第二十六話 も、文字数が七千を越えた…だと…?
時は少し遡り―――――――――。
「話が違うぞ!なぜ、なぜ呪いが解けているんだ!」
侵攻してきた魔族を撃退し日も暮れた後のフロトラム城。国の主要人物が救国の英雄達を歓待している最中、人気の無い一室で男が声を張り上げている。
大人数が入れるほどの大きさであるにも関わらず、明かりは入り口近くに置かれたランプ一つ。窓にはカーテンがかけられており、僅かな光も差し込んでない。
唯一の明かりの近くで金髪色男はフード付きの黒いローブを纏った者に詰め寄っている。こいつの性別は外見からはわからん。
「ええ、何故でしょうね?」
「ふざけるな!!」
色男は尚も怒声をあげる。
「クソッ!クソッ!戦争は起きるわ!!戦場にでたら空から槍が降ってくるわ!!アレは平気な顔して戻ってくるわ!一体全体どうなってるんだ!!!全て貴様が手を回したのか!?」
「いえいえ、本当に私にも分からないのですよ。
あの呪いは私の自信作でね、解呪は絶対に不可能なはずなんですよ。」
捲くし立てるように怒鳴る男に対してローブの奴は気にせず飄々と答える。
なんか話がかみ合ってないな
「だが実際に解呪されているじゃないか!」
「ええ、是非どの様にしたのか御本人にお聞きしたいものですね」
「ふざけるなといっている!」
ランプの置いてある机を両手で思いきり叩き、先程よりさらに大きな怒声をあげる
うっせぇなあ
衛兵の殆ども王の間に居るようで、廊下に人の気配は無い。
部屋の位置は3階の普段から人気の少ない端側、王の間は一階なので、現在この階にいるのはこの部屋の人間のみってところか。
「最初の話ではアレの呪いが発動してから頃合を見て解呪法を話すという事だっただろうが!!お前が何時まで経っても言わないからアレは追放され、このようなことになったんだぞ!!」
今にも殴りかからんばかりの形相でローブの男を睨みつける色男。
「えぇ、それが目的でしたからね」
さも当然かのように答えるローブの奴
「な、なに…?」
途端に先程の勢いが無くなる色男。
「ですが、このような事になった御蔭で計画を大幅に修正せざるを得なくなりましたよ。どうやったかは分かりませんが、さすがは音に聞こえた『焔纏』と言ったところですか」
「な、何を言って…」
「『雪姫』も居なくなり、後は予定通りにいく筈だったのですが…こうなると下の者には任せられませんね。やはり私が自分で動くしかありませんか。
まあ…結果的に失敗はしましたが、貴方には一時とはいえ手を貸して貰いましたから、せめて苦しまないようにしてあげますよ」
ローブの奴は色男にゆっくりと歩み寄っていく。
「う…」
色男はビビッて一歩下がる。
だがそれ以上動かなくなった
動けないんだろうなぁ。
蛇に睨まれた蛙…いや、鬼嫁に浮気がバレた旦那か?
口がパクパクと動くだけで声が出てない。
魚かおのれは
一歩、また一歩とローブの奴は歩み寄り、色男の目の前に立った。
「ぁ…ぁ…」
色男は恐怖で顔を歪め、必死に体を動かそうとしてるけど金縛りにあってるみたいに動きが止まってる。
ローブの奴が色男に向けてゆっくりと手を振りかざすと、光が集まる―――――――
頃合か
「ちょっとだけ待ってもらってもいいかな?」
ローブ野郎は動きを止めた。
光はたちまち霧散した
色男は動けるようになったのか、はたまた力が抜けたのかその場でへたり込んだ
だっせぇ
突然の美声は部屋の奥、ランプの明かりの届かない暗闇の中から発した
「…何者です?」
ローブ野郎が顔をこちらに向ける。
先程の余裕ある話し方と違い、威圧と警戒の色が濃い
あそこじゃ俺の姿は見えてねぇだろうなぁ
まあこっちもフードで顔見えねぇけど
入り口はこちら側、声が聞こえたのは真逆、窓は全て閉じられている。
気配は声がするまで感じなかった、一体何時から、どうやってここに居た?
って考えてる感じかな。
俺の潜入技術を舐めるなよ?
