第二十四話 戦略と戦術の違いってナニさ?
ジンが戦闘開始して約1時間後のフロトラム城
「攻勢が弱まってきている?」
兵の報告を作戦司令部となっている会議室で聞き、ティアラは疑問を感じていた
「はっ、当初のような統率のとれた動きは無く、散逸した行動となっており、中には戦場を離脱する者まで出始めています」
姉と二人で城に入ると最初はみんな忌避の顔をしていたが解呪に成功したことを伝えると手のひらを返したかのように狂喜し始めた。
かつて姉を絶縁し国から追放した王も歓喜して私達を出迎えた。
本当に都合の良い頭を持っている
こんな男が私達の父親だったのか。
尤も、そのおかげで軍の指揮権は思った以上にスムーズに手に入れる事ができたのだが
目を閉じ、届いた報告と目の前にある資料から得た情報を元に思考の渦に落ちるティアラ
室内は緊張した空気に満ちており、将兵は皆、一言も発さない
彼らの視線はその部屋に似つかわしくない一人の少女に向けられていた
やがて一人の男が沈黙に耐えられなくなったのか、口を開く
「な、何かの罠でしょうか?」
ティアラ目を閉じたまま、男に吐き捨てるように言う
「これだけの戦力差で、且つ将が真っ先に逃げ帰るような相手にそんな事をする必要があると思いますか?」
ティアラ言葉を聞き、部屋の中の者達は居心地悪そうに俯く。
ここに居る者の半分以上は戦場から兵を置き去りにして逃げた者達だった。
即刻処断するのが当然、であるにも関わらずこの場に居るのは、シエルとティアラの二人を追放した後の軍法が機能していない証だった
この場で執行するのは簡単
だが今はそんな些事に時間を掛けるのも惜しい
彼らを無視し、思考を続ける。
魔物や下級魔族は普段単体、若しくは群れで活動するが、侵攻時には軍隊のように統率の取れた行動をする…ならば確認出来た事例は無いが指揮官の役割を持つ魔族が居るのは間違いない。
指揮官に何かあった為に統率が取れなくなり、行動が散逸しはじめた?
もしくは他国が魔族領土に侵攻を?地理的に有り得ない…
『心配しなくても少しくらいは手を貸してやる』
不意にあの言葉が頭をよぎり、思考が停止する
有り得ない
一人の人間が戦局を変える等、二つ名持ちであっても不可能だ
そんなことが出来るなら兵や騎士の存在価値が無い
『お前らの常識が世界の全てな訳なかろーが
くだらん枠を作って世界を狭めるな、世の中広いんだよ』
再び思考が止まる
「考えても分からないなら仕掛けるしかないんじゃないかしら?」
室内の視線が声の主に集まる
そう言って部屋に入ってきた姉
「どの道この機会を逃せばこの国は終わるわ、なら賭けるしかないんじゃない?」
「準備は終わったのですね」
「ええ、戦闘可能な者はいつでも出撃可能よ」
将として行動する時は何時もの幼さは影を潜め、威圧感と威厳を体全体で放つ。
この切り替えがあるからこそ、姉は将兵を束ねる事ができるのだ
「貴方達はいったい何時までここで怯えているつもりですか!その体に欠片でも将としての誇りが残っているのなら、すぐ戦場に向かう準備をなさい!」
室内を見回して叫ぶ
将兵は雷が落ちたかのよう立ち上がり、我先にと転げながら飛び出していった
「ティアラの勘は間違って無いと思うわ」
二人だけの空間で、姉はおもむろに口を開く
将としての姉は私の事をあーちゃんではなくティアラと呼ぶ
その言葉には先程のような激しさは無かった
「何故そう思うのですか?」
答えは分かりきっているのに尋ねてしまう。
ドアに手をかけながら姉は答える
「私の勘もそう言っているからよ」
約30分後、所変わってヒャッハー中のジン
「目標確認、破壊する」
大木を横薙ぎにぶん回してきたデブの懐に入り込んで顔をたまでふっとばし、
同時に背後から魔法で攻撃しようとしているフード骸骨にぽちをぶちかます
返り血を浴びるのが嫌なのでデブの胴体を蹴っ飛ばす
フード骸骨はフードだけ残して消滅していた
まずいな…思いつくネタほとんどやっちまったぞ
そう考えながら自身に魔法をかける
活力強化
唱えると先程までの疲労感が無くなり、逆に力が漲ってくる
効果は治療系と違い怪我を治すのではなく、疲労の除去に加え、身体機能を上昇させる効果がある、と書いてあった。
当然コレも宝物庫にあったものだ
蔵書以外にも触れただけで魔法の使い方が頭の中に流れ込んできた本が幾つかあったのだ。
ただ違うのはそれらの本は砂のように崩れ去ってしまった。
一度誰かに内包されている魔法を伝えると消える仕組みらしい
まあそんなのは今はどうでもいいや。
さて、疑問に思ってないかな?
