

大きな声で泣いた。

これがまた、あまりにうるさい。

村では、ひとり、はなし相手でも使わせようということになった。

使いは、はなし好きの女の子。うまれたころから胴のつけねより、手と足のない、達磨の女子にきまった。

これを、魚はたいへんよろこんだ。この女の子供は、手足がなく、魚には、おなじ魚のようにみえたのだ。

魚が泣くと、女の子は魚にはなした。

『滝を昇と竜になるんじゃ。竜はいいぞどこでもいける』

魚は慰められ、うれしくて、前よりも大きな声で泣くようになった。

うれしくて、うれしくて泣いた。


つづきは…

その涙が、温泉になったとか。涙は、滝になって、それを昇って竜になったとか。

最後、達磨の女の子はその魚と結ばれて人魚になったというのでしめくくられる。


そして、その人魚のミイラがこの村にあるとかないとか、夜中動くとかうごかないとか。

そんなで、それを見に今回ここにきた。


さっそく、旅館のお土産コーナーで、ミイラの人魚ストラップを買ってしまった。ボインちゃんのお土産にもうひとつ買っておくべきか。木彫りの人魚ミイラストラップ。女将手作り、悪魔払い済み。


仰向けにお湯に寝て全身浮かべながら、どうこう考えていると、

エンジン音が聞こえてきた。地面からではない。空から。

「哲郎さん!!」

ボインちゃんだ。

ボインちゃんは、からだより大きなほうきにまたがって、頭の上まできた。

「よくわかったね、顔しか浮いてないのに」

チェックのプリーツスカートでほうきにまたがってるボインちゃんを、下から覗きこむような状態、だがハーフパンツをはいている。みえない。

「哲郎さん!はやくでないと、ふやけますよ!」

やわらかい、ラビットファーのようなストレートの髪は、ツインテールで、べっこう飴の色してる。とっても長い。

上から覗きこんでるから、そのさきっぽがお湯につかりそう。

「ほうき、あたらしいエンジンつけた?かなり速くない?」

ボインちゃんのほうきは、通常魔力で、時速40キロあたり、速く飛べるようにエンジンをくっつけてる。

「フォグワーズ推薦のエンジンです」

あんまり長時間ほうきにのってると、股ずれおこすから、最近はみんなつけてるらしい。


ツインテールが水面をうろうろしてる。

さきっちょを片方掴んで、引きずりこんでやった。


「キャーーーーーー!!」

「着入浴」

ほうきごと温泉に落っこちたボインちゃんは、すっごくいやそうな顔をして。髪は引っ張られるは、濡れるは、それは怒るだろう。

どやされるのをたのしみに待ってたら、ボインちゃんほうきを拾って、ざぶざぶ岸にでていってしまった。

「…あれ?あれ?