この程度朝飯前だっつーの。
「白イヌトマト宅急便です。そこの兄ちゃん宛てに届け物を預かってまして」
そう、俺がこんなとこに居るのはソレが理由だ。
「渡す相手が死んじゃ仕事ができないんでね、すぐ終わるから待っててくれる?」
そう言うと色男は腰を抜かしたのか、這いずりながらこっちに近づいてくる
「だ、誰かは知らんが早く私を助けろ!!私はムルク王の」
「お姫サマに呪いを憑けた張本人だろ?」
色男は驚愕した顔になり、凍りついたかのように動くのを止めた。
「世界が違ってもマッチポンプってのはあるんだねぇ。
惚れた女手に入れるために自分で呪い憑けるなんてな」
ここからでも色男の顔から汗が噴き出しているのが良く分かる
「大方そいつに言われたんだろ?『確実に願いを成就できる方法を教えましょう』みたいな」
『いい女が手に入るなら男なら誰でも死ぬ気で解呪する』
そう、それこそ、
誰かを『呪ってでも』
「そうだな…恐らくそいつの作った呪いの憑いているブツ…ぬいぐるみとかアクセサリみたいなものをプレゼントとかいって渡したんだろ?呪い自体は特定の人間が触れたらそいつに憑き、かつ一定時間経ってから効果が発動するようにしておけばあんたが疑われる事もない。んで相手の体に入ってしまえばブツは全くの無害な物になり証拠は消える…んな所かな?」
嫌がるシエルに強引に渡したんだろうな
「ち、違う!私は何も知らん!!」
「あとさ、あんたそいつの言う事良く聞いてた?絶対に解呪出来ないって言ったろ?なんで解呪法を聞けると思ってんだ?」
「う…!?」
考えてなかったのか…マヌケってレベルじゃねーな
「もっと言うと今回の戦争はアンタの行動がきっかけになってんだよ」
「う、嘘をつくなっ!!!」
「タイミング良すぎると思わなかった?国の主力二人が居なくなってから何年も大規模な行動が無かった魔族が突然侵攻してくるなんてさ」
この世界では、呪いを使える人間『呪術師』はいるにはいるが強力な術は余り無いとの事。よくある戦闘中のスピードダウンとか攻撃力低下とかその程度らしい。
シエルに憑いていたモノは対象を死に至らしめる極めて強力なもので、使える者となると世界で一人いるかいないかというほどらしい。
だが魔族なら話は別だ。魔族は文字通り魔に属する種族なので強い呪いを扱える者もいる。ただ、それでもアレだけ強いモノを使えるのは上級の魔族ってことになる。そして、強力な呪いは人では無くまず物に憑き、それを触れるなり装備するなりして効果が発動するとの事。
ちなみに呪術師が憑ける以外にも死者の怨念やら憎しみやらで呪いが憑く事もあるらしい。
色男はどう考えても呪術師って柄じゃないし、そうだとしてもあれほどのものが作れる腕前の奴には見えない。
なら考えられるのは与えられた、というところが妥当だろう。
本やらティアラから聞いた話をまとめ、俺なりに出した結論がそれだった。
「ようやく利用されてた事に気づいた?ま、俺としてはどうでも良いけどね」
俺は色男に向けて『ソレ』を親指で弾いた。
『ソレ』は男の体に当たり、地面にコン、と音を立てて落ちる。
「あ、ハンコとかサインは結構ですよ」
色男は『ソレ』を手に取る。
「な、何だコレは…?」
それは一つの『珠』
黒一色に染まっており、小刻みに震え続けている。
「どうやって憑けた相手が分かるか謎だったんだがね、この国に来てからずっと教えてくれてたみたいなんだ。あんたに近づくほど動きは大きくなったからすぐ分かったよ」
「な、何をい…」
色男が言い切る前に珠にヒビが入り、
砕けた
「とびきり良い女からの贈り物だよ。いやぁ羨ましいねぇ」
珠の中からどす黒い霧のようなものが溢れ出し、あっという間に部屋いっぱいに広がる。
霧のようなものはぐるぐると渦巻き、色男は声にならない悲鳴を上げる。
黒い霧は色男の口の中に全て吸い込まれていった。
色男の体は見る見る青黒くなっていき、頬は痩せこけ、髪の色素が抜けていった。
「…か…ぁ…」
色男は白目を剥け、その場に倒れこんだ。
呪いは還る、憑けた者へ
込められた呪いを果たす為に
成就するまで決して消えることの無い黒き欲
人を呪わば穴二つ
「作った奴じゃなくて憑けた奴に還るってのがミソだな。これがホントの色男は辛いって奴か。おっと、色が抜けたから色男じゃないか、こいつは失敬」
脱色系男子か、新しいジャンルの誕生だな。
さて、お次は楽しいクイズの時間だな。
フード野郎に椅子を向ける。
「ここで問題です。今のであの二人はここにナニか居ると気づいたでしょう。
