第三十一話 宿敵は今後も度々登場する予定です
「幽霊船?」
「ああ、つい最近近くの海域に発見されたんだとさ。御蔭で商売繁盛、ご覧の通りの大忙しさ」
そう言いつつ料理を盛って手渡してきた
「ん?でもそこの服屋の店員はそんなこといってなかったけど」
それを受け取り、食べ始める。
「おいおい…服屋の店員にそんなの求めるのが間違ってんのさ。生きの良い情報ってのはこういうとこにしか集まんねぇもんなんだよ」
ガセかどうかはさておいて、な。
と店主のおっさんは付け加える
「幽霊船ってのはダンジョンみたいに良く見つかるもんなのか?」
「まさか、俺も長い事店開いてるけど話だけならともかく実際に発見されたなんて初めてだよ。だからこそ依頼も出てないのにこんなに別の大陸から冒険者が集まってんだろ?」
「ほーん」
幽霊船…ねぇ
料理を頬張りながらながらちらりと右を見る
「…」
料理を見つめたまま硬直しており、顔がこの世の終わりみたいに青ざめている。手に持っているスプーンはカタカタと小刻みに震えていた。
飲み物を飲みながら今度は左を見る
遠足前日の小学生みたいな顔をしている。
とても良い顔である
「ただまぁ見つかった海の所為なのか、はたまた幽霊船の所為なのか…未だに戻ってきた奴は一人も居ないらしい」
「海?」
「ここから南の海でな、年中深い霧が立ち込めてる事と、海流が極めて複雑になってるせいで素人が入ったらまず帰って来れないんだ。ここらの漁師も滅多に近づかない」
だからこそ逆に行きたがるんだろうな
ハイリスクハイリターンを期待して
「む…向かわれ、ますか?」
ティアラが不安そうに聞いてくる
「行きたいけどな…ここに何時までも居ると色々厄介な事になる。
買うもの買ってコート受け取ったらさっさと別の大陸に行くさ」
そう言いつつ食べる
ティアラはほっと一息し、シエルは少し残念そうにしていた
うまうま
店の中は入ったときと変わらずガヤガヤと賑わっていた
適当に食べてから店を出て色々と必要な物を買う為に大通り沿いの店を色々物色する
調理道具やら日用品やら食料やら大きいものから小さいものまで必要なものは大量にある
あっちこっちの店を行ったり来たりしつつ買い集める
途中、
「シャリシャリしてうまいなこれ」
「んぎぁう」
「はい!冷たくてとってもおいしいです」
「甘さと酸味が丁度良いですね」
旨そうな果物が売ってたので、四つ買って休憩したり、
「なん…だと…?」
かつての宿敵(手足付き金魚)との運命の再会(普通に店に並んでた)を果たしたり
「ひゃわー!」
シエルが何も無い所で大コケし、
「Oh…」
持っていた荷物(包丁)が空を舞い、俺の頬を掠めて地面に刺さったり、
「…『おば』さんがさ…」
「…で、馬車が『ゆれ』てさぁ…」
「…私の『ゆう』じんが…」
ティアラがキーワードを聞く度にビクついて荷物をゴトゴト落したりと
買う以外のイベントが起きまくった
やはり姉妹だな、と以前とは別の意味で思った。
「うう…すみませんジン様…」
「も…申し訳ありません…」
そうこうしているうちに日が沈みかけて来た。
二人はすっかり落ち込んでしまっている。
「別に気にしなくて良い、焦っている訳じゃないしな」
本音は追っ手のことを考えて急いだ方が良いのだが
まぁ来たら来たでその時は有り金巻き上げた後、額に消えない傷(熟女)を刻んでやれば良い。
軽く二人の頭を撫でながら帰路に着く
そうこうしているうちに頼んでおいた仕立て直しの期日になったので再び服屋に訪れた。
「いらっしゃいませ」
以前同様に二人の女性店員が入り口で出迎える
「仕立て直しを頼んでおいた者だが」
「お待ちしておりました、少々お待ち下さいませ」
店員の一人が店の奥に入って行き、しばらくして男性店員が完成品を持ってきた。
「こ、こちらでございます」
店員から受け取って広げてみる
なにやら微妙に不安そうな顔をしているがなんだろう、失敗したんだろうか?
頼んだ通りフードも付いており、首周りとフードには例のファーが付いている
裏を見てみるとリバーシブルのようになっており、どちらでも使えるようだ。
胸から腹部にかけてはボタンの変わりにチェーンとその留め具が三つ付いており、
多少前を開けたままに出来る
紋章は袖にも伸びているが基本的な形は変わっていない
生地の形状が変わっても紋章は変わらないという事なんだろうか
見た目は特に変な所は無いがどうなんだろう?
店員は相変わらず僅かに不安そうな顔をしている
取り合えず袖を通してみる
パチパチとチェーンを付け軽く動く
ふむ、悪くない
サイズは最初やや大きいかと思ったが動いていると気にならなくなった
丁度良いサイズに勝手になるんだろうか?
重さも見た目程感じない
特にどこかがおかしいという事はなさそうだが…
「…いかがでしょうか?」
「良い出来だ、思ったよりも軽くて動きやすい」
「か、軽い…ですか?」
店員の顔を見ると今度は驚愕した顔をしていた
「何か気になることでもあるのか?」
「…実は仕立て直しで何か問題が無いかを確認する為に従業員が袖を通させていただいたのですが…」
「何かあったのか?」
「着た途端に何かに押しつぶされるかのようにその場で倒れてしまいまして…他にも何人かの者が試しましたが結果は同じになり…着た者が言うには、そのコートを着ると、とてつもない重量を感じるようなのです」
「単にそいつが装備できないからじゃ無いのか?」
「コートは衣類に分類されますから基本的にどの職業でも着られます。
仮に装備不可のものだったとしてもその場で動けなくなってしまうほどの
事にはなりません」
ふむ、コイツも装具の一つだったのか?