たまとぽちを使いまくってる上で魔法まで使えるなんておかしくない?と
理由は二つ、
一つは魔神城(笑)に行って力に目覚めたから?
もう一つは…まあ後々分かるだろう たぶん
大して説明はできてないがそんな理由で今は納得しといてくれ。
周りを見るとやっこさん達は遠巻きにこちらを囲みつつ睨んでいる。
が、顔には恐怖の表情がありありと浮かんでいた。
まあどんだけ殺ったか分からんけど、目の前に大量殺人者がいれば人間の兵じゃなくてもこうなるか、と考えていると突然地面が大きく揺れた
何か巨大な物がすぐ後ろに落ちてきた様だ
落下物の影に体全体が覆われたので見上げてみると
「おや」
そこには、まいはにーくろごまのぷりてぃーふぇいすがあった。
大きさは目立たないようにしてくれたのか2mくらいになっている
「どうした、まだ合図は出してないぞ?」
くろごまは俺の言う事を理解してるし頭も良いしかわいいから訳も無く言いつけを破るようなことはしない。
ならば何かあったのだろうか?
「ぐるあぅ」
くろごまはひと鳴きして顔をある方向に向ける
それは人間と魔族が戦争している前線方向だ。
そちらに意識を向けると遠くから怒声が聞こえてきた。
ムルク側が攻勢に出てたのか、前線がこちらに近づいてきているようだ
ヒャッハーに集中しすぎて気づかなかったな。
思ったより早かったな…まあいいか、結構運動できたし
「知らせにきてくれたのか、ありがとうな」
そう言ってくろごまを撫でてから背中に飛び乗る。
くろごまはすぐに翼を羽ばたかせ高度を上げる
くろごまの背から地上を見てみると先程まで鶴翼もどきの状態だったムルク側が今は魚鱗のようになっていた。押し返してるけどそれでも戦局は精々6:4くらいか…
ならもうひとつやってから逃げるか
「くろごま、もう一つ頼まれてくれるか?」
直後、魔族軍上空に巨大な龍が突如姿を現し、両軍の動きが一斉に停止した。
龍は魔族側を向いており
大陸中に聞こえるかと錯覚するほどの咆哮と衝撃が、龍を中心に発生した。
突然の事で両軍は混乱したが、真下にいる魔族側の混乱は酷かった。
指揮官が居なくなった後、本能で人間に襲い掛かっていた者、ただ戦場から離れ遅れていた者、その場に留まっていただけの者、皆頭上に現れた圧倒的存在に呑まれ、悲鳴を上げ我先にと四方に逃げ始めた。
ムルク側も当然混乱していたが
「何をしているのです!この好機を逃せば後はありません!!
今こそ死力を尽くして自らの国を、家族を、恋人を、その手で守る時!!
逃げたい者は逃げなさい、守りたいものが在る者は私に続きなさい!!」
シエルが一喝し、自ら馬に跨り一騎駆けを仕掛ける
「よ、よし!僕達も行こう!!」
カピバrヒデトも仲間と共に疲弊した体に鞭打ち敵陣に駆ける。
二人の言葉と行動で我に返った兵も怒声をあげ、突撃していく。
自ら最前線で敵を切り裂きながらシエルは自分達の勘が正しかったと確信していた。
四枚の翼に全身光り輝く銀色の鱗、そして真紅の瞳
これらに該当する龍を自分は二頭しか知らない。
一頭は自分と妹を絶望の底からあっさりと救い出してくれた人がいつも頭に乗せていた『体の大きさを変えられる』小龍
そしてもう一頭
時代の節目にその姿を現し、時に助言、時に警告を人に与え、逆鱗に触れれば大陸が一瞬で消え去ったと言われている、伝承でのみ、その存在が確認される龍。
「…神龍…」
そう呟き、逃げ惑っている魔族をまた一人切り裂いた。
圧倒的存在感を放つ龍の背に乗る小さな人影を見つめながら