あいつらがココに到着するまでにコイツを隠し、成り変わり、さっきの気配と自分の関連性が無いという事を信じさせられる程の巧妙な嘘は考え付くでしょうか?」
無理だろうな、関羽はともかく孔明を騙せる程の精巧な嘘をこの短時間で
作れる奴なんて絶対遵守持ちの仮面さんでもきっついだろうな。
「…何の事でしょうか?」
とぼけるのへったくそだなぁオイ。
「今回の戦争は囮だろ?本命はムルクとバウムに化けた魔族を送り込む事
元々追い詰めてから適当なとこで引き上げるつもりだったと」
この大陸を治めている三国は一つの国が他の二国に隣接しており、友好関係も悪くない。仮に一国落としてもすぐに他の二国に挟み撃ちにされる。
なら内側から切り崩して同士討ちするように仕向ければいい。
ちょっと考えればすぐに分かる。
戦争が起きれば将が戦場で行方不明になっても大した騒ぎにはならない。
負けてるならなおさらだ。そいつらに成り変わって戻っても戦争のせいって事で多少の違和感は無視されるだろう。
「だがその為にはあの二人が邪魔だった、あの二人はウルジア有数の人間だ。
下手な変装…いや変身なんてすぐに見破るだろう。
それ以前にこの計画自体に気づく可能性がある。
だからそこの色男(笑)を利用して陥れようとした」
まあ実際ティアラのほうは城を出る前にこの計画(笑)に気づいてたかも知れんな。ただあいつにとっては国より姉の方が大事だったんだろう。
んでコイツは部下と違って自分の変身に自信があるんだろう。
じゃなきゃ二人が戻ってきたのに顔見知りに成り変わろうなんて思わない。
シエルにまた呪いを憑けるチャンスも出来るがばれるリスクも跳ね上がる。
「どうせもうかなりの数が潜り込んでいるんだろうけど、あいつらが気づいてないわけ無いだろうし、俺が言いふらしたら…どうなるだろうね?」
まあ、んなことするつもり無いけど。
「唯の一般人がそんな世迷いごとを言って皆に信じてもらえるとでも?」
「あれ、おかしいね。そっちの神様に挨拶の手紙は残しておいたんだけどな」
嘘は言ってない、うん
「…それこそおかしいでしょう?ヒデト・サギヌマは今、王の間に居る。
こんな所にいるはずがありません」
「ならあんたはムルク以外で俺を見たことあるんかい?あちらが本物だと言う根拠は?俺が別人だと言う証拠は?それに異世界の人間は普通には無い力が目覚める。そういう力でこことあちらに同時に居るってこともあるんじゃないかい?方法なんざいくらでも思いつくだろ?」
あちらさんは未だこちらが見えていない。嘘も方便です。
「…まぁ、貴方が本物である証拠もありませんが、只者ではないということは良く分かりました」
ローブ野郎は少し間を置き
「ここで消しておいた方がいいかも知れませんね」
音も無く空気が変わる
「面白れぇなぁおい」
ふわりとローブが揺れ動く
「殺ってみろよ」
直後、壁や近くの置物、窓ガラスにヒビの入る音が聞こえた。
あーあー…高そうなのばっかなのにな
それらを最後に部屋からは一切の音が消える
まるで真空の中に居るかのように
耳には飛行機や新幹線で感じる圧迫感がする
圧迫感の原因は当然ローブ野郎
音は無いが近くの置物はカタカタ揺れている
良く見ると、置物だけじゃなく部屋全体が揺れている
その中心にいるローブ野郎は微動だにせずこちらを見ている
ちなみに俺はこの部屋来てからずっと近くにあった椅子に座っている
くろごまの背に比べると座り心地最悪です
しばらくの間無音は続いたが、
「…やめておきましょう」
そうローブ野郎が言うと突然収まった
「貴方の『挨拶』の御蔭で我らが神はここ数百年ぶりの上機嫌になられています。その貴方をここで消してしまえば、私もジウレスカのようになりかねませんからね」
「そりゃ残念」
誰だろうな、その人
なんか聞いたことある気がするけど魔族に知り合いなんて居ないし
「今回は貴方に華を持たせましょう。
どのみち貴方の言う通り彼女らが戻ってきた以上、部下は引き上げさせるしかありませんし」
「そりゃどうも」
「私の名は魔人テルクルスと申します。
異世界から来た勇者ヒデト・サギヌマ…又会えることを楽しみにしていますよ」
そう言うとランプの明かりが消え、部屋は完全な闇に包まれる。
同時にローブ野郎の気配は完全に無くなった
「おお、怖い怖い」
ありゃーラストダンジョンで出てくるボスクラスだな。
今のカピバラ君じゃ逆立ち腕立て伏せしても勝てんだろうな。
ま、いいや