いや、でも確かこれ宝物庫に入る前から持ってたよな…
あの時はまだ複数の装具を装備したらあぼんするはずなんだが…
…ああそうか、あの時はただ肩に掛けてただけで羽織ってたわけじゃないからか。
シエルを包んでいた時も同じ理由で大丈夫だったんだろう。
城に戻った後で出来るようになったのなら納得がいく。
一応あとで装具かどうか確認してみよう。
「それは悪い事をしたな」
ズボンのポケットから4G貨を一枚取り出し店員に手渡す
「これはこちらの不注意で迷惑を掛けた詫びだ、怪我をした者がいたなら
そいつらに使ってやってくれ」
「こ、このような大金いただけません!」
「気にするな、取って置いてくれ」
半ば強引に渡し店を出ようとするとシエルとティアラが半ば放心したような顔でこっちを見ていた
「なんだ?どこか変か?」
「えっ、あっ、い、いえ!なんでもないです!」
「は、はい、だ、大丈夫です」
声を掛けると途端に真っ赤になって慌てだす二人
「そうか、なら行くぞ」
買うものは大体買ったしもうここに用は無い。
本当はアレを買っておきたかったが別の機会でいいだろう
追っ手がいると仮定した場合、これ以上留まれば
船の方に手を回される可能性がある。
宿が特定されたとしてもまだ日数は残っているから、多少の目暗ましにはなるだろう
面倒になる前にさっさと大陸から出よう
さっさと冒険者とかギルドとかそっち方面をやりたい。
船の方はこの三日間で調べておいた。
次の定期船の出航は今日の12時、行き先は東のルチキアン大陸バサロの街。ルチキアン大陸はこの世界最大の大陸であり、国の数も比例して多い。
そこまで行けばさすがに大丈夫だろう。
そのまま港の方に足を向ける
そう言えばこの世界にも時計はあるようだ。
あちらと同じ長針と短針で時刻を表示するものだ
ただ歯車や電池ではなく魔力を動力源にしたものらしく、魔力を充電すれば使い続けられるとのこと。
なので一応懐中時計のようなものを一つ買っておいた
時間を見ると11時43分と表示されていた
おっと、大事な事を忘れてた
「くろごま」
背中にへばりついていたくろごまが脇から胸にもぞもぞと移動して顔を出した
コートを着たときにシャツの下から外に出しておいたのだ
「ぎぅ」
かわいい
首後ろを軽くつまんで着ているコートのフードに入れる
「居心地良いか?」
「うぎゃぅ!」
フードの中で、もぞもぞごろごろ動き回って新しい住まいの居心地を確認している
声からして気に入ってくれたようだ
これで問題は無いかな
「ああそうだ、衣服って装備者にあった大きさに勝手になる物なのか?」
「あ、はい、その通りです、最も適したサイズに自動的になります。ただ、
それも限界があるので、余りにサイズの違うものは無理です。ジン様がお持ちだったマントはさすがに大きすぎましたから、仕立て直しをして正解だと思います」
「鎧とかも同じなのか?」
「はい、防具も同じです」
斜め一歩後ろを歩くティアラが答える
中々便利なんだな
「ジン様、お聞きしてもいいですか?」
「ん? なんだ?」
歩きながら反対側にいるシエルが聞いてくる
「なんというかジン様はあまり幽霊船に興味がないような気がするのですがどうしてなんでしょうか?」
鋭いな
「ああ興味ない、あれは疑似餌だろうからな」
「ぎじえ?」
「偽者の餌の事だ」
シエルは頭を傾げる
「要するに罠って事だよ」
「そうなんですか?」
「おかしいと思わなかったか?地元の漁師ですら滅多に近寄らない海域に
どんな理由で誰が行った?どうやって帰ってこれた?年中深い霧に覆われてる海域でどんな視力の奴が見つけた?仮に本当に見た奴がいるとして、そいつの言う事を鵜呑みにした噂がどうしてこんなに早く別大陸にまで広がる?酒場のおっさんが言ってた様にガセって事も考えられるのに」
「意図的に噂が広がったと?」
「それも単独じゃ無い、噂の広がる速度から考えて結構な人数がいるだろな。酒場に一人で『幽霊船見つかったどー!』なんて言っても『はいはいワロスワロス』で終わっちまう」
「わ、わろ…?え、えっと…だ、だれがなんのためにそんな事をしたんでしょうか?」
「さぁ?それは知らんがそいつらの狙いにはおおよそ見当つくだろ?」
「勇者…ですか」
「あいつらの耳に入る頃には『幽霊船のせいであの海域から強い魔物が出てきて困ってる』くらいになってるんじゃないか?」
とか話をしていると船が見えてきた
「とはいえおっさんに聞いただけだし、本当の所どうなのかはわからん。仮に幽霊船が実在したとしても俺らは大陸に長居できんからな、さっさと移動するしかない」
「ですが勇者が死亡したらジン様にとって都合が悪いのでは?」
ティアラの言葉を聞きつつ乗船場所に居る船員に近づく
「こんな序盤で手助けしなきゃならんくらい弱いならいずれ死ぬ。俺はあいつを利用する気はあっても助けるつもりは毛頭無い。俺と奴の関係ははあくまで宿敵と書いて捕食者と被捕食者と読む仲だからな」
場合によっては…ま、いい
先の事は今は置いとこう
前にも書きましたが服関係は無知なので違和感を感じるかも
知れませんが突っ込まないでいただけるとありがたいです。