下を向いてざぶざぶいっつしまう。

「あーもーごめんごめんごめんなさい!」

「………」

怒りすぎて相手にしてくれてない。

「もーごめんて、ごめんて」

「………」

「はなちゃん泣いてる?」

「ないてない!」

背中をむけてぷんぷんしてるのを追っかけた

「泣いてるでしょ?」

「ないてない!!」

「泣いてる?」

「ないてない!!」

「泣いてるって」

「ついてこないで!」

顔を真っ赤にして怒ってるから、なんかすごく悪いことした気がしてきた。ふりかえらない、彼女の腕を掴んで顔をみると、もっと困った顔をして耳まで真っ赤になった。

シャツが濡れてブラが透けてるのが恥ずかしいのだろうか。

「ごめん」

目をみて謝るのが一番いい。

「ごめんね」

「おちんちん ぶらぶらしないでー!!」

目をみて謝るのが一番いい。

「あ、ごめん!」

温泉でて、素っ裸で追っかけまわしてた。浴衣に着替えたボインちゃんは、ニコニコぼたん鍋をつついてる。機嫌なおったみたい。


あのあと、旅館に戻り、

宿泊客がひとり増えたのを伝えたら、女将さんがここの山で捕れる猪を、鍋にしてくれたのだ。女将は、バス停まで迎えにきてくれた婆さん。

「おいし?」

「うん」

こうやって、ひとがおいしそうに食べてるのを見てるのが一番いい。

「ひとくちいる?」

「生肉の方をもらうよ」

一枚だけ、まだ鍋にいれていない猪の肉をほうばった。食卓をいっしょに囲んで、相手がなにも食べないのではおもしろくないだろうから。

「おいしいね」基本、食欲がない訳ではないが、食べない。

あたたかい生き物の血が、スーパーでウ゛ィダーインゼリーみたいに売っていたら飲むが、そうはいかないから。

殺生をその場で見るのが嫌だ。なまぬるいことをいっていると思うが、もう充分だ。

人間だって、牛肉や鶏肉を、その場で締め殺して食べるのが常だったら、おなじ量を食べるにしても、もっと違う食べ方をするだろう。

パックに詰めて見ないで食えるほど楽なものはない。食べないことに関して、ボインちゃんはというと…

飼い主として餌をやらなくてはいけない責任感があるようで。たぶんペット感覚。

それでいて、彼女はバンパイアハンターでもある訳で、なにか殺させる訳にもゆかず、そのへん葛藤があるらしい。

吸血鬼が血液以外に、なにを食べるかよくわからない、だからって、ペットショップでイグアナのフードやらカブトムシのゼリー(樹液)を買ってくれたりもする。



「ねえ、レポートどうだったの?」

「使い魔がいないから、お家でやる課題もらいました」

「へぇ?」

「からまったチェーンのネックレスを魔法で戻すの」

ボインちゃんは、濡れた制服といっしょに干してある肩掛けポーチから、いそいそと課題を取り出して問題の物をみせてくれた。

拳だいにからまったネックレスのチェーンを。

「わあ…」

「提出は一週間後です!」

「…これは、

……なんていうか…

…いかつい ねえ…」

今晩から始めないと終わらなさそうだ。


この課題というのも、ボインちゃんの訓練になっている。使い魔を命令する時間の長さを伸ばす訓練。命令をこなすのに時間がかかるほど、魔女は魔力が必要になる。命令に、使い魔をしばりつけていないといけないから。

「…哲郎はね、

この幼い魔女をみているのがすきだ。

それが、魔女の魔力だというのなら…

いたしかたない…

いたしかたない!わけがないだろう!

そんなもの先生に返してきなさい!一筆そえたげるから!!」

「ここいつまでいるんですか?」


魔女は聞いていない。

「人魚ミイラにあいにきたんだよ。

期間は気がすむまで…かな」

お鍋のあくを、おたまですくいながら、ボインちゃんは、

「人魚ならつくれます!」

「頼もしいねえ」

こないだ家のキッチンで、人魚をつくる課題をやってた。

スーパーで子持ちししゃもを買ってきて、ワラ人形の上半身と、ししゃもの尾っぽをぬいぬい。中に毛を入れるから毛をくれ毛をくれと、だいぶむしられ。


しばらくの間、その気持ちの悪い人魚?、部屋の隅でぼーっとしたり歩いたりしてた。ししゃも12匹パックだったから、それが12匹も。


「長いこと、村で生きてた人魚のはなしをききにきたんだよ。明日、寺の住職と会う予定」

ボインちゃんはすこし考えて、

「…冬休みの自由研究になる?」

「なるなる、

手伝ったげるよ

いっしょにおいでなさい」


−−−−−−−−


吸血鬼は、棺桶で昼間眠る。

日の光を受けていると、耳鳴りがするからだ。

例えるなら、音の高い笛を、耳元で吹かれているようだ。

瞳孔も、ついていかない。ただ白いもやが映るだけ。


でもだ、

だからって、

いつでも棺桶ずって旅館もいけないし、昼間じゃなきゃ行楽地は開いてないし。つまらない。

何事も慣れだ。

いまでは、旅館にとまれば、蓋ができる(あるとほっとする)バスタブでねむる。

目だって、見えなくとも、ここは蝙蝠の要領で、超音波をだして耳できけば、音の跳ね返りで物を認識できる。

不自由はない。




深夜1時。

ボインちゃんは布団で眠っている。

寝息がきこえた。


雨音。

屋根を叩いている。


吸血鬼は備えつけの浴槽の底で、丸くなっている。

「…降り出したかな」

風呂の蓋を静かにのけ、窓を見に立った。


魔女は、窓の下で、桜の花びらのような唇をちぃさくあけて、眠り姫をしている。

睫毛は長い。

耳と頬のあいだ、おでこ、その産毛が、雛鳥のよう。

首筋の薄皮一枚下に、ぬくもりの根源がある。

首筋の毛布を人差し指で、のけてやった。

鎖骨からなだらかに膨らむ、乳房は豊かだった。


啜り泣く声がした。

「…?」

雨音か。


遠くはない、隣でもない、二三棟先より先、山ひとつは越えない。

雨音ではない。

誰かが泣いている。

たしかに泣いている。


「おきて」

ボインちゃんの肩をちいさく揺すった。

「……んん?」

「きこえる?」

上半身を起こして、窓から外をみた。

目を丸くして耳をそばだてている。


「ほら、泣いてる」

吸血鬼は、外を指差した。

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