やる事やったし俺もココには用無いな。とんずらかまそう。
カーテンを開けると月明かりが差し込んできた。
空にはたくさんの星が見え、その御蔭もあってか夜なのに外は結構明るい。
おっと、一応書置き残しておくか
うっかり色男(笑)に触る奴がいないようにしておこう。
蔵書から以前買ったメッセージカードの残りとペンを取り出す。
「えーっとペンキ…じゃないや…『注意、呪い憑きたて。姫様に呪いを憑けたのは私です。つい出来心でやってしまいました、だが後悔はしていない、許してくだしあ』こんな感じで良いか」
書いたカードを色男(笑)の方に投げる
廊下から足音が二つ近づいてきた
もう来たか、感づかれる前に行こう
窓を開け縁に足をかける
「あ~ばよ~」
お約束の台詞を言って外に飛び出す。
すかさず近くを旋回していたくろごまが乗せてくれた。
くろごまは一直線に城から離れ、東に飛ぶ。
くろごまの背中で仰向けになって星空を眺める。
良い景色だなぁ、腹減ってきた
次の日、フロトラム城から東に向かった所のとある街に到着し宿で一泊
現在時刻正午前くらい。酒場で適当に食い物を頼んで食っている
さすが酒場、結構な賑わいであっちこっちでわいわいざわざわ騒いでいる
ちなみに俺の席はカウンターの端っこ。余り目立ちたくないのだよ
食い物は鶏肉をレタスで巻いたような奴や緑色のスープ
飲み物はなんかの果実を絞って作ったジュースのようなもの
くろごまには野菜と果物を別で注文した
どうもコイツは肉より野菜類の方が好きらしい
龍ってベジタリアンなんだろうか
まあ昨日色々手を貸してもらったし、好きなもん食わせてやろう
俺の料理の横で椀に顔を突っ込んで食べている、可愛い
撫でたかったが食事の邪魔をするのは悪いので、俺も残っている野菜巻きにかぶりつく
うまうま
肉の味は魚に近い
野菜はシャキシャキしてて中々いける
スープはスープでコレもいい味してる。具は入ってないけど野菜スープみたいな味がする
久々に手の込んだもの喰うと感動するなあ
「お食事中でしたか」
何も聞こえない
俺は久々の料理に感動しているんだ。
俺の後ろから誰かが俺に話しかけてるわけないじゃない
酒場は色んな奴が集まるからなぁ
近くの人に話しかけているんだろう
背後からに酒場中の視線が感じるなんて事は無い
「なんでここにいる」
ジュースっぽいものを一口飲む
後ろは向かない
ミックスジュースっぽい
「ジン様の御蔭で国への恩返しは済ませられましたので後を追ってきました」
ああ、スープもう無くなった、おかわりしよう
「育てられた恩を一日で返したのか?」
店員にスープのおかわりを頼む
あ、大盛りでお願いします
「はい、『人によって恩の感じ方は違います』から。私達は今回の事で色々なものを清算できました、全てジン様の御蔭です」
「本当にありがとうございます!」
なんか後ろで勢い良く頭下げられた気がする
体育会系な挨拶すんなよ
「仲間に誘われなかったのか?」
「お断りしましたっ!」
お断るなよ
俺の計算一言でぶち壊すなよ
「何でこの街にいると分かった?」
あー肉と野菜もおかわりしようかな。
「そのコが向かった方角に一番近い場所でしたので、時間も遅かったですし、ここでお休みになられるだろうと」
気がつくとくろごまはカウンターの上で丸くなっていた
満腹になって眠くなったのか、規則正しく腹が上下している、可愛い
油断したのが仇になったか
くそう、俺の計算が狂うなんて
普通にハーレム要員になって愛と勇気と友情の大冒険繰り広げてりゃいいじゃねーか
どうしてこうなった
こうなりゃ知らん
もうどうなっても知らんからな
スープはまだ来ないようなので席を立って後ろを振り返る。
二人は横に並んで俺の後ろに立っていた。
二人の腰に手を回して体を一気に引き寄せる
二人の顔が息のかかる位置に来る
戸惑っているようだが知ったことか。
密着したため、凶器が形を変えながら押し付けられる。
や、やめろ、はやまりゅな!まだ間に合う 噛んだ
「もし本当に恩を返すつもりなら一生かけて返してもらう。
絶対にお前らを手放しはしないし、これから何があっても俺の傍にいてもらう。
恩を返したと思っても絶対逃がさない、それでもいいのか?」
「どうかお側に居させてください」
「よ、よろしくおねがいします!」
顔を真っ赤にしながら答える二人。
「なら『俺の女として一生傍に居続けろ』反論は許さない。いいな?」
「は、はい!」
「か、かしこまりました」
カウンターに何かが置かれる音。
あ、スープ